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(旧 「防水屋台村」建設中)
「ごちそうさん」(NHK朝の連ドラ)と防水
「 どうにもこうにも ゆうこと聞いてくれん 水 」を相手に奮闘する主人公


asshuku ごちそうさん
たばこの吸い殻のポイ捨てを注意したところ。

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なんやとお! 皆 防水のために出張ってきてくれとるんやど!!
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というのが本日1月8日木曜日放送の内容でした。大阪の地下鉄建設で初の本格的な鉄筋コンクリート構造物に取り組む主人公・西門悠太郎は湧き出る水の対策、防水工事に苦労する。


当時の地下防水の様子は、今や我が国唯一の防水専門誌となった月刊「防水ジャーナル」のバックナンバーで知ることができる。
「防水ジャーナル」は櫻井年明氏が昭和45年7月に創刊した我が国初の防水専門誌である。創刊間もない昭和46年1月号から昭和50年8月号までの15回にわたって、「2人で話そう」という対談シリーズが掲載された。
ホスト役は当時38歳の東京工業大学助教授・小池迪夫氏。「この時、防水をライフワークと定めて12年、欧米の視察旅行から帰国した直後で、防水に燃えていた。すでに曖昧(あいまい)になりかかっていた防水のルーツを、記録に止めることを使命と感じていた」と当時を語っている。

ゲストは田島武長、鴻巣義雄、目黒清太郎、岩崎一、国生祐作、平野功、森源之助、吉村和徳、山崎慎二、北条弘太、山本照夫、荻野英夫、青盛繁男、土橋隆の15人。いずれもそれぞれの分野で文句のない業績を挙げた人たちである。

その9回目に当たる昭和49年1月号で、日本綜合防水(株)山崎慎二会長(当時)が登場し、関東大震災直後の地下鉄工事の様子を語っている。

東京の地下鉄銀座線は昭和9年、大阪市の地下鉄は一部8年に開通している。山崎氏は「何れも地下鉄トンネルの防水がなかなかうまくゆかない、という噂を聞いている。大阪では、一番コストのかかるニューヨーク地下鉄の、煉瓦1枚のアスファルト練り積み、ブリック・イン・マスチックという工法を採用したが、結果はよくなくて、大阪市では今日まで(注:昭和49年1月時点)アスファルト防水を信用されないのですね」と述べている。

」御堂筋線
現在の御堂筋線。大晦日から元旦の終夜運転など、当時は誰も考えなかっただろう。



*毎回15頁弱のこの対談シリーズ「二人で話そう」は、同誌の看板記事の一つで、記者は日本の防水業界においてもっとも重要な資料であると思っている。「防水ジャーナル」新樹社(株)発行


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会