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(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY345 保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル 7
 保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル 7
創った人 愛する人 守る人

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 「中銀カプ セルタワービル」は世界遺産になりうる建築であり、日本発のムーブメン トであるメタボリズムを代表する建築である。2007年に管理組合は建て替えを決 議した。ところがどっこいまだ立っている。黒川紀章設計であるという理由で関心を示さない設計 者や、「えっ!まだ建っているの?」という建築関係者、「黒川紀章が設計者である」ことを知らずに何やら有名 なカプセルに興味を示す人たち、黒川紀章もメタボリズ ムも知らないがカプセルタワーが大好きで集まる若者た ち。満身創痍の名建築を取り巻く空気は「建て替えやむ なし」感が濃厚だった2007年と比べて10年後の今、 大きく変わっている。 連載7回目の最終回は「中銀カプセルタワービルを、創った人 愛する人 守る人(戦う)人」でひとまず締めくくりだ。

2016年10月号から始まった、連載「①保存か建て 替えか中銀カプセルタワービル」はその後、2016年 11月号で「②そもそも中銀カプセルタワービルってどんな建物?」、12月号で「③メタボリズムは知らなくて もカプセルは好き」、2017年2月号で「④カプセルの セルフエイド」、3月号で「⑤黒川紀章と水コンペの話」、 4月号で「⑥中銀カプセルタワービルを保存する7つの方法」を掲載してきた。このうち②ではカプセルの構造 や修繕案、④では2016年末に行われた修繕工事の 内容を紹介した。

縄跳び


創った人・黒川紀章 についてはは本連載①、②、③をご覧いただきたい。また人間黒川紀章がなぜカプセルタワービルを創ったのかを知りたければ曲沼美恵著「メディアモンス ター誰が黒川紀章を殺したのか?」650頁、がお勧めだ。著者はその前書きにこう記している。
「マスメディアの隆盛とともに大きな存在となり、彗星 のごとく去っていった建築家、黒川紀章。その人生は、あたかも「日本」を映し出すメディアのようでもあった。 奇跡と言われる復興を遂げ、丹下健三を「世界のタンゲ」 にした日本が黒川をただのドン・キホーテにした。その劇的な人生の幕が閉じられたのは2007年10月12日。選挙に出た時、彼の体は末期ガンに冒されていた。それでもなお、彼は舞台に立とうとした。饒舌だった建築 家が黙して語らなった謎めいた行動のわけを知るには、 もう一度、彼の人生を、最初から辿りなおさなくてはならなかった。」

愛する人・中銀カプセルタワー応援団の関根夫妻。

2005年の11月からカプセル住民となった関根夫妻。「最初の3年間は二人きりで孤独に、でもそれなりに楽しい週末を過ごしていたのですが、2008年5月から思い切って自分たちもブログを始めてみました」という。週末だけ過ごす関根夫妻が、タワーが保存されること を願いつつ、中銀カプセルタワービルでの出来事を綴ったのが「中銀カプセルタワー応援団」ブログだった。このブログを通じてカプセル内のまた外部のカプセル好き が出会う。興味のある人たちを自分のカプセルに案内し、穏やかに、丁寧にその魅力を伝えてきた。その数は300 回、500人を超える。全140個のカプセルの中で状態 が良く、かつオリジナルの形を留めている住戸は多くは ない。関根さんのカプセルはその中の数少ない一例だ。 「わが応援団は、ただカプセルが保存されることを祈り ながら、みんな集まってビールをグビグビ飲むだけの団 体」と関根さんはいうが、その「ひたすら祈る」活動が、「ひたすら祈るだけ」だったからこそ、保存・再生プロジェクトや銀座たてもの展などが活躍する、次のステップにつながっていったといえる。


 

守る人、あるいは戦う人 
[中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェ クト」前田達之代表。


2010年に初めてカプセルを取得。2011年より中銀 カプセルタワー管理組合法人で監事を務め、ビルの保存・ 再生を求めて、管理組合、管理会社、オーナーと交渉 を続けており、現在14カプセルのオーナーでもある。「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの目的は、この歴史的建築物を、後世に末永く引き継いでいくことであり、その実現のために ①建物を使い続ける ために、カプセルのオーナー、管理組合に対し、適切な 修繕活動を促進する ②カプセルの価値を高めるために、 新たな使い方を提案する ③建物の認知を高めるために、 幅広い広報活動に力を注ぐ」としている。その活動を銀座に欠かせない建物として、「銀座たてもの展実行委員会」すがわらたかみさんがサポートする。


 この連載の目的は、満身創痍のカプセルタワーを前に、 この建物を「残したいか残したくないか」、「残すべきか 残さざるべきか」、「もし残すとすれば、どうすればよい か」、「防水・雨仕舞に関わるものとして、残すとすれば 何ができるか」を考えることである。  カプセルの修繕・交換を誰よりも望んだのは黒川紀章 だった。カプセル交換の要望書を書き、危険通告し、修 繕計画案を提出し、工事費比較も示し、黒川紀章のブラ ンド力を利用したファンドの提案を行い、住戸の買い取りまで始めたが、2007年管理組合によって否決された。 黒川が末期がんに侵され、選挙戦に破れ、人生の幕を閉じたのは2007年10月12日だった。 近現代の名建築である中銀カプセルタワービルは、仮 に世界遺産として保存が決まったとしても、これまでの 国宝・重文建築物のように創建時の構造、部材に手を加えない、というあり方は難しいかもしれない。そもそも 建物自身がメタボリズム・新陳代謝、カプセルの交換を 前提としているのだから。黒川紀章は、「私の建物がな くなっても私の思想は残る」といって100冊の著作を 残した。(黒川紀章建築都市設計事務所のサイトで、国 内56の、海外44の著作のリストがみられる。http:// www.kisho.co.jp/page/315.html)

カプセル内部1 DSC09427 

カプセルは変化し、居住者は様変わりする。黒川紀章は「我々が追球 したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステム を刺激する原理として成長し、変化する建築である」と いった。リフォーム関係者はしばしば「建築家は改修を 考えた設計を新築時にするべきである」というが、黒川 のこの言葉は「住み手がその建築に住まうことによって、自らの住まいとその改修のあり方を真剣に考えてしまう 建築」と読み替えていいのだろうか。 今、中銀カプセルタワーの住人は、しっかりカプセル タワービルという建物に「刺激」され、「セルフエイド システム」が発動し、動きだしている。その動き方は、 黒川が「共生の思想」の中の「共生の思想とメタボリズ ム」の章で示した形とは、ほんの少しずれがあるかもし れない。しかしカプセルタワービルの居住者の中に、メ タボリズムというイズムとは無縁だが、カプセルを愛し、 ひたすら存続を願う人が現れ、増殖し、そんな居住者が しばしば、カプセル内の飲み会で話し合う。保存運動が 立ち上がり、賛同者が幅広く集まる。いったん否決され たカプセルの交換を含む大規模修繕を再提案し、有志に よる修繕を実施してしまった。管理組合の反対派もその 成果を無視できない状況になりつつある。

かつて改修工事は困難で、挑戦的で、利益も上がるマー ケットであった。新築工事の減少、ストックマーケット の増加、職人不足などの要因から、リフォーム市場はさ まざまな欲がうごめくダークな業界というイメージが広 がっている。建物保存、住人目線で工事に取り組む挑戦 的な工事店や設計者は少ない。そんな現状で、今銀座8 丁目に建って、治療を待っているカプセルタワーをリ フォームビジネスの目で見れば、アンタッチャブルと言 われて当然だ。面倒で経費面での手離れの極めて悪 そうな仕事だからである。しかし世界遺産になりそうな建物が、雨漏りが原因で壊されることを、防水やリフォームを生業とするものが手をこまねいてみていていいもの だろうか。「難しい・できない」仕事に挑戦して喜ばれ、 儲け、やりがいを感じて、育ってきたのがリフォーム業 界ではなかったのだろうか。 大規模修繕のあり方を模索する際、中銀カプセルタ ワービルはある極端な例ではあるが、修繕工事の新しい進め方を示している保存・再生運動の極めてピュアな例として、半身でもいいから、保存・再生プロジェクトに足を突っ込んで、遊び心を失わずに研究することで得られる成果は想像以上に大きいはずだ。
 黒川の思想は時代の先を行き過ぎた、と言われる。 10㎡140個のカプセル。その中の一部のカプセルの中で始まっているこの動きは、恐らく意識せずに黒川の思 想に追いついた人たちの発見・驚き、喜び、化学反応なのかもしれない。
 

月刊「リフォーム」2016年10月号から、保存か建て替えか、で紛糾する世界的に著名な中銀カプセルタワービルの連載が始まった。本コーナーでは、その記事を順次転載している。今回はその7回目、最終回。2017年5月号より。

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