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(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY295 マサル四十年の歩み(3)昭和30年代のこと
わが国シーリング工事の歴史がここに 3

資料第四號
マサル「四十年の歩み」と「50年の記録」より


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ルーフネットのアーカイブ・防水の歴史資料館の資料第四号として、「マサルの歴史が我が国シーリング工事の歴史である」と言われる㈱マサルの40年史を取り上げている。3回目の今回は「第2章躍進期」昭和30年代の記録のあらましを紹介する。


マサル四十年の歩み(3)

15第2章の目次

昭和30年代の高度成長の原動力は技術革新であり、素材革命が進んだ。大型H鋼の生産が昭和34年に始まり39年には高さ制限が撤廃され高層ビル時代が開かれた。建築工法の変化により油性コーキング材から弾性シーリング材の時代に移行してゆく。マサルも右肩上がりに成長したが、重要なのは新材料や新工法に対する施工技術をパイオニアとして確立したことだろう。

15第2章1節 scan-001

15第2章2節のはじめ scan-001

油性コーキング材の我が国への本格導入は昭和27年。エービーシー商会が米国から「バルカテックス」を輸入した。ついで国産化が成功し「エバーシール」、「ファインコーク」が市場に現れる。
バルカテックスの初使用は 横浜市の神奈川県立図書館・音楽堂、東京渋谷の東急文化会館であった。
第2章3節① scan-002


昭和34年人形町への本社移転。昭和化工が製造する油性コーキング材「エバーシール」の施工請負業としてスタートしたマサルが、昭和化工㈱から独立することになった。

15第2章3節はじめ2 scan-002



昭和39年に導入された社員持ち株制は大きな効果を挙げ、平成6年株式公開を果たした。

(つづく)

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会