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(旧 「防水屋台村」建設中)
yaneenikki
北野天満宮のこげ茶と緑青と黄

北野絵日記 佐藤撮影P4271112
 檜皮の屋根と銅の棟と色づく葉が引き立て合います。


北野絵日記2 P4271118
桧皮葺の本殿棟の飾り金物がひときわ輝く照葉のようです。


北野天満宮:北野天満宮は、現在、全国各地におよそ一万二千社とも言われる菅原道真を祀(まつ)った神社の総本社で、親しみを込めて「北野の天神さま」と、また地元では単に「天神さん」と呼ばれている。

天満宮の縁起によれば、平安時代中期の天暦元年(947)、京都に住んでいた多治比文子や近江国(滋賀県)比良宮の神主神良種、北野朝日寺の僧最珍らが、この地に神殿を建て、菅公を祀ったのが始まり。その後、天徳3年(959)右大臣藤原師輔が北野社の大規模な社殿の造営、宝物の奉納を行った。

永延元年(987)一条天皇により幣帛が奉られ、さらに寛弘元年(1004)、一条天皇は初めて北野社に行幸。その後、歴代天皇二十数回の行幸に及び、皇城鎮護の神として特別な崇敬を受けてきた。このため、北野天満宮宝物殿には数多くの天皇ゆかりの宝物が奉納、収蔵されている。宝物殿の屋根はチタンで葺かれ本殿の豪華な桧皮葺とともに最新の屋根も楽しめる。
宝物殿では11月2日から8日まで、一条天皇行幸始祭再興を記念し、鎌倉時代から江戸時代に及ぶ皇室ゆかりの宝物重要文化財2点を含む貴重な品々が公開されている。そのほとんどが初公開で、北野天満宮への歴代天皇の崇敬を示す、歴史・文化的にも注目される宝物展ということだ。

社殿は当初から、朝廷及び将軍家がその造営修繕に当たってきた。国宝の指定を受ける現在の本殿は慶長十二年(1607)、秀吉の遺志により豊臣秀頼が造営したもので、この時作られた中門、東門、絵馬堂、神楽殿、校倉等も現存している。
曰く「総面積約五百坪の雄大な桧皮葺屋根を戴く八棟造の本殿の威容は、造営当時そのままに絢爛豪華な桃山文化を今に伝えています」。 確かに夕陽を受けた本殿は見事です。


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