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(旧 「防水屋台村」建設中)
「施工と管理」 銅屋根クロニクル -9-
銅クロニクル第9回は「北野天満宮」

檜皮葺きの屋根と銅板のとても幸せな姿

ドウクロ北野DSC05899

昨年(2013年)2月から、銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介するために「銅屋根クロニクル」の連載が始まりました。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」と言う機関誌です。
今回は銅屋根の美しさもさりながら、銅板の棟包(むねつつみ)みや、樋(とい)などと桧皮葺きや金飾りと織りなす美しさを紹介しました。

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銅屋根クロニクル9
「施工と管理」2013年12月号

檜皮葺きの屋根と銅板のとっても幸せな姿

見出し写真:軒先と棟の綺麗な組み合わせ

北野天満宮:北野天満宮は、現在、全国各地におよそ一万二千社とも言われる菅原道真を祀(まつ)った神社の総本社で、親しみを込めて「北野の天神さま」と、また地元では単に「天神さん」と呼ばれている。天満宮の縁起によれば、平安時代中期の天暦元年(947)、京都に住んでいた多治比文子や近江国(滋賀県)比良宮の神主神良種、北野朝日寺の僧最珍らが、この地に神殿を建て、菅公を祀ったのが始まりという。
その後、天徳3年(959)右大臣藤原師輔が北野社の大規模な社殿の造営、宝物の奉納を行った。


写真1 楼門
写真1 銅板葺きの楼門

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写真2 手水(水香梅)。茅葺きを模した柔らかい銅板葺きには、天満宮唯一の瓦による棟包み。

写真3 本殿の複雑な屋根
写真3 権現造りの本殿


銅板屋根の楼門(写真1)をくぐると正面が国宝指定である桧皮葺きの本殿。右手には銅板屋根の手水・水香梅とチタン葺きの宝物殿そして銅板屋根の神楽殿、瓦葺きの社務所が並び、各種屋根葺き材を見ることができる。
社殿は当初から、朝廷及び将軍家がその造営修繕に当たってきた。国宝の指定を受ける現在の本殿は慶長十二年(1607)、秀吉の遺志により豊臣秀頼が造営したもの。



写真4 tanidoi 雨じまい的に最大の難所
写真4  雨仕舞上最大の難所

写真5 堰板
写真5 反対側の同じ部分。

北野天満宮の本殿は実は拝殿と繋がった構造になっており、それぞれの屋根に落ちる雨水を、間の樋が受ける。大量の雨水があふれるのを防ぐために、山型の巨大な堰(せき)板まで取り付けられている。(社)日本銅センター発行の「銅板葺屋根1996年」によると、1951年の調査時点で、この堰板は江戸中期の手打ち銅板であり、慶弔12年(1607年)再建以来のものと考えられた。しかし現状の板は近年取り替えられている。

写真6 軒樋、受け、蛇腹
写真6 樋の断面は銀杏型 

写真7 本殿色とりどり
写真7 瓦の棟では出せない美しさ

檜皮の色と棟包みの緑青、金箔の飾り金物、加えて紅葉と夕陽。「総面積約五百坪の雄大な桧皮葺屋根を戴く八棟造の本殿の威容は、造営当時そのままに絢爛豪華な桃山文化を今に伝えています」という北野天満宮社報の表現は誇張ではない。




銅屋根クロニクルバックナンバー

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