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(旧 「防水屋台村」建設中)
軍艦島30号棟の防水層を採取分析

ARKが調査の経緯と調査範囲を初めて報告


軍艦島


アスファルトルーフィング工業会(略称ARK/猪野瀬正明会長)は100年前に建設されたわが国初のRC集合住宅の屋上防水層の劣化状況を発表した。
これは2015年10月、ARKが福岡大学の古賀一八教授らと軍艦島に残る建物群の防水を調査した際のサンプルを分析したもの。
2016年8月24日の建築学会大会で、初めて「軍艦島構造物の屋上防水調査(材料施工部門1394)」として報告した。

軍艦島はその外観から称される通称で、正しくは「端島(はしま)」。長崎県長崎市(旧高島町)にある島だ。明治時代から昭和時代にかけては海底炭鉱として繁栄し、東京以上の人口密度を有していた。人口が最盛期を迎えた1960年(昭和35年)には5,267人。人口密度は83600人/km²と世界一を記録した。1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島である。2015年、国際記念物遺跡会議(イコモス)により、軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録された。

端島で鉄筋コンクリート造の施設や住宅が建設されたのは、狭い島内に最大限の住人(作業員)を住まわせるため、建物を高層化する必要に迫られたからである。
端島に残る集合住宅の中で、7階建の30号棟は1916年(大正5年)の建設で、日本初の鉄筋コンクリート造の高層アパート(1916年の竣工時は4階建て)として特に注目されている。

軍艦島に残る構造物群の状況、飛来塩分や鉄筋腐食、などに関する建築学会大会での初めての報告は2012年・2013年に行われ、屋上防水に関しては、2005年に、阿久井喜孝氏(東京電機大学)が「軍艦島実測調査資料(東京電機大学出版局)」で、アスファルト防水の押さえ工法であることを記している。しかしそこでは防水層の詳細については報告されていなかったため、ARKでは2015年10月、軍艦島の6棟のRC構造物の屋上調査、サンプリングを行った。そして、このほど公的な防水層仕様や防水材料の歴史的な変遷を考慮し、軍艦島構造物の屋上アスファルト防水層に使用された防水工事用アスファルトとアスファルトルーフィングの種類を推定し、発表した。

軍艦島no30号棟アパート P3160269
日本最古のRC集合住宅30号棟(撮影:JWHA日本防水の歴史研究会)

30号棟は、1916年(大正5年)に建設された日本初の鉄筋コンクリート造アパート。当初4階建てで、鉱員社宅として建てられたが、完成後まもなく7階建てに増築され、閉山時には下請飯場として用いられていた。島の南西部に位置する。戸数は140戸、総床面積は3808.0平方メートル。


調査対象と立地 
ARKが行った防水層の調査対象建築と軍艦島での位置

P3160179.jpg
軍艦島の建物の防水層の様子(撮影:JWHA日本防水の歴史研究会。上下)

P3160202.jpg

30gou 棟のサンプル最終位置
30号棟でのサンプル採集位置


30号棟の防水層の劣化状況(写真ARKアスファルトルーフィング工業会)

30号棟の防水層1

30号棟2

30号棟3

30号棟4

目視による防水層の劣化状況
目視による防水層の劣化状況(ARK)

(続く)


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会