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(旧 「防水屋台村」建設中)
銅餝師(どうかざりし)鴨下松五郎さんのはなし
京都府庁

京都胃府庁旧本館3

京都府庁旧本館(重文)の美しい銅板屋根(撮影:ルーフィングジャーナリスト佐藤孝一)本文と直接の関係はありません)

ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」第118号の連載読み物は、明治40年生まれの銅板屋根職人の鴨下松五郎さんへの貴重なインタビュー記録の3回目です。社団法人日本金属屋根協会が機関誌「施工と管理」に連載した記事の転載。日本金属屋根協会は平成7年から4回にわたって、名高い銅錺師(かざりし)鴨下松五郎さんのインタビューを機関誌「施工と管理」に掲載しました。
今回の話題は1950年生まれの記者には懐かしいものです。小学校に上がる前、当時の町屋では杉板の塀やトタン屋根にコールタールを、ペンキ感覚で塗っていました。ハシッコイ子どもは鉄くずを集めて「クズ屋」に売り、駄菓子を買う資金にしていました。銅板は「あか」と言って高級品でした。父親は「うちのトユはあか(銅)を使うてるんや」と自慢していましたし、寺の樋が盗まれた、といった話も聞きました。