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(旧 「防水屋台村」建設中)
ミイラとアスファルト  アスファルトの歴史余話
ミイラの表面の黒い物質は本当にアスファルトなのか

BS-h ミイラ
東京国立博物館自慢のミイラ *
* http://roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%89%80%E8%94%B5%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%9F%A9%E3%81%AE%E9%BB%92%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%9F&word=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%89%80%E8%94%B5%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%9F%A9%E3%81%AE%E9%BB%92%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%9F


~~~正倉院の御物(ぎょぶつ)が1300年もの間良い状態で残っているのは、校倉造りの建物のおかげなんだ。高床式で、かつ校倉構造のため、湿度が上がると校木が膨らんで隙間が閉じて、湿った空気が中に入るのを防ぐ。乾燥すると気が縮んで隙間が開き、乾いた空気が通る。~~~

半世紀少々前の小学校時代、記者は確かに先生からそう教わった。
すごいなあ、さすが正倉院、ボクも自分もそんな家にすみたいなあ、と思ったものだ。
ところが、この説は怪しいらしい。それを知ったのは半年前だ。正倉院改修工事の現場見学に初めて行った際、現地でそう説明を受け、瓦の重みで、屋根はたわみ、屋根の重さで校がへしゃげ、開閉など不可能。保存に役立ったのは、」密閉性の良い唐櫃(からびつ)に入っておいたから、かなりショックを受けた。「あれは嘘だったのか」というと大げさだが、教えられて完全に信じ込んでいたものが、ずいぶん時間が経ってから「そうじゃないよ」と当たり前のようなかををして言われても、何かだまされたような気がしたのです。

ちょっと長くなりましたが、「ミイラを保存するためにアスファルトが塗られていた」という表現は、今でもあちこちで見られます。石油の歴史に関する本や解説にはしばしば登場します。ところが、現在この説は否定されています。
校倉の調湿システムが実は機能していなかった、という話を聞いたとき、「ミイラのアスファルト」に似ているな、と感じました。ルーフネット142号の読み物は、ミイラの保存にアスファルトをホントに使ったのか、という話です。 久しぶりに中島路可(ルカ)先生の登場です。

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の、世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会


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