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(旧 「防水屋台村」建設中)
田中享二先生最終講義始まります
本当にたくさんの人たちから、催促されました。

お待たせしました。 始まります。


最終講義

先ほど田中先生に原稿チェックいただきました。
まずはイントロ。第1章は「北大入学から東京工業大学赴任まで」。
すずかけホールの大ホールは30分前には満席でした。

uketsuke
1時間前には次々受付

私は札幌で生まれて、札幌で育ちました。大学がそばにありましたから、北大に行きました。北大では、最初から専攻が決まっているわけではなく、まず理系希望者を理類という枠で、ざっくり取ります。ですから一年生の間はまだ専攻が決まっていません。当然自分が何をしたいのかが良くわかっていませんでしたので、うろうろしておりました。たまたま夏休みに、北海道開発庁という国交省の弟分のような組織でアルバイトの募集があり、これに応募しました。配属されたのが土木試験場でした。私は特殊土壌研究室というところで、土質試験を担当させられました。その時の室長さんは京都大学の土木を卒業された方でしたが、室長さんから「田中君、将来はどうするんだ?」と尋ねられました。「まだ決めていません」と答えますと、「土木は面白いぞ。君はあまり細かいことにこだわらない性格のようだから、土木に向いているのではないか」といわれました。そのとき初めて土木という分野のあることを知りました。

 二年生になりました。また北海道開発庁でアルバイトをしました。今度はダムの事業所でした。場所は雨竜という旭川から西の方の小さな町です。そこでは三つのダムの管理をしていました。これらのダムはコンクリートダムではなく、アースダムという農業用水を取るためのものです。そしてそこでの生活がいたく気に入りました。昼間はあまり忙しいこともなく、夕方はきっちり5時に終わり、夜は飲み会でした。寮に泊り込みでしたから、職住接近で遅刻することもなく、非常に楽しい生活を送らせていただきました。それで、「俺は土木に行くぞ」と決めました(会場笑)

ーーーーこんな感じで始まりました。 第1章はウェブマガジン「ルーフネット」の51号より連載開始。

「さて本日は防水の二・三の話題ということで、厳選したつもりでしたが、準備してみると4つになりました。
研究というのは調査や実験をして論文を書くのが主ですが、実は研究を通して学ぶことも多かったです。今日は研究とわせて、そのことをお話できたら、と思っています。

------- ここまで第1章。52号は材料と一体化する話です。

お楽しみに


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会