(旧 「防水屋台村」建設中)
自然から学ぶ建築構造デザインを募集
2014年度日本建築学会技術部門設計競技
自然物の優れた力学的特性を取り入れた新たな構造デザイン



蕗傘蛙P4300152
写真は記事と直接の関係はありません。

日本建築学会 構造委員会が、自然から学ぶ構造デザインを募集している。締め切りは5月26日。最優秀賞1点は賞状および副賞50万円。 自然から学ぶのは、屋根屋が最も得意とするところだ。
http://www.aij.or.jp/jpn/symposium/2013/2014gijutu-compe.pdf

日本建築学会 構造委員会によるコンペの主旨

社会が経済的合理性を求めると、建築物の構造も経済原理に基づく画一的な形態に陥りがちである。これはある意味で、目的関数を絞った最適化ともいえるが、建築物が本来持つべき多様性が損なわれているともいえる。建築物の形態や様態は多様であり、それらを限定的合理性のみで定量化しデザインするだけでは不十分である。自然(草木や野生動物など)は多様な機能的要求に応じて、巧みな構造デザインを行っている。自然は、高い構造的合理性を保持しながら周辺環境と調和して適切な形態を選択するばかりでなく、損傷に対しても高い再生回復能力を有している。これらは今、建築物に求められている新たな機能(例えば、地球環境への貢献や災害時の回復能力等)の、実現に生かせるものと考えられる。
本設計競技では、上述したような自然の優れた特性を取り入れた新たな建築構造のデザインを求める。構造設計の自由度の向上とともに、美観、施工性等も配慮し、建物に新たな付加価値をつけるデザインを期待する



審査員は次の各氏

委員長 元結正次郎(東京工業大学/応用力学運営委員会主査)、委 員 伊藤 拓海(東京理科大学)、新宮 清志(日本大学)、末岡 利之(日建設計)、高田 毅士(東京大学)、高田 豊文(滋賀県立大学)、竹脇 出(京都大学)、中村 尚弘(竹中工務店)、緑川 光正(北海道大学/構造委員会委員長)



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

絵日記
大宮七条上ル。龍谷大学図書館の壁
壁なんですが
壁なんですが

庇でもあり
庇でもあり

虫にとっては「屋根ですね。
虫にとっては「屋根ですね。


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「施工と管理」4月号は表紙も連載・銅屋根クロニクルも博物館です
今月は表紙も東京国立博物館表慶館です。

4月号表紙
4月号写真

表紙説明
表紙説明

東京国立博物館表慶館



表慶館は大正天皇の成婚を記念して、明治41年、上野の東京国立博物館(当時は帝室博物館)の敷地内に建てられた。設計は迎賓館や京都・奈良の帝室博物館と同じく片山東熊である。片山は明治時代の日本において、洋風宮殿建築の頂点を極めた建築家であり、表慶館は名作として高い評価を得ている。随所に迎賓館と同じモチーフが見られる。

 屋根は人工緑青銅板の一文字葺きで、排水路のように見える縦の溝は落し込みの額縁。

左の大ドームは格子状の円筒の上にさらにドームが載る2段式。上段のドームは逆に化粧瓦棒の出っ張った額縁として、変化を持たせている。重文の黒門(「旧因州池田屋敷表門」)の重厚な黒い瓦屋根越しに見るツインドームの緑青屋根はひときわ美しい

yanenikki
名古屋城の瓦模様
瓦模様
これは何でしょう?

最上層軒先から落ちる雨対策として下層の本瓦棒葺きの屋根に平瓦が載り、アクセントを与える。
平瓦の防雨ベルトです。
天守最上層軒先から落ちる雨対策として下層の本瓦棒葺きの屋根に平瓦が載り、屋根にアクセントを添える。
2014.4.10撮影。

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ダイヤフォルテ工業会総会
シート防水出荷量前年比109%
ダイヤフォルテ防水工業会総会

総会P1100052
第18回通常総会で挨拶する大和 稔会長(4月18日東京九段下・ホテルグランドパレスで)。


ダイヤプラスフィルム㈱が製造する塩ビシート防水の施工団体であるダイヤフォルテ防水工業会は平成23年度通常総会を開催した。
従来ダイヤフォルテ防水事業を運営していた菱晃プラスチック㈱は平成26年4月1日付けで三菱樹脂㈱の関連事業部門と統合し「ダイヤプラスフィルム㈱」に社名変更した。
同工業会の現在の会員数は166社(賛助会員を含む)。昨年度はエコマーク認定シート、太陽熱高反射率シートを中心に、出荷量は前年度実績比109%と伸びた。
来年は、端材リサイクルの推進、環境対応商品シリーズの展開などに加え、新商品開発を加速し、出荷量100万㎡達成の早期達成を目指す。



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プロジェクトアシアス第11回マンション改修研修セミナー
「改修工事で知っておきたいこと」PART2 
業界の変化と発注者の変化 求められるノウハウの勘所を押さえる


街道のカンズメ屋根と妖怪桜
街道の缶詰屋根と妖怪桜(2014.4.11撮影。 写真は記事とは関係ありません)

マンション改修工事の裏も表も知る「勇気ある」設計者・鈴木哲夫氏が主催する「プロジェクトアシアス」の11回目の研修会ashiasu.jpg
前回の研修会の様子

平成26年5月22日 午後6時15分ー8時15分  中野サンプラザ8階研修室1 

:70名 
主催:プロジェクトアシアス
後援:東京建物診断協同組合
講師:斎木和彦
申し込み℡:03-3204-1530
メール:s-arc@tsaa.jp



「プロジェクトアシアス」
プロジェクトアシアスはマンション改修を得意とする鈴木哲夫設計事務所の鈴木氏を中心に設計者、管理会社の技術者8名が立ち上げたコンサルタント・研究組織。第1回目のセミナー以来、具体的で即仕事に役立つ内容をテーマに選んで開催している。

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米国の防水100年史・125年史
濱野信二さん(㈱濱建 相談役)は2014年2月、米国ラスべガスで開かれたNRCA総会で、「米国と日本の防水業界との長年にわたる情報交換をはじめとする親密な関係づくりの功績」により日本人として初めて特別表彰を受賞した。

2冊重ね
この2冊の本が濱野氏のNRCA特別賞受賞に大きな役割を果たした。

二冊横P4150183


明治日本は「お雇い外国人」の協力を得て、近代化に邁進した。それは建築・土木を初め、あらゆる産業分野に及んだ。
土木建築のインフラが徐々に整備されるにつれ、従来の日本古来の「雨仕舞」とは違った「防水」性能が求められるようになってきた。この分野では指導してくれるお雇い外国人はいない。防水の先人達は大変な苦労して、米国の文献やカタログを翻訳しながら防水工事に取り組んでいった。そんな当時の取り組みは、「防水ジャーナル」誌の創刊頃の東京工業大学小池迪夫教授(当時)による連続対談「二人で話そう」に詳しい。

近代的な防水の歴史においては、小池迪夫名誉教授は1905年の大阪瓦斯旧本社ビルの屋上防水をもって、我が国近代防水の始まりとした。これを踏まえて全国防水工事業協会は防水100年の記念式典を盛大に行い、今や我が国唯一の防水専門誌となった「月刊・防水ジャーナル」誌も防水100年の記念特集を編集した。近代防水の始まりとされる防水工事で使用されたのはアメリカ製のルーフィングであり、米国仕様に基づいて施工された。
そんなルーフィングが米国で、誕生し、発展した経緯を知ることは、日本の防水史を考える上で、重要だ。

気候風土など、様々な条件が日米では異なり、さらに今や学ぶべきものは無いという考えから、米国の防水事情に対して、ましてその歴史に対して興味を持つ日本の防水関係者は少ない。濱野氏が翻訳した米国のルーフィング100年史及び125年史は我が国の防水業界にとっても意義深い資料である。
   、
授賞式等の様子は旬刊新聞{ARS]などに詳しいので、本サイトでは防水のアーカイブズ資料として、今回その訳者による前書きと目次を紹介する
「初めにP4150184


目次①

目次2

目次3


----
なお今回は、濱野氏とNRCA年次総会に出席したこともあり、その報告鼎談で司会を行った、元大成建設技研の鶴田裕さんに、コメントをいただいたので以下に紹介する。

---

㈱濱建 濱野信二相談役のNRCA特別表彰の受賞を祝って

 「本年2月下旬に米国ラスべガスで開かれたNRCA総会で、札幌の濱野信二氏が、米国と日本の防水業界との長年にわたる情報交換をはじめとする親密な関係づくりの功績者として特別表彰を受賞した」、との情報を耳にしました。
 心からお祝いを申し上げます。かねてから、NRCAの役員の方々と同席させていただける会合にお招きいただいていただけに、その喜びはひとしおです。
 特に1995年(平成7年)2月18日~22日に、ニューオルリンズで開かれた第180回の年次総会に家内ともども出席(写真)できる機会を頂き、濱野氏のNRCA役員の方々とのお付き合いの深さを目の当たりに見て、感銘を受けたことを約20年経過した今でも、つい最近のようなことと思い出しております。
 更に1986年には、NRCAの100年史や2010年には125年史を日本語に翻訳されるという大きな作業をなされ、しかも自費出版され、小生も有り難く拝受しております。アメリカ側から見れば、特に日本の防水業界への情報伝達の成果を大きく評価されたものと思はれます。
 防水の材料、施工などの各分野の展示会も同時に盛大に行われていますが、日本の場合と大きく異なっていたのは、NRCAの公式の会議や講演会の開催時間中はその展示会場が閉じられていたことが印象的でした。従って展示会は日によって午前だけ、午後だけ、さらには夜間だけという日もありました。更には“1日奥様ツアー”などもあり、余裕ある時間を持てたことも印象的でした。
 今後共、益々の御健勝とご発展を祈念致します。
    平成26年4月12日    鶴田 裕(*)
          
*:元・大成建設㈱技術研究所  前・㈱ダイフレックス 現・東京地方裁判所 民事訴訟専門委員、NPO建築技術支援協会 NPO匠リニューアル技術支援協会理事
左筆者夫妻 P4170196
左端が筆者(鶴田)夫妻、右端が濱野夫妻。



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「新国立競技場、何が問題か」出版記念パーティー
出版記念シンポ・パーティ:「新国立競技場、何が問題か」(槇文彦・大野秀敏編著)

4月23日18:00から建築家会館1階大ホールで( 先着順 無料)

新国立競技場、何が問題か

JIAマガジン298号掲載の「シンポジウム 新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」の模様と関連記事を収録した書籍が平凡社より発刊された。

槇文彦氏はJIAマガジン301号(2014年3月号)に「それでも我々は主張し続ける」を投稿しており、これを基にシンポジウムと、出版記念パーティーが開催される。
新国立競技場それでも我々は主張する 槇(1)



『新国立競技場、何が問題か』出版記念シンポジウム

総合司会 元倉真琴

一部:対談「新国立競技場案 その後」 槇文彦+大野秀敏  進行 古市徹雄

二部:出版記念パーティー

日時:2014年4月23日18:00

会場:建築家会館1階大ホール

申込:先着順、費用:無料



アクセス:[交通]
・東京メトロ銀座線 外苑前駅より徒歩7分
・都営地下鉄大江戸線 国立競技場駅より徒歩13分
・JR中央線 千駄ヶ谷駅より徒歩15分

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絵日記 
霞が関の思いだし桜
omoidashi sakura P1090991
法務省旧本館(重要文化財)、2014.4.4撮影


設計は雇い外国人・ドイツの建築家ヘルマン・エンデとウィルヘルム・ベックマン。実施設計と工事監理は河合浩蔵が行い、1895年(明治28年)旧法務省庁舎として完成した。1945年の東京大空襲で、レンガ壁を残して焼失したため、屋根を天然スレートから瓦にした上で、1950年法務省本館として改修工事が行われ再利用された。その後、1994年外観を創建当時に復元し法務省綜合研究所及び図書券として活用されることになった。


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ヴェネチアヴィエンナーレ・日本館展示プランなどでプレビュー・トーク
日本館のテーマは「日本建築の倉から」

ビエンナーレっ最後の集合写真P1100137
記者会見後の記念写真


国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、2014年4月17(木)、国際交流基金 JFICホール[さくら] (東京都新宿区四谷4-4-1)で、今年6月から開催される第14回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に先立ち、今回の日本館の展示プランと見どころと進捗状況を報告するプレビュー・トークを開催した。

今回のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館のテーマは「In the Real World 現実のはなし ~日本建築の倉から~。」
会場のJFICホール[さくら]には事前に申し込んだ80名の来場者と報道関係者が集まった。
登壇したメンバー(*)は太田佳代子コミッショナーから一人ひとり紹介された、後それぞれの立場でプロジェクトとのかかわりと担当分野の進捗状況を報告した。

*登壇者(敬称略): 中谷礼仁(ディレクター)、 山形浩生(エギュゼキュティブ・アドバイザー)、 小林恵吾(展示デザイン)、 本橋仁(建築史アーカイビング)、 石山友美(映画監督)、 山岸剛(写真家)
最後に日本館が制作しているドキュメンタリー映画の一部が上映された。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会


日大湯浅研などが京都の伝統技術研修
*京都の伝統建築技術を学生が実地体験

会場全景
2014年度日本大学生産工学部京都研修が3月14日から16日までの日程で開催された。
明治30年創業の熊倉工務店(熊倉淳社長)は、伝統技術を踏まえた改修やをその技術を今に生かした味わい深い建築で評価の高い京都の地場ゼネコン。平成21年より日本大学生産工学部の学生を対象に建築技術研修を行っている。
今年度は学生・院生24名、湯浅湯教授ら4名が参加し、大工、塗装、左官、洗いなどを体験した。


」熊倉社長・専務挨拶P3150020
プログラム2日目は熊倉工務店吉祥院倉庫での体験学習。挨拶する熊倉淳社長。右は長男の熊倉毅一さん。

熊倉社長は「この研修も今回で4回目になる。我々の仕事は職人さんの技術に支えられている。彼らの技は「職人芸というより職人技芸」であると思っている。今日は各職種の棟梁に指導していただく。自然素材を使った伝統工法をしっかり見て、体験し、日本の伝統文化を学んでほしい。」と挨拶した。


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(この項続く)


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

流舟face 8 はなたれ
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hanatare (東京日比谷公園)


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明治36年、日比谷公園開設当時の水飲みが、日比谷公園テニスコート側に残っている。鋳鉄製で、重厚だがどこかユーモラス。三方に設けられた「受け口」とは別に、馬も飲めるようにという配慮もある。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

明日発行の192号 読み物は:防水関係者にとって「近江神宮燃水祭」とは何か? です
防水関係者にとって「近江神宮燃水祭」とは何か?
人類と防水の歴史  聖書や日本書紀と近代防水を繋ぐもの

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現代の工法につながる近代防水の歴史は約百年といわれています。
明治38年(1905年)、大阪瓦斯本社ビルのベランダ部分に、アスファルトルーフィングをアスファルトで積層するメンブレン防水工法が採用されました。従来のアスファルトミックスによる防水に代わって、ここで現代の防水につながる積層工法が初めて採用されたことをもって東京工業大学小池迪夫名誉教授は、「近代防水の誕生」としました。


明確な記録でたどれる建築防水の出発点が、大阪瓦斯本社の立派なビルであったものの、その施工部位は木下地のベランダの上のわずかな面積でした。しかし土木の分野では、同じころ、巨大な国家プロジェクトにおいて重要な役割をはたしています。それが明治41年の淀橋浄水場の防水工事です。ここで使用されたのが秋田で採掘された天然アスファルトです。その露天掘りの採掘現場写真には「穴原商会」のはっぴを着た人たちが映っています」。

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アスファルトの歴史に関する古典的資料、村岡坦著「アスファルト」に掲載されている東京市水道沈殿池のアスファルト塗布の写真。


日本の近代化とともに登場したアスファルト防水。近代防水の歴史としては100年ですが、ルーフネットで度々紹介しているように、「防水材としてのアスファルトの歴史」は紀元前3000年までさかのぼります。これは聖書の世界だけでなく、日本国内でも、縄文時代の土器の接着補修やコーティング、籃胎(らんたい)への使用などが見られます。
世界史の中で防水に関する記述は聖書や世界最古の叙事詩・古代アッシリアの「ギルガメッシュ叙事詩」や旧約聖書に見られます。
2010080318530879d[1]

リルケが「人に衝撃を与える最高傑作」であると絶賛したギルガメッシュ叙事詩を刻んだ粘土板。
私は3シャル(1シャルは3,600ℓ)の瀝青を溶炉に注ぎ、3シャルのアスファルトで方舟を張り巡らした。

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G.ドレによる有名なノアの方舟。

それがノアの方舟、バベルの塔、乳呑児のモーセを入れた籠です。ここにアスファルトが防水という明確な目的のもとに使用されたことが書かれています。

聖書に書かれたこれらの話が、歴史的事実であるかどうか、という点に関しては別の記事に譲りますが、バベルの塔に関しては、神殿の遺構からアスファルトの付着した日干し煉瓦が発掘されています。

バベル
ブリューゲル「バベルの塔」1563 ウィーン美術史美術館


世界史の中で防水に関する記述はこのようにわかりやすい形で散見されるのですが、残念ながら日本では、絵本にできるほどのものはありません。しかしながらこれ以上はないというほどの権威ある書物に載っています。それが日本国の正史「日本書紀」です。わずか1行ですが「668年天智天皇即位の年に越後から燃える水と燃える土が献上された」という記述です。
かつて日本でも新潟や秋田では天然アスファルトが露頭し、石油が池になり、川を黒く染めていたのです。越の国の人々が天智天皇即位の年にそれを堀、また汲んで、不思議なモノ、珍しいモノとして献上したわけです。日本書紀にはこう書かれています。

20120809-1[1]

日本書紀(元治甲子補刻板:日本石油百年史より)6行目2つ目の「又」の後に「越の国より、燃える土と燃える水とをたてまつる」とある。日本書紀は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本における伝存する最古の正史で、舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。全三十巻。

小堀拡大
日本書紀の「燃土燃水献上」シーンを我が国歴史画の父・小堀鞆音が大正3年に制作した「燃土燃水献上図」(国宝:鳥獣戯画のシーンを参考にしている)


小堀鞆音の絵において、前で担(かつ)いでいる甕(かめ)にはいっているのが「燃える水=石油」。後ろの唐櫃(からびつ)の中は「燃える土」。 毎年「燃水祭」は盛大に執り行われている。石油業界では昭和53年より多くの人たちが参列しています。新潟県黒川から運んだ燃える水を奉献し、日本書紀の該当部分を奉唱します。石油業界にとって天智天皇は「石油の祖神」であり、「燃水祭」は業界人として「石油の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となっているのです。(燃水祭世話人・芝野桂太郎氏(滋賀県石油組合理事長)談)

この時代、天然瀝青は接着材、防腐剤、防水材として使われていました。石油業界にとって天智天皇が石油の祖神であるなら、防水業界にとって(道路業界にとってもそうなのだが)燃える土を献上する天智天皇は「防水の祖神」であります。

天智天皇に奉られたのは「燃える水」だけではなく、「燃える土と燃える水」です。しかも日本書紀には「燃える土」の方が「燃える水」より先に書かれている。
近江神宮で行われる「(燃土)燃水祭」は「防水の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となるべきものではないでしょうか。これが表記テーマの答えです。


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燃土燃水献上図 小堀鞆音(ともと)文久4(1864)年2月19日~昭和6(1931)年10月1日



明治歴史画家小堀鞆音(ともと)は、日本石油から同社創立30周年事業の一環として依頼され、これをモチーフとした画を残しています。ただし実際は、その3年前、大正3年東京大正博覧会に間に合うよう完成させたようです。
石油業界は日本書紀の記述を自らの業界の起源とし、日本石油は創立30周年記念にこの画を小堀鞆音画伯に依頼し、大協石油(現コスモ石油)はやはり創立30周年記念として前田青邨に同じテーマの画を依頼しました(紹介すみ)。
「燃土燃水献上図」は古代から接着、防水などに使用されていた燃土=瀝青=天然アスファルトを出発点とする日本の防水業界にとっても、業界の起源と考えられます。しかし燃水=石油は、アスファルトのみならず塗膜・シート防水材の原材料であることから、むしろ「燃える水」を防水の起源として良いのでは…と考える防水関係者もいます。
いずれにしても「燃える土・燃える水献上」と言う日本書紀の記載が、防水業界にとって、貴重な初見であることに間違いないわけです。
そしてそれを描いた画家が、有職故実に基づく正確な歴史考証による歴史画を得意とした帝室技芸員にして日本の歴史画の父・小堀鞆音であったことは極めて幸運であったと言えます。
*国宝名古屋城の金のシャチ
シャチP4100022


昭和20年の名古屋空襲で、本丸の大部分と本丸御殿は焼失した。再建されたのは昭和34年(1959年。
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創建当時の鯱には慶長大判1940枚(現在の金額では10億円とも20億ともいわれる)が使用され、徳川の権力・財力を誇示したものだ。

シャチ、眩暈代模型P4100073

昭和34年に作られた原寸大模型。


shachi P4100074


鯱は空想上のきもので、水を呼ぶといわれるため、火除けとして屋根に置かれた。
初代の鯱は唱和20年に、天守とともに焼失した。
シャチP4100027


権力財力の象徴だった金の鯱は、藩の財政困窮に伴い、3度にわたって改鋳された。中でも2度目の文政10年(1827年)には金の純度が大幅に落とされた。そのため光沢が鈍ったのを隠すために鯱を覆っていた防鳥用の金網の目を細かくしたという。

金シャチ鼈甲飴P4100188

こんなお土産も人気だ。


P1100046.jpg

左:雌鯱    右:雄鯱

雌の鯱と雄の鯱。雌雄が有るのをご存じだろうか。金の厚みはいずれも18金の0.15ミリ。南側が雌で高さ:2、579ミリ、重さ1、215キロ、鱗の枚数126枚、金量43.39キロ。
北川の雄は、高さ2.621ミリ、重さ1.272キロ、鱗の枚数112枚、金量44.69キロ。となっている。

enikki :
花と屋根:名古屋城

Yanenikki: 銅屋根の緑青と桜

花と屋根 名古屋城P4100007

名古屋城天守。2014.4.11撮影


名古屋城石垣

関ヶ原の戦いの後、徳川家康は慶長14年(1607年)、 豊臣方への備えとして、名古屋城の築城を決め、慶長15年(1615)加藤清正や福島正則など西国大名に普請を命じた。
城は慶長17年(1612年)完成した。

名古屋j城P4100061

明治維新も生き延びた名古屋城は昭和5年(「1930年」、城郭建築として初めて国宝に指定された。



*輿石教授が中国浙江工業大学 で講演
テーマは「伝統的な小舞土壁の建築材料学的評価」


早稲田大学理工学術院、輿石直幸教授は3月24日、中国浙江工業大学 建築工程学院で、同大学学生・教員110名を対象に、「伝統的な小舞土壁の建築材料学的評価」のタイトルで講演した。

輿石先生中国 IMG_0354

最後のまとめとして
・伝統技術の完成度は非常に高い。我々は伝統技術に学ぶべきである。
・現行の建築材料学は、長期性能の予測に関しては不完全である。
・実建築物に起こる現象の観察は長期暴露試験に匹敵する
・試行錯誤と自然淘汰を経てきたのが伝統技術だからである。
と述べ、1時間半の講演を締めくくった。

輿石先生学生IMG_0358

講演後の質疑では、学生から「免震技術は適用できないのか」、「耐震のことはわかったが、その他の断熱や調湿などの性能については研究していないのか」、教員からは「コストや工期」に関する質問があった。

日本の土壁は大陸から伝わったといわれているが、輿石教授は「講義の前日に近くの国立湿地公園を散策し、古い民家をたくさん見た。修復方法は全くオリジナルとは違い、少しガッカリしたが、当時の民家の様子・様式・雰囲気が理解できた。講演については、やはり、材料や構法も、よく類似しているので、関心が高かったようだ」という。

浙江工業大学は日中韓防水シンポジウムの楊楊教授、また今回の世話役でもあり東京工業大学田中享二研究室に在籍した劉霊芝教授の所属する大学で、輿石教授は講演後中国側の教授陣と歓談し旧交を温めたそうだ。








yanenikki 花と屋根 ヤネと桜
 芯棒に屋根を刺し(三四)足し五重の塔

花と屋根 東寺五重塔P3290039
東寺のしだれ桜 と五重塔。




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建設分野における外国人材の活用に係る緊急措置
建設分野における外国人材の活用に係る緊急措置
太田昭宏国交大臣4月4日記者会見での発言
20140404-1.jpg

太った人はここで花見をどうぞ)

DIET 2
national diet library のソメイヨシノ。(2014.4.4 撮影)
 

建設分野における外国人材の活用について検討して参りましたが、先ほど開催された建設分野における外国人材の活用に係る緊急措置を検討する閣僚会議ですが、この閣僚会議において緊急措置が取りまとめられました。
 具体的に申し上げますと、建設分野の外国人技能実習の修了者に、「特定活動」の在留資格を付与して、
① 3年間の技能実習に引き続き最大2年間の在留を認めること、
② 再入国者については、最大2年間ないし3年間の在留を認めること、
③不法就労者や人権問題などを懸念する声もあることから、現行の技能実習制度の仕組みを上回る、新たな特別の監査体制を構築すること
を内容とする2020年度までの時限的な措置となっています。
 今後、来年度初頭から円滑な受け入れに向けて、関係省庁と十分連携して、万全の準備をしていきたいと考えています。(2014年4月4日(金) 8:40 ~ 8:51 )

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*「中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針」
「中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針」
中古住宅流通活性化に向けて国交省が策定 (1)
 

連続ポールP3160248
家を建てても20年たてば、価値はゼロ、きちんと手入れしても売るときには評価されない。中古住宅に「メンテ済み」と書かれていても、どんなメンテがなされたのか不安だ。こんな日本の事情が中古住宅の流通を阻んできた。(2014.3.16撮影。写真は記事とは関係がありません)


国土交通省土地・建設産業局不動産業課住宅局住宅政策課は、学識経験者や実務者からなる「中古住宅に係る建物評価手法の改善のあり方検討委員会」を設置し、中古戸建て住宅の評価手法の改善に向けた検討を進めてきた。平成26年3月31日、委員会での議論を踏まえ「中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針」をとりまとめ、発表した。


我が国の中古戸建て住宅については、通常、取引時に個別の住宅の状態にかかわらず一律に築後20~25 年で建物の市場価値をゼロとされるためん、この慣行が中古住宅流通市場活性化の阻害要因とされてきた。

この指針においては、良質な維持管理やリフォームが行われている住宅が適切に評価されるよう、・住宅を基礎・躯体と内外装・設備に大きく分類し、基礎・躯体については、性能に応じて、20 年より長い耐用年数を設定し、例えば長期優良住宅であれば100年超の耐用年数とすることを許容する・基礎・躯体部分の機能が維持されている限り、リフォームを行った場合は住宅の価値が回復・向上するととらえて評価に反映すること等を評価の改善の基本的な考え方として示している。

木造住宅の場合、防水・防湿・防蟻対策がしてあれば、建物の部位ごとに必要なメンテを行えば住宅の性能はその都度回復する、というのが指針の前提である。屋根、壁、設備など部位ごとに評価がなされ屋根の場合、銅板、スレート、瓦、ガルイバリウム鋼板などの葺き材によってランキングされている。

本来あるべき住宅の価値P1090904
本来あるべき住宅の価値

国交省では今後、同指針に示した評価方法を不動産市場・金融市場に定着させるため、宅建業者や不動産鑑定士が使用する評価ツールや実務指針の検討や、消費者にとってわかりやすい評価結果の見せ方の検討を進めるとともに、不動産取引実務・金融実務の関係者が一堂に会する「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル」において議論を継続する予定。

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