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(旧 「防水屋台村」建設中)
燃土燃水関連図ーその2
推定 : これも恐らく 小川千甕(せんよう)

燃土燃水関連図ー2

「日本石油史(縮刷版)」の見返し部分の挿絵(さしえ)は、印はないが、絵のタッチ、人物の描き方、大正3年版[日本石油史」の縮刷である、という点から、小川千甕によるものと、推測する。
ただ図柄は本編のような、小堀鞆音の献上図のような献上シーンではなく、発見・採取シーン?。燃土と燃水をテーマとしているだけだが、本編とのつながりで、ここに紹介する。


小川千甕 おがわ-せんよう
1882-1971明治-昭和時代の日本画家。

明治15年10月3日、京都市に生まれる。本名:多 三郎(おおのさぶろう)。明治30年仏画師北村敬重の徒弟となり、同時に関西美術院で浅井忠に洋画を学ぶ。陶磁器試験場の技手となり、43年上京。挿絵画家となる。大正2年渡欧し、洋画の研鑚に励む。帰国後は、南画に転じ、芭蕉・蕪村・良寛を好んだ。戦後は個展を中心に作品を発表。仏典・漢文・国文に造詣が深く、自分も和歌・俳句・随筆をよくし、歌人としても知られている。
昭和46年2月8日東京都で歿。享年88歳。
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圧縮:日本石油史縮刷
大正6年5月1日発行 日本石油株式会社 日本石油史縮刷版。四九六頁。天地一八五ミリ、左右一一六ミリ。

同書は大正3年8月25日刊行の「日本石油史」の縮刷版であるが、縮刷に際して、大正3年から5年にかけての出来事、及び6年の特記事項が追加されている。

発行の日付に注目。 大正6年5月5日は、日本石油創立30周年記念式典の日。日本の企業史の中で類を見ないほどの大規模な記念式典が両国国技館で開催された。上記の追加された特記事項とは、大正6年3月30日の越後噴油史上に新記録を留めた四号井戸の顛末である。その記事を急遽追加して、縮刷版が記念式典で配布されたと考えるのが、自然だろう、


縮刷版比較
日本石油史(大)とその縮刷版(小)
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縮刷版小堀鞆音
その縮刷版の本文中、唯一のカラー図版は、小堀鞆音・「燃土燃水献上図」。
原画の複写でないことは、ある3点から読み取れる。
恐らく、この縮刷版のもとになった、大正6年発行「日本石油史」の小堀鞆音図版からの低レベル複写。

小堀鞆音また「燃土燃水献上図」に関する記述は、画の下に
「天智天皇の御宇燃水燃土を越の国より献上の図(小堀鞆音氏筆)」
とあるだけで、本文中に一切の説明はない。




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