(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY377 丸山 功(まるやまいさお)氏のこと~1~

丸山 功(まるやま いさお) 
(新バーレックス工営(株)取締役会長)
昭和4年12月1日生。 平成29年12月24日(日)、死去。88歳。 
叙勲: 平成19年秋 旭日双光章。 褒章: 平成11年春 黄綬褒章。 大臣表彰: 平成6年7月11日。  
平成3年12月 6日~平成 4年 5月18日 (社)全国防水工事業協会発足当時の初代専務理事


2016nenn 2gatsu9 丸山
東部アスの資料を整理する丸山さん。 2016年2月9日撮影

社団法人全国防水工事業協会は設立当初から再重点事業として技能検定に対する積極的協力と協会独自の資格制度の実施をあげていた。平成10年に技能検定特別委員会が設置されると、丸山さんは委員長に就任、平成18年委員長を辞するまで、全防協における技能検定の最高責任者として活躍した。そして防水施工管理技術者認定制度管理委員会委員長として、同資格普及に多大な貢献をした。

防水工事というものが建築工事の中で、ある確実な位置を占め、防水業界というものが形作られてきた時代を経験し、その中で悩み苦労してきた人。そんな時代に業界をリードした岩崎一、高山武と言ったサムライたちの鞄持ち(本人談)をしながら、社団法人全国防水工事業協会設立に奔走した人。防水工事の歴史、技能検定実施までの経緯、全防協設立までのあれこれ。そんなこんなことを知りたければ、丸山さんに聞けばよい。そういう人であった。


ーフネットの記事より
1.東部アスファルト協組・アスファルト及びその応用・ニチレキ山本さんのこと
http://www.roof-net.jp/index.php?%E8%B3%87%E6%96%99%E7%AC%AC%E5%A3%B1%E5%8F%B7%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E5%8F%8A%E3%81%B3%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%87%89%E7%94%A8%E3%80%8D

[ルーフネット」が2010年から配信を始めた3つの目的の一つが防水アーカイブ資料収集だった。丸山さんは、その目的のために設置した・「JWHA日本防水の歴史研究会」の顧問として書籍資・資料の解説や取材に協力してくださった。その第1号が、上記、防水歴史図書館・資料第一号。アスファルト同業会が発行した「アスファルト及びその解説」をキュレーターとして紹介することである。

  
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
山本氏と
左が1983年に日瀝化学工業常務取締役を退職した山本哲朗さん。右は防水歴史図書館の丸山功キュレーター。
2010.12.1東京・神楽坂鳥茶屋別亭で。

アスファルト及びその応用」そして「ニチレキ」の生き証人
アスファルト及びその応用」「日本アスファルト物語」の真の編集者は山本哲朗さんです。(丸山功キュレーター談)

1931年、長野県諏訪中学入学。1946年復員。1983年、日瀝化学工業(株)常務取締役退職。現在(社)日本カンボジア協会常務理事。駐日カンボジア王国大使館特別補佐官、池田20世紀美術館役員。著作:コーランの世界

丸山:日瀝化学工業池田英一社長の片腕として、山本哲朗さんは同業会(社団法人日本アスファルト同業会)の会合にはほとんど出てらっしゃいましたね。アスファルト同業会編の「アスファルト及びその応用」編集の際も八重洲のアスファルト会館にはいつも山本さんの顔が見えたし、池田英一さんの「日本アスファルト物語」も実際のまとめは山本さんがなさったと聴いています。
山本:このルーフネットでも編集長の森田喜晴さんがよく調べておられるように、アスファルトが日本で初めて記録に現れたのは、日本書紀の記述にあるように西暦668年です。その後の記録はほとんどありませんが、寛政年間から明治にかけての長い年月、天然アスファルトが利用されて油煙が製造され、墨その他に活用されていたことはほとんど知られていない。僅か数トンの天然アスファルトの使用から始まった需要が、石油アスファルトが開発された大正時代を経て」、「日本アスファルト物語」が書かれた頃、昭和53年には年間522万トンを越える巨大な量に成長している。にもかかわらず、アスファルト関係者ですら、アスファルトの歴史、性質、全体像などの認識は極めて低かった。池田さんは本当に慾の無い人でしたが、常々「歴史を知った人がいなくなること」を心配していた。その不安が池田さんを、「アスファルト及びその応用」や「日本アスファルト物語」の製作に駆り立てたのだと思いますよ。
森田:「アスファルト及びその応用」では市川良正さんが監修者のような位置づけになっていますが、実際のところどうだったんでしょう。
山本:編集会議で、実務スタッフがよく頑張りました。先生は寡黙な方で、最終段階でお伺いをたてると、先生は「ウン」と一言だけ言われましたね。(笑)
丸山:最晩年、市川先生は少し具合が悪かったようですね。総会の席で会長としては、妙な挨拶をされ、会場が騒然とした記憶があります。
森田:「日本アスファルト物語」の方は池田英一さん個人の著作ですから、山本さんはさらに深くかかわられたのでしょうね?
山本:池田さんは編集後記で何度か私への謝辞を書いてくれました。校正の際、その度私がその部分を消すのですが、池田さんはまた書く。そんなことが何度もあって、最後に池田さんが根負けされた。だから私の名前は残っていません(笑)。
丸山:社団法人全国防水工事業協会の100周年記念誌で私も匿名記事を幾つか書いています。名前を消した、という気持ちはよくわかります。
________________________________________

ルーフネット記事2010/12/10(金) 09:32:25|ARCHIVES|より
http://roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E5%8F%8A%E3%81%B3%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BF%9C%E7%94%A8%E3%80%8D%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%80%8C%E3%83%8B%E3%83%81%E3%83%AC%E3%82%AD%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%8D%E8%A8%BC%E4%BA%BA&word=%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E5%8A%9F



↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら



防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
2018防水と雨仕舞の歴史展」2018.5.30ー6.1 東京ビッグサイト建築再生展にて
以下、順次これらの写真を紹介します。


おうみ
平成23年近江神宮燃水祭、初参拝

近江 (1)
近江神宮燃水祭世話人と

黒川
黒川燃水祭献上行列



近江 (2)
20世紀紀美術館

456
456会 伏見氏の展覧会で、交通会館

岩崎氏と
伏見氏の通夜で岩崎氏と



katayamashi 弔辞 東部アス理事長スクリーンショット (45)
平成15年5月30日、片山竹男氏の葬儀で、東部アス協組理事長として挨拶する丸山氏 (写真提供:日本防水総業)