(旧 「防水屋台村」建設中)
銅屋根クロニクル -5- は御茶ノ水のクラゲ
(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」7月号の銅屋根クロニクル5回目は
御茶ノ水の クラゲ 
クラゲ

ドーマーとの取り合いレースのフリンジ
ドーマーとの取り合いはレースのフリンジのようだ。金属でできているとは思えないような、繊細なイメージに「まるでクラゲのよう」という人がいる

関東大震災で大きな被害を受けた後、一部構成の変更と修復を経て現在の形になった。1962年6月21日、国の重要文化財に指定され、1992年から大規模な修復の取り組みがなされ、準備の期間を入れるとおよそ9年が費やされて、現在の壮麗な姿となった。とはいっても銅板屋根は関東大震災の修理の後はほとんどそのまま、というから大した仕事だ。

表紙DSC04714

一般社団法人 日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に今年2月号から、「銅屋根クロニクル」として銅版屋根の記事を連載させていただいています。7・8月合併号はニコライ堂です



ニコライ堂 P2190105
東京都千代田区神田駿河台のニコライ堂「ニコライ堂」は通称。日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライにちなむ。正式名称は「日本ハリストス正教会教団復活大聖堂」で、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂である。
明治24年(1891) 建築。煉瓦及び石造、建築面積813.4㎡、一階建、銅板葺 1棟

ニコライ銅 この角度から見ると銅屋根が主役だ全景 俯瞰 P2190090
この角度から見ると、地上から直線部分はよく見えない直線が目に入る。端正な球体となだらかな裾野。キリリとした切妻。カットされた隅のラインがアクセントを添える。「銅版屋根が建物の主役だ」と言いたくなる。
     ・・・・      ・・・        ・・・・
▲予備写真P2190073
ニコライ堂の建築面積は約800平方メートル、緑青を纏(まと)った高さ35メートルのドーム屋根が特徴。日本初、かつ最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築といわれる。1891年に竣工し、駿河台の高台に位置したため御茶ノ水界隈の景観に重要な位置を占めてきた。


日本の重要文化財のほとんどが木造で、石造の重要文化財のうちでは東京復活大聖堂が一番古い。この後はじまる石造文化財修復の最初となった。

絡み合った根が雨水を樋に導く
絡み合った根のような瓦棒が雨水を樋に導く。

機能とデザインが見事に一致化した樋

堂々たるデンデン これはもう彫刻作品
機能とデザインが高度に一体化した樋(といと堂々とした鮟鱇(あんこう)。この存在感はもう彫刻作品だ。

端正な塔頂部
セクシーな塔頂部。瓦棒の間隔は、頂付近は狭く、下にゆくほど広くなる。完成イメージを描きながら、一枚一枚の溝板を叩きながらふきあげてゆく。

見事な技だが、手練れ(てだれ)の職人にとっては、特別なことではない。難しいのは、チームワークとバランスだ。この作業を、もし「一人でやれ」と言われれば、技術を持った職人は少なからずいる。だから時間はかかるが難しいことではないという。しかし現実には工期があり、レベルの揃った職人を揃え、全体を見ながら管理して完成させなくてはならない。そのコントロールが難しいのだそうだ。

*(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」7月号より。施工と管理に載せきれなかった写真を追加している場合があります。

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会




東京駅の屋根工事
NHK TVが「美の壺」で屋根工事をたっぷり放映
東京駅の銅板とスレートとルーフィング

東京駅の屋根工事、美の壺

7月28日夜、NHKTV番組「美の壺」で東京駅の美しさが、たっぷりと放映されていました。 もちろん銅板屋根や、震災で話題になった雄勝の天然スレートも。

スレート工事
スレート工事。 そのスレートの下で建物を雨漏りから守っている屋根下ルーフィングの話は全く話題には上りません。普段は目に付かず、見えるのは工事の途中だけ。でも画面にはしっかり映っていましたね。まだスレートが貼られていない屋根のコーナー部分に見えます。このルーフィングが人目につかず、東京駅を守っています。

銅板工事
複雑な銅板工事のために、寺社建築などに携わる腕利きの職人たちが全国から集めあっれました。ここでも銅板の下に、ルーフィングが見えます。

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建築学会大会・北海道 特別講演は伊東豊雄さん
建築学会大会記念行事  8月30日14:00~
伊東豊雄さんの特別講演 「創(つくる)―建築の可能性」

ヘミングウェイのランチ
ヘミングウェイのランチ。2013.7.25.12:11撮影 このもぎたてキュウリの写真は記事とは関係がありません。


「創」は、建築の源であり、建築をつくり、社会をつくり、文化をつくってきた。伊東豊雄氏は、東北復興支援の集会所「みんなの家」を手がけ、東日 本大震災後の地域社会の復興に精力的に活動しており、これまで、せんだいメディアテークなどの多くの作品や最新プロジェクトが建築の可能性を 広げてきた。今年のプリツカー賞受賞建築家・伊東豊雄氏が、創る、そして建築の可能性を語る。
日時 8月30日(金)14:00~16:00(13:30受付・開場)
会場 共済ホール(札幌市中央区北4条西1丁目1共済ビル6階 TEL:011-251-7333)
定員 650名
モデレーター 三宅理一(藤女子大学)(日本建築学会パンフレットより)




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樹木医の手の上で、バッタを食べる雀
絵日記:樹木医の手の上で、バッタを食べる雀

樹木医の手の上で、バッタを食べる雀、P7230133
東京・江東区猿江恩賜公園で。2013.7.23 12:18撮影

20日前、生まれたばかりの雀の子が公園管理事務所に届けられた。センター長の玉木さんがお母さんだ。お母さんがバッタを半分にちぎって口の前に持ってゆくと、猛烈な勢いで食べ始めた。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

*建築学会防水シンポの歴史(シーリング中心に)
防水の技術的課題をディスカッション
2001年から田中運営委員長(当時)が開催
日シ工がテーマと検討内容をまとめた

防水シンポの歴史P1080774
防水に何が求められ、その課題に々取り組んできたか。建築学会防水シンポジウムのテーマで、その流れを大掴みできる。日本シーリング材工業会広報委員会の地道な情報収集と継続的な取材は、防水業界の歴史を記録する上で大きな役割を果たしている。

第1回防水シンポジウムが開催されたのは2001年7月。
「その重要性が指摘され、要求も高度化する防水。これに適切に対応するには、持てる情報の公開とお互いの切磋琢磨が不可欠である」として、当時、建築学会材料施工委員会防水工事運営委員長であった田中享ニ東京工業大学教授(当時)が企画した。

その第1回防水シンポジウム資料の前書きで、田中氏はこう述べている。
「一般の研究課題については多くの研究委員会が活躍しているが、その成果の公表については、適時、報告書などが発刊されているものの、関係者のみに限定され、一般への公表ができていないのが現実である。・・・


㈱安藤・間の山田人司氏は、機関誌&シーラント81号で1回から6回までのテーマと講演者を2ページにまとめたうえで、各回の概要を紹介している。。

&シーラント2013.6.5号

1ページ目

2ページ目P7230013


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

* 水は透すな筋通せ
旧安藤家の屋根改修に合わせて
茅葺きワークショップも開催

五十嵐さんP7200238
東京世田谷の旧安藤家の茅葺き屋根の補修工事が始まった。職人を率いる五十嵐さん。

会場y風景P7200197
その五十嵐さんを講師に7月20日、世田谷区次太夫堀民家園で体験教室が行われた。写真は午後の部。約20名が参加した。

看板P7200154
「ノベで葺け」が今回のワークショプのテーマ。

茅を葺いてゆく時、勾配の緩みや根元が開くと雨水が浸透し,腐朽を早めてしまう。それを防ぐためにノベを用いて、屋根の角度や根元の密度調整を行う。茅葺き職人の間で「ノベで葺け」と言われる所以だ。


針であむP7200229
最新兵器のステンレス製の針であむ。

屋根屋の小言P7200180

屋根屋の小言
1.寄せて脇締め、馴染ませる
2.元は揃えて,真っ直ぐに
3.水は透すな、筋とおせ、針通せ
4、寝た茅は起こせ
5.茅は寝かすな、立てて葺け
6.己の身は物差しだ

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -4-
(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」6月号の銅屋根クロニクル4回目は
大阪の中之島公会堂

施工と管理6月号P7030155
一般社団法人 日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に今年2月号から、「銅屋根クロニクル」として銅版屋根の記事を連載させていただいています。7月号(ニコライ堂)は間もなく発行されます。発行済みの最新記事「中之島公会堂(大坂)」を紹介します。

銅屋根クロニクル 6 中之島中央公会堂(大阪
「施工と管理」2013年6月号より



asshuku中之島公会堂夜景P1120360
大阪市中央公会堂は1911(明治44)年に大阪・北浜の株仲買人だった岩本栄之助氏から公会堂のために寄付された100万円をもとに建設された。大正7年に完成したネオ・ルネッサンス様式の建築で、大阪城と並んで大阪を代表するシンボル的存在である。
赤れんがの外壁や丸みを帯びた屋根や柱など、壮麗で優美なデザインに特徴があり、隣には日本銀行、中央図書館の美しい建物が並ぶ。この一角を川から見上げれば、まるでパリのシテ島かサンルイ島の街並みだ

asshuku中之島公会堂P1130196

中之島ドーム、スレートP1130176
1988(昭和63)年に永久保存が決定され1999年春から3年半の保存・復元工事が終わり、2002(平成14)年12月26日に国の重要文化財に指定された。
平面規模は、間口43.6メートル、奥行き61.8メートルで、建築面積2164.17平方メートル、鉄骨煉瓦造、地上3階、地下1階建。耐震性能強化のため基礎下の新たな構造体と上部構造の補強によって免震レトロフィットを実施。

asshuku 翡翠
 外壁には花崗岩、屋根は銅版葺きで一部を天然スレート葺き。側面と四隅に屋根窓を配している。銅版屋根はライトアップで翡翠のような輝きを見せる


中之島スレートと銅版P1130142

asshuku銅スレート石、れんがP1130172
コンペで選ばれた岡田信一郎の設計原案をもとにして辰野金吾や片岡安らが関わって設計された。
屋根の緑青銅板は板厚0.4㎜で 瓦棒葺/平葺

asshuku屋根の上の二人P1130180
正面。屋根のアーチのてっぺんのに座るカップルは誰でしょう?記者は初め「海幸彦。山幸彦」かと思ったのですが。
保存再生工事の際復元された科学・工芸・平和を象徴する女神「ミネルヴァ」と商業の神「メルクリウス」だそうです。
*(ここでは「施工と管理」掲載記事と一部写真が入れ替わっていることがありますのでご了承ください。)


防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

* ~旧万世橋駅遺構を整備活用し、まちの魅力向上めざす~
中央線神田~御茶ノ水間の
赤レンガ高架橋に新名所誕生!

ビアアーチ
煉瓦造のアーチの下にはカフェやバーが並び開店直前、最後の内装仕上だ。

1912年(明治45年)辰野金吾設計による万世橋駅が開業開業した。東京駅開業の2年前である。駅は関東大震災で大きな被害を受け、遺構だけが残っていた。その幻のホームは今でも近くの万世ビルのレストランからよく見える。

JR東日本では、現在、環境配慮型オフィスビル「JR神田万世橋ビル」の建設工事を進めている。今回、隣接する赤レンガアーチ高架橋において、まちのさらなる魅力の向上を目指し、歴史的資源を活かしつつ、新たな価値創出につながる計画を推進してゆく。


万世橋駅開業P7190073
開業目前、東京駅の時と同じように、当時の写真や資料がポスター展示されている。

現在P7190127
現在の様子

nikagetsugo P7190098
二か月後の様子

.旧万世橋駅遺構の整備。・高架橋に現存する2箇所の旧駅舎の階段の遺構を通じて、線路階の旧ホーム部まで上がり、回遊を楽しめる施設とする。
・かつて駅だったことを体感できるよう、旧ホーム部では、展望カフェ、屋外デッキを整備する。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

2013年 第一四半期の生産量 
1~4月の出荷量は19,383キロリットル

第1四半期出荷量
日本シーリング材工業会は最近5年間の建築用シーリング材の生産量を四半期ごとに最新データを集計し,同工業会の機関誌「 & SEALANT」誌上で公表している。6月5日号では詳細情報と状況分析が掲載されている。

hyoushi.jpg

またホームページでは1972年(昭和47年)の統計開始以降の生産量の推移を総生産量及び材種別にグラフ化し、また シーリング材の材種別構成比の推移、材種別及び成分別の生産量構成比を年代順にまとめて使われ方の傾向を表している。
http://www.sealant.gr.jp/N-toukei.html



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

絵日記
上弦プラス2日の月

上弦プラス2日の月P7180021

節目節目の月はキリリと美しい。ウィークリーマガジン「ルーフネット」は、新月,上弦、満月、下弦、という節目の月のフェイズに合わせて発行してきました。それから少し外れた、こんな月も何か優しく穏やかでいいですねえ。
(OMD/G VARIO 100-300 4.0-5.6 )2013.7.18撮影。


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* 地元建設新聞が1面トップで、大きく報道
近江神宮燃水祭に
防水業界から多数参列

建設経済新聞 記事

京都府、滋賀県をエリアとする建設専門日刊紙.建設経済新聞(昭和32年創刊)が7月9日号の一面トップで、近江神宮燃水祭を大きく取り上げた。


日本書紀第27巻に約1,300年前の天智天皇が扱われ「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水とをたてまつる」と記されていることに基ずく式典「燃水祭」が5日、天智天皇を祀る近江神宮(大津市神宮町)で開催され、「燃ゆる土」の防水業界、「燃ゆる水」の石油業界の関係者ら、100名を超える参列により、厳かに式が執り行われた。

毎年7月1日に「越の国」の新潟県胎内市黒川で開かれる黒川燃水祭で古式に則り原油が採油され、7日(7日が土日の場合は5日)の近江神宮燃水祭で黒川からの士使者により奉納、献上される。

「燃ゆる土」は過去、近江神宮の燃水祭案内状や各種解説にに石炭、泥炭などと書かれていたこともあったが、日本防水の歴史研究会やるフネットなどの調査研究結果の報告と申し入れが受け入れられ、「土瀝青(どれきせい)」、「天然アスファルト」と表記されるようになった。同時に防水業界からの参列も始まった。

5日に開催された今年の燃水祭では、「燃ゆる土関係者」として地元大津市の㈱メイコウの杉本憲央社長はじめ防水業界から15名が「防水の起源に関わる祭式に参列し、業過の発展を祈願した。

燃水祭式では、杉本氏と日本防水の歴史研究会森田事務局長が燃水祭の燃土関係の世話人として、石油業界の燃水祭代表世話人・芝野桂太郎氏、北嶋太郎氏とともに燭台点灯した。燃水献上は越の国黒川臭水遺跡保存会の坂上敏衛氏。日本書紀は太陽石油㈱中日本副支店長小川清文氏が奉唱した。
毎年奉納される舞樂の今年の舞は「延喜楽」。原笙会の樂人と4人の舞人が慶賀の節に必ず奏されたというこの曲別名「花栄楽」をゆったりと奏した。





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次の読み物。
岸谷孝一博士(1926-1996)

大正15年生まれ。昭和26年東京大学建築学科卒。上村克郎氏が建築仕上げ学会機関誌に寄せた追悼の辞によると、岸谷氏の卒業論文は浜田稔教授の指導をうけ「鉄筋コンクリートの耐久性の研究」を纏めた。この時の卒論のテーマが終生の主要な研究となった。東京大学大学院に進んで研究を続行、昭和34年に助教授。36年に今回紹介する「鉄筋コンクリート造建物の耐久性向上に関する研究」で工学博士の学位を取得した。


日本建築仕上げ学会の機関誌「FINEX 1996.8 p9に上村克郎氏が追悼の辞を寄せている。↓

http://ci.nii.ac.jp/els/110002512580.pdf?id=ART0002784754&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1373457985&cp=

ここで岸谷孝一氏の研究の足取り、恩師浜田稔氏の関係で建築防火、都市防災の研究も行うようになったことなどの様子が概観できる。

表紙 ぶろぐ
岸谷孝一博士の学位論文の表紙

岸谷孝一
タイトル「鉄筋コンクリ-ト造建物の耐久性向上に関する研究」
授与大学:東京大学
授与年月日:昭和36年1月19日。工学博士


内容梗概 
本論文は「鉄筋コンクリート構造物の耐久性向上に関する研究」と題し、4編21章より成っている。
第1編、
第1章:鉄筋コンクリ-ト造建物の耐久性はコンクリートの中性化とそれにともなう鉄筋の腐食に起因することを述べ、耐久性向上のための問題点を明らかにする。
第2章:中性化と鉄筋腐食の関係を説明
第3章:従来の研究を文献調査。外国ではこの種の研究がほとんど行われておらず、我が国の研究も現行の各種コンクリートに適用するには体系化されていないことを示した。
第2編は耐久性向上に関する実験的研究であって、本論文の中心をなすものである・・・。

目的と範囲
本論文の研究目的と範囲

目次
目次1 

目次2

謝辞
謝辞burogu
本研究は昭和26年以来現在まで東京大学工学部建築材料研究室において浜田稔教授の直接のご指導を受けて行ってきた。
・・・
海砂の研究をご指導いただいた明大・狩野春一教授、その他一般事項については建築研究所の白山和久研究員・・・建設省関東地方建設局・大島久次氏に深く感謝する。
実験については・・・、東大・大学院生小池迪夫君(現昭和化工)にはご援助を頂き、・・・




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武蔵は遅刻しなかった?
巌流島の戦いでわざと遅刻し、佐々木小次郎をイラつかせ、勝利を得た

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と、1950年生まれの記者は、本で読み、漫画で読み、大村昆による江戸むらさき、や花らっきょうのTVコマーシャルでも刷り込まれてきた。ところが「そうでもないらしいぞ」という説が、最近よく話題に上る。
先日7月6日付け朝日新聞の(文化の扉 歴史編)というコーナーでも「遅刻しなかった? 宮本武蔵」という記事があった。

 諸国武者修行で60余度の戦いに勝利し、剣聖と呼ばれる二刀流の達人・宮本武蔵。最後となった巌流島の戦いでは、遅刻して相手をいらだたせ、勝ちを収めたとも言われるが、実際は・・・というものだ。

これをさらに詳しく、武蔵の生涯を研究し、武蔵の兵法の術理研究をライフワークとするのが、防水工事団体事務局長を務める福田雅春さん。

これまでの研究を纏め、このほど「宮本武蔵の兵法と其の生涯」を上辞した。

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福田さんによると
武蔵が五輪書の執筆を終え、自らの死の直前に残した21ヶ条からなる人生の心情を記した「独行道」の最後に見られる「常に兵法の道を離れず」という言葉こそ、兵法者として生きた武蔵の生涯を収斂した言葉になったのであります。武人としての「兵法の道」、すなわち武蔵の悟道の基礎をなしていたものは武蔵が生涯を通じて持っていた「腹(丹田)の意識」であり、その「呼吸」とともに身体動作のみならず、武蔵の精神構造の奥深いところまで影響していたものと考察致します。
そして、そのような激動の時代に武蔵が生涯持ち続けた武士としての誇りと、たゆまぬ兵法修行により到達した武蔵の高潔な精神的境涯というものは、混沌とした現代に生きる我々日本人にも相通ずるものがあると思うのです。



福田雅春氏
昭和24年東京生まれ。防衛大学校(16期)を卒業し、昭和47年航空自衛隊入隊。ナイキ整備幹部を経て昭和50年退官、防水材料メーカーの日新工業(株)に入社。平成20年から日本アスファルト防水工業協同組合事務局長を務める。業務の傍ら、合気道の修行に励み平成元年からは調和道丹田呼吸法の鍛錬を通して呼吸と身体意識の関係を研究。宮本武蔵の足跡をたどり通説にとらわれない武蔵の真実の人間像を明らかにして武蔵が残した兵法の術理研究をライフワークとする。
現在、公益財団法人合気会支部・鍬守(くわもり)道場の合気道師範。公益社団法人調和道協会理事。練馬区合気道連盟理事。

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建築学会大会 北海道大学 2013 8月30日~9月1日
防水関係の発表は8月30日(金)午後。
メインテーマは「創つくる」

真夏日のレールに絡みつくツタ。R2131309
記録更新中の真夏日。レールに絡みつくツタ。(写真は記事とは関係がありません)

日本建築学会は114回目の全国大会を北海道大学で開催する。研究発表の題数は約7,200に上り、参加者は1万人に達すると予想される。北海道大学はJR札幌駅北口徒歩7分。防水関係の公演は8月30日(金曜)午後から。
防水関係他講演テーマは建築学会のサイトから↓
http://www.aij.or.jp/jpn/taikai2013/index.htm

昨年度の東海大会「建築の原点-自然と向き合う-」のテーマを承け、原点からのベクトルをメインテーマに与えました。3.11の大震災から2カ年を経てもなお、被災地は大きな傷跡を残したままです。一方で、新政権により国土強靱化の法律が提案され公共事業への財政出動が拡大の方向へ舵取りされています。日本建築界は常に社会投資の行方に翻弄されつつも、未来を創造する力として日本人の姿と日本の形を牽引し、その影響力は世界へと広がっています。ここで今一度、建築の創(つく)る力を見極め・見直し・見通して未来の新しい建築の方向性を探ってみたいと思います。記念行事は、東北の復興に精力的に活動している今年のプリツカー賞受賞建築家・伊東豊雄氏の記念講演に始まり、奥尻島を津波が襲った北海道南西沖地震から20年の復興シンポジウム、そして都市のパブリックスペースの再構築と「創(つくる)」をテーマとした行事が展開されます。 (大会ポスターより)


軌道緑化R2131307
2013.7.12新宿駅にて


紙離れ 建築学会梗概集にも
2013年度大会学術講演梗概集冊子予約締切は7月18日

                                                   大会梗概集は、2012年度から冊子版を廃止しDVD版のみとなっているが、冊子版(モノクロ印刷)が必要な人のために2013年度大会梗概集冊子版の注文を受け付けている。
  https://www.gakkai-web.net/php-bin/gakkai/aij/kogai/new2.php

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平成25年(2013)近江神宮「燃水祭」齋行
 石油と防水の祖神に「燃える土と燃える水」を献上

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舞楽奉納 (写真すべて:日本防水の歴史研究会提供)

平成25年7月5日、天智天皇を祀る滋賀県近江神宮で、「燃える土=アスファルトと燃える水=石油を天智天皇に献上した」、という日本書紀の記述を再現する「燃水祭」が齋行された。
 
右・日本書紀奉唱者(黒)、左・燃ええる水奉献者(赤)、ここにもし、青装束の燃える土奉献者の案があったP7050082
右・日本書紀奉唱者(黒)、左・燃ええる水奉献者(赤)、ここにもし青装束の燃える土奉献者がいれば、「燃土燃水」献上が揃うことになるのだが。

日本最初の石油の記録は、1340年前。天智天皇が正月3日、新都大津宮において即位した668年(天智天皇7年)の7月のことである。「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」、日本書紀にはこう書かれている。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトであり、燃ゆる水『燃水』とは石油のことだ。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれている。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられている。その7月、越の国で採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたわけだ。

献灯の象徴はカンテラ(ランプ)
近畿各県石油組合代表による献灯。

今年は7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、7月5日、近江大津宮旧跡に再建された近江神宮燃水祭において、黒川からの使者(今回は越の国・新潟県胎内市教育委員会坂上さん)により燃水献上の儀が、まさに日本書紀の記述の再現するように往時のままに執り行われた。
 
石油元売りの玉ぐし拝礼P7050285
石油元売り関係者によるの玉串拝礼

燃える土=天然アスファルトは古来、接着・塗装・防水などに使用されていた。石油業界は、約30年前より、燃える水を自らの産業の起源として、燃水祭に奉仕してきた。燃える水が石油業界の起源なら、燃える土は防水業界の起源である。日本石油は創立100周年記念誌の冒頭で「人類と石油とのかかわりはアスファルトをプラスチックとして利用したことに始まる」と書いている。燃える土は「機能としての防水」の起源であり、燃える水は「防水材の原料」としての起源である。
なおらい で挨拶する世話人 P7050367
直会(なおらい)で挨拶する世話人。 右・燃水祭代表世話人 芝野桂太郎氏。左・燃える土関係世話人 杉本憲央氏。

今回、昨年祭事の主役ともいえる「日本書紀奏唱」の大役を、勤めた地元大津市の防水工事店で、近江神宮とも関わりのある㈱メイコウ杉本憲央社長が、燃える土関係の世話人として案内状に名を連ね、防水関係者15名が参列した。

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2013年7月1日「KUSOUZUくん」が誕生
臭水(くそうず=石油)から妖精生まれる。

P7110024.jpg
日本最古の油田として今も、臭水(石油)が地表に湧きだし、日本書紀の記述の通り、天智天皇を祀る近江神宮に献上している新潟県胎内市(旧黒川村)の油壺から、妖精が誕生した。とは言っても産みの親は油坪のそばにあるシンクルトン記念館の学芸員・伊東崇さん。伊東さんは胎内市教育委員会の文化財係りでもある。



胎内市生涯学習課文化財係でこのほど黒川油田を紹介した「日本最古の石油 黒川油田探検」のパンフレットを作成した。A5サイズ、フルカラー25ページで、4,000部作成。
カラーで簡単にわかりやすく黒川油田の歴史を紹介したパンフレットは初めて。今年はちょうど伝統行事「黒川燃水祭」が開催されて(1983年)から、30年目にあたるため、昨年2月から胎内市生涯学習課文化財係で日本最古の黒川油田を紹介するパンフレットを製作し始め、6月21日に完成、去る7月1日に開催された「黒川燃水祭」で見学する黒川小学校6年生児童、来賓、地域の人々に無料で配布した。またこのほか、市内の施設等にもおかれ、無料配布される。


パンフレットは、地元小学生が読んでもわかりやすいように、黒川油田の歴史のほかに、石油やガスの出来かた、縄文時代からの石油と人とのかかわりなどにもふれている。
伊東さんは「今回新たにKUSOUZU(くそうず)くんというキャラクターも児童むけに作成した。これまで、市民の方々に「黒川油田」という言葉は知っていても、その内容などについてはあまり伝わっていなかった。カラーでみやすく簡単にまとめたパンフレットは今までなかったため、今後おおいにPRする。またボランティアガイド育成のための資料、小中学校の副読本としても活用していきたい」としている。

矢じりP7110014
パンフレットの内容の一部。 日本でも3000年前の縄文時代から、アスファルトが接着材として使われていたことがわかりやすく書かれている。 伊東さんによると、「くそうずクンが持っているのが、石油(くそうず)をすくい採るカグマ、腰に下げているのが、それを入れる壺。そのうちくそうずくんのお母さんや、お父さんが登場するかもしれませんよ」とのこと。

問い合わせ:新潟県胎内市生涯学習課文化財係(担当:伊東)。
TEL0254-47-3409



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会



平成25年建設事業関係功労者等国土交通大臣表彰
苅谷純、坂田守夫2氏が大臣表彰

大臣表彰のカットP7040242
手水の小さな銅版屋根に、アンバランスな程立派な瓦の棟押さえ。のし瓦の隙間からノキシノブが顔をのぞかせる。
(2013.7.5、北野天満宮。撮影:佐藤孝一)写真は記事とは関係がありません。

国土交通省は7月10日、11時から国土交通省10階共用大会議室、で建設事業関係功労者213名、及び優良団体5団体に対し、大臣表彰を行う。

防水関係では㈱マサル代表取締役社長、(一社)全国防水工事業協会常任理事・苅谷純(55才、千葉県)、坂田工業㈱取締役会長、(一社)全国防水工事業協会常任理事 ・坂田守夫(68才、長野県))の2氏が、「多年防水工事業に精励するとともに関係団体の役員として業界の発展に寄与した」として、表彰される。



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近江神宮燃水祭を終えて記念撮影、昨年と今年
宮司を中心に奉仕者の記念撮影

2013年記念撮影P7050338
2013年7月5日。写真提供:日本防水の歴史研究会

宮司左・黒装束は日本書紀を奉唱した、小川清文さん(太陽石油中日本支店)。右・赤い装束は燃える水を奉献した坂上敏衛さん(新潟県胎内市黒川支所)。青い装束で「燃える土」を奉献できる日が来ることを期待したい。


燃水祭
2012年7月5日。撮影:ルーフネット森田喜晴

宮司向かって左が、日本書紀を奉唱した杉本憲央さん(日本 防水の歴史研究会)黒い装束。右が燃える水を奉献した布川陽一さん(越の国黒川臭水(くそうず)遺跡保存会会長)赤い装束。





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舞鶴の旧海軍配水池が今日一般公開
れんが造の重文水道施設
舞鶴の旧海軍配水池が今日一般公開


舞鶴排水池
7月6日 京都新聞。


 旧海軍が艦艇への飲料水供給のために造った舞鶴市北吸(きたすい)にある重要文化財「旧北吸浄水場第一配水池」が7月7、8日の二日間一般公開されている。同配水池は1901年の舞鶴鎮守府設置と同時に海軍が整備し、明治期の技術を凝らした赤れんがと石積みの重厚な壁が特徴で、市はこの秋にも再度公開する予定。

 配水池の規模は縦27.2m、横20.25m、深さ5.6mで、西側の第1配水池は石張りコンクリート造、東側の第2配水池はコンクリート造であり、両池とも煉瓦造導水壁が4.5m間隔で左右交互に5列立ち並ぶ。最大2400トンを貯水した。壁は厚み亜約1メートルの石張りコンクリートで、流路を作るため赤れんがの導水壁が迷路のようにそびえ立つ。防水関係者にとっては蓄熱槽でおなじみの構造だ。アーチ型に組んだ箇所も随所にあり、設計にも工夫が凝らされている。
また、上屋は大正14年に建てられたもので、壁は煉瓦造、屋根は鉄骨トラス組み波トタン葺。
旧第2配水池については、浦入遺跡発掘調査出土品収蔵庫として利用され、一般公開はされていない。


 昨年11、12月に地元NPO法人「赤煉瓦倶楽部(れんがくらぶ)舞鶴」主催で初めて一般公開され、多くの見学者が訪れたことから、
http://www.redbrick.jp/news12/20121018haisuichi.pdf
市が300万円かけて5月から昇降用スロープや照明器具を整備。今後はイベントに合わせ一般公開するほか、学校の社会見学や観光団体客の申し込みも受け付ける予定。

石張りコンクリート(左と奥。右は煉瓦壁
写真提供舞鶴市

舞鶴には多くの煉瓦造建物が残っており図面の保存率も高いのだが、旧海軍配水池に関しては資料が残っていなかった。コンクリートが貴重な時代、1メートル程度の幅でわり石を積み上げ隙間をコンクリートで埋めた石張りコンクリート造。防水処理に関する記録は残っていないとのことだ。



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狩野春一博士  RN154読み物「防水の博士たち」はこの人
狩野春一氏の博士論文

aashuku 表紙


狩野春一
タイトル:「モルタル及コンクリートの滲透透過、膨張収縮、及引張の諸性質に関する研究」
授与大学:東京工業大学
授与年月日:昭和18年2月15日。工学博士



波多野一郎、小池迪夫、田中享ニと続いた我が国防水研究のメインストリームの源流は、狩野春一氏である。波多野氏は、学位論文の中で防水材JISやJASS8制定・改訂作業における人的交流に触れている。これによって、建築学会や建設省の防水仕様や防水関連JIS制定の初期の様子が解る。 その部分を抜粋紹介する。

JISA6001(1950)「アスハルトフェルト・アスハルトルーフィングおよび砂付きルーフィング」が制定されて品質の向上に寄与した。この規格は吉田享二教授(早稲田大学:注・RN編集長)を委員長とする建築用アスハルト類似品専門委員会が審議を行ったものであるが、規格案作成のための資料の調査を吉田教授より筆者が個人的に依頼され、いくつかの資料を提出した。

昭和28年度に十代田三郎教授(早稲田大学:注・RN編集長)を委員長として、文部省科学試験研究費による「建物防水工法」研究会が組織され、筆者も委員として、アスファルト防水材の耐久性・試験方法などを分担する機会に恵まれた。
さらに前記のJISが昭和28年に制定3年目の見直しの時期となり、狩野春一教授(東京工業大学)を委員長として、JIS改定委員会が組織され、筆者も委員として各種の試験を実施する機会を与えられた。

また、最後に以下各氏に謝辞を述べている。
原田有博士・加藤六美博士(東工大)の懇切なる助言
恩師・狩野春一博士(工学院大学教授、前東京工業大学教授)、十代田三郎博士(国士舘大学教授、前早稲田大学教授)の援助




緒言
ーーーーーーーーーー
狩野1

緒言で狩野氏は、
「コンクリート構造物の中にはコンクリートの強度以外の特性を、寧ろ第一義的に要求されるものが少なくない。気体または液体の遮断性は正に其一であって、然も極めて重要な問題であると思ふ。
 例へば地下室、及現在緊喫施設として喧唱せられる防空室の、工事上の最難点は実に地下水の滲透にある」と述べている。

狩野2

論文が書かれたのは第二次世界大戦直前の昭和18年、石油備蓄は緊急かつ重要課題である。防空壕を想定したコンクリートの水槽と同時にコンクリート石油槽の性能向上は、より緊急性の高い課題であったはずだ。

狩野3
「石油資源獲得と貯蔵能力とは、実に世界覇国たるの決定条件の一つであると言ふも敢えて過言ではない」と時代を反映した表現も見える。

4狩野
モルタル及びコンクリートの滲透性と透過性に関して、「透過性はその(コンクリート)の貫通空隙の状態によって定まる」が、滲透性については「一見明らかに其空隙量に関係するかの如く思はれる。然るにかかる水和凝固体内の空隙は、其形状、長さ、及孔径等極めて複雑且區々たるものであって、著者の実験に徴するも、滲透の難易は必ずしも算定空隙の多寡にはよらない様であった」と述べている。

ーーーー

目次

目次1
目次2
第2編第2章は「水の滲透性及透過性」。第19項は「コンクリートの防水法と水密コンクリート」

目次3


参考文献
文献目録

実験装置
実験装置

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アバンギャルドなとゆ(樋)。
toi日記
アバンギャルドなとゆ(樋)どすなあ

asshukuアヴァンギャルドなとゆ(樋)どすなあP7040296
2013.梅雨半ば撮影。京都・北野


ずれてしもたもんは しょうがおへん 何とかしとおくれやす。
おおきに。上手につないどくれやしなあ。そやけど、なんか「アヴァンギャルドなとゆ」どすなあ。


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2013年 黒川燃水祭斎行
石油とアスファルトのお祭りを、子供たちに伝える
1300年の時空を超えて 日本書紀に記述を再現

子どもたちに説明する学芸員の伊東さん
見学に来た子供たちに、湧き出した油を掬い取る、「カグマ」を見せるシンクルトン石油記念館学芸員の伊藤崇さん。黒川燃水祭で使用するカグマはすでに準備されていて、実際に生えているときの姿は、想像できない。 伊藤さんは前日「子供たちに見せたいから」と山へ取りに行き、水に指しておいた。

小学生に説明する伊東さんP7010178
展示室入口には小堀鞆音(ともと)が100年前日本石油(当時)の依頼で描いた「燃土燃水献上図」の複製が掛けられている。11時から始まる燃水祭の前に、地元黒川小学校6年生が記念館を見学した。





7月1日、新潟県胎内市(旧ころ川村)のシンクルトン石油記念館で、「黒川燃水祭」が開催された。

油壺、佐々木P7010087
今回防水業界からは、アスファルトルーフィング工業会(略称ARK)の佐々木隆一郎氏が参加した。油壺でアスファルト化した石油をチェックしていた。

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間もなく始まります 防水と石油の神事「燃水祭」


越の国(新潟県)黒川で汲まれた「燃える水(石油)」
が近江神宮に届きました

P7040010.jpg

平成25年(2013年)7月5日午前11:00 斎行です。


燃水祭? 燃える水? 燃える土? 燃水祭と防水? ??? という方へ。
近江神宮の公式HP  http://oumijingu.org/  トップページ左下にある
「ルーフネット」の「日本書紀とアスファルト」というバナーをクリックしてみてください。

asshuku大木権宮司に先導され拝殿に向かうP7060260
大木権宮司に先導され拝殿に向かう参列者。権宮司(ごんぐうじ)の左は「燃える土側の世話人」を務める杉本憲央(メイコウ社長)氏。



日本最初の石油の記録は、1340年をさかのぼる、天智天皇の御代のことした。正月3日、新都大津宮において、御即位の式典を厳修せられた天智天皇7年(668年)の7月のことでした。
 「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」
日本書紀はこう書き記しています。燃ゆる土『燃土』は石炭・泥炭ともいわれてきましたが、近年は天然アスファルトのこととされ、燃ゆる水『燃水』とは石油のことです。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれます。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられています。昭和三十年代までは手掘り井戸で原油が採掘され、灯火などに利用されていたとのことです。
その7月、越の国より採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたのでした。科学技術を駆使され国づくりを推進された改新政治を象徴する記事といえます。
毎年7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、6日後の7日(7日が土日の年は5日)、近江大津宮旧跡に鎮座する近江神宮燃水祭において、黒川からの使者により燃水献上の儀が、往時のままに厳修されています。さながら日本書紀の記述を再現するがごとくに。
地球温暖化問題がクローズアップされるなか、化石燃料のマイナス面が強調されることが多くなってきましたが、東日本大震災にともなう原子力発電所の事故以来脱原発への志向が高まり、さりとてただちに自然エネルギー中心に転換するのは現実的ではありません。現代文明を前提とする以上、当面は石油を中心とする化石燃料に頼らざるを得ません。自動車など輸送機械の動力源、化学製品の原料としても当分の間は重要さは変わることがないと思われます。
全国石油・エネルギー業界・関連業界関係者多数のご参列の中、石油業界の代表者の手により、ランプに灯をともして献灯の儀を行い、現代文明の基盤である石油への感謝の誠を捧げます。
                     http://oumijingu.org/publics/index/119/#page119_225
                                 近江神宮HPより。



燃える水
黒川で採油された「燃える水」が この日黒川からの使者によって奉献される。

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予想超える高温化で「ヒートアイランド対策大綱」見直し
屋上・壁面緑化、省エネ防水促進に期待

池の水面m涼しげにP7040309
池の水面も涼しげに

竹の筏に苔が生すP7040312
竹の筏に苔が生す

政府は平成16年にヒートアイランド対策大綱を策定し、関係府省が連携し、ヒートアイランド対策を推進してきた。しかし、気温が 30 度を超える状況の長時間化や熱帯夜日数の増加といった高温化の傾向が続いており、熱中症の多発等人の健康への影響が顕著となっています。こうしたことから、従来の取組を効果的に推進するとともに、短期的に効果の現れやすい暑熱環境による人への影響の軽減について取り組むことも課題となっていた。
このため、環境省、国土交通省が事務局となり、ヒートアイランド対策推進会議において、現在のヒートアイランド対策大綱の見直しを行い、「ヒートアイランド対策大綱」を改定、7月1日発表した。

ヒートアイランド現象の対策の推進として、従来からの取組である「人工排熱の低減」「地表面被覆の改善」「都市形態の改善」「ライフスタイルの改善」の4つの柱に加えて、今回新たに「人の健康への影響等を軽減する適応策の推進」を追加した。

具体的には、今回追加された「適応策」の例を挙げると、「暑さ指数の予報値提供」は熱中症予防情報として5段階の指数を出すことで、暑い日は外出を控える等、暑熱回避行動を促進するもの。
また、「緑のカーテンの取組」は、アサガオやゴーヤ等つる性の植物を建築物の壁面や窓の外側を覆うように育てて緑化を行うもので、室内の温度を下げる効果が期待できるーなど。

改訂のポイントは↓
http://www.mlit.go.jp/common/001002825.pdf

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近江燃水祭前日
断続的に強い雨
近江燃水祭前日
本殿は明日の燃水祭の準備が整っていました。雨が屋根の瓦と銅板、木々の葉を洗い清めてくれました

軒下の月
夕暮れ間近

軒下の月
軒下に満月が入った様に見えたのだが、街燈に灯が入ったのだった。(2013.6.20京都南禅寺近辺で)


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40回 「水コンペ」 応募締め切りは10月1日
1等賞金百万円。今回のテーマは「水の家」

40回水コンペ


総合防水メーカー日新工業が行っているアイデアコンペ「日新工業建築設計競技」、通称「水コンペ」の作品受付が8月23日から始まる。応募登録機関は10月1日まで。作品の提出期限は10月10日までとなる。

第40回となる今回のテーマは 水の家。 誰にとっても身近な「水」と「家」。このふたつをどのように読み解くか、主催者は「みなさんの新鮮な発想を楽しみにしています」として、こんなメッセージを発信している。

「水」という言葉からみなさんは何を連想されるでしょうか。
科学的には、酸素と水素の結合体「H20」という化学式で記され、0℃で固体となり、100℃で気体になる物質です。
自然の中の水の様相は、湧水、河川、湖、湿地、オアシス、地下水、滝、海、などが挙げられます。加えて、霧雨、驟雨、夕立、靄、霧、雲、雪といった天候として表される水があり、気化すれば湿気として空間全体を満たし……と、書き始めれば、とどまるところなくさまざまな様態が思い浮かびます。
私たちの生活においては、散水、行水、入浴、温泉、茶の湯、調理など、行為と結びついた姿が想起されます。他にも、水を溜める道具や、水を集める、避けるための道具なども連想されます。
また、津波や洪水など、圧倒的な自然の力として私たちの前に現れることもあります。

一方、イメージとしての水は、古来から、世界を形成する4あるいは5大元素と位置づけられ、水星、水曜日などの呼称になり、東大寺のお水取りなどの歴史的行事や、青海波のような伝統的な模様にもなっています。
モネの「睡蓮」や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」など、水の景観は多くの名画の題材となり、和歌や俳句、ことわざや慣用句、歌詞、映画や演劇の題材などにも幅広く浸透し、美しい言葉を生み出しています。

そもそも私たちは、水の惑星・地球に生を受け、水によってできた身体を持って生きている生物であることを忘れてはいけないでしょう。
私たちと切っても切れない関係にある水と真正面から取り組み、みなさんが考えた「水の家」をご提案下さい。


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審査委員
審査委員長 六鹿正治(日本設計代表取締役社長)
審査委員 北山 恒(横浜国立大学大学院Y-GSA教授、architecture WORKSHOP主宰)
山梨知彦(日建設計執行役員設計部門代表)
乾久美子(東京藝術大学准教授、乾久美子建築設計事務所主宰)
長谷川豪(メンドリジオ建築アカデミー客員教授、長谷川豪建築設計事務所代表)
相臺公豊(日新工業代表取締役社長) (敬称略)


入選を狙う人は、次の「審査委員コメント」をよく読んで下さい

六鹿正治
水、水の上、水の側、水の中、水の外、水に浮く、滴水、散水、水蒸気、霧、氷、溜水、湧水、遊水、雨水、水路、水系、湖水、海水、滝水、河水、水源、水性、水製。個か群か。「水の家」を考える手掛かりは無限にあります。そして水と家をめぐるアイデアから、あなた自身の問題意識や今日的課題が浮かび上がればいいですね。
北山 恒
地球は水の惑星といわれます。そしてその水は偏在しています。特に日本は、湿度が高く、降水量も多く、生命体にとっては地球上に数パーセントしかない恵まれた環境帯に在るそうです。私たちの周りにあたりまえに在る水は、ときに大きな濁流となって生命を脅かす存在にもなれば、親水空間として心を安らげる存在でもあります。水にかかわる物語を建築につなげていって下さい。
山梨知彦
夏場に雨の多い日本では、打ち水のように豊富な水を使って涼を得る伝統がありました。ところが最近では、特に建築に関する限り、雨漏りや結露といったように、水は悪者扱いをされがちです。今回のコンペでは、この水に新たなまなざしを向け、明確な切り口で捉え、そこから想起した家の姿を描き出してほしいと思います。
乾久美子
去年の「アジアモンスーンの『家』」から影響を受けて今年のテーマはつくられました。去年と同様に環境に寄り添う建築の提案を求めつつも、時に荒ぶることもあり得る環境に対して建築はどのように存在すればいいのでしょうか。生物にとって不可欠で普遍的な存在である水と建築の関係について、具体的なものから哲学的な問いまで幅広い提案を期待しています。
長谷川豪
「水」や「家」について考えを巡らせるだけでなく「の」の働きにも意識してください。「の」は主格を表すこともあれば、所有、所属、場所、時、対象を示したり、時には同格の関係を表現する、実に多様な働きをもつ格助詞です。「水の家」というタイトルがもち得る多様なイメージをいっぺんに鷲掴みにしてしまうような大胆な案を期待します。
相臺公豊
「水」は私達になくてはならないものです。そして「気体」や「固体」、「液体」と形を変えます。「水」は私たちに富をもたらし、時には害を及ぼすこともあります。人は古来より水と共存し、また水と向かい合ってきました。皆さんは「水の家」と聞いてどんなことを想像しますか?




詳細は↓で
http://www.nisshinkogyo.co.jp/compe/



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