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(旧 「防水屋台村」建設中)
平成25年(2013)近江神宮「燃水祭」齋行
 石油と防水の祖神に「燃える土と燃える水」を献上

P1 女人舞楽原笙会P7050224
舞楽奉納 (写真すべて:日本防水の歴史研究会提供)

平成25年7月5日、天智天皇を祀る滋賀県近江神宮で、「燃える土=アスファルトと燃える水=石油を天智天皇に献上した」、という日本書紀の記述を再現する「燃水祭」が齋行された。
 
右・日本書紀奉唱者(黒)、左・燃ええる水奉献者(赤)、ここにもし、青装束の燃える土奉献者の案があったP7050082
右・日本書紀奉唱者(黒)、左・燃ええる水奉献者(赤)、ここにもし青装束の燃える土奉献者がいれば、「燃土燃水」献上が揃うことになるのだが。

日本最初の石油の記録は、1340年前。天智天皇が正月3日、新都大津宮において即位した668年(天智天皇7年)の7月のことである。「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」、日本書紀にはこう書かれている。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトであり、燃ゆる水『燃水』とは石油のことだ。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれている。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられている。その7月、越の国で採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたわけだ。

献灯の象徴はカンテラ(ランプ)
近畿各県石油組合代表による献灯。

今年は7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、7月5日、近江大津宮旧跡に再建された近江神宮燃水祭において、黒川からの使者(今回は越の国・新潟県胎内市教育委員会坂上さん)により燃水献上の儀が、まさに日本書紀の記述の再現するように往時のままに執り行われた。
 
石油元売りの玉ぐし拝礼P7050285
石油元売り関係者によるの玉串拝礼

燃える土=天然アスファルトは古来、接着・塗装・防水などに使用されていた。石油業界は、約30年前より、燃える水を自らの産業の起源として、燃水祭に奉仕してきた。燃える水が石油業界の起源なら、燃える土は防水業界の起源である。日本石油は創立100周年記念誌の冒頭で「人類と石油とのかかわりはアスファルトをプラスチックとして利用したことに始まる」と書いている。燃える土は「機能としての防水」の起源であり、燃える水は「防水材の原料」としての起源である。
なおらい で挨拶する世話人 P7050367
直会(なおらい)で挨拶する世話人。 右・燃水祭代表世話人 芝野桂太郎氏。左・燃える土関係世話人 杉本憲央氏。

今回、昨年祭事の主役ともいえる「日本書紀奏唱」の大役を、勤めた地元大津市の防水工事店で、近江神宮とも関わりのある㈱メイコウ杉本憲央社長が、燃える土関係の世話人として案内状に名を連ね、防水関係者15名が参列した。

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