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(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY297   わが国シーリング工事の歴史がここに 4

わが国シーリング工事の歴史がここに(4)

資料第四号 マサル「四十年の歩み」と「50年の記録」より
昭和40 年代(発展期)のこと

40周年



ルーフネットのアーカイブ・防水の歴史資料館の資料第四号として、㈱マサルの40年史を取り上げている。「マサルの歴史が我が国シーリング工事の歴史である」と言われる。4回目の今回は「第3章躍進期」昭和40年代の記録のあらましを紹介する。

3章目次1

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昭和40年代、日本はいざなぎ景気を謳歌し、世界第二位の経済大国となった。しかし46年のニクソンショック、昭和48年のオイルショックが襲い掛かる。一方、建築分野では10年以上前から胎動していた超高層建築技術が昭和43年、霞が関ビルの完成をもって花開く。弾性シーリング材時代の幕開けであり、マサル大発展の時期だ。


マサル四十年の歩み(4)



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ウェザーバンの国産化、第一生命ビル、日本板硝子ビル…、マサルの技術力がいかんなく発揮された。

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この記念誌の価値は、周辺状況が脚注で細かく、記載されていることだ。
建築の高さ制限の状況が脚注で解説されている。ここで31メートルを超える建築が可能になった。


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霞が関ビルの概要

超高層建築を陰で支えたシーリング工事。それをまた支えていたのが攪拌機メーカのミキスタ向井敬氏である。

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サンピエトロ寺院をしのぐ規模・難工事



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会