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(旧 「防水屋台村」建設中)
2012年 1月 1日 謹賀新年
謹賀新年 2012 元旦
新潟県黒川文化伝習館
小堀鞆音の「燃土燃水献上図」を忠実に模したジオラマ(新潟県黒川郷土文化伝習館)


人類と石油の関わりは、アスファルトをプラスチック(可塑性物質)として利用したことに始まります。西洋ではノアの方舟の防水、バベルの塔の接着・シール、モーセを救った葦の籠の防水として利用されました。これらは聖書の「お話」ではなく、考古学上の遺物として発掘されたり、同様の使い方がされていたという事がわかってきました。ということは「人類と石油との関係は接着と防水で始まった」といってもいいわけです。

日本ではやはり5~6千年前の縄文時代から、矢じりの接着、土器の補修コーティング、さらには、蔓を編んで、アスファルトと漆で覆ったらんたい容器が発掘されています。これはまさにナイルに流されたモーセを助けた葦の籠船の防水、古代海洋民族が乗り込んだ、アスファルトで防水したパピルスの船と同じ構造です。 しかし日本では人類初の防水材が記録に現れるのは日本書紀668年まで待たねばなりません。

昨年、日本書紀の「天智天皇に燃える土(アスファルト)と燃える水(石油)を献上した」という記述を絵画化した歴史画の父・小堀靹音(ともと)の作品が初めて一般公開され美術界でまた石油業界でも話題になりました。 もちろん防水のサイトであるウェブマガジン「ルーフネット」にとっては最大のニュースでした。

人間の生活の中で極めて重要な機能でありながら地味な存在であった「防水」。でも丹念に探せば、歴史や芸術作品の中に見つける事が出来ます。そしてそれを今の生活やビジネスに活かす事は可能です。「ルーフネット」は今年も、その道筋を探します。

                                           Webマガジン「ルーフネット」 編集長森田喜晴



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会