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(旧 「防水屋台村」建設中)
*大プロジェクト・淀橋浄水場の土木防水は明治41年末か
淀橋浄水場史




淀橋浄水場
アスファルトの歴史に関する古典的資料:村岡坦著「アスファルト」に掲載されている東京市水道沈殿池のアスファルト塗布の写真。

この有名な写真は、各所で引用されているが、写真に写っている工事に関する裏付けがなかった。村岡は明治43年8月発行の「アスファルト」のP121に「写真第十一」としてこの写真を掲載し、「東京市水道沈殿池アスファルト塗布実況」と写真説明を添えているだけである。しかしその全ページには「池槽の漏水防御」として防水仕様を示している。もし淀橋浄水場の図面があれば、比較検討すれば、村岡仕様がここで採用されたのかどうか解るはずだ。

淀橋浄水場史

それが、見つかった。東京都水道局が昭和41年に発行した「淀橋浄水場史(非売品)」だ。同資料から、この有名な写真の施工時期は明治41年末と推定できる。

明治25年から始まった工事は32年に完成、給水を始めたが、直ぐに使用水量が増加し2期工事が計画された。
実は第1期工事では防水工事は施工されなかった。第2期工事の実施設計に対して「既設の沈澄池、ろ池はいずれも粘土張りの防水工だったが、増設分には結成石表面に厚さ五分のアスファルトを塗るよう設計変更し、明治39年10月の市会の議決を得た」(同書53ページ)とある。

あの見慣れた写真はまさにこの第2期工事のものであろう。諸般の事情で工期は遅れ、秋田から大量に運ばれた天然アスファルトによる防水工(土木野分野では建築と違って「防水工事」とは呼ばず、「防水工」といいます)が施工されたのは41年末から42年初めである。

こうして2期工事は明治42年3月末竣工、直ぐに使用開始された。「アスファルト塗り工事のおかげで漏水等の試験結果は良好だった」(同54ページ)という。

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現在の淀橋浄水場の防水工事に関しては
2011年7月26日の「編集長の日記」・新宿中央公園・十二社(じゅうにそう)が見た600年
をご覧ください。

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