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(旧 「防水屋台村」建設中)
「日本最初のアスファルト舗装の話」最終回に寄せて
「土瀝青(アスファルト)」事業化の歴史を読む

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土瀝青採掘地の写真(豊川をヨイショする会提供)

佐々木榮一さんの労作を3回にわたって転載させていただいた。タイトルは「日本最初のアスファルト舗装の話」だが、内容は単に舗装の歴史にとどまらない。防水の歴史を知る上で、貴重な知見が散見される。同氏の緻密な文献調査と丁寧な聞き取り調査の結果、近代産業史の中で天然アスファルト(土瀝青)が、ビジネスとして展開して行った様子が伺える。PDFの8頁に佐々木さんが大事にしている写真が掲載れている。この写真をアップすると人足たちが来ているハッピに「アスハルト穴原商会」の文字が染め抜かれている。

穴原商会で創業者栄治郎と活躍したのが、我が国 防水工事店の草分け、木下金蔵(木下謹三商店創始者)、岡田平蔵(岡田建材創始者)であった。木下金蔵はアスファルトルーフィングの輸入元であった穴原商会大阪支店長としての経験を生かし、大正6年1917年創業。アスファルト防水工事、スレート葺き工事の専門店として業務をスタートした。社長の名前が「金蔵」であっても、工事会社の名前が「金蔵」では、いささかまずい、というので、「謹三」にしたそうだ。

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会