(旧 「防水屋台村」建設中)
築地市場の屋根のパッチワーク
オリンピックに向けて、消える屋根。


つきじ
東京ドームの5倍近い広さを持つ築地市場。 開業から80年、2016年秋に豊洲新市場への引っ越しが予定されています。

パッチワーク
それでも防水のパッチワークは続く




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RNY 「施工と管理」銅屋根クロニクル 23
「施工と管理」銅屋根クロニクル 23
「赤れんが庁舎」北海道旧本庁舎

北海道庁旧本庁舎


社団法人日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
 バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

第23回の今回は北海道庁旧本庁舎。明治21年に竣工した重要文化財です。明治42年に火災で内部は全焼しましたが、昭和42年に創建時の姿に復元され「道庁赤レンガ庁舎」、「赤れんが」と呼ばれ親しまれています。

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館内の展示室には昭和58年の改修工事で使用された屋根の銅板とスレートが展示されています

日本シーリング材工業会 第52回通常総会開催
平成27年度通常総会 開催

総会であいさつする細田浩之会長(横浜ゴム)P2110857_copy
総会で挨拶する細田浩之会長(横浜ゴム)


 日本シーリング材工業会は平成27年4月27日、東京・銀座の銀座東武ホテルで第52回通常総会を開催、「創立52年目を迎え、技術・制度・資格などの活性化により、書籍・HPなどを通じて国内外への発信を活発化する」などの事業計画を決定した。
 同工業会は国内のシーリング材メーカーの団体で、会員数は正会員17社、賛助会員24社の合計41社。副会長は中村耕一(コニシ)、三浦到(セメダイン)の両氏。また平成27年7月1日付けで、㈱ダイフレックスの正会員入会が承認されている。

管理し 水戸部厚史さん 最高得点
シーリング管理士トップ合格者の 水戸部厚史さん (左・水戸部塗装)に会長から表彰状贈呈。

 毎年総会の席で、シーリング管理士、シーリング技術管理士合格者の上位合格者が表彰される。

懇親会の様子P2110870_copy
懇親会の様子。

 総会後の懇親会には、以下の来賓が出席、一人ひとり紹介された後、日シ工連吉田高和会長の発声で乾杯した。
 来賓:経済産業省窯業建材課・寺家克昌課長、岩倉知明課長補佐、日本シーリング工事業協同組合連合会・吉田高和会長、同・白川宏事務局長、東日本シーリング工事業協同組合・苅谷純理事長、同・斗成隆副理事長、同・内田浩文専務理事、同・柴田一平事務局長、顧問・田中享二東工大名誉教授、顧問・輿石直幸早稲田大学教授。

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「40年小史」にみる近江神宮燃水祭の起源
近江神宮40年小史

近江神宮40年小史 表紙 DSC08002


近江神宮が発行していた、月刊「志賀」の第148号(昭和55年11月1日発行)は、号外「御創建にいたる経過概要と「近江神宮四十年小史」として発刊された。
「志賀」の位置付けに関しては、同148号の年表、昭和43年8月1日の項に次のように書かれている。
~~~「志賀」第1号発刊。因みにこれは滋賀学区内の連絡機関紙として神宮が編集発行、学区内全戸(昭和45年10月現在、約4,200 部発行)に無料配布するもので、月刊。~~~

40年史の奥付には、編集発行人・近江神宮権宮司 佐藤宇祐、の名が書かれている。

中ページ

燃水祭に関する記載は2か所のみ、
①和51年3月12日:大協石油㈱より、「燃える水、献上の図」奉献さる。
②昭和55年7月7日、燃水祭、魚介類安鎮祭、


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裏表紙。


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RNY 243 燃土燃水献上図 大正3年(1914)小堀鞆音(こぼりともと)
画



燃土燃水献上図  大正3年(1914)     小堀鞆音(こぼりともと) 
                     JX日鉱日石エネルギー㈱所蔵

 「日本書紀」(第二十七巻、天智天皇七年)の記述「越国献燃土与燃水」に基づく画。
越国(現新潟県)で産出した燃土(アスファルト)と燃水(石油)を献上する様子を描く。下画が東京藝術大学に所蔵され、「大正三年博覧会出品画」との裏書があるが、東京大正博覧会へ美術部門への出品は確認されない。当時の日本石油㈱の依頼で制作された。以後石油業界では複製・印刷等で、図像が浸透した。
 
前田青邨による同主題の作や、「本作からモチーフを引用した、塚田秀鏡の彫金作品の存在も知られる。
 先行図像のないこの故事を描くにあたっては、故事とは時代が隔たるが「鳥獣戯画」「伴大納言絵巻」のような平安鎌倉期の絵巻を参照したようだ。金砂子の大部分は後年の修理の際に施されたもの。
 
近代に入って重要性を増した石油業界の人々が自らの「歴史」の図像化を求めた、またこの鞆音画が典拠・参照されたことなど歴史画と社会との関係性が興味深い作品。初公開。(文献:ルーフネット http://roof-net.jp/ 参照。)

                           
佐野市立吉澤記念美術館 小堀鞆音没後80年記念展 図録解説より



ずろく
平成23年10 月1日発行。

 燃える土とは天然アスファルト。燃える水とは石油。石油に関する日本最古の記録が日本書紀だ。
日本書紀は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本における伝存する最古の正史で、舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。全三十巻。

 この天智天皇を祀っているのが滋賀県大津市の近江神宮である。
 日本書紀の「燃土燃水献上」シーンを我が国歴史画の父・小堀鞆音が大正3年に制作した「燃土燃水献上図」である。前で担いでいる甕にはいっているのが「燃える水=石油」。後ろの唐櫃(からび)の中は「燃える土」。 この時代、天然瀝青は接着材、防腐剤、防水材として使われていた。

天智天皇の時代と同じようにカグマで採油し、桶に絞り出す。
黒川燃水祭。天智天皇の時代と同じようにカグマで採油し、桶に絞り出す。"

 毎年「燃水祭」は盛大に執り行われる。石油業界では昭和53年より多くの人たちが参列している。新潟県黒川から運んだ燃える水を奉献し、昨年はアスファルトルーフィング工業会の猪野瀬会長が日本書紀の該当部分を奉唱した。石油業界にとって天智天皇は「石油の祖神」であり、「燃水祭」は業界人として「石油の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となっている。

黒川燃水祭献上行列
黒川燃水祭献上行列

 石油業界にとって天智天皇が石油の祖神であるなら、防水業界にとって(道路業界にとってもなのだが)燃える土を献上する天智天皇は「防水の祖神」である。近江神宮で行われる「(燃土)燃水祭」は「防水の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となるべきものであろう。

平成27年7月1日 黒川燃水祭 新潟県胎内市 シンクルトン石油記念公園
平成27年7月7日 近江神宮燃水祭 滋賀県大津市 近江神宮


本年の近江神宮燃水祭で、「燃土燃水献上図」の原寸複写が、石油商業組合、ARK,JWHA・日本防水の歴史研究会より、奉納される予定である。
第24回 BELCA 賞
神戸商船三井ビル、JPタワーなど10点が受賞

公益社団法人 ロングライフビル推進協会(BELCA)は、このほど第24回BELCA賞として、神戸商船三井ビル(写真)、JPタワーなど10点の受賞物件を発表した。
 BELCA賞は、「適切な維持保全を実施したり、優れた改修を実施した建築物のうち、特に優秀なものを選び、その関係者を毎年表彰することにより、我が国に於ける良好な建築ストックの形成に寄与すること」を目的とするもので、平成3年に創設された。選考委員長は内田祥哉氏。
神戸商船三井ビル



賞は2部門が設けられており、
(1)ロングライフ部門では
 長期使用を考慮した設計のもとで建設されるとともに、建設後30年以上にわたり適切に維持保全され、さらに、今後、10年以上にわたって維持保全されることが計画されている建築物。(第14回(平成16年度)までは、建築後20年以上が対象)
(2)ベストリフォーム部門は
 社会的・物理的な状況の変化に対応して、今後の長期使用のビジョンを持って蘇生させる、もしくは飛躍的な価値向上等をさせるリフォームがなされ、リフォーム後1年以上かつ5年未満の建築物。
となっている。

受賞物件は以下の通り。
ロングライフ部門
大多喜町役場(千葉県夷隅郡大多喜町)
神戸商船三井ビル(兵庫県神戸市)
神言神学院(愛知県名古屋市)

ベストリフォーム部門
アーツ前橋(群馬県前橋市)
阿蘇くまもと空港国内線ターミナルビル(熊本県上益城郡益城町)
EKIMISE(エキミセ)(東京都台東区)
JPタワー(東京都千代田区)
製粉ミュージアム本館(群馬県館林市)
東京駅丸の内駅舎(東京都千代田区)
中山町立図書館 ほんわ館(山形県東村山郡中山町)

物件の詳細、講評は  http://www.belca.or.jp/24bhyou.htm

表彰式は5月13日、東京都中央区のロイヤルパークホテルで。



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屋根テツの防水アーカイブ
鉄道車両の屋根と田島武長

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昭和60年12月8日発行 「へちまの記 ~田島武長遺文~」。  発行者:田島ルーフィングほか。

塩ビシート防水の歴史が鉄道車両の屋根防水から始まったことはよく知られている。ところが我が国の防水メーカーの雄・田島ルーフィングも、実はある意味で鉄道車両の屋根防水から始まったともいえる。創業者・田島武長は大正3年、24歳で、客貨車の屋根用防水材を開発、その意気込みは「パーマネントルーフィング」という名称に表れている。


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126ページで、次のように語っている。

私は蔵前の応用化学科を卒業し、鉄道院新橋工場の塗料課に就職。客貨車の屋根材を研究し、日本建築用紙会社(現在の日本建築紙工KKの前身)に招聘された。パーマネントルーフィングを完成し、全国の鉄道客貨車に採用された。

年表開発h DSC08000
巻末の年表に次の記載がある。

明治45年(1912)21歳 7月 東京高等工業高校(現・東京工業大学)卒業。
大正3年(1914) 24歳 客貨車用のパーマネントルーフィングを発明。
大正4年(1915) 25歳 日本建築用紙KKに入社。
大正8年(1919) 29歳 6月5日 「応用化学研究所」創業。
昭和23年(1948) 57歳 パーマネントルーフィング国鉄より初の受注。


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ダイヤフォルテ防水工業会第19回通常総会
20周年控え組織改編
代表幹事に山田氏(ダイヤプラスフィルム)


ダイヤフォルテ 代表幹事 P2100702
懇親会で挨拶する山田恒久氏。

 塩ビシート防水の施工団体であるダイヤフォルテ防水工業会は平成27年4月14日、東京・九段下のホテル・グランドパレスで、第19回通常総会を開催、組織・運営体制の変更などからなる事業計画を採択した。
 ダイヤフォルテ事業の運営会社が昨年より、三菱樹脂(株)の100%子会社であるダイヤプラスフィルム(株)となって1年が経過した。来年設立20周年を迎えるにあたって、組織・運営体制の大きな見直しを行った。具体的には現行の6支部を東日本・西日本・九州の3支部に統合し、支部機能を拡大する。本部組織はシンプル化を図り、本部総会・理事会に替えて「本部幹事会」を設けた。
 代表幹事にはダイヤプラスフィルムの山田恒久社長が、また幹事として丸山幸俊(東日本支部長・新バーレックス工営)、杉浦渉(西日本支部長・エイ・アール工事)、橋口律雄(九州支部長・橋口工業)、三浦健悦(化研マテリアル社長)
の各氏が就任した。
 これに伴い、設立以来理事を務めていた髙山宏副会長、片山英男理事は相談役に退いた。
総会後の懇親会では、新たに代表幹事に就任したダイヤプラス・田中社長の挨拶の後、来賓を代表してものつくり大学近藤照夫名誉教の発声で乾杯した。

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日本建築学会司法支援建築会議が報告会
[修補工事費見積り方法]で検討結果を報告
司法支援建築会議

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写真は記事とは関係がありません。

日本建築学会司法支援建築会議は5月8日(金)14時30分~16時に建築会館ホールで
「修補工事費見積り方法検討報告書」報告会、5月12日(火)10時~16時30分
に講習会「建築紛争から学ぶ設計実務」を開催する。
詳細は
http://www.aij.or.jp/jpn/symposium/2015/shihou0508houkokukai.pdf

司法支援建築会議では2008 年に建物の瑕疵に伴う不具合の修補費用を算出するさいの指導的な役割を担う参考書を作成する委員会として「修補見積り検討小委員会」を立ち上げ、さまざまな修補工事について画一的な方法で見積ることを前提にして、統一された修補費用の見積り方法の作成を目指して活動を開始した。しかし活動を続けるうちに、修補に関する裁判の内容が多種多様であり、修補の目的、修補すべき個所、修補の方法とその範囲、および要求される修補後の品質が判例によって大きく異なることが分かってきた。
さらに基礎工事、防水工事、設備工事などの修補の見積りについては、規模によってやや事情は異なるが概して見積書に示す施工細目が複雑になり、見積りを業とする専門の第三者に見積りを依頼することが不可欠である場合が多いことが確認された。
 この段階で、防水の専門家として、元大成建設の鶴田裕氏が委員に加わった。

検討の結果、すべての修補について画一的に見積もる方法を示すことは困難であり、むしろ小委員会では修補費用の見積り方法を一つの方法で統一することは必ずしも適当ではないと判断し、報告書では1 編1 章で通常的に生じる数編の修補事例について基本になる修補の見積り方法を計算例で示し、1 編2 章では修補の見積りの計算例のほかに、基礎工事、防水工事、設備工事などの事例については見積書などを例示して、修補の見積りをするための参考に供することとした。

今回、報告書がほぼまとまったことから、概要が報告される。

日時:平成27 年5月8(金)14:30~16:00
会場:建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)

司会:池永博威(修補工事費見積り検討小委員会主査/元・千葉工業大学)
開会挨拶:・上谷宏二(司法支援建築会議運営委員会委員長/摂南大学)

1.序章(10 分)14:30~14:40
・池永博威
2.Ⅰ編1 章「修補費用の見積り概要」(40 分)(14 時40 分~15 時20 分)
・山本康弘(修補工事費見積り検討小委員会委員/元・東京都立大学)
・岩松準

3.Ⅰ編2 章「部分別修補工事費用の算出方法」、Ⅱ編(30 分)(15 時20 分~15 時50 分)
・橋本真一(修補工事費見積り検討小委員会委員/建設物価調査会総合研究所主席研究員、
経済研究部長)

4.防水工事と雨漏り(10 分)(15 時50 分~16 時)
・鶴田裕(修補工事費見積り検討小委員会委員/元・大成建設技術研究所)

・問い合せ:日本建築学会司法支援建築会議事務局川田昭朗
TEL:03-3456-2051 FAX:03-3456-2058 E-mail:kawata@aij.or.jp

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壁面緑化
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壁面緑化

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壁面緑化

グランルーフ 大エスカレータの壁面緑化P2100678
東京駅八重洲・グランルーフの大エスカレータの壁面です。
茅の置き屋根 
東京世田谷民家園の置き屋根


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なんと「現代的」なことか。

okiyane P2090801
京都の若い茅葺き軍団は、新築RC住宅に茅の置き屋根を提案している。居住性、景観、の両立が可能だ。

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JIA防水工事運営委員会 主査に山田人司氏
JIA防水工事運営委員会 主査に山田人司氏

安藤・間山田氏


平成27年4月1日付けで、日本建築学会材料施工委員会 防水工事運営委員会主査に山田人司氏(安藤・間 技術本部・写真)が就任した。山田氏は1955年札幌市生まれ。1980年北海道大学建築学科卒。前任者は堀長生氏(大林組)。
防水工事運営委員会には今年度、新たに次のWGが設置された。

・動暴露によるシーリング材の防水損傷評価WG
・ウレタン塗膜防水層のふくれの不具合認識評価WG
・防水改修WG
・豪雨多発時代の屋上排水WG
・わが国における防水コンサルタントの職能とありかた検討WG
・防水アーカイブズ資料収集・整理WG
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新樹社発行の旬刊新聞ARSの2015年4月5日号第3面に、「防水工事運営委員会の活動状況」として山田氏への詳細なインタビューが掲載されている。

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RNY 防水歴史図書館資料第四号 東部アス30周年記念誌 (3)
防水歴史図書館資料第四号 東部アス30周年記念誌 (3)

「BOUSUIデジタルアーカイブ」
防水歴史図書館資料第四号「設立30周年記念誌」~新しい歴史へのアプローチ~


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我が国の防水の歴史を考察する上でどうしても欠かすことのできない文献を紹介するのが、ルーフネットの 防水歴史図書館(BOUSUIデジタルアーカイブ)です。「アスファルト及びその応用」を2009年に紹介して以来、今回の「東部アス30周年記念誌」は4冊目です。

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左から、丸山、岩﨑、矢内、飯島の各氏

その第3回は、防水業界と住都公団の防水に関して、歴史的経緯を公団担当者と東部アスの実働部隊が語った座談会記録の後半です。矢内泰弘氏(住宅・都市整備公団 東京支店管理部 保全第二課長 当時)は、前半の最後に「昭和40年代までは我々の業務は雨漏り対策だった」と語っていました。では後半です。
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東部アス協組30周年記念対談・東部アスの歴史と住都公団の防水 (後半)


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丸山功(東部アスファルト工事業協組副理事長(当時)
昭和40年代、もう一つ我々が苦労したのは浴室防水だった。全部アスファルトの2枚張り仕様で、納まりにも問題があり苦労した。その後浴室ユニットに代わり、我々の手を離れてほっとした。

岩﨑嵩(東部アス理事長当時)
記録では51年に、現場で断熱防水工法が施工されているが、問題もあった。

矢内
押さえコンクリートが膨張してパラペットを押し出して、ひび割れをおこすということもあった。

丸山
昭和50年から52年が断熱防水工法の試行錯誤の時代だった。


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昭和50年代は安定普及の時代

矢内
・・・昭和30年代は暗中模索の「もがきの時代」、40年代は「標準仕様施工体制の整備に傾注した時代」、50年代は安定、定着した時代といえる。

飯島(公団北多摩工事事務所長 当時)
・・・公団が発足して20年(座談会は平成6年開催)になり、ゼネコンの作る品質も安定してきた。…防水に関しては東部アスにいろいろお願いした・・・
・・・今考えるとある意味では公団は建設省より早く先取りして物事を決めていた感がある。・・・・
現在の組合加入者数は?

丸山
北海道から中部、北陸の範囲で、128事業書です。・・・・首都圏では1都6県で61社。


エリア内で、東部組合員のシェアは70%

岩﨑(東部アス理事長当時)・・・東部アスエリアの全防水工事量の中の70%くらいは、組合の工事量ではないか。・・・

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保全部門でも大きな東部アスの役割

矢内
指定といえば通常はメーカー指定であり、メーカー手持ちの工法指定となる。当時保全の中で特異だったのは、東部アスという工事業者の協同組合指定であったということ。それは過去数十年の実績、公団と苦労を共にしてきた実績を評価した。

岩﨑
裏付けの一つが保証。万一瑕疵が発生した場合、施工した当事者が組合から外れていても、組合が全面的に修補にあたり、責任を全うする、ことを話し合いで確認し、組合指定となった。

長期保証、組織体制を評価

締めくくりの2ページ半は公団の矢内・飯島両氏と、東部アス正副理事長が期待と決意を語っています。そのままお読みください。

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広島で茅葺きフォーラム 6月6日 
第6回 茅葺きフォーラム 
「藝州茅葺きの技と風景」

チラシ


一社・日本茅葺き文化協会(安藤邦廣会長)は6月6日と7日の両日、東広島市文化センターで第6回茅葺きフォーラムを開催、翌日は豊栄町の岩国邸や専徳寺などの茅葺建築を見学する。

同協会のフォーラムで、中国地方での開催は初めて。「《藝州屋根屋》という一大職人集団で知られた廣島。その技と風景、そして各地からの報告と、今年も盛りだくさんの内容です。」(事務局談)

申し込みは日本茅葺き文化協会へ。http://www.kayabun.or.jp/

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黒川燃水祭の影の主役
カグマ

カグマDSC07993
黒川の「カグマ」です。

黒川燃水祭の影の主役ですDSC07995
毎年新潟の黒川(胎内市)で行われる燃水祭。これがなければ、「石油と防水の祭り」は始まりません。

昨年、黒川から数株持ち帰り、育てていました。順調に育っています。新しい芽が育っています。
昨年の黒川燃水祭の後、山で、数株頂いてきました。新芽も伸び、順調に育っています。

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yanenikki
これも「きゅーはく」の屋根です




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この弓なりの棟の下がエスカレーターのアプローチ。


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巨大な金属屋根に追われた「きゅーはく」九州国立博物館です。

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瓦と金属
RNy 防水歴史図書館資料第四号(2)
「BOUSUIデジタルアーカイブ」
防水歴史図書館資料第四号「設立30周年記念誌」~新しい歴史へのアプローチ~
東部アスファルト工事業協同組合
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表紙 DSC07960

我が国の防水の歴史を考察する上でどうしても欠かすことのできない文献が何冊かあります。
防水歴史図書館(BOUSUIデジタルアーカイブ)では、そんな文献を1冊ずつ選び、本が書かれた当時の様子、おもな内容、その本のどこが「すごい」のか、現在生きる人たちにとって、どんな価値があるのか、それぞれの資料を担当するキュレーターが、時には執筆関係者への取材を交えて分かりやすく解説する、というものです。

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4冊目の第2回 防水業界と住都公団の防水に関して、歴史的経緯を公団、東部アスの実働部隊の座談会記録から拾ってみましょう。

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岩﨑嵩理事長(当時):・・・・・・・我々東部アスがこれまで歩んできた道は、つまりアスファルト防水そのものの歴史だと理解している。・・・・・

丸山功副理事長(当時)・・・・・・・東部アスと住都公団とのかかわりは昭和40年の2月頃。公団から東部の前身である東京アスに、組合員の建設業登録の一覧表を提出するよう、要請があった。翌月、公団工事の指定を受け入れる準備があるか、と諮問があった。・・・・・

・・・アスファルト防水業界における2大メーカーである、田島ルーフィングと日新工業はそれぞれ事業協同組合を主宰しており、これに設立直後の東京アスが加わり、公団と協議の上、当初3協組受注で始まった。1年後、東部アスの1本指定となった。・・・


公団の防水工事は昭和43年から東部の一本指定に

司会・諏訪祐二・テツアドー出版編集長(当時) ・・・・ 1本指定になったのは何年頃ですか?

丸山 ・・・・・・昭和43年6月。それまでは3協組の合同委員会を結成して受注していた。・・・・・




飯島一夫 住宅・都市整備公団東京支社北多摩工事事務所長(当時)・・・・・
私が東部アスとかかわったのは昭和50年のはじめ。当時、設計にいた瀬川氏、伊豆氏という設計のチーフらの間で、「従前のコンクリート防水ではなく、何とか本防水ができないかと、防水メーカーと話し合った。・・・

3 EPSON003

p46 

丸山 昭和30年代後半に、公団は新川団地で試験施工した。田島、日新、日瀝化学、防水業者、ここに三星産業も入っていた。・・・・・・
団地の屋根を半分ずつ各社それぞれの仕様・工法で施工した。その結果を公団が検討し、A型とB型という露出防水のスペックを確立した。・・・

矢内泰弘 住都公団東京支社保全第2課長(当時) ・・・当時の防水工法はモルタル防水で、そのあとにアスファルトが出てきた。この端境期に施主としての公団が雨漏りで大変苦労した。・・・。
・・・問題は屋根防水の材料、耐久性などの面で確たるものがなかった、防水工法として標準化されたものがなかった、技術情報が不足していた。この3点が問題で、業界としての体制固めが十分でなかった。・・・



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丸山 昭和20年から30年代の防水業界の事情、材料はメーカー任せ、施工は修練を積んだ職人任せが多かった。昭和30年代後半から、材料と施工を一本化した近代防水に代わっていった。・・・・

運営部会が中心となって施工体制を整備


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p48

丸山 東部アスの実務は運営部会の幹事会が中心に行った。

岩﨑 昭和50年11月に公団の工事共通仕様書、暫定仕様書の標準施工法が出来上がった。・・・・ちょうどこのころ「防水業」が認定されて全防連」ができて、防水は一人前になった。・・・・

昭和40年から10年間は防水業界・東部アスの充実期


丸山 公団の要望に応えるため、内部体制の確立に苦労した。設立当初の31社からどんどん組合員が増えてくるが、施工レベルがわからない。公団の一本指定を受けても施工に対して不安が残った。講習会・説明会など啓蒙・技術指導を通じて、全組合員のレベル向上のため、相当のエネルギーを投入した。・・・・・

飯島 公団も30年の初期から10年間かかって標準仕様を作り上げた。 ゼネコンも10年間くらいで育ってきた。40年代半ばというのは公団事業量のピークだった。46年頃までは順調だったが、50年代初めになって「高・遠・狭」など問題が顕在化し、売れ残りも増えてきた。
本社でのそんな話し合いの中で10年保証問題も含めて、防水についても話題になった。・・・

6 EPSON006

p49

丸山 当時メーカー組合では、耐用年限と保証年限と、2通りのものが出ていた。仕様書の中で耐用年限が10年、15年、20年と出ていても実際に提出する保証書の年限は別。一般には耐用年限と保証年限がごっちゃになっていた時期がある。…そんな中で公団と東部アスの間で10年保証が確立された。そこから業界としても10年保証が徐々に定着してきた。・・・・・・・・・・・・・

・・・業界としては露出防水で10年の保証は難しいという拒否反応が強かった。しかし公団の要望は強く、最終的には公団から、構造物に対する民法上の規制が提示され、受け入れた、という経緯がある。


苦慮の末10年の防水保証を実施


飯島 建築全体の中では防水屋さんだけが、もう昭和40年のはじめに10年保証をきちんとしていた。私は立派だったと思っていた。

丸山 不安だった。 10年が定着すると、我々業者としては全部責任を取らないといけないわけだから、真剣に考えました。

矢内 公団側と組合側(施工者側)が双方の立場で困っていた。我々公団としても、これまでそういう取扱いはないし、中小企業協同組合法の約款に照らしても、中小企業の集団が過大な保証をしてはいけなかったわけだから。25年前(座談会の平成6年から遡って)としては画期的なことで、国際的にも誇示できる内容のものと評価している。

同時に公団側も仕様書で公団指定をしてゆくという、一歩踏み込んだとらえ方をしていた。双方が当時としては相当な英断をしたと思う。片方だけが肩に力が入っていても成り立たなかったし、双方がお互いの立場で、共通点を見い出し、「何とかしなきゃいかん」という気持ちと、特に業界側の防衛意識の高揚、防水業界のポリシーが相乗して10年保証が実現した。


「ふくれ」問題も慎重にクリア



司会 昭和50年代に入ると東部アスの組織も固まり、標準仕様もできている。問題もなく順調に進んできたのか。

丸山 そうはいかなかった。一番苦労したのが防水層の「ふくれ」と「水たまり」。また断熱防水に関しても試行錯誤があった。

EPSON007.jpg

p50

飯島 断熱材を防水の上にするのか、下にするのか。学識者、メーカー、施工団体らの協力を得て、調査・研究・実験を経て、外断熱という標準工法に至った。

・・・
矢内 公団管理部の保全部門の業務のイメージは、40年代までは雨漏り対策が主だった。50年代になるとそのイメージが消える。それは防水の材質、工法、施工技術情報をトータルにした標準設計が徐々に固まってきたのだろう。

(続く)
春の銅(あかがね)御殿
yanenikki

春の銅御殿P2100594
ムラサキナノハナの先に波打つ屋根。

門 小石川銅御殿P2100587
銅板葺きの屋根にシビが載っています。

asshuku 小石川銅御殿 門 P2100612
小石川の銅御殿・旧磯野家住宅の門です。
門と主屋の屋根が銅板葺き。外壁にも銅板を張り廻らした外観から、「銅御殿」とよばれ、門と主屋が国指定重要文化財指定。



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JWMA 2014 防水施工面積
2014年防水施工面積は6、486 万㎡。
前年比 102.1%  

JWMA700 DSC07990



アスファルト防水(ARK)1、454 万㎡(対前年比102.5%)   シート防水(KRK)2、065万㎡ (106.0%)         トーチ工法(TRK)419万㎡ (81.9%)                   FRP防水(FBK)504万㎡) (91.8%)、   ウレタン防水(NUK)2、044 万㎡)(106.6%)   計6、486万㎡(102.1%)

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非木造陸屋根の建造物を主な市場とするメンブレン防水の施工実績が上の数字である。
統計は防水工法別の団体である5団体の集計をまとめたもので、このうちトーチ工法は改質アスファルトシートをトーチバーナーで炙りながら貼り付ける工法であり、材料としてはアスファルト防水である。そこで、上の数字を材料別に分類すると以下のようになり、アスファルト、シート、ウレタン塗膜が市場を3分していることがわかる。

アスファルト系防水 1、873万㎡ (シェア 28.9%)
シート防水 2、065万㎡ (同 31.8%)
ウレタン防水 2、044万㎡ (同 31.5% )
合計 6、486万㎡




材料別工業会のコメント・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ARK :  新築工事もさることながら改修工事の需要が増えた事も有、下期の出荷が順調であったため、昨年の実績を上回る結果となった。

KRK :  KRK全体では前年対比106%と好調であった。 TPEが122%と大幅に生産量を増やしたが、EVAが86%と低調であった。塩ビは上期が好調で通年で107%となった。      
      
TRK :  2013年下期は、消費増税前の特需により実績が増えたが、その反動が想像以上に 長引き、対前年下期75%、通年で82%となった。    
       
FBK :  2014年は消費増税の影響で住宅着工件数が対前年比約91%と急減。この為、FRP 防水の主要な用途である木造住宅向けの用途も急減し、対前年比91.8%となった。

NUK :  防水施工面積は、7~9月は前年比101.8%の微増、消費税増税の駈込み需要によ前り年の出荷量が増加して      いたため、今期10~12月は前年比98.2%と微減となり、下半期は前年比99.8%で前年をわずかに下回った。
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屋根を調べる2015
屋根設計・施工で必携
計算ソフト「屋根を調べる2015」 JMRA

屋根を調べる 2015 DSC07986


J MRA(一社・日本金属屋根協会)はこのほど、屋根設計、施工の際、欠かせない計算ソフト「屋根を調べる2015」を作成した。内容は①風圧力計算②積雪荷重計算③屋根性能計算④風圧力関連規格⑤屋根ふき材の構造計算など。

昨年版との比較では、風圧力算定ソフトにおいて「寄棟屋根」における風圧力の算定が可能になった。また寄棟屋根の風力計算は独立行政法人建築研究所の「寄棟屋根、ベランダ手すり及び屋上広告板等の風力係数の提案」でしめされた設計用風力係数を採用ている

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桜のアーキテクトニカ
旧東京医学校本館



小石川P2100479_copy
東京大学総合研究博物館小石川分館 建築ミュージアム
桜
旧東京医学校本館のこの建物は昭和45年6月重要文化財に指定された。

あーきテクトニカ
平成27年3月28日、第6回建築博物教室「神々のアーキテクチャー」が開催された。

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日本セメント防水剤製造所社名変更
平成27年4月1日より「株式会社 ウォータイト」に 

ウヲータイトラベル _copy
創業当時の商標

2015年2月31日に創業100周年を迎えた、セメント防水材製造メーカー「株式会社 日本セメント防水剤製造所」は、4月1日から社名(商号)を「株式会社 ウォータイト」と変更した。

ウヲータイト船マーク_copy
第2次大戦中、鋼材不足のため「コンクリート船」が作られた。コンクリートを防水したのがセメント防水材剤で、それをイメージしたロゴ。

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 本年3月をもって創業100年となる弊社は、(株)日本セメント防水剤製造所という商号を改め、100年前に創業者が造った造語、「ウォータイト」に社名変更させていただく運びとなりました。
 WOTAITO(ウォータイト)は、Watertight(ウォーター・タイト)からの造語と伝えられていますが、大正初期の日本でこの造語を生み出した創業者はどんな人物であったのか、今となっては語る人もいませんが、きっと自由な発想を持った人物であったのかと想像されます。 ・・・・(代表取締役 森上恒氏 挨拶より)
 
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