(旧 「防水屋台村」建設中)
平成30年 近江神宮燃水祭
7月5日は近江神宮燃水祭
日本書紀の記述より1350年の節目に「燃える土」奉献

カエル448 PG9P6706

「先人の苦労に感謝」というなら、業界の起源、始まりに関する記録に対しても、しかるべき敬意を払ってはいかがだろう。
近代防水の起源は1905年だが、人類と防水との記録という点では、西洋では旧約聖書、日本では日本書紀にその起源を求めることができる。

今年の燃水祭は、日本書紀に書かれた、燃土燃水献上の年である西暦668年から数えて1350年という慶節にあたる。これを機に、本年は防水業界から、燃える土(アスファルト)を奉献する。燃水祭で初めて、日本書紀に書かれた通り、燃土と燃水の両方を奉献することになる。燃える土の関係者が、初めて参列したのが平成23年で、小冊子「近江神宮燃水祭」の巻末資料によると、燃水祭が初めて斎行されたの昭和48年、現在の形になったのが平成元年である。いつかは「燃える土も奉献したい」というのが防水業界の願いであった。

燃水祭史上初めてとなる「燃える土」奉献は、滋賀県防水工事業協会会長の杉本憲央氏(㈱メイコウ会長)が行うことになっている。今年も防水業界から約20名の参列が予定されている。

700H30年燃水祭案内 

7月2日は黒川燃水祭
7月5日は近江神宮燃水祭
(7月7日が土日に当たるときは、7月5日になります)

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会」
2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
大山寺(鳥取県)
かつては高野山、比叡山と並ぶ大寺。

大山神社PG9P0043
奈良時代に創建された大山寺は、一時は3千人の僧兵を擁した大寺院である。平安末期、室町時代には、天台宗山岳仏教の修験場として勢力を誇った。今も本堂を中心に、寺宝を収蔵した宝物館霊宝閣、阿弥陀堂などが現存するつ大山寺と大神山神社奥宮は、周囲を杉の老木に囲まれた古刹。阿弥陀堂では、座禅、古道散策を合わせた体験が可能。
大山神社 PG9P0109

大山信仰の始まりは約1300年以上前で、行者達の荒修行の場であった。奈良時代718年、金連(きんれん)上人によって「大山寺」が開創・創建されたことに始まります。平安時代になると天台宗の寺院が次々と建立され、鎌倉時代から室町時代にかけての大山寺は隆盛を極め、その後、高野山金剛峯寺(和歌山県)や比叡山延暦寺(滋賀県)と並ぶ大寺となり、「大山僧兵3000人」と言われるほどの勢力を蓄えた。その後衰退し、現在は4つの参拝堂と10の支院を残すのみ。

大山寺へ向かう途中、石畳の分けれ道から左に逸れると、大神山神社(おおがみやまじんじゃ)奥宮に至る。社殿は全国最大級の壮大な権現造りで、もともとは、僧が修行のために大山に登り、その道場として簡単な遥拝所を設けるようになったのが始まりと言われている。明治初頭の神仏分離令により、大智明大権現の社殿を大山寺から分離し、現在の大神山神社奥宮となった。自然石を敷きつめた700mの参道、権現造りの社殿が見事。

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エフロマニア⑧
えふろまにあ⑧
448DSC00187えふろまにあ⑧ 

エフロレッセンス(エフロ)は、コンクリート中の可溶性物質が、ひび割れを通ってコンクリート表面に移動し、空気中の炭酸ガスとの反応によって析出したもの。一次エフロレッセンスと二次エフロレッセンスがある。一次エフロレッセンスは、コンクリート内に存在した可溶性物質が水分の蒸発によってコンクリート表面で白く見えるようになったもの。打放しコンクリートの壁面・床面などに見られる。二次エフロレッセンスは、地下水や雨水など外部の水が貫通ひび割れやコンクリート表面を移動することによって、コンクリート中の可溶性成分が表面に移動し、ひび割れ周辺などで綿状あるいはつらら状に成長したもの。

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RNY401  「施工と管理」銅屋根クロニクル-55-
兎神社の屋根は高級缶詰
岡崎神社(京都府)

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら>>http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

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 「施工と管理」銅屋根クロニクル-55-岡崎神社(京都府)
(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№360、2018年6月号より
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2018年6月28日。
本日満月につき、ルーフネット配信します。
蝸牛
ついでながら、今回で400号です。

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おかげさまで400号
2018年6月28日 満月 400号になりました

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ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」。 ほぼ週刊とは、月のフェイズ、新月,上弦、満月、下弦ごとに発刊するからです。
2018年6月28日満月にアップするのが第400号です。「屋根と防水と雨仕舞」をキーワードに材料・ルーファーの技と知恵を伝えてきました。たくさんの方が応援してくれました。ただただ感謝です。超アナログ人間がウェブマガジンだって!? 冗談でしょ!! と言われて初めたのが2010年。 誰より信じられないのが本人です。応援してくれたあなたとあなたとあなた、そしてあなたのおかげです。

月に追われて、屋根を愛で、屋根を愛する人たちの仕事ぶりや、仕事に対する思いを伝えたいと思います。雨仕舞、防水の観点から屋根を見、歴史やアートの世界とのつながりを、探し始めたのですが、次々と現れてくるのです。屋根をテーマ美術、音楽、考古学、歴史で遊べます。「屋根で遊ぶ」というより「屋根を遊ぶ」と感じます。

これからもhttp://roof-net.jp/をよろしくお願いいたします。

ROOF-NETの3大テーマ  
① 近江神宮宝物館に防水の歴史コナー設置
② 雨漏りが原因で消え去る名建築を救え―
③ 屋根の歴史・防水の歴史を音楽や美術を通して見るという屋根遊び
~Thème de Roofnet S'amuser en toiturant 。東西 屋根と防水と音楽めぐり
roof-net・ルーフネットは、屋根・防水・雨仕舞に関わる人たちが、自信とプライドを持って仕事を継続できることを祈ります。そして今年も「屋根と防水と雨仕舞のセレクトショップ」を目指します。      店主 森田喜晴





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まめもらんだむ 400号によせて

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次は400号。何を書いてきたのだろう。確か100号ごとに振り返って気がする。ちょうど10年前初めて書いた記事が。これだった。
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日本の建築防水材料・技術のレベルは世界のトップレベルにあります。何しろ先進国の中で、これほど降雨条件の厳しいところは少ないし、職人は器用だし、客もうるさいですからね。 
かつて20~30年前まではアメリカや欧州への防水視察旅行が盛んに行われていました。ここ10年来「もう学ぶものは無い」というのが大方の認識でした。
でもそれは防水を提供する側からだけの見方だったのでは無いでしょうか?世界最高レベルの材料と世界最高の施工技術がわが国に存在することは間違い無いでしょう。でも実際に行われた工事の結果は世界最高でしょうか?
工事作業者は誰の方を向いて仕事をしているのでしょう?工事の工期は、工賃は、材料費は?「納得できる防水工事をしたいと思っている、それだけの技能を持った職人」が「世界のトップレベルの防水工事」を実現できる環境に今の日本はあるのでしょうか?
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
昨日書いた、と言ってもおかしくないですね。


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Odoroki Hakken取材日記 ~来待石(きまちいし)の棟石(むないし)編

二の鳥居PG9P6773

 生まれて初めての出雲大社である。出雲空港からの直通バスに乗り、運転手兼ガイドさん曰く「強烈な西風を防ぐための屋敷林に守られた家」を、窓から眺めながら揺られること約30分。一畑(いちばた)電鉄の出雲大社前駅着いたのが、2018年6月15日午前10時。荷物を預けることなく緩やかな上り坂の参道を数分歩くと、「勢溜の鳥居」と言われる二の鳥居についた。「勢いが溜まる」と書いて「せいだまり」と読む。木造の大鳥居のあちこちに銅板が使われていることをチェックした後、出雲大社社殿の屋根撮影のためのロケハン開始。

坂を上り詰めた、ここがいわば「出雲大社の入り口」にあたり、この手前には宇迦(うが)橋の石造りの一の鳥居がある。本殿に向かって下がってゆく珍しい松の下り参道の途中で鉄の鳥居、日本最古の銅鳥居と合計4つの鳥居をくぐって参拝する。そのせいではないが、出雲大社参拝の際は、一般の「二礼二拍手一礼」ではなく独特の「二礼四拍手一礼」が正しい作法となる。
448松の参道PG9P6827
松の参道。 鉄製の三の鳥居。

本殿はじめ瑞垣内の社殿が檜皮葺であるのは予め知ってはいたが、境内の多くの建造物がダイナミックな銅板葺きであることに、やや興奮気味。それらの屋根は後日紹介予定。

案内図 PG9P6803


北島国造館四脚門 棟の石 PG9P8025
社殿の屋根の前に、ここで記しておきたいのが「棟石(むないし)」だ。それは境内左の千家国造(せんげこくそう)館と右の北島国造(きたじまこくそう)館の屋根に置かれた石である。
北島大門PG9P8155

棟に置かれた石、というのは初めて見た。また出雲大社の大宮司を務めた千家国造家と北島国造家の建造物、および社家の門の屋根にのみ見られたものだから、北島国造館の神職に「あの石は何ですか?宗教的な特別な意味があるのですか?」と尋ねてみた。石の種類は「来待石(きまちいし)」と言って地元特産の石だが、意識したことはなかった。古い神職に聞いておきましょうと」、言われた。
民家の石棟PG9P8677
夕刻、稲佐の浜に向かう途中、民家の屋根にも石棟発見。必ずしも神様とは関係がないのかもしれない。



そして翌日、北島国造館の神職から丁寧な返信メールをいただいた。 
曰く「どのような経緯で設計されたかは、流石にわからないようですが棟の石は屋根が風に飛ばされないようにあると聞いているそうです。なぜなら、昔は瓦屋根ではなく、葺屋根であったため、 西風の強い地方でもあるため、重しとして使っていたのではないかとのことです。  また、来待石はこの地方の特産品でもあるので、出雲國造家に寄進されたものかもしれません。  このことが伺えるのは、やはり「北島國造家四脚門」です。これは、江戸時代の寛文の御造営のときに 御本殿後方にあった國造家の門を移築したものです。こちらも今までに数回修造を行っていますが、 昔の造りをほぼそのまま残しているものですので、この門の屋根が答えとなると思います。因みに、四脚門の屋根は、「こけら葺き」で、今回の修造では「サワラの木」を使用しています。 京都の桂離宮の葺き方と類似していると聞いています。北島國造家では、残せるものは徹底的にのこしたいとの考え方から、今でも可能な限り昔の造りを 残しているのではないかと思います。」という。
 ありがたいことである。

翌日は「島根県の右にある鳥取県」の大山で、日本茅葺き文化協会の茅葺きフォーラムが開催され、米子で参加メンバーと合流する。 代表理事である安藤邦廣先生を見つけて、さっそくこのことを尋ねる。
「それは来待石だね。地元特産の石で、よく屋根にも乗せる。風の強い地域だから載せた宗教な意味はない。砕いて石州瓦の薬としても使う。」
先生の回答だった。


石州瓦工業組合のHPに来待釉薬の詳細あり。
<p>http://www.sekisyu-kawara.jp/howto/story/kimachi/index.html

三州瓦、淡路瓦とともに日本三大瓦と称される石州瓦の特徴は良質な陶土と来待(きまち)という名の釉薬である。来待釉薬は、島根県の東部出雲地方で採掘される来待石からとれるもので、耐火度が極めて高く、耐火度の高い都野津陶土と合わさって、石州瓦が生まれた。
来待石は、約1400万年前に形成された凝灰質砂岩で、来待町の埋蔵量は世界有数。江戸時代から出雲石灯篭(国指定の伝統的工芸品)として全国に知られていた。来待石は、古墳時代の石棺、中世以降は石塔、石仏、棟石、墓石、石臼、建材などに使われ、近世中頃からは釉薬の原料となり、石見焼きや石州瓦を生み出していった。
来待石はやわらかく加工しやすい材料で大変貴重な物産として、江戸時代松江藩は藩外持ち出しを禁じていた。




門脇家PG9P0430
PG石棟9P0303
そのことを目の当たりにしたのが、フォーラム2日目の6月17日。見学コースにあった重伝建地区の所子(ところご)の街並みである。重文の門脇家の母屋から蔵といった主な建物はもちろん、町のあちこちの棟に石が載っている。案内してくださった門脇家の当主に石のことをお尋ねした。「屋根に石が載っていますが、あれは何ですか?」 地元の人の言葉で聞いてみたかったからだ。
「地元の来待石です。加工がし易いので、家紋が彫られています。風が強い場所ですから、重しでしょうか」との答えだったのだが、ここでいただいた大山町教育委員会が制作したB5版三つ折り6ページのパンフレット「重要文化財ー門脇家住宅」に「棟石(むないし)」のことが、次のように書かれていた。


冊子門脇家住宅
>棟石(むないし):棟に利用される切り石は「棟石」と呼ばれ、伯耆から出雲地方にかけて見られる伝統的な棟積みの形式である。棟石の長さは1本63.8㎝(2尺1寸)で、門脇家では来待石が用いられている。棟石の頂部は鎬(しのぎ)状に、底面は瓦に据えやすくするため、湾曲した形に加工されている。


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平成29年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」
熱中症による死傷災害の発生状況

熱中症PG9P9804



 厚生労働省は、このほど、平成29年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(確報)を取りまとめ、6月19日、公表した。 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000208979.html
 
昨年(平成29年)の職場での熱中症*1による死傷者(死亡・休業4日以上)は544人と、平成28年よりも82人増加し、うち死亡者は14人と、前年より2人増加した。熱中症による死傷者は、平成23年以降、毎年400~500人台で高止まりの状態にある。平成29年の業種別の死亡者をみると、建設業が全体の約6割(8人)と、最も多く発生している。
 また、熱中症で死亡した14人の状況をみると、WBGT値(暑さ指数)の測定を行っていなかった(13人)、計画的な熱への順化期間が設定されていなかった(13人)、事業者が水分や塩分の準備をしていなかった(4人)、健康診断を行っていなかった(5人)など、基本的な対策が取られていなかった。

職場における熱中症による死傷者数の推移

1. 職場における熱中症による死傷者数の推移(平成 20~29 年)

過去 10 年間(平成 20~29 年)の職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の 業務上疾病者の数(以下合わせて「死傷者数」という。)をみると、平成 22 年に 656 人と最多であり、その後も 400~500 人台で推移している。 平成 29 年の死傷者数は 544 名、死亡者数は 14 名となっており、平成 28 年と比較 して、死傷者数、死亡者数いずれも2割程度増加している。

業種別

2. 業種別発生状況(平成 25~29 年)

過去5年間(平成 25~29 年)の業種別の熱中症による死傷者数をみると、建設 業が最も多く、次いで製造業で多く発生しており、全体の約5割がこれらの業種で 発生している。なお、平成 29 年の業種別の死亡者をみると、建設業が最も多く、 全体の約6割(8人)が建設業で発生している。

月別


3 月.時間帯別発生状況

(1)月別発生状況(平成 25~29 年) 過去5年間(平成 25~29 年)の月別の熱中症による死傷者数をみると、全体 の約9割が7月及び8月に発生している。


時間帯別


(2)時間帯別発生状況(平成 25~29 年)

過去5年間(平成 25~29 年)の時間帯別の熱中症による死傷者数をみると、 11 時台及び 14~16 時台に多く発生している。なお、日中の作業終了後に帰宅し てから体調が悪化して病院へ搬送されるケースも散見される。


応急処置


4.屋根工事関連での事例
20歳代 :被災者は災害発生当日、酒蔵の屋根で、金属製カバーを運搬する作業を行っていた。作業終了後屋根上で単線回収作業を行い、その後行方不明となった。他の作業員が捜索したところ、屋根上で意識不明の状態で発見された。
・環境省熱中症予防情報サイトによるWBGT値は 29.3℃。


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RNY399 銅屋根クロニクル55 までのバックナンバー
「銅屋根クロニクル」バックナンバー

no4_01[1]

一般社団法人日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」の2013年2月号から「銅屋根クロニクル」の連載が始まりました。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築のとその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。

バックナンバー1~55 は以下の通り。

no11_06[1]

ルーフネットの http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E3%80%8C%E9%8A%85%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%80%8D&word=%E9%8A%85
で、見ることができます。

「施工と管理」銅屋根クロニクル 1  2013.2 奈良・正倉院正倉
「施工と管理」銅屋根クロニクル 2  2013.4 大阪・大阪城
「施工と管理」銅屋根クロニクル 3  2013.5 東京・築地本願寺
「施工と管理」銅屋根クロニクル 4  2013.6 大阪・中之島公会堂
「施工と管理」銅屋根クロニクル 5  2013.7/8 東京・ニコライ堂(日本聖ハリストス正教会教団復活大聖堂)
「施工と管理」銅屋根クロニクル 6  2013.9 神奈川・横浜市開港記念会館 
「施工と管理」銅屋根クロニクル 7  2013.10 東京・湯島聖堂(前編:屋根)
「施工と管理」銅屋根クロニクル 8  2013.11 東京・湯島聖堂(後編:樋)
「施工と管理」銅屋根クロニクル 9  2013.12 京都・北野天満宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 10  2014.1  番外編 「缶詰屋根は茅葺き屋根のタイムカプセル?」

「施工と管理」銅屋根クロニクル 11 2014.2 東京・迎賓館赤坂離宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 12 2014.3 栃木・日光東照宮-
「施工と管理」銅屋根クロニクル 13 2014.4 東京・京都・奈良国立博物館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 14 2014.5 東京・国立博物館表慶館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 15 2014.6 愛知・名古屋城
「施工と管理」銅屋根クロニクル 16 2014.7/8 栃木・日光旧田母沢御用邸
「施工と管理」銅屋根クロニクル 17 2014.9 静岡・静岡浅間神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 18 2014.10 京都・ 西本願寺伝道院
「施工と管理」銅屋根クロニクル 19 2014.11 静岡・三嶋大社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 20 2014 .12 愛知・熱田神宮 .
「施工と管理」銅屋根クロニクル 21 2015.1 番外編 京都・祇園祭り大船鉾 の銅板屋根

「施工と管理」銅屋根クロニクル 22 2015.2 宮城・大崎八幡
「施工と管理」銅屋根クロニクル 23 2015.3 北海道・北海道旧本庁舎
「施工と管理」銅屋根クロニクル 24 2015.4 東京・小石川のあかがね御殿の(旧磯野家住宅)
「施工と管理」銅屋根クロニクル 25 2015.5 大阪・中の島図書館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 26 2015.6 愛知・名古屋城
「施工と管理」銅屋根クロニクル 27 2015.7/8 栃木・日光旧田母沢御用邸
「施工と管理」銅屋根クロニクル 28 2015.12 静岡・静岡浅間神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 29 2016.1 京都・ 西本願寺伝道院
「施工と管理」銅屋根クロニクル 30 2016.2 静岡・三嶋大社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 31 2016.3 愛知・熱田神宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 32 2016.4 岩手・中尊寺
「施工と管理」銅屋根クロニクル 33 2016.5 京都・京都府庁旧本庁
「施工と管理」銅屋根クロニクル 34 2016.6 茨城・筑波山神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 35 2016.7・8 福岡・櫛田神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 36 2016.9 新潟・白山神社-
「施工と管理」銅屋根クロニクル 37 2016.10 長崎・諏訪神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 38 2016.11 茨城・鹿島神宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 39 2016.12 神奈川・総持寺
「施工と管理」銅屋根クロニクル 40 2017.1 京都・京都市美術館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 41 2017.2 奈良・橿原神宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 42 2017.3 東京・妙福寺
「施工と管理」銅屋根クロニクル 43 2017.4 茨城・旧水戸城薬医門
「施工と管理」銅屋根クロニクル 44 2017.5 兵庫・春日神社
「施工と管理」番外・今月の話題   2017.6 東京・中銀カプセルタワービル
「施工と管理」銅屋根クロニクル 45 2017.7・8 新潟・県政記念館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 46 2017.9 広島・厳島神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 47 2017.10  長崎・大浦天主堂
「施工と管理」銅屋根クロニクル 48 2017.11 東京・三鷹八幡宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 49 2017.12 京都・大石神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 50 2018.1 茨城・笠間稲荷
「施工と管理」銅屋根クロニクル 51 2018.2 長崎・ 浦上天主堂
「施工と管理」銅屋根クロニクル 52 2018.3 東京・虎ノ門金比羅宮
「施工と管理」銅屋根クロニクル 53 2018.4 神奈川・江島神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 54 2018.5 京都・京都文化博物館
「施工と管理」銅屋根クロニクル 55 2018. 6 京都・岡崎神社
(予定)
「施工と管理」銅屋根クロニクル 56 2018. 7・8 鳥取・大山神社
「施工と管理」銅屋根クロニクル 56 2018. 9 「特別編」 ルーファーの氏神、近江神宮 


600 クロニクル37まで 

このうち1~37までは(一社)日本金属屋根協会のホームページの「銅屋根クロニクル」Web版 
http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html
で見ることができます。


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2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
鶴川絵日記 20180621 夏至
夏至のアケビDSC06243
梅雨の晴れ間 2018年6月21日午後7時7分 夏至。

geshiDSC06241.jpg


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国際茅葺き会議 第6回日本大会 来年5月 白川・美山で
世界の茅葺き職人150人が日本に集まる
英独蘭、デンマーク、スウェーデン、南アと日本

700ITC 東京


白川郷での国際フォーラムでは同時通訳が入り、天候次第ではあるが、参加者による、屋根葺きも行われる。

(一社)日本茅葺文化協会・安藤邦廣代表理事談(2018年6月16日)
安藤代表理事 PG9P3555

2019年5月18日から5日間、ITC国際茅葺き会議 第6回日本大会が開催される。
初めの3日間は白川郷、その後、京都・美山に移り、さらに神戸へと巡回しながら、発表、ワークショップ、見学、交流など盛りだくさんのプログラムを計画している。
世界7か国から150人の茅葺き職人が大集合する予定だ。日本側の受け入れ団体が日本茅葺職人連合。ITCはいわば世界の茅葺き職人の交流会である。

日本にはこれまで茅葺き職人が交流できる組織がなかった。それは日本の茅葺き職が主に農家の兼業であったことに由来する。故に茅葺きが職業として確立されていなかった。現在、茅葺き職人が減ってしまったこともあり、日本には茅葺き職の団体が存在しなかった。このほど国際茅葺き会議の企画を得て、日本茅葺き職人連合が立ち上がり、日本へ招致することとした。

我々(一社)日本茅葺き文化協会も設立10周年の節目の年であり、ITCは定例のフォーラムを兼ねる記念大会となる。来年2019年は茅葺文化発展の年になるだろう。皆さん白川郷で、美山で世界の茅葺き職人たちと競い合って、交流を深めてほしい。また関係する多くの人達の知恵と協力が欠かせない。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会」
2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
エフロマニア⑦
エフロマニア⑦
エフロマニア⑦ DSC00186 - コピー

エフロレッセンス(白華現象)が発生する原因は、モルタル中の水酸化カルシウムCa(OH)2 が、浸入した雨水などに溶けて目地やクラックからにじみ出し、空気中の炭酸ガスと反応して炭酸カルシウムCaCO3 となるからです。カルシウムだけではなくマグネシウムやナトリウム類が混じることもありますが、白く変色したように見えます。


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RNY45回 日新工業 水コンペ
テーマは LIVING upon the HISTORY
歴史のうえに暮らす歴史のうえに暮らす

みずコンペ


課題解説

今年のテーマは、「歴史のうえに暮らす」です。私たちが住み、暮らしている場所には長い歴史が横たわっています。私たちはその場所の歴史的蓄積のうえに今の暮らしを築いてきました。経済や産業が急速に発展した20世紀は、それまでの歴史と決別し、新しい世界を組み立てようとしました。しかし、人間は歴史と決別することはできず、そのうえに立っているのだということが反省として語られるようになり、現在に至っているとも言えるでしょう。

人間の歴史、国家の歴史、社会の歴史、都市の歴史、街の歴史、土地の歴史、暮らしの歴史、家の歴史、家族の歴史・・・。歴史といってもさまざまです。それぞれの歴史において、人間の経験が空間と折り重なって織り上げられています。

今日、そうした歴史のうえに暮らすということはどういうことなのか。それは現代においてどのような空間と時間として表現可能なのか。みなさんの提案をお待ちしています。



審査委員コメント

ヨーロッパの街では、街に関わった偉人や出来事を記念した建造物が、後世に残ります。都市とは、大きなお屋敷や広場、教会など、さまざまな記念碑が集まった集合体なので、そこに暮らせば街の歴史がわかり、街の成り立ちがわかります。私たちは現在的空間の中に住むだけでなく、時間の中にも住んでいます。家でも銭湯でも駅舎でも、どのようなものでもよいので、あなたの街の歴史と未来につながる暮らし、時空間のなかの建築を考えてみてください。

― 西沢立衛
歴史は英語で言うとHistoryですが、この言葉には人びとの営みとしての歴史という意味以外にも、時間の流れの中で不可逆的に刻まれてきたこと、例えば生物進化の流れとか、履歴という意味合いもあります。そんなさまざまな時間の痕跡を表す言葉として歴史というものを捉えるとき、どんな提案が生まれるでしょうか。

― 平田晃久
15世紀のルネサンスや18世紀の新古典主義、20世紀のポストモダンなど、我々建築家はこれまで幾度となく「歴史」への傾倒を繰り返してきた。しかしそれらはいずれも西欧中心の歴史観に根ざすものである。そうではない建築を見てみたい。またベストセラー『サピエンス全史』を挙げるまでもなく、歴史という概念そのものの拡張も起こっている。今、「新しい歴史」にどう向き合うべきか考えて欲しい。

― 吉村靖孝
性格とは価値判断の様式であり、人格とはその判断の連続により形成される、いわば人の歴史です。歴史も価値判断や解釈の連続が生み出すものであり、その対象の性格を決めるものです。歴史のうえに暮らすとは、解釈の連続にどう応え、これからの暮らしをどう性格付け、様式を決めるのかを問う本質的な課題です。その根本に迫る提案を期待します。

― 羽鳥達也
歴史を可視化することは一般に良きこととされていますが、自らに都合よく可視化することで軋礫を生むこともあります。書物にしかない歴史もあれば、書物にない歴史もあり、近年では人類史を超えた歴史の中で人類史を相対化する議論もあります。建築を使って、どんな歴史を可視化するのか。豊かな想像力との出会いに期待しています。

― 藤村龍至
過去の蓄積のうえに立つ私たちは、通常それを意識せず暮らしています。しかし皆さんはそこに留まらず、過去、そして未来に目を向けてみてください。古きものを忘れず、土地や人が持つ歴史を未来へ紡ぐことも、建築に携わる者の使命かもしれません。熱意ある提案をお待ちしています。



賞金
1等[1点] 100万円
2等[1点] 50万円
3等[1点] 30万円
佳作[8点] 各10万円

+「新建築」2019年1月号で発表
+ 建築会館ギャラリーにて展示:2019年2月12日(火)~ 15日(金)


スケジュール
応募登録期間
2018年4月2日(月)~ 2018年10月1日(月)
作品提出期間
2018年8月20日(月)~ 2018年10月5日(金)必着


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RNY 2017年全防水材出荷量
JWMAが平成29年(暦年)の材料別施工実績を発表した。
一般社団法人 日本防水材料協会 (略称:JWMA)Japan Waterproofing Materials Associationは、防水材料メーカー団体であるアスファルトルーフィング工業会、合成高分子ルーフィング工業会、日本ウレタン建材工業会、トーチ工法ルーフィング工業会およびFRP防水材工業会の5つの工業会の上部組織である日本防水材料連合会として2006年に設立し、2018年4月に新たに日本防水材料協会に名称変更した。

2017年(暦年)施工実績集計 (千㎡)

700JWMA2017 年出荷量2009より CCF_000029 (3)



2017年施工実績シェア(千㎡)
2017年施工実績シェア(千㎡)JWMA (3)

集計は平成30年3月5日で、傘下の(当時)工業会が次のように状況分析している。

700JWMA2017 年出荷量コメント CCF_000029 (4)




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平成30年黒川燃水祭は7月2日
新潟県黒川(旧黒川村、現胎内市)で開催

採油P7010136
採油の儀。 写真は昨年の様子。 下も。

アスファルトと石油に関するわが国最古の記録が日本書紀である。新潟県「越の国黒川臭水遺跡保存会」が7月2日、『黒川燃水祭』を開催する。
 「日本書紀」第38代天智天皇7年(西暦668年)の記述に「越の国より燃土・燃水を献ず」とあるのは、黒川(旧黒川村、現胎内市)といわれ、その昔、原油が川のように黒々と流れたことから黒川の地名の由来になっている。
 この史実を後世に伝えようと毎年行われているのが『黒川燃水祭』で、天智天皇を祀る滋賀県の近江神宮から神官をはじめ石油開発業界、石油販売業界の代表が参列するとともに、地元小学校児童も郷土史の勉強を兼ねて見学し、白装束を身にまとった保存会メンバー等が献上風景を再現して街中を行列する。
 なお、『黒川燃水祭』でカグマ(リョウメンシダ)により古式の方法で採油された油は、近江神宮において7月5日に開催される「燃水祭」に奉献される。

出発P7010453
献上行列


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防水の歴史資料館への序章
防水の象徴「燃える土」を初めて奉献
2018年7月5日 11時 滋賀県近江神宮で燃水祭



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日本シーリング材工業会機関誌「& SEALANT」の2018年6月10日発行NO.101号より。


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武相荘の茅葺き講座 「茅葺きと農業〜積み重ねる暮らし〜」

現代の茅葺き職人 中野誠・塩澤実・相良育弥 3氏の鼎談・講演会に参加して
(筑波大学図書館情報メディア研究科 博士前期課程2年 宮本温子)

会場 P5190026


私たちの普段の生活で、茅葺き文化に接触できる機会はそう多くはない。しかし、会場にはほぼ満員の総勢40名程度の聴衆があつまり、そのなかの約半数が20代の若者であったことに驚いた。講演会を拝聴するまで茅葺きのことをほとんど知らなかった筆者は、この会場に満ちる熱気に少々たじろいだ。

 講演会が始まると、司会の相良さんが、茅葺きとは何かについて、茅葺きと農業の関連性を軸に話された。
 茅葺き、と聞くと私たちは日本昔話に登場しそうな古い家屋を思い浮かべるだろう。そもそも、茅葺きの茅とは、屋根に葺かれる植物の総称であり、ススキやスゲ、チガヤ、ヨシ、稲ワラ、麦ワラなどがそれに該当する。また、茅として使用される植物は地域によって異なっている。これらを刈り取って、長さを揃えて綺麗に束ねたものが、屋根材のための「茅」となる。それを、束の状態で運び、並べて葺いて、たたき揃え、刈り込むことで私たちがイメージする「茅葺き」は出来上がる。相良さんは、こうして茅を葺くのにも大変な労力がかかるけれど、葺いた後の茅の管理の重要性については茅葺きの話においてついつい見落とされがちだと指摘した。

 以上の前置きのもと、葺いた後の茅葺き屋根、および、役目を終えた後の茅くずがどのように活用されているか、という、今回の講演会のテーマが提示された。
P講演前の打ち合わせ 5190021
相良 育弥(さがら いくや)1980 年生まれ。淡河かやぶき屋根保存会くさかんむり代表。


 一度葺いた茅葺き屋根の寿命はだいたい3、40年である。役目を終えて降ろされたた茅は、古くから農業で活用されてきた。茅くずを肥料とするためにはまず茅を腐らせなければならない。腐らせている途中の茅は層のように土に近い方から分解されていくが、こうした茅の中にはミミズ、ヤスデ、カブトムシ、トンボなど様々な虫が集まるそうだ。また茅の中には放線菌とよばれる有用な善玉菌が含まれており、天然の抗生物質のような働きをする。これは最近の研究によって明らかにされたことではあるが、昔の人々は手仕事を通じて、経験的にこのような茅葺きの病害抑制のメカニズムを知り、農業に活用してきたそうだ。相良さんたちは、当時はこうした効能を持つ茅の肥料を前提とした農業があったと考えている。「百姓の仕事の何割かは茅葺きの中にある」と相良さんがしきりにおっしゃっていたのが印象的だった。相良さんは茅葺き職人になる前は、農家になることを志望されていたそうで、今も農業に関わりたいという思いは強く、自宅の畑で作った茅くずを近隣の農家さんに配っているそうだ。「自分はまだ百姓ではないけれど、自分が茅くずを配って、周りの農家さんが野菜をたくさん作って、自分にも分けてくれる。30姓もっていて(100姓のうち30品目作れる力は持っていて)のこりの70姓は外部メモリー化でも良いかなと思って。(笑)」というジョークに会場は笑いに包まれた。相良さんの「自分を取り巻く環境全体で「百姓」なら良いのではないかと思うようになった」という言葉の中には、現代らしい人と農業の関わり方の知見があるように感じた。

石川邸
中野 誠(なかの まこと)美山茅葺株式会社 代表取締役.1968年生。

 話者が中野さんへと移ると、今度はより実践的な茅と農業の関わり方を考えさせられた。中野さんは普段から茅葺き職人として活躍されるかたわらで、農業に励まれている。もともと農協で働かれていた中野さんは、従来の農協や現行農法のあり方に疑問を抱くようになり、福岡正信著『〔自然農法〕わら一本の革命』やイギリスで見た茅葺きに魅せられて、自然農法への熱意を抱くようになるとともに茅葺きの技術を学ぶに至ったそうだ。中野さんは自らの田畑において、自然農法と現行農法の比較実験を行われている。自然農法は、完全無農薬で行われているため、雑草の発育をどう抑え込むかが悩みの種なのだそうだが、実るお米の味は現行農法のものと比べられないほど美味しいそうだ。また、お米を美味しくする秘訣として「いなき(稲木)干し」が重要だそうだ。稲を木にかけて干す行程だが、これによって茎に溜まっている旨味を米に行き渡らせることができ、かつ、そこでとれるワラは茅葺き屋根として利用できる。そして、役目を終えた茅くずは美味しいお米を育んでくれる。このような、自然と人の営みから生まれた循環が、私たちの生活を支えてくれていることを実感できる機会は、現代人の消費活動に偏った暮らしのなかでは滅多にない。人々の暮らしのあり方は変わっても、私たちが生きていくために、自然からたくさんのものを取り出していることには変わりない。私たちはこれを決して忘れてはいけないし、私たちの未来のために、自然と人の暮らしの循環を考え続けなければならないと考えさせられた。ちなみに、中野さんのお宅で育ったお米は美山茅葺株式会社HPで購入することができる。
キーワード
パンを焼いて茅葺きを直す
塩澤 実(しおざわ みのる)1972年生。茅葺屋代表。

 最後の話者、塩澤さんは「Bake & Restore」という活動を通じて、茅葺き屋根の管理の現状や、今を生きる私たちと茅葺きがいかに共存していくかという問題に取り組んでいる。「Bake & Restore」の活動は、六甲山にある船坂という集落に残る、トタン屋根を被せられた茅葺き屋根の古民家で行われている。塩澤さん曰く、トタンを被った茅葺きは、「茅葺きの缶詰」なのだそうだ。前述のように、茅葺きを葺く作業ももちろんのこと、その維持管理にも大変な労力がかかるが、トタン屋根を被せることによって、古い茅葺きの劣化を防止し、屋根を長く保存することができる。地域特有のフォルムと素材が保たれる、いわばタイムカプセルであり、トタンをめくれば復活が可能になる。こうしたトタン屋根を被った茅葺きは日本各地に今も多く存在している。「Bake & Restore」の活動は、水の少ない船坂集落において米よりも主流だった小麦の栽培を通じて、集落に残る「茅葺きの缶詰」を開け、茅葺き屋根を再生させて、再び私たちの生活との接点を持たせていくのが目的だ。ここでは、小麦を育てて、取れた小麦でパンを焼き、ワラで屋根を葺き、茅くずを畑に巻いて小麦を育てるという、茅を中心とした循環のサイクルを実践することができる。また、小麦の栽培には、集落の中で耕作放棄地となっていた場所活用している。この活動の参加者の多くは関西の大学生たちだが、参加費は個人負担で、年8回にわたる比較的重労働なワークショップであるにもかかわらず、いつも満員だそうだ。告知の方法は大学の張り紙やHPが主だそうだが、最近は全国様々な場所から、年齢問わず参加者が集うようになりつつあるそうだ。「茅葺きの利点はいろいろあるけれど、結局一番の利点は里山の風景を取り戻せることにあるのではないか」と塩澤さんは指摘する。茅葺きの建築自体は、日本に限らず様々な国にある。むしろ、様々な国で茅葺きが再評価されているのに対し、日本は茅葺きに対する建築としての評価は高いものの、茅葺きそのものについての意識はかなり低い。しかし、日本にはまだトタンを被った茅葺きや、昔ながらの里山の風景が残っており、茅葺きがまた地面と繋がるための土台が残っている。再び茅葺きが自然な形で地面と繋がる仕組みを作るのが、三氏の目標だ。三氏は「日本のすべての建築を茅葺き屋根にするのはハードルが高い。でも、街に住んでいても、茅葺き屋根に触れる機会を持つことはできる。人々の意識が変われば、日本は他国に負けない、茅葺き文化の逆転トップランナーになれる」と語られた。

講演後母屋の前で説明する牧山館長

「生活のための必死さ」が茅葺きを守ってきた

 講演会を聞いて、茅葺き文化が日本社会に定着していたことの背景には、はじめに農業の仕組みとそれを生業とする人々の暮らしがあり、その上で茅葺きがあったことが大きく関係していることを見失ってはいけないのだと感じた。そのなかで、ある種の「生活のための必死さ」が茅葺きを守ってきたのだろう。今はこのような「生活のための必死さ」の視点はほとんど抜け落ちてしまっている。しかし、三氏によると、茅葺き屋根の古民家を持つ多くの家庭で、世代間における茅葺きに対するイメージにギャップが生まれているそうだ。お祖父さんは一家の歴史の象徴でもあり、誇りでもあった(茅葺きの管理はしばしば近隣住民が一丸となって行われ、お祭りのような側面もあった)茅葺きを守ろうとするが、それを支えたお祖母さんの苦労を見ていたお父さんは家を建て替えようとする。もちろん屋根は瓦か金属である。しかし、おじいちゃんの思いを共有している孫は茅葺きの良さを再評価して残そうとすることが多いのだそうだ。こうした事例から、日本の茅葺きが「生活のための必死さ」から脱却したことによって、確かに日本社会から茅葺きが減ってしまったが、同時に、茅葺きが本来人々の生活の中で果たしてきた役割や、これからの社会における有用性を客観視できるフェーズに移行することができたと考える。こうした時代だからこそ、私たちは茅葺きの中から私たちにとっての「持続可能な社会」への知見を得ることができるかもしれない。
 
P講演者を囲んでの懇親会では5190062

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苫屋根の下でショームを吹く妖精
苫屋根の下でショームを吹く妖精 P5310222
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2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
6月17日までです

MUSEE exhibitions 007
Katsuhiro Saiki 2018 齋木 克裕 展  Non-Architectural Photographs
【日時】2018年5月23日(水)〜6月17日(日)11時〜18時  ※月・火は休廊 
【場所】銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ) 【料金】入館無料 
6/9(土)16:00〜17:00 ギャラリートーク「非建築的な写真」 アーティスト× ゲスト 梅津元(埼玉県立近代美術館 学芸主幹/芸術学)

始まります銀座ミュゼPG9P6729


shousai

非建築的な写真(銀座レトロギャラリーMUSEEHPのHPより)

 この展覧会のために選んだ作品は、1999 年から2011 年のあいだに制作した、建築や構造物を被写体とする写真作品です。いずれの作品でも、写真と抽象芸術の関係を探ろうとしています。写真というメディウムは被写体を必要とするので、常に、過去の出来事やここにはない何かを示しますが、一方で、対象を持たない抽象芸術は、作品自身のほかの何かを指し示すことはなく、今、目の前にそのものとして存在します。写真と抽象芸術という異なる形式をひとつに重ね合わせることによって、遠くと近く、過去と現在、ここにはないものとここにあるものといった、一見対立し、矛盾することがらを共存させうるような場所を、作品のなかに形づくろうとしました。
 建築は、人が住み、集い、使用されることによって、建築として存在します。写真は、その建築の機能や美しさを記録することもできますが、一方で、写真に撮られることで建築物の有用性は取り去られます。建築は見られる対象となり、建築ではないものへと変化させられるのです。
 作品のなかで、私は、それらの写真を切り取り、入れ替え、繋ぎ合わせ、作品自体の物の構造に従って組み替えています。建築物の持つ秩序を一旦分解し、たとえば画面の形体やプロポーションのような、物の秩序に重ね合せようとしています。それらの操作は、割り算や掛け算のような数式にも似た単純なものですが、剰余として残るものが常にあります。それは、たとえば、内部と外部、近くと遠く、現在と過去といった枠組みで物事を分け、認識しようとしても、捉えきれないような何かであり、私の作品は、それを顕在化させる装置のようなものだと思います。(齋木克裕)

作家紹介

齋木 克裕 アーティスト
東京都生まれ。創形美術学校、東京綜合写真専門学校で学ぶ。2002 年にアジアン・カルチュラル・カウンシルの助成でP.S.1(ニューヨーク) の インターナショナル・スタジオ・プログラムに参加、2004 年には文化庁より新進芸術家の海外研修助成を受ける。以後2017年までニューヨークで活動する。主な展覧会にArtists Space(ニューヨーク)、Japan Society(ニューヨーク)、Nederlands Fotomuseum(ロッテルダム)、川崎市市民ミュージアム(神奈川)などがある。主なコレクションは国際交流基金(東京)、DZ 銀行(フランクフルト)ほか。

監修者 紹介

白川 真由美 アート・コーディネーター
千葉県生まれ。コム・デ・ギャルソンのイメージ戦略に衝撃を受け、大阪芸術大学美術 学部芸術計画学科で教授の吉仲正直より、デッサンや哲学、体験する過程の重要さを学ぶ。国際展「水の波紋’95」で、街に作品を点在させるプロジェクトにサポートとして参加したのをきっかけにアートに関わるようになり、その後、京橋のギャラリー、私設美術館勤務を経て現代アートの捉え方を身につける。企業にアート起用を提案する事業などを通じて、人智を尽くした造形力を伝えるべく活動している。

竹(棒)と縄(紐)があれば何でもできる。
「建築再生展」で茅葺きが訴えたいのは
「農業と屋根の循環」と今に生かせる遊び

ススキで箒(ほうき)を作る山城萱葺㈱の職人 伊東洋平さん。
ススキで箒(ほうき)を作る山城萱葺㈱の職人 伊東洋平さん

448ススキの穂をそろえてほうきを作るP5310297
ススキの穂を揃える

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RNY 397  「施工と管理」銅屋根クロニクル-54 -
三条高倉界隈で辰野式建築めぐり
京都文化博物館( 旧日本銀行京都支店 ) 京都府

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現在の日本銀行京都支店は木屋町二条にあるのだが、最初の日本銀行京都出張所は1894年(明治27)4月に東洞院通御池上ルに開設された。その後1906年()現地に新築移転され、また1911年()には出張所から支店に昇格。銀行は1965年(昭和40)河原町二条に移転し、建物の方は1967年(昭和42)から古代學協会所有となり、翌年「平安博物館」として開館した。1986年(昭和61)京都府に寄贈。 修理・復元ののち1988年(昭和63)博物館別館として公開、現在に至る。

二階展示場のもけい PG9P5065

建物の意匠は19世紀後半のイギリスの建築によく使われた様式で、両翼には塔屋が付き、屋根には通気塔・ドーマー窓などを設けて変化に富んでいる。内部には旧営業室時代の大きな吹き抜けの間があり、カウンターのスクリーンや壁面の装飾、さらに天井の仕上げや装飾など、当時の雰囲気をよく表わしている。建物の背後には別棟の金庫があり、渡廊下でつながっており、金庫棟は煉瓦造、一階建、桟瓦葺。

448 54DSC05463

日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら>>http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html
銅屋根クロニクル 銅屋根クロニクル 54 京都文化博物館( 旧日本銀行京都支店 ) 京都府

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№358、2018年5月号より

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永井香織さんと茅葺きのルーフネット
永井香織さんと茅葺き

永井茅葺きの「ルーフねと P5300122
左・永井香織准教授(日大)、中・上野弥千代事務局長(日本茅葺き文化協会)日本の防水と雨仕舞の歴史館ブースで(第23回R&R建築再生展2018)。
永井さんがアーヘン工科大学留学中、たまたま「日本の茅葺き職人が葺いているから見に来ないか」と言われて行ってみたら、 相良郁哉という人だった。本サイトでもよく紹介する、日本茅葺文化協会の仲間で広告塔の一人だ。それを聞いて驚く上野さん。「えーー、世の中狭いね」という言葉が、何度もこのブースで聞こえた。 これぞ屋根が結ぶルーフネット。


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聖書と防水 ノアの方舟の音楽

ノアの方舟の音楽を演奏する菅沼起一と中世音楽アンサンブルP5310199
ルーフネット提供「日本の防水と雨仕舞の歴史館」 で、ノアの方舟の音楽を演奏する菅沼起一と中世音楽アンサンブル

オルガネット が奏でるノアの方舟の音楽 P5310180

ブースでは、次の展示を準備しています。
茅葺の技と知恵=再生・省エネの原点、今に生きる茅葺。世界茅葺き大会と日本茅葺き文化協会の紹介
天野彰氏制作のプレハブに茅葺きラッピング。茅葺きと苫編みの実演。
日本茅葺き文化協会会長安藤邦廣氏(筑波大学名誉教授)5月31日、天野彰氏のミニセミナー
旧約聖書の世界と防水。ノアの方舟・バベル塔、フェルメール パネル
縄文時代のアスファルト利用と防水。パネルと土瀝青展示。
日本書紀・燃える土、黒川燃水祭と近江神宮燃水祭。写真と黒川近江冊子。
近江神宮博物館に「燃える土」と燃水祭資料展示計画実行委員会。
石原沙織千葉工大准教授。なぜ茅葺・杮葺きで雨が漏らないか。
菅沼起一と中世古楽アンサンブル演奏5月31日11時と14時
日本建築学会防水アーカイブズWGの活動報告。パネル
NPO匠リニューアル技術支援協会:12年経過した防水層を顕微鏡で見たら。
近代前夜の防水:淀橋浄水場、蓑虫山人が描く屋根防水
現代の防水:協賛企業のカタログ展示など。
金属屋根の美と知恵 一社・日本金属屋根協会のパネル(初めて学ぶも)
JADA日本建築ドローン協会のパネル。ドローンが開く調査診断の可能性
その他、ビッグイシュ―、日本熊森協会


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防水屋が「劣化した防水層の断面」を見せる
「日本の防水と雨仕舞の歴史館」のNPO匠の技術支援活動紹介コーナー

448劣化防水層の断面 P5300121
劣化部分を調べるのに、通常は表面の変化を見る。 それは切り取るのが極めて困難だから。施主:管理組合の信頼を得た工事店なら、可能だ。
448田中先生も P5300129
東京工業大学田中享二名誉教授も興味深々



石原先生も もちろん P6010382
千葉工大石原沙織先生も
P6010387.jpg
「日本の防水と雨仕舞の歴史館」のNPO匠コーナーでのショットです。
壁面のパネルは、旧約聖書や日本書紀に書かれた防水の歴史を紹介した、ルーフネット提供の資料。

メーカーのトップも P6010392
メーカーのトップも 

448もちろん写真を展示していた鶴田ゆたかさんもP5310290
もちろん隣のブースで写真展示をしている鶴田裕さんも。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会
2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
棟を編む 
日本の防水と雨仕舞館
2メートルの竹45本 麦・稲わら角5束 縦4本横5本で沸く絵を組む P5300135 (2)
2メートルの竹45本 麦・稲わら角5束 縦4本横5本で枠を組む

棟を編む448 P5300138
棟を編む

棟完成448 P5300140
棟完成

棟を乗せる448 P5300136
棟を乗せる.



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2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。