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(旧 「防水屋台村」建設中)
(yomimono169):伊勢神宮の茅葺屋根の雨仕舞はどうなの?
「神宮の茅葺屋根の下は銅板ルーフィング?」

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ケンプラッツ  式年遷宮特別企画 その3「40代が一番よかった」
『承』発行記念鼎談「宮間熊男+井上雄彦+藤森照信」2013/10/02で。


前回の式年遷宮で総棟梁を務めた宮大工・宮間熊男さんと、建築家の藤森照信さん、漫画家の井上雄彦さんの鼎談が,
日経BP社のデイリーウェブサイト「ケンプラッツ」に10月1日から3日間連載されました。この中で、3回にわたって遷宮に従事した宮間さんが大変興味深いことを発言していました。

「萱の下には銅板を張ったりして、雨が絶対漏らないようにしてあるはずです。昔は銅板というのがなかった時代は、大変だったろうけれどね。今はもう一面にきちっとした銅板を張って、それから萱を葺くようになっているから大丈夫です。」

というものです。
これは藤森氏が、檜皮と柿(こけら)と萱(かや)3種の屋根葺き材の使い分けと、萱の劣化状態を尋ねたのに対する宮間さんの答えでした。
「萱が一番腐りやすい、一番耐久力がないものをあえて正殿に使ってある。20年たつと初めの姿はなく、相当腐っていて、萱を結わえてる竹が見えるほど落ち込んでいる。」
といったやり取りのあとの発言です。



承
日経BPは、伊勢神宮の第62回「式年遷宮」にあわせて書籍+DVD『承 井上雄彦 pepita2』を発刊した。
79分のDVD付きで1,900円。

同書には、上の鼎談も掲載されている。ケンプラッツは書籍に収録し切れなかった内 容も含めて、3日連続で鼎談の全容を掲載した。BPの本もWEB上の鼎談全容も大変面白い。付録のDVDも式年遷宮の流れがわかりやすく掴めて、おすすめ。 漫画家・井上雅彦が神宮司庁の河合真如広報室長、出雲大社の千家和比古権宮司、建築家・藤森照信教授との対談や、鼎談が掲載されている。 茅葺の下の銅板ルーフィングの話をじっくり読みたくて、「承」をすぐに買い求め、鼎談を見たのだが、残念ながらこの部分はカットされていた。

茅葺屋根は通常茅の厚みは1尺程度。桧皮葺や杮葺ならその下に野地板やルーフィングがあり、雨漏りしないわけも理解しやすい。ところが茅葺ではそのいずれもない。草を束ねただけでなぜ雨漏りしないのかについては、本サイトで、何度も取り上げている。

通気性が悪ければ、そこから茅が痛むし、茅の防腐効果を高める囲炉裏の煙も通らない。だから茅葺の下に水を防ぐための板やシートを置くことはない。建物の最大の目的は雨露をしのぐこと。その目的を実現するために、現代では防水材で連続被膜を作り、水を遮断する。これに対して茅葺のような、水は通すが漏らさない、智慧で雨漏りを防ぐ雨仕舞の考え方は対極的だ。

遷宮は20年というサイクルで技術を伝承するシステムである。神宮の屋根も茅葺である以上、この「茅葺システム」が毎回継承されてきたに違いないと思い込んでいたので、記者は宮間さんの銅版の下葺の話を聞いて驚いた。
歴史的近代建築の保存工事に詳しいある研究者は「それはあり得ないでしょう!」といい、「前回は(今から20年前)は知らないが、少なくともその前、さらにその前は銅板の下葺はないはず」という人もいた。

これはやはり、ルーフィングジャーナリスト・佐藤孝一氏に聞いてみるしかないだろう。
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編集長:前回の伊勢神宮の式年遷宮で総棟梁を務めた人が藤森さんとの会話で、神宮の正殿の茅葺の下に銅板がある、と言っている。 そんなことってあるんでしょうか?この場面の発言で、間違いや勘違いはあり得ないだろうけど。

佐藤:昨年、あなたは「正倉院の瓦の下に銅板があった!」という記事を書いていましたね。今度は伊勢神宮ですか。
神社の屋根は桧皮葺が多く、その後いろいろな事情で、瓦になったり、銅板に代わっている。茅葺は少ないですね。遷宮の目的の一つに技術の伝承があるなら、システムとしての茅葺を伝えるだろうし、そうなればその下葺に銅板が入るというのは、馴染まない、という疑問ですね。

編集長:そうなんです。正面突破がいいだろうと思ってストレートに神宮に聞いてみました。答えは「ノーコメント」。「そういうことは公表しておりません」 だった。前回の遷宮の棟梁が、おっしゃってたんですが・・・というと「その人は今回はかかわっておられません」と言われました。

佐藤:なるほど。そういうことか。


佐藤:これは聞いた話だけれど、20年ごとの遷宮で、大工や職人は、今話題の宮間さんのように2度3度と遷宮に従事して次世代に伝えていく。遷宮では関係官庁担当者や研究者も多く参加して、工事の進め方を検討する。ところがこちらは大工と違って毎回変わる。そのたびに、屋根を長く持たせる手段として、茅葺の下にルーフィングや銅板を敷くことが話題になり、議論されるそうだ。でも結局、それはまずいだろうという結論に落ち着く、と聞いていたんだけど。話の流れからみると、どうも前回は銅板ルーフィングを入れた様ですね。

編集長:私のほうでも「前回の遷宮は知らないけど、その前、さらにその前は銅板は使ってないはず」という話を聞いた。今回についてはある茅葺の団体は「茅下に銅板を入れてるらしい」という認識を持っていました。

佐藤:伊勢神宮では茅葺の神事もあって、その様子がTVで放映されていたが、茅の下にきちんとした下地も見えていた。それを見る限り茅は雨漏りを防ぐ屋根葺き材というより、というか、それと同時に装飾的役割を担ってるように見えますね。あの下地なら、「一面にきちっとした銅板を張」ることは物理的には可能ですね。

編集長:まあ我々の立場だから遷宮に、技術の伝承という意味を重く感じてしまいがちだけど、神宮にしてみればそれは結果であって、あくまで天照大御神(あまてらすおおみかみ)、豊受大御神(とようけおおみかみ)を祀ることであり、技術の伝承はその付随事項、に過ぎないわけですよね。

佐藤:茅葺屋根は南北の向きや陽当たりによって、茅の耐久性は大幅に変わる。大木の下の小さな社の屋根なんて、猛烈に劣化が進んでいる。20年持たせようとすると、イメージは悪くても何らかの対策が必要かもしれない。
神様が社にいらっしゃる間は修理のために屋根の上には上れない、必然的に長持ちする材料、工法がもとめられる。という話も聞いています。

編集長: 前回の遷宮では工学院大学の今泉勝吉教授(当時。ルーフネット「防水の博士たち」参照下さい)が遷宮にかかわっていた。その何年も前に、建築学会で茅葺の茅に化学薬品処理を施してして茅の長寿命化を図る、膨大な数の論文を発表していた。結局採用はしていないんでしょうが、あらゆる方面で研究していたわけです。

佐藤:遷宮では無処理の掘立柱を立てるくらいだから、茅に対してそんな薬品処理をするということも、我々が持っている遷宮のイメージにはそぐわないですね。
単に1300年間、遷宮のたびに全く同じことを繰り返してきたわけではなく、採用には至らなくても様々な工夫なり改良の研究はしてきたわけだ。失敗か成功かは解らないけど、銅板ルーフィングもそんな実験的試みみの一つかも知れないですね。銅板のルーフィングとしての機能より、銅イオンによる茅の防腐効果の可能性を指摘する研究者もいました。

茅葺き屋根の裏側P5260180
これは民家だが、茅葺屋根では、裏、すなわち内側から見ても茅が露出しており、通常ルーフィングが入る場所はない。


佐藤:思い出したけど、槇文彦さんの新国立競技場案への問題提起で、NHK-BSの代々木の森、伊勢神宮、春日大社の3つのドキュメンタリーが話題になっていた。 伊勢神宮の放送を見ましたけれど、伊勢志摩の海女たちが神宮の茅場で茅を刈っていた。あなたの「茅葺屋根にブラ下がる鮑(あわび)の話」につながりそうですよ。

*注:茅葺き屋根のカヤは「茅」または「萱」と書かれます。神宮は「萱」を採用していますので、「茅」を採用している本サイト内で、用語が混在しています。ご了解ください。

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