(旧 「防水屋台村」建設中)
絵日記
世界遺産上加茂神社DSC02942
世界遺産上賀茂
神社 (シグマ30・2.8 NEX7)

真夏の上加茂神社
真夏の上賀茂神社


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会



 
enikki
やってきましたこの季節
カラスウリ
カラスウリ


7月29日 上七軒盆踊り。防水の歴史研究会も協賛しました
本日  土用の丑(うし)です
この記事はブロとものみ閲覧できます
(forRNR107)石油と防水の起源にかかわるオペレッタ 
喜歌劇「燃える水」はこんなオペレッタだった。


浅草オペラの時代展
会期幕切れ直前に、気になっていた民音音楽博物館「浅草オペラの時代展」に滑り込んだ。
やはりありました。防水と石油の起源に係わる、オペレッタ「燃える水」に係わる資料です。
喜歌劇燃える水台本表紙


とはいっても展示の中に「田谷力三・燃える水」があったわけではなく。博物館N副部長から教えていただいた本にありました。 その本がこれ。
清島利典「恋は やさしい野辺の花よ」
清島利典著「恋はやさしい野辺の花よ~田谷力三と浅草オペラ~」(大月書店)だ。

左に見えるのは、オペラの歴史に詳しい音楽評論家、増井敬二氏の著作「日本オペラ史~1952」(2003年12月25日 水曜社刊)。その112ページにこう書かれていた。

田谷自身の談話によると、この4月(1917年)にテストを受けて入座したという。彼の声を聞いたローシーが「オー・ブラボー・ニッポン・イチバン・テノール・グッドボーイ」と叫び抱きかかえた話は有名だが、主役テノールの不在に苦しんでいたローシーの嬉しさは想像がつく。田谷の初舞台は、5月5日に国技館で行われた日本石油KK創立30周年式典の余興で、ローシー一座の音楽劇「燃える水」(竹内平吉作曲)だった。




増井敬二さんの「日本オペラ史」を見つけた2011年9月25日時点で、「ルーフネット」におけるオペレッタ「燃える水」に関する情報は以下の通りだった。

喜歌劇(オペレッタ)「燃える水」
原作:日本書紀
脚本:江見水蔭
作曲:竹内平吉
演出:G.V.ローシー
演奏:ローシー一座
出演:田谷力三ほか(田谷力三19歳のデビュー作)




清島利典(きよしま としすけ)さんは「日本映画監督協会の会員名簿」によると。

44・11・29生
出身地:神奈川県
66文化学院文科卒。松本酉三らと共に記録映画プロダクションを設立。亀井文夫監督に師事しながら「日本古代史シリーズ」の映画を撮る。解散後は演劇のプロデューサー、オペレッタの台本、演出等も手がける。(記)98「闘かふ映画人の記録」01「ISAKU」。「日本ミュージカル事始め」「恋はやさしい野辺の花よ」等の著書。.


清島さんは田谷に直接取材して「恋はやさしい野辺の花よ」を書いた。
これによると

1. 田谷はローシーのローヤル館に入団五日目に創作オペラ「燃える水」に出演することになった。
2・これは両国の国技館で催された日本石油創立三十周年記念祝賀会のために創られたものだった。
3.指揮は竹内平吉、ソリストはソプラノ原信子、バリトン清水金太郎、メゾソプラノ清水静子 、 アルト井上起  久子。
4.オペラといってもコンサート形式だった。
5.田谷はデビュー作である台詞を忘れ、「燃える水」で語り草になる大失敗をした。




そして2007年6月15日の日経新聞に実に興味深い記事を書かれていた。
日経新聞


この清島利典さんにお会いして、直接お話を聞けることになりました。お楽しみに。



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都美館長期改修後初の自主企画展は「生きるための家」コンペ
3.11を経て、「すまい」の捉え方は変わったのか?

[生きるための家」オープニングレクチャー
■審査委員(小嶋一浩・西沢立衛・平田晃久・藤本壮介)と最優秀賞・山田紗子さんによるオープニングレクチャー


生きるための家」ポスター
同時開催のフェルメールには長蛇の列。とはいっても、こちらの方も親子連れや若いカップルで、賑わっていた。

1等作品
一等作品、山田紗子さんの「家族の生きるための家ー大柱と屋根の作る、住むための濃度ー」

会期:2012年7月15日(日)~ 9月30日(日)
 東京都美術館リニューアル後の初の企画展が「生きるための家」。これからの住宅についての提案を公募し、建築界の次世代の担い手たちによる試みを通して、新しい価値観を持った近未来の「すまい」の在り方を提示しようとするもの。 応募の中から表彰された提案を模型で展示し、中でも最優秀賞受賞の山田提案は原寸大で展示されている。


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二千年前の種から育った大賀ハス
ueno kanneiji

寛永寺の大賀蓮
寛永寺の大賀ハス
大賀蓮
p300
賃貸住宅の悩みと欲望。 全てすべて引き受けるフェア
7月24.25日東京ビッグサイトで(無料)

賃貸住宅ふぇあ7
東京ビッグサイトで昨日から不動産オーナー向けフェア「賃貸住宅フェア2012 in東京」が開催されている。
ロビーに大きなバナー「賃貸住宅市場を制する者は経済を制す」。
特徴は会場内のセミナー会場の数と講演数。会場内に24の大小コーナーが設置され100以上のテーマで講演賀行われた。テーマは多岐にわたり、いずれも無料でほとんど満席。人気コーナーでは会場入り口から覗き込んで聴く言っている人も多い。↓
http://tokyo.zenchin.com/schedule/

賃貸セミナー
募集HPの作り方から、検索されやすいしくみ、I-PADを使った図面管理、物件写真の撮り方、や価格設定の方法、建物の維持管理、相続・・・・。確かに、賃貸住宅には学生から高齢者まで、経済活動のすべての側面が集約されている。

dr。ルーフ
防水関係では、田島ルーフィングが出展。断熱・ソーラー発電など付加価値のある防水システムと、長期性能で資産価値を上げる提案を行っていた。
am kiosk
2012.7.24 18時(新宿)
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アンコール:アスファルトもシート防水も塗膜防水も 「防水の歴史は4千年」じゃ。
アスファルト・瀝青を単にアスファルト防水の材料としかとらえないとしたら、
その人は随分遠慮深い。 もっとはっきり言うと「●●」だ。


ノアの方舟の防水
神はノアに言われた。あなたはゴフェルの木の箱舟を作りなさい。箱舟には小部屋をいくつも造り、内側にも外側にも瀝青(アスファルト)を塗りなさい。創世記6章 9節
創世記には舟のサイズも記載されている。その大きさは15,000トンクラスの舟にあたるという。
内側にも外側にも塗りなさい。すなわち、「屋根にも壁にもアスファルトを塗りなさい」と命じたわけですね。(日本・防水の歴史研究会)



4000年前、人々は天然アスファルトの用途開発を目論んで、その防水性に着目したわけではない。「防水」する必要があり、「防水性」を持つ材料がないかと辺りを見渡したら、瀝青=アスファルトという防水材がが有ったわけだ。
これは西暦2012年の現在も全く同じ。ノアの方舟の屋根と壁と船体に防水したように、建物の屋根と壁に防水が施される。バベルの塔やそれに先立つアッシリアの高層建築物と同じように、現在の超高層建築物にも目地材・防水材が欠かせない。4000年前と少し違うのは、材料の選択肢が広がったこと。天然瀝青だけではなく合成高分子の塗膜材やシート状の材料が現れ、アスファルトにしても高分子素材を添加してより高性能になった、というだけのことだ。今も昔も建物のオーナーが求めているのは、高性能な防水であって、結果として高い防水性能を持っていれば、材料はアスファルトでもシートでも塗膜でも、何だってかまわない。
だから、「防水の歴史が4000年ですよ」と言った時に、「それはアスファルトの話で、シート防水メーカーや塗膜防水メーカーには関係ない」という人の言葉に、!?!?

なぜ、今現在につながる防水材は4000年の歴史があるという事実に着目し、自分の仕事を見なおせないのだろう。




瀝青野杯
天然アスファルトの杯   ヤギをかたどった取っ手を持つ円筒形の杯。高さ16.8センチ

材料は瀝青(れきせい)すなわち天然アスファルト。古代ペルシャの出土品だ。瀝青は古くから接着剤やレンガの目地、籠や土器の防水、防腐剤などに幅広く用いられた。
天然アスファルト=瀝青は紀元前2000年以上前から、器、接着剤、防腐剤、薬、そしてシーリング材、防水材として使用されてきた。
ペルシャの杯や皿、エジプトのミイラ、矢じりの接着、バベルの塔のレンガを固定し隙間をふさぐパテ、ノアやモーセを救った船の防水などに瀝青=天然アスファルトは使用された。またバベルの塔以前にアッシリアにそのモデルが存在し遺跡として発掘されている。ノアの方舟と同じ話はオリエント世界では多く伝わっている。


20061031181716.jpg
4000年前の瀝青(天然アスファルト)小鉢  イラン南西部フーゼスターン州で出土した、山羊頭装飾小鉢。 高さ8.2センチ、長さ20.8センチ。

バベルの塔の防水
ブリューゲルが描いた「バベルの塔」1563年。ウィーン美術史美術館蔵。

バベルの塔:かつて世界中に言葉はひとつしかなく、みな同じ言葉を話していた。東からやってきたあるグループが、シンアルの地に住み着いた。 そして「レンガを焼こう」と話あった。石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトを用いて、「さあ天まで届く塔のある町をつくり有名になろう」と言った。
神は塔を見て「彼らは一つの民で、みな一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が理解できないようにしよう」と言った。そして彼らをシンアルの地から全地へ散らされたので、塔と町の建設はストップした。町はバベル(混乱)と呼ばれるようになった。神が言葉を混乱させ、人々を散らしたからである。(旧約聖書 創世記11章 1~9節)


RNBL.「聖書と防水3部作」へ
http://roof-net.jp/index.php?%E3%80%8C%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%A8%E9%98%B2%E6%B0%B4%E3%80%8D%EF%BC%93%E9%83%A8%E4%BD%9C#logo



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重文になったRC道路橋: 新潟市 萬代橋
今日7月22日は旧暦 水無月四日「大暑たいしょ」
立秋は8月7日。今年の夏は新暦の5月21日から8月17日までです。

万代橋
萬代橋ばんだいばし。黒川燃水祭参加後のチェックポイント。(全長306.9m)



新潟市街、信濃川下流にかかる 「萬代橋」(ばんだいばし)の 初代は1886年生まれ。現在の橋は3代目で1929年に竣工、6つのアーチからなる橋で、新潟市街では絵になるポイントだ。 もっともあいにく記者はその他のお薦めポイントとしては「黒川村」以外に知らないのだが。
万代橋は1964年の新潟地震にも耐えて、その耐震設計を高く評価され、2004年、国の重要文化財に指定されている。
昭和初期における大規模なコンクリートアーチ橋の貴重な現存例で、新潟市のシンボルといえる。

WIKIによると
長さ:306.9m。幅:21.9m。設計:山田守。 形式:RC造6連充腹式上路アーチ橋
といううことだ。

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東京駅は日本最大の免震工事
1万本の松杭(くい)の代わりに、地下2階と免震構造

RR東京駅全景
東京駅は1万本の松杭の上にに東京駅が載っていた。営業を続けながらこの松杭を撤去し、駅舎の真下に新たに地下2階を作り、その構造体と地上の駅舎との間に、352台のアイソレーターと158台のダンパーによる免震システムを設置するという、「スーパー居ながら工事」が今回の東京駅の工事だ。

7月20日迄東京ビッグサイトで開催された第17回リフォーム&リニューアルR&R建築再生展2012の、鹿島建設のブースに東京駅の模型が展示されていた。
RR東京駅 

ブースに鹿島設の技術者が居たので聞いてみた。
Q/なにが一番難しかったですか?
A/実は1万本の松杭の処理が大変でした。
Q.え、捨てたんですか?もったいない使い道はないのですか?
A/土中にある時はいいのですが、空気に触れるともうすぐにぼろぼろになってしまいます。
Q/10年ほど前の新聞で、地下水位の上昇で東京駅が浮き上がり大変!という記事がありました。地下水位が上がれば漏水の危険もありそうですが、今回の工事で、新たな防水対策は成されているんですか?
A/以前は杭の上に載っているだけだから浮いた。 今度は地下2階分を作って一体化するわけだから浮かない。
地下の防水対策も通常と同じです。

ちょっと?がありますね。確認してみましょう。
破壊された国会議事堂の屋根防水を見る!
東京にミサイル!?

gennbi 1
東京タワーが曲がり、国会議事堂は大きく傾き、7つのかたまりに壊れている。議事堂の屋上防水の上の押さえコンクリートもひび割れ、剥がれている。そんな様子を間近に見ることができる。

gennbi2.jpg
これは2006年の小松左京原作の映画日本沈没撮影のためのセットだ。

いつもは静かな、木場の東京都現代美術館が賑わっている。7月10日から10月8日まで、ミニチュアで見る昭和平成の技~特撮博物館~が開催されている。
特撮博物館

CGアニメ時代に入り、特撮の需要が減り、制作者や会社が保管してきたミニチュアや資料が無くなってしまう危険が出てきた。日本を代表するアニメーター・監督にしてエヴァンゲリオンの作者でもある庵野秀明が、これを危惧して、スタジオジブリと協力し、特撮博物館~ミニチュアで見る昭和平成の技~を開催した。

怪獣ではウルトラマンや宇宙船、各種兵器の精密模型や、ミニチュア年が展示されている。ゴジラやモスラの視点で、改修工事最中の小学校の屋上を見下ろし、東京タワーに近づくことができる。

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鉄キチ 鶴田 裕の東京駅見学記 はこちら。
防水をライフワークとするテツキチが見た東京駅
「歴史的建物を守る」のコーナーに上の記事を追加しました。

「歴史的建物を守る」はルーフネットホームエージトップメニュー左側を下に下がると「ARCHIVE」の二つ下にあります。

みんなが知っているあの建物、かっこいいあの建物に、防水や仕上げ工事が、どう関わってきたのか。その建物が建てられた由来と合わせて紹介しています。


http://www.roof-net.jp/index.php?%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E5%BB%BA%E7%89%A9%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B

tsuruta wada

右はPSATA(建築技術支援協会サーツ)代表理事で建築学会会長の和田章さん。左は鶴田裕さん。ニコニコの和田さんと、見学に興奮(緊張)の鶴田さんの表情が対照的ですね。

「老鉄チャンの東京駅見学記」

サーツPSATA(建築技術支援協会)は、高度な技術や豊富な経験をもつベテラン建築技術者の集まりである。培ってきた技術に加え社会の変化に対応する新たな技術の習得・研究に努め、次世代への知識・技術の伝達、市民への建築・住宅に関する技術の情報発信活動などを通じて公正中立な立場から社会に貢献することをめざすNPOである。サーツは会報を年間に4回発行しており、最新号の53号が届いた。表紙を見ると、JRのヘルメットをかぶった2人の男が映っている。

~~~~~~~~~
5月に入ってからJRの駅構内に、東京駅がこの秋に竣工するという縦長の大きなポスターが掲出されている。それには東京中央郵便局の方向から撮影した昭和11年とこの4月頃、及び平成8年の旧国鉄本社ビル側からの3枚の写真が添えられている。筆者はサーツ会報41号にて報告したように、かつてサッポロビール園や旧司法省の改装、丸の内の三菱東9号館の解体時の調査に関わり、以来煉瓦造の建物に愛着を感じるようになり、昭和52年頃から始まった東京駅の煉瓦建築を残すか壊すかの論争は大変気がかりであった。当時の国鉄、国会、運輸省等多くの関係者の検討や調整を経て、平成14年2月の石原都知事とJR東日本大塚社長会談で、創建時の姿に復元すると決められたと思っている。

平成24年4月4日の午後に、外部足場の殆どが撤去された東京駅のサーツ見学会が行われた。わずか10人余りのきつい定員に加えて戴けたのは、どうやら私の根っからの鉄道マニアゆえのことだったらしい。ということで、見学会終了後に報告文作成の依頼が届き、鉄道ファンの目から見た感想文を書かせてもらうことにした。

このような現場見学会の多くはゼネコン側の案内が多いが、今回は施主であるJR東日本工事事務所の案内である。見学に先立つ説明会場に入り、チラッと見るとJR東の安全帽、安全帯などが目に入り、早やルンルン気分である。昭和29年、、房総東線(現外房線)で使用開始する新製気動車の試運転同乗時に、国鉄の制服着用以来のことだったからである
・・・・・続きは「歴史的建物を守る」のコーナー
http://www.roof-net.jp/index.php?%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E5%BB%BA%E7%89%A9%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B
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今日から20日(金曜)まで ビッグサイトでR&R建築再生展
第17回 リフォーム&リニューアル R&R 建築再生展2012
元三大師厄除護符(延暦寺))
(延暦寺 元三大師厄除け護符)写真は記事とは関係ありません。

開催要項ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名  称 第17回 リフォーム&リニューアル R&R 建築再生展2012
主  催 建築再生展組織委員会
会  期 2012年(平成24年)7月18日(水)19日(木)20日(金)
開場時間 10:00~17:00(最終日は16:30まで)
会  場 東京国際展示場 東京ビッグサイト東4ホール
後  援 国土交通省・他114団体
展示規模 315小間
入 場 料 無料(登録制)
来場対象 建築士 設計・デザイン ビル経営者 マンション管理組合 専門工事業者 工務店 建築コンサルタント 調査・診断 改修アドバイザー コーディネーター 建材商社 ビルメンテナンス 不動産デベロッパー 一般ユーザー 官公庁職員 学術関係者 研究者 学生その他業界関係者
出展項目 建築再生のための要素技術
リフォーム&リニューアルに関する、技術・工法・製品・工具・システム・提案など
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セミナー・出展内容などの詳細は↓

http://www.rrshow.jp/outline/summary.php



同展示会は、1989年(平成元年)に、我が国初の建築リフォーム博として開催され、本年平成24年7 月にリフォーム・リニューアル建築再生展2012 と銘打って第17 回を迎えた。 現在我が国の住宅・建築ストックは、住宅5000 万戸超、非住宅建築1200 万棟という膨大な量になり、加えて少子高齢化時代を迎えた我が国社会・経済は、ものへの投資から人への投資へと大きな変革の時代に入っている。建築投資も新築中心の投資から、R&R・建築再生の時代へと大きく方向転換しつつあり、この展示会の重要性はますます高まってきたと実感されている。
 R&R・建築再生展は、「リニューアルデザイン・リニューアルビジネスという考え方を取り入れた建築リニューアル市場の最先端フォーラムを、出展者、すべての建築関係者、さらには関心をもつすべての人々に提供しよう」という主催者の狙いで開催される。
絵日記
目を突き刺すむべの木漏れ日。 ムベの木漏れ日
むべなるかな梅雨開け近い真夏日。館林では37.6度を記録。翌日は梅雨明けで39.2度。
(CCTVテレクセノン70ミリF2.2/OMD

「むべなるかな」と言ったのは、我らが天智天皇。近江神宮に近い近江八幡市にある大島奥津神社の宮司は、毎年奥島山に自生するムベを、近江神宮と宮中に献上している。奥島神社のホームページには、献上復活の様子を報じた京都新聞の御記事を紹介している。

「むべ」を宮中に献上

近江八幡市、奥島山に自生の実
 滋賀県近江八幡市島町の奥島山に自生する実「むべ」を宮中に献上するため、同市北津田町の大嶋・奥津嶋神社の深井武臣宮司(61)らが27日、同市役所を訪れ、市関係者ら立ち会いの下で最後の準備をした。28日に関係者が宮中に届ける。
 むべは、アケビ科の一種で赤紫色に熟すと、実は甘く素朴な味が特徴という。伝承によると、約1300年前、天智天皇が奥島(現在の同市島町)に立ち寄り、老夫婦に長生きの秘けつを尋ねた。その際に老夫婦がこの実を差し出し、賞味した天皇が「むべなるかな(珍しいものよのう)」と言ったことからこの名が付いたとされ、不老長寿の実として伝わる。
 皇室への献上は1982(昭和57)年を最後に途絶えていたが、同神社の氏子や同市北津田町の町づくり推進委員会のメンバーらが昨年、20年ぶりに復活させた。
 この日は、深井宮司や氏子総代ら3人が、岡田三正・同市助役の立ち会いのもと、鶏卵よりやや大きいむべ15個を用意。特製の竹かごに入れた後、ヒノキの箱に納め、献上の準備を整えた。

京都新聞2003.10.27


小倉百人一首23番歌
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐と言ふらむ          文屋康秀




庭に植えたムベはにょきにょきツルを伸ばし、軽く3階に届き、ジャックと豆の木状態。紫の可愛い実をつけます。


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 「道路橋の維持管理・防水に大きな役割と期待」 (for RNR106)
道路橋床版防水


国内の社会インフラは新設から維持更新の時代に入っている。特に道路橋床版は,走行車両の輪荷重疲労に材料の経年劣化もあいまって損傷が顕在化しており,各道路管理者や自治体等で,適切な維持管理計画の策定が急務となってきている。要するに「過積載のトラックがこれ程たくさん走るとは予想していなかったから、橋が危ない」
というわけだ。
そこで日本土木学会鋼構造委員会では平成20年に「道路橋床版の維持管理に関する評価検討小委員会(委員長:大田孝二)」を組織し,3年間の活動成果として「道路橋床版の維持管理マニュアル」および「道路橋床版防水システムガイドライン」を取りまとめた。
そして2012年6月21日(木)・22日(金)土木学会講堂で、第7回床版シンポを開催、ガイドラインを概説するとともに,道路橋床版の維持管理に関わる一般講演論文の発表も行った。

防水ガイドライン(中央)とマニュアル

ここでは6月22日に行われた「道路橋床版防水システムガイドライン(案)」の解説の様子を紹介しましょう。

ガイドライン作成の背景としては
1.床版の劣化には水の影響が大きことが明らかになった。
2.日本の床版防水は期待どおりの性能を発揮していない例がある。
3.より耐久性の高い床版防水が必要となった。
4.防水の先進地(ルーフネット編集部注:これは床版防水の先進地と解釈すべきであろう)である欧州の技術情報を入手した。
5.日本の技術を整理し、欧州の技術を踏まえて、日本の気候や使用状況に適合する防水システムのあるべき姿を示したい。
という意図があった。

「日本・欧州における床版防水の経験空見えて来たこと」として
1.床版防水は防水層のみによって成し遂げられることはできず、床版、防水層、舗装、排水設備を適切に組み合わせた「床版防水システム」によって初めて達成できる。
2.設計だけでなく、施工が非常に重要である。
3.設計・施工を示すガイドラインが必要である。

一般的な床版防水システムの構成
一般的な床版防水システムの構成(道路橋床版防水システムガイドライン(案)より)

当日の発表は次のとおり(敬称略)
●「道路橋床版防水システムガイドライン(案)
司会 奥田和男(三菱樹脂)
(1) ガイドラインの概要と床版防水システムの役割
緒方紀夫(中日本ハイウェイ・エンジニアリング東京)
(2) 床版防水システムの要求性能と性能照査,設計
上阪康雄(コサカ設計・アソシエーツ)
(3) 床版防水システムの施工
小関裕二(大林道路)
(4) 既設床版の床版防水システム,床版防水システムの維持管理
松井隆行(西日本高速道路)

●防水システム・塩害・凍害
司会 小関(大林道路)・谷倉(施工技術総合研究所)
(1) 凍結防止剤による塩害損傷を受けた床版橋の狭隘部へ適用す
る電気防食法の開発
早坂洋平*,竹内文幸,伊藤嘉修,山本誠,峰松敏和
(2) 鋼コンクリート合成床版の高強度膨張コンクリートと防水層
に関する検討
段下義典*,橘吉宏,北野勇一,堀池一男,大友直之,
小林学
(3) 積雪寒冷地における床版防水の性能低下要因に関する一考察
澤松俊寿*,三田村浩,西弘明,松井繁之
(4) 曲面状埋設型枠を用いた床版の施工(塩害に対する検討)
北野勇一*,吉松秀和,西條龍,橘吉宏
(5) 凍害劣化した床版補修工法の耐疲労特性に関する実験的研究
表真也*,三田村浩,赤代恵司,松井繁之
(6) 保全における床版防水の課題と措置
宮永憲一*,松井隆行,後藤昭彦,青木圭一

道路橋超寿命化達成の武器として防水システム活用
道路橋超寿命化達成の武器として防水システム活用

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回転展望台付き給水塔
佐渡が見える日本海タワー

給水塔回転展望台の番人(新潟市)
給水塔回転展望台の番人

給水塔
同じ番人でも上に比べれば、このフジは新参者。

日本海タワー
展望台の日本海タワーは、昭和45年、当時めずらしかった展望施設で人を集め併設したサービスセンターで水道相談を受けたりパッキンの取替え指導を行うなどして水道のP Rを行う目的で、新潟市水道局が南山配水場の屋上に建設した。
近江神宮燃水祭で ルーフネットの「防水の歴史ミニ展示」
~日本書紀と防水~「燃土燃水献上」にかかわる資料展
燃水祭直会黒川村挨拶
燃水祭の神事を終え直会(なおらい)で挨拶する越の国黒川臭水遺跡保存会 布川陽一会長。
直会には約百名が参集。防水業界からは「日本防水の歴史研究会」として15名が参加した。


近江神宮公式ホームページ 「近江神宮からのお知らせ7月5日」
の項 
http://oumijingu.org/  に 以下の記事が掲載されました。

燃水祭は本年ははじめて「燃ゆる土」(天然アスファルト)の関係者として、防水事業を行う大津市の株式会社メイコウの杉本社長様に日本書紀奉唱をご奉仕いただきました。新潟県胎内市黒川からの燃水奉献者は臭水(くそうず)遺跡保存会会長の布川様(黒川村元村長)にお越しいただきました。ルーフネット・森田様の尽力による燃土・燃水にかかわる各種資料の展示も会場を賑わわせました。



展示1
展示は、直会会場となった近江神宮勧学館ロビーで行われた。

展示左


3展示

4展示


展示会場全景


主な展示物(絵や日本書紀などの展示物はもちろん本物ではありません。原寸複写)
1.小堀鞆音「燃土燃水献上図」
2.東京芸大が所蔵する々下絵
3.日本書紀の該当部分
4.々 絵を精密に再現したジオラマ
5.田谷力三のデビュー作でもあるオペレッタ「燃える水」。 
6.々絵を精密模写した帝室技芸員・塚田秀鏡の最晩年の彫金作品「燃土燃水献上図花容器」
7.絵の制作を依頼した日本石油の5冊の社史。大正6年の30年史は、本そのものが作品として、展示された。
8.「燃える土」現在でもアスファルトの地層が露頭している秋田で採集したもの。
9.日本石油が創立70周年記念として5000枚を製作し関係者に配布したという「燃土燃水献上図」の
  西陣織作品
10.同じく90周年品として少量配布された、「燃土燃水献上図」彫金煙草入れ
11.大協石油が前田青邨に依頼した「燃土燃水献上図」
12.小堀鞆音の画をもとに小学生が作った連作版画集「燃える水」
その他。



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会


正倉院百年ぶりの大改修 屋根の葺き替えを見る 
正倉院正倉整備工事第2回現場公開の見学申込締め切り迫る。
7月18日(水)までの消印有効
正倉院素屋根


正倉院正倉は,奈良時代の八世紀中頃に創建され,1,200年以上の歴史を有する国宝指定の建造物。大正2年に実施された解体修理から約100年を経過し,傷みが徐々に進行して雨漏りが懸念される状態となったことから,平成23年度より屋根の葺き替えを主とする整備工事を行っている。正倉院は瓦にひび割れがみられ、瓦の重みで軒先が垂れ下がっているという
宮内庁では文化財建造物の保存修理について理解を深める機会として,工事期間中に計5回の現場公開の実施を予定しており、今回は,その第2回目。屋根瓦をおろした正倉の様子を間近で見ることができる。

公開日
平成24年9月21日(金),22日(土),23日(日)の計3日
見学開始時間
9時 ・ 10時 ・ 11時 ・ 12時 ・ 13時 ・ 14時 ・15時 
(計7回)抽選で毎回200名。
見学内容
工事用素屋根内において,屋根瓦をおろした正倉を外側から見学する。
素屋根内1階:正倉床下の様子
素屋根内2階:正倉東面の様子
素屋根内3階:正倉屋根(東西南北)の様子



申込書の受付期間及び郵送先
平成24年6月19日(火)から7月18日(水)までの消印。
〒602-8799 日本郵便西陣支店留め
正倉現場公開係
問合せ先
宮内庁京都事務所正倉現場公開係
(電話番号0180-99-7070)

申込書の記入事項【書式見本】があるため、
http://www.kunaicho.go.jp/event/genbakokai/genbakokai-02.html
を参照してください

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訃報: 岩城輝久雄さん 
岩城輝久雄さん(元高山工業㈱工事部長)  7月7日 急性心臓疾患で逝去。

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通夜:平成24年7月11日(水)18:00~19:00
くらしの友桜新町式場  03-3427-6421
世田谷区桜新町 2-19-16  東急田園都市線「桜新町」駅西口 徒歩5分

告別式:7月12日(木) 10:00~11:00
会場同じ

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kakenn いわきさん
写真は2012年8月、化研マテリアルの社員勉強会での様子。

高山工業を定年退職後、2009年防水・シーリング材をはじめとする建材商社の最大手、化研マテリアルに入社。新規扱い商品の評価や、PV(ソーラー事業)を担当し、今年3月退職していた。

高山工業時代は、アスファルト・トーチ防水工法技能検定の講師を長年務めた。

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RN105の読み物は「楼鉄」の東京駅見学記
防水をライフワークとするテツキチが見た東京駅

サーツ会報 53
今着きました。


見開き記事

表紙にはこんな写真が載っています
和田会長鶴田
右はPSATA(建築技術支援協会サーツ)代表理事で建築学会会長の和田章さん。 左は鶴田裕さん
ニコニコの和田さんと、見学に興奮(緊張)の鶴田さんの表情が対照的ですね。


本日7月7日 七夕
今日は旧暦 皐月十八日 小暑しょうしょ

asshuku 舞楽 登天楽の衣装P7050065
燃水祭 奉納舞樂「登天楽とうてんらく」(撮影:日本 防水の歴史研究会 森田喜晴)

小暑:二十四節気の一つ。日あしは徐々に短くなるが、本格的な暑さが始まる。
皐月(今年は6月20日から7月18日)が日本の雨季。水無月は晩夏だ。だから水無月(今年は7月19日から8月17日)は文字通り水無月、カラカラで当たり前。


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「燃える土」と「燃える水」が初めて揃った燃水祭(芝野談)
石油と防水の祖神に感謝
2012年近江神宮燃水祭7月5日

~圧縮「燃える土」の関係者として日本・防水の歴史研究会から4名が玉串拝礼2012.7.5燃水祭
「燃える土」の関係者として日本・防水の歴史研究会からの参列者を代表して4名が玉串拝礼(左2名は報道関係)2012.7.5撮影:森田喜晴(ルーフネット



芝野桂太郎 燃水祭世話人
近江神宮燃水祭世話人(滋賀県石油組合芝野桂太郎理事長)が直会(なおらい)で挨拶。

「燃える水」と「燃える土」がようやく揃いました。本日、燃える土を起源とする防水業界から15名の方が参列いただきました。この合体によりまして、燃水祭がますます盛大になるよう祈念いたします。

燃水祭
燃水祭7月5日早朝。 拝殿から参道をのぞむ

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JWMA 第2期 通常総会
防水技術者・設計技術者育成事業推進。
プライベートライセンスも検討

JWMA猪野瀬会長
JWMA一般社団法人日本防水材料連合会が、6月22日東京・四谷のスクワール麹町で通常総会を開催した。写真は懇親会で、新年度事業計画を報告する猪野瀬正明会長。

上記の事業のほか、技術委員会関係では、
・防水用語辞典の作成
・JWMA材料規格の制定
・建築学会活動への協力。 など。

傘下防水団体の施工実績
JWMA平成23年施工実績集計結果

2012 「燃水祭」斉行    深緑の中 厳かに 晴れやかに 
石油と防水の祖神に「燃える土と燃える水」献上
燃水祭2012舞樂
近江神宮燃水祭で奉納された舞樂「登天楽」(写真:日本 防水の歴史研究会 森田喜晴撮影2012.7.5)

7月5日、天智天皇を祀る滋賀県近江神宮で、「燃える土=アスファルトと燃える水=石油を天智天皇に献上した」、という日本書紀の記述を再現する「燃水祭」が斉行された。
 
日本最初の石油の記録は、1340年前。天智天皇が正月3日、新都大津宮において即位した668年(天智天皇7年)の7月のことである。 「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」、 日本書紀にはこう書かれている。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトであり、燃ゆる水『燃水』とは石油のことだ。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれている。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられている。 その7月、越の国で採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたわけだ。

今年は7月2日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、7月5日、近江大津宮旧跡に再建された近江神宮燃水祭において、黒川からの使者(今回は越の国黒川臭水遺跡保存会・布川陽一会長)により燃水献上の儀が、往時のままに執り行われた。まさに日本書紀の記述の再現である。
 
~圧縮「日本書紀を奏唱する杉本憲央さん」2012.7.5 近江神宮燃水祭
「燃える土の関係者」として、衣冠束帯で日本書紀を奏唱する杉本憲央さん。撮影:日本防水の歴史研究会森田喜晴)

燃える土=天然アスファルトは古来、接着・塗装・防水などに使用されていた。石油業界は、約30年前より、燃える水を自らの産業の起源として、燃水祭に奉仕してきた。燃える水が石油業界の起源なら、燃える土は防水業界の起源である。日本石油は創立100周年記念誌の冒頭で「人類と石油とのかかわりはアスファルトをプラスチックとして利用したことに始まる」と書いている。燃える土は「機能としての防水」の起源であり、燃える水は「防水材の原料」としての起源である。

今回、近江神宮と、燃水祭世話人代表の芝野桂太郎氏からお誘いを受け、「燃える土関係者」として「日本 防水の歴史研究会」の15名が参列した。さらに祭事の主役ともいえる「日本書紀奏唱」の大役を、地元大津市の防水工事店で、近江神宮ともかかわりのある㈱メイコウ杉本憲央社長が勤めた。


詳細はルーフネット次号で。


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近江神宮燃水祭でルーフネットギャラリー
近江神宮で「日本書紀と防水」関連資料展示7月5日(木)

燃土燃水献上行列ジオラマ
毎年7月1日(今年24年は1日が日曜日のため2日)、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われる。その折採油された原油が、6日後の7日(7日が土日の場合は5日)、近江大津宮旧跡に鎮座する近江神宮燃水祭において献上される。黒川から近江へ。燃土燃水献上の儀が、日本書紀の記述を再現するかたちで厳修される。写真は燃土燃水献上行列ジオラマ

防水業界では「日本 防水の歴史研究会」が今年も参列します。特筆すべきは、地元大津の防水工事店「メイコウ㈱の杉本憲央社長が、日本書紀奉唱という大役を務めることです。更に直会の会場で、ルーフネットのこれまでに調査結果を展示することになりました。

展示予定は次の通り。(絵や日本書紀などの展示物はもちろん本物ではありません。原寸複写)
1.小堀鞆音「燃土燃水献上図」
2.東京芸大が所蔵する々下絵
3.日本書紀の該当部分
4.々 絵を精密に再現したジオラマ
5.田谷力三のデビュー作でもあるオペレッタ「燃える水」。 
6.々絵を精密模写した帝室技芸員・塚田秀鏡の最晩年の彫金作品「燃土燃水献上図花容器」
7.絵の制作を依頼した日本石油の5冊の社史。大正6年の30年史は、本そのものが作品として、展示された。
8.「燃える土」現在でもアスファルトの地層が露頭している秋田で採集したもの。
9.日本石油が創立70周年記念として5000枚を製作し関係者に配布したという「燃土燃水献上図」の
  西陣織作品
10.同じく90周年品として少量配布された、「燃土燃水献上図」彫金煙草入れ
11.大協石油が前田青邨に依頼した「燃土燃水献上図」
12.小堀鞆音の画をもとに小学生が作った連作版画集「燃える水」
その他。

その一部を紹介しましょう。
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日本石油史展示

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日本の石油解説

万代石と原料の土瀝青(下)

アスファルトの利用

54センチ×79センチの一部 紙本淡彩
前田青邨「燃土燃水献上図」54センチ×79センチの一部 紙本淡彩
「大協石油株式会社創立30周年(昭和44年9月)を記念し、前田青邨画伯に依頼して、日本書紀に基き、越の国より燃える水(天智天皇の時代)の図として描かれたものである。但し装束は当時の時代考証より一時代前のものとして描かれた。また、これは大日本印刷株式会社の複写技術によって原寸大に複写したものである。」との裏書きあり。

日本書紀

日石90周年煙草入れ
都心のジャングル
7月3日。あすは満月

都心のジャングル。夢の島熱帯植物館
夢の島熱帯植物館。水のスクリーン