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(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY325    保存か建て替えか   中銀カプセルタワービル ③

保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル ③
メタボリズムは知らなくてもカプセルは好き。

カプセル


自己表現の技に長けた饒舌な建築家の言葉はしばしば凡人を途方に暮れさせる。中でも群を抜く黒川紀章は、「私の建物がなくなっても私の思想は残る」といって100 冊の著作を残した。(黒川建築都市設計事務所のサイトで、国内56 の、海外44 の著作のリストがみられる。 http://www.kisho.co.jp/page/315.html)

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8条からなる「カプセル宣言」がある。 「従来、社会を構成する単位は夫婦であった、しかし今や(注:ホモ・モーベンスの発刊は1966 年)その単位は個人である。個人の空間とは何か」黒川紀章はこのことを見つめることが、カプセル論のスタートになるとした。


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 カプセルは変化し、居住者は様変わりする。中銀カプセルタワービルの居住者の中に、メタボリズムというイズムとは無縁だが、カプセルを愛し、ひたすら存続を願う人が現れ、増殖し、そんな居住者がばしば、カプセル内の飲み会で話し合う。保存運動が立ち上がり、賛同者が幅広く集まる。いったん否決されたカプセルの交換を含む大規模修繕を再提案し、有志による修繕を実施してしまう。
黒川紀章は「我々が追球したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステムを刺激する原理」といった。 今カプセルの住人は、しっかり「刺激」され、「セルフエイドシステム」が発動し、「オーナーズエイド」が動き初めている。




月刊「リフォーム」2016年10月号から、保存か建て替えか、で紛糾する世界的に著名な中銀カプセルタワービルの連載が始まった。本コーナーでは、その記事を順次転載している。今回は3回目、2016年12月号より。

保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル ③
メタボリズムは知らなくてもカプセルは好き。
(株)テツアドー出版 月刊「リフォーム」2016年12月号より

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

大阪LIXILギャラリーで「南極建築 1957-2016」展
大阪LIXILギャラリーで「南極建築 1957-2016」展
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2016年12月9日(金)~2017年2月21日(火) 水曜休館
【会 場】LIXILギャラリー 大阪会場
鶴川絵日記琉球菊つつまれてPB110051


日本のプレファブ建築は南極で始まったといわれる。 極寒の地、南極では、厳しい環境に耐えうる建築物がつくられてきた。1957年の第一次観測隊のから2016年まで、昭和基地を軸にした南極建築の変遷を、中核機関である国立極地研究所の アーカイブから写真、映像、実資料など約90点を展示。

「元越冬隊長が語る、南極の暮らし」で講演も
2017年1月28日(土)14:00~15:30
 講 師:石沢賢二(国立極地研究所極地工学研究グループ技術職員)
同氏は国立極地研究所の設営部門のリーダーとして、また隊長として、これまで7回の南極観測隊に参加。

詳細・予約は http://ax86.asp.cuenote.jp/c/bfxEaa7dv6aD3zak  へ。

昭和基地の建物の防水の関しては、2005年に(一社)全国防水工事業協会が発行した「日本の防水」に社・公共建築協会・梧原幸八郎氏(当時)が「南極昭和基地の建築の防水」を寄稿している。
これによると、南極での建築防水は、春から夏にわたっての太陽による融雪水が対象になる。プレハブ建築の接合部はクロロプレンゴムのガスケットと、シーリング材。はじめ極地用に試作した油性コーキング材の「エバーシール」から、1969年の第10次隊から油性コーキングに加えて、シリコーンシーリング材も併用された。




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