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(旧 「防水屋台村」建設中)
祇園閣
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祇園閣 – 1928年(昭和3年)に建築された鉄筋コンクリート造三階建。高さ百二十尺(36m)、鉾先には金鶴が輝く。大倉財閥の設立者である大倉喜八郎が建てた別邸の一部である。屋根は銅板葺きで、これは大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったため、と言われている。祇園祭の鉾を模したもので、設計は伊東忠太。入口や内部のあちこちにに忠太の霊獣が据えられている。

金鶏 PG9P1626


1988年には望楼に至る階段の壁に敦煌・莫高窟壁画模写が中国人画家の手により描かれている。1997年(平成9年)12月12日、国の登録有形文化財に登録された。書院 は 元々この地にあったもので、旧大倉家京都別邸・真葛荘の一部。祇園閣とともに国の登録有形文化財に登録された。

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大雲院
•  天正15年(1587年)正親町天皇の勅命により織田信長・信忠の菩提を弔うため、
•  開山貞安上人に御池御所(烏丸二条南)を賜り、信忠公の法名「大雲院殿三品羽林仙厳大居士」に
•  因んで大雲院と名づけ、織田父子の碑を建て追善供養した。
•  その後、豊臣秀吉は寺域の狭隘なるを観て同18年(1590年)寺町四条に移し、
•  同年後陽成天皇により勅願寺の綸旨を給い、大雲院の三字を親書された。
•  その勅額は本堂にかけられている。
•  以来その地に伽藍を擁していたが、その周辺は商業繁華の中心となった為、
•  当地祇園閣のある真葛ヶ原の勝域に移転され、昭和48年4月、本堂が落成した。

祇園閣
•  この地は元財閥大倉喜八郎男爵の別荘で、昭和3年御大典記念に祇園祭の壮観を常に
•  披露したいと希って山鉾を模した祇園閣を建てたといわれている。
•  鉄筋コンクリート造三階建で高さ百二十尺(36m)、鉾先には金鶴が輝き、地価の基礎も
•  深さ百尺に及ぶ。
•  昭和48年、この地への寺地移転を機に一階正面に阿弥陀如来像を安置した。
•  昭和63年秋、開創400年を記念して内部壁面に葛新民(中国安徽省・巣湖書画研究会副会長)の
•  筆による敦煌の壁画の模写か完成し、当院に奉納された。
•  観無量寿経変想図、釈迦説法図、千手観音図などが描かれている。