(旧 「防水屋台村」建設中)
武相荘の茅葺き講座 「茅葺きと農業〜積み重ねる暮らし〜」

現代の茅葺き職人 中野誠・塩澤実・相良育弥 3氏の鼎談・講演会に参加して
(筑波大学図書館情報メディア研究科 博士前期課程2年 宮本温子)

会場 P5190026


私たちの普段の生活で、茅葺き文化に接触できる機会はそう多くはない。しかし、会場にはほぼ満員の総勢40名程度の聴衆があつまり、そのなかの約半数が20代の若者であったことに驚いた。講演会を拝聴するまで茅葺きのことをほとんど知らなかった筆者は、この会場に満ちる熱気に少々たじろいだ。

 講演会が始まると、司会の相良さんが、茅葺きとは何かについて、茅葺きと農業の関連性を軸に話された。
 茅葺き、と聞くと私たちは日本昔話に登場しそうな古い家屋を思い浮かべるだろう。そもそも、茅葺きの茅とは、屋根に葺かれる植物の総称であり、ススキやスゲ、チガヤ、ヨシ、稲ワラ、麦ワラなどがそれに該当する。また、茅として使用される植物は地域によって異なっている。これらを刈り取って、長さを揃えて綺麗に束ねたものが、屋根材のための「茅」となる。それを、束の状態で運び、並べて葺いて、たたき揃え、刈り込むことで私たちがイメージする「茅葺き」は出来上がる。相良さんは、こうして茅を葺くのにも大変な労力がかかるけれど、葺いた後の茅の管理の重要性については茅葺きの話においてついつい見落とされがちだと指摘した。

 以上の前置きのもと、葺いた後の茅葺き屋根、および、役目を終えた後の茅くずがどのように活用されているか、という、今回の講演会のテーマが提示された。
P講演前の打ち合わせ 5190021
相良 育弥(さがら いくや)1980 年生まれ。淡河かやぶき屋根保存会くさかんむり代表。


 一度葺いた茅葺き屋根の寿命はだいたい3、40年である。役目を終えて降ろされたた茅は、古くから農業で活用されてきた。茅くずを肥料とするためにはまず茅を腐らせなければならない。腐らせている途中の茅は層のように土に近い方から分解されていくが、こうした茅の中にはミミズ、ヤスデ、カブトムシ、トンボなど様々な虫が集まるそうだ。また茅の中には放線菌とよばれる有用な善玉菌が含まれており、天然の抗生物質のような働きをする。これは最近の研究によって明らかにされたことではあるが、昔の人々は手仕事を通じて、経験的にこのような茅葺きの病害抑制のメカニズムを知り、農業に活用してきたそうだ。相良さんたちは、当時はこうした効能を持つ茅の肥料を前提とした農業があったと考えている。「百姓の仕事の何割かは茅葺きの中にある」と相良さんがしきりにおっしゃっていたのが印象的だった。相良さんは茅葺き職人になる前は、農家になることを志望されていたそうで、今も農業に関わりたいという思いは強く、自宅の畑で作った茅くずを近隣の農家さんに配っているそうだ。「自分はまだ百姓ではないけれど、自分が茅くずを配って、周りの農家さんが野菜をたくさん作って、自分にも分けてくれる。30姓もっていて(100姓のうち30品目作れる力は持っていて)のこりの70姓は外部メモリー化でも良いかなと思って。(笑)」というジョークに会場は笑いに包まれた。相良さんの「自分を取り巻く環境全体で「百姓」なら良いのではないかと思うようになった」という言葉の中には、現代らしい人と農業の関わり方の知見があるように感じた。

石川邸
中野 誠(なかの まこと)美山茅葺株式会社 代表取締役.1968年生。

 話者が中野さんへと移ると、今度はより実践的な茅と農業の関わり方を考えさせられた。中野さんは普段から茅葺き職人として活躍されるかたわらで、農業に励まれている。もともと農協で働かれていた中野さんは、従来の農協や現行農法のあり方に疑問を抱くようになり、福岡正信著『〔自然農法〕わら一本の革命』やイギリスで見た茅葺きに魅せられて、自然農法への熱意を抱くようになるとともに茅葺きの技術を学ぶに至ったそうだ。中野さんは自らの田畑において、自然農法と現行農法の比較実験を行われている。自然農法は、完全無農薬で行われているため、雑草の発育をどう抑え込むかが悩みの種なのだそうだが、実るお米の味は現行農法のものと比べられないほど美味しいそうだ。また、お米を美味しくする秘訣として「いなき(稲木)干し」が重要だそうだ。稲を木にかけて干す行程だが、これによって茎に溜まっている旨味を米に行き渡らせることができ、かつ、そこでとれるワラは茅葺き屋根として利用できる。そして、役目を終えた茅くずは美味しいお米を育んでくれる。このような、自然と人の営みから生まれた循環が、私たちの生活を支えてくれていることを実感できる機会は、現代人の消費活動に偏った暮らしのなかでは滅多にない。人々の暮らしのあり方は変わっても、私たちが生きていくために、自然からたくさんのものを取り出していることには変わりない。私たちはこれを決して忘れてはいけないし、私たちの未来のために、自然と人の暮らしの循環を考え続けなければならないと考えさせられた。ちなみに、中野さんのお宅で育ったお米は美山茅葺株式会社HPで購入することができる。
キーワード
パンを焼いて茅葺きを直す
塩澤 実(しおざわ みのる)1972年生。茅葺屋代表。

 最後の話者、塩澤さんは「Bake & Restore」という活動を通じて、茅葺き屋根の管理の現状や、今を生きる私たちと茅葺きがいかに共存していくかという問題に取り組んでいる。「Bake & Restore」の活動は、六甲山にある船坂という集落に残る、トタン屋根を被せられた茅葺き屋根の古民家で行われている。塩澤さん曰く、トタンを被った茅葺きは、「茅葺きの缶詰」なのだそうだ。前述のように、茅葺きを葺く作業ももちろんのこと、その維持管理にも大変な労力がかかるが、トタン屋根を被せることによって、古い茅葺きの劣化を防止し、屋根を長く保存することができる。地域特有のフォルムと素材が保たれる、いわばタイムカプセルであり、トタンをめくれば復活が可能になる。こうしたトタン屋根を被った茅葺きは日本各地に今も多く存在している。「Bake & Restore」の活動は、水の少ない船坂集落において米よりも主流だった小麦の栽培を通じて、集落に残る「茅葺きの缶詰」を開け、茅葺き屋根を再生させて、再び私たちの生活との接点を持たせていくのが目的だ。ここでは、小麦を育てて、取れた小麦でパンを焼き、ワラで屋根を葺き、茅くずを畑に巻いて小麦を育てるという、茅を中心とした循環のサイクルを実践することができる。また、小麦の栽培には、集落の中で耕作放棄地となっていた場所活用している。この活動の参加者の多くは関西の大学生たちだが、参加費は個人負担で、年8回にわたる比較的重労働なワークショップであるにもかかわらず、いつも満員だそうだ。告知の方法は大学の張り紙やHPが主だそうだが、最近は全国様々な場所から、年齢問わず参加者が集うようになりつつあるそうだ。「茅葺きの利点はいろいろあるけれど、結局一番の利点は里山の風景を取り戻せることにあるのではないか」と塩澤さんは指摘する。茅葺きの建築自体は、日本に限らず様々な国にある。むしろ、様々な国で茅葺きが再評価されているのに対し、日本は茅葺きに対する建築としての評価は高いものの、茅葺きそのものについての意識はかなり低い。しかし、日本にはまだトタンを被った茅葺きや、昔ながらの里山の風景が残っており、茅葺きがまた地面と繋がるための土台が残っている。再び茅葺きが自然な形で地面と繋がる仕組みを作るのが、三氏の目標だ。三氏は「日本のすべての建築を茅葺き屋根にするのはハードルが高い。でも、街に住んでいても、茅葺き屋根に触れる機会を持つことはできる。人々の意識が変われば、日本は他国に負けない、茅葺き文化の逆転トップランナーになれる」と語られた。

講演後母屋の前で説明する牧山館長

「生活のための必死さ」が茅葺きを守ってきた

 講演会を聞いて、茅葺き文化が日本社会に定着していたことの背景には、はじめに農業の仕組みとそれを生業とする人々の暮らしがあり、その上で茅葺きがあったことが大きく関係していることを見失ってはいけないのだと感じた。そのなかで、ある種の「生活のための必死さ」が茅葺きを守ってきたのだろう。今はこのような「生活のための必死さ」の視点はほとんど抜け落ちてしまっている。しかし、三氏によると、茅葺き屋根の古民家を持つ多くの家庭で、世代間における茅葺きに対するイメージにギャップが生まれているそうだ。お祖父さんは一家の歴史の象徴でもあり、誇りでもあった(茅葺きの管理はしばしば近隣住民が一丸となって行われ、お祭りのような側面もあった)茅葺きを守ろうとするが、それを支えたお祖母さんの苦労を見ていたお父さんは家を建て替えようとする。もちろん屋根は瓦か金属である。しかし、おじいちゃんの思いを共有している孫は茅葺きの良さを再評価して残そうとすることが多いのだそうだ。こうした事例から、日本の茅葺きが「生活のための必死さ」から脱却したことによって、確かに日本社会から茅葺きが減ってしまったが、同時に、茅葺きが本来人々の生活の中で果たしてきた役割や、これからの社会における有用性を客観視できるフェーズに移行することができたと考える。こうした時代だからこそ、私たちは茅葺きの中から私たちにとっての「持続可能な社会」への知見を得ることができるかもしれない。
 
P講演者を囲んでの懇親会では5190062

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