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(旧 「防水屋台村」建設中)
日本初本格的RC橋の両橋台に大きなひび割れ。
橋台両側裏表に約1.5センチ幅のシーリング。
10号ひび割れ
sagann hibi


10gou zzenntai
「端っこに ぎょうさんおるのがブルーギルや。真ん中の深いとこはアユやで!」


見つけた10号橋。通称黒岩橋。 水道局には第2トンネル側の「山の谷橋」というと話が早い。
まず気がつくのが橋の両側裏表にきっちり入ったひび割れ。1センチ以上2センチ以下のかなり太い幅で、シーリングされている。5年以上たっているとは思えない。大事な明治37年の数字も消えてしまった。
なぜ亀裂が入ったか? いつ? この対策を決めたのは誰? 工事は誰が?シーリング材料は何系?下地処理は?注入は? 工事はいつ?
という当然の疑問が湧いてきて、まず疏水事務所に聞いた。

すると、この橋は疏水事務所でなく、建設局橋梁かかりが担当であると丁寧に教えてくれた。 そこで電話すると、担当が不在なので、後日連絡させるといわれた。
翌日建設局調整管理から「5年間分の資料を調べたが、記録がないから、大きな工事とは認識されていない」。と連絡があった。さらに東部土木事務所なら分かるかも知れないと、電話番号を教えてくれた。すぐに電話すると、台帳を見てくれて、やはり記録がないという。そこで少し食い下がってみた。

自分はコンクリート補修工事の関係者である。この橋が日本で最も古い本格的な鉄筋コンクリート橋だ、というので東京から、見に来た。写真を撮ったら太いひび割れで、大事な明治37年の文字も見えない。写真を見せながら、仲間に報告することになるが、こんな写真を見せたら、まず一番に「このひび割れは何?原因は?いつから?補修工事の内容は?」と質問されるにきまっている。「さ~。解らないそうです。と答えて納得すると思います??」と言ってみた。

親切な担当者は「古い人や、昔この係で、今別の課に行っている人にも聞いてみましょう」と言ってくれた。そして2日後電話をくれた。「やはり知らないそうです」。
「そうですか、ありがとうございました。 でも大した橋ではないとは言え、史跡になっている様な構造物の、付け根の全部にひびが入っていて、補修されている。でもそれがいつ、誰が、どんな判断のもとに、どんな方法で補修したか、全くわからない、記録がないというもの、不思議なものですねえ」

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*この項目もとりあえず一段落。
この後は、南禅寺の境内を横切った水路閣に激怒した福沢諭吉、疏水の逆サイホンとシール、疏水に点在する歴史的建造物の保存の話などを、少しずつ紹介し、他のルーフネットブックレット同様、バージョンアップしてゆきます。