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(旧 「防水屋台村」建設中)
*なぜ「燃水祭」が防水のお祭りで、天智天皇は「防水の祖神」なのか? 

RNP20120728
なぜ「燃水祭」が防水のお祭りで、天智天皇は「防水の祖神」なのか? 



防水の歴史を語る時、天然アスファルトに触れないわけにはいかない。石油・アスファルトの歴史を語る時、必ず出てくるのが「日本書紀には668年天智天皇即位の年に越の国から燃える水と燃える土が献上されたという記述がある」という表現である。
日本書紀
日本書紀(元治甲子補刻板:日本石油百年史より) 6行目二つ目の「又」の後に「越の国より、燃える土と燃える水とをたてまつる」とある。


それがこれ
「献燃土与燃水」

《天智天皇七年(六六八)七月》◆高麗従越之路遣使進調。風浪高。故不得帰。以栗前王拝筑紫率。』于時近江国講武。又多置牧而放馬。又越国献燃土与燃水。又於浜台之下諸魚覆水而至。又饗蝦夷。又命舍人等、為宴於所々。時人曰。天皇天命将及乎。



燃える土とは天然アスファルト。燃える水とは石油。石油に関する日本最古の記録が日本書紀だ。
日本書紀は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本における伝存する最古の正史で、舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。全三十巻。

この天智天皇を祀っているのが滋賀県大津市の近江神宮である。


燃土燃水献上図
日本書紀の「燃土燃水献上」シーンを我が国歴史画の父・小堀鞆音が大正3年に制作した「燃土燃水献上図」

前担いでいる甕にはいっているのが「燃える水=石油」。後ろのつづらの中は「燃える土」。
今年も「燃水祭」は盛大に執り行われた。石油業界では昭和53年より多くの人たちが参列している。新潟県黒川から運んだ燃える水を奉献し、日本書紀の該当部分を奉唱した。石油業界にとって天智天皇は「石油の祖神」であり、「燃水祭」は業界人として「石油の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となっている。


この時代、天然瀝青は接着材、防腐剤、防水材として使われていた。石油業界にとって天智天皇が石油の祖神であるなら、防水業界にとって(道路業界にとってもなのだが)燃える土を献上する天智天皇は「防水の祖神」である。近江神宮で行われる「(燃土)燃水祭」は「防水の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となるべきものではないか。これが表記テーマの答えである。そしてもう一つ大きな理由がある。
JR大津駅之大型ポスター
JR大津駅や近江神宮に貼られた「かるたの聖地」の大型ポスター。背景はもちろん近江神宮。

天智天皇は雨漏りの歌を詠み、それが百人一首の巻頭の歌(「秋の田の・・・」)となった。その縁で近江神宮は日本かるた協会が主催するかるた日本一を決める名人戦、クイーン戦の会場となっている。かるたは人気漫画となりアニメ化されテレビ放映されている。今や近江神宮は「かるたの聖地」 とされている。
秋の田の 石碑
近江神宮社務所横の歌碑。 


あきの田のかりほの庵(いほ)の苫(とま)をあらみ
解説:わが衣手(ころもで)は露にぬれつつ
秋の稲田の番をする小屋にいると、その屋根をふいた苫の目が粗いので、私の衣の袖は、その隙間から洩れ落ちる露で、いつも濡れている。

更に第3の理由と言うには無理があるが、強烈な縁がある。それが「漏水」

roukoku.jpg


日本で初めて天智天皇が時の制度を定め、水時計(漏刻ろうこく)を作らせたことにちなんで毎年、時の記念日の6月10日に、天智天皇の偉業をたたえ、全国の時計メーカーなどが参列して漏刻祭(ろうこくさい)が営まれる。6月10日の時の記念日は、天智10年4月25日に、日本で初の水時計が時を告げる(日本書紀)とあるのを、太陽暦に換算して大正9年に制定された。
我が国最古の時計が漏刻。升から漏れだす(溢れだす)水によって時を測る。時を測る水は「漏水」という。

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