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(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY 防水歴史図書館資料第四号 東部アス30周年記念誌 (3)
防水歴史図書館資料第四号 東部アス30周年記念誌 (3)

「BOUSUIデジタルアーカイブ」
防水歴史図書館資料第四号「設立30周年記念誌」~新しい歴史へのアプローチ~


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我が国の防水の歴史を考察する上でどうしても欠かすことのできない文献を紹介するのが、ルーフネットの 防水歴史図書館(BOUSUIデジタルアーカイブ)です。「アスファルト及びその応用」を2009年に紹介して以来、今回の「東部アス30周年記念誌」は4冊目です。

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左から、丸山、岩﨑、矢内、飯島の各氏

その第3回は、防水業界と住都公団の防水に関して、歴史的経緯を公団担当者と東部アスの実働部隊が語った座談会記録の後半です。矢内泰弘氏(住宅・都市整備公団 東京支店管理部 保全第二課長 当時)は、前半の最後に「昭和40年代までは我々の業務は雨漏り対策だった」と語っていました。では後半です。
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東部アス協組30周年記念対談・東部アスの歴史と住都公団の防水 (後半)


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p50
丸山功(東部アスファルト工事業協組副理事長(当時)
昭和40年代、もう一つ我々が苦労したのは浴室防水だった。全部アスファルトの2枚張り仕様で、納まりにも問題があり苦労した。その後浴室ユニットに代わり、我々の手を離れてほっとした。

岩﨑嵩(東部アス理事長当時)
記録では51年に、現場で断熱防水工法が施工されているが、問題もあった。

矢内
押さえコンクリートが膨張してパラペットを押し出して、ひび割れをおこすということもあった。

丸山
昭和50年から52年が断熱防水工法の試行錯誤の時代だった。


p51 EPSON006

p51
昭和50年代は安定普及の時代

矢内
・・・昭和30年代は暗中模索の「もがきの時代」、40年代は「標準仕様施工体制の整備に傾注した時代」、50年代は安定、定着した時代といえる。

飯島(公団北多摩工事事務所長 当時)
・・・公団が発足して20年(座談会は平成6年開催)になり、ゼネコンの作る品質も安定してきた。…防水に関しては東部アスにいろいろお願いした・・・
・・・今考えるとある意味では公団は建設省より早く先取りして物事を決めていた感がある。・・・・
現在の組合加入者数は?

丸山
北海道から中部、北陸の範囲で、128事業書です。・・・・首都圏では1都6県で61社。


エリア内で、東部組合員のシェアは70%

岩﨑(東部アス理事長当時)・・・東部アスエリアの全防水工事量の中の70%くらいは、組合の工事量ではないか。・・・

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保全部門でも大きな東部アスの役割

矢内
指定といえば通常はメーカー指定であり、メーカー手持ちの工法指定となる。当時保全の中で特異だったのは、東部アスという工事業者の協同組合指定であったということ。それは過去数十年の実績、公団と苦労を共にしてきた実績を評価した。

岩﨑
裏付けの一つが保証。万一瑕疵が発生した場合、施工した当事者が組合から外れていても、組合が全面的に修補にあたり、責任を全うする、ことを話し合いで確認し、組合指定となった。

長期保証、組織体制を評価

締めくくりの2ページ半は公団の矢内・飯島両氏と、東部アス正副理事長が期待と決意を語っています。そのままお読みください。

p52,53,54
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p53 EPSON008

p54 EPSON009