(旧 「防水屋台村」建設中)
聖書と防水ギャラリー~ノアの方舟~
聖書と防水三部作。 ノアの方舟の防水

ノアの方舟 けいこさん母
ルーフネット読者のマザーKKが I.ガンチェフが画いた「ノアの方舟」を摸写してくれました。

[150日間、洪水の水は地球を覆いました。そして神は大きな風を起こして地球に吹きかけ、水はひきはじめます。]



その方舟はどんなふうにつくるか、神はノアに教えました。方舟は下の甲板と真ん中の甲板、それから上の甲板をつくります。またノアの家族のために幾つかの部屋、船体の横の方に大きなハッチ-、船の屋根近くには窓も一つ。ノアが方舟を作るのが終わると、水が漏れこんでこないように、船体の内側も外側もアスファルト(タール)を塗るように、神は言いました。
旧約聖書、創世記6章9節


 方舟の大きさに関して、旧約聖書『創世記』は「長さ300キュビト、幅50 キュビト、高さ30キュビト」という。1キュビトを約44.5cmで換算すると、およそ「長133.5m、幅22.2m、高13.3m」となる。
これは現代の造船技術から見てとても安定したプロポーションだそうです。(聖書神学舎教師・津村俊夫さん)
在る人は、石油タンカーの形状に良く似た、理にかなった形とも言っていました。 その内外全てに、防水処置が施されました。屋根も壁も、側面も、底も。神による防水仕様です。

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舞楽・「八仙」って? 質問に答えて。
Q&A
Q:7月7日、近江神宮の「燃水祭」で奉納された舞楽について。
「八仙はっせん」という曲目、あの気味の悪いお面は、「燃水祭」に縁のあるものですか?


八仙-1
小学館・日本大百科全書によると:
.雅楽の曲名。「崑崙八仙(ころばせ)」ともいう。右方高麗(うほうこま)楽に属す。崑崙(こんろん)山に住むという鶴(つる)の仙人(仙禽(せんきん))が8人、下界に降りきたって舞うありさまを表したもの。文の舞で四人舞。高麗壱越(こまいちこつ)調。高麗四拍子の「破」と唐(から)拍子の「急」の2章からなる。この写真の部分は「破」の章ですね。

八仙ー11
写真提供(全部):日本防水の歴史研究会

ー7八仙
「急」では、舞人が互いに袖(そで)をとり、輪になって鶴の群遊する情景を表す部分がある。(この写真の部分です)ここから別名「鶴舞(つるまい)」ともいう。面には口先に金色の鈴がつけられ(写真上)、舞うごとに鳴るその音が鶴の泣き声を模すという。頭上に鶴の冠を表す色彩鮮やかな扇形の甲(かぶと)をつける。八仙専用の特殊な袍(ほう)には、鯉(こい)の泳ぐ姿が刺しゅうされる

八仙(はっせん)は道教の仙人のなかでも代表的な存在であり、中華社会のあらゆる階層の人にも受け入れられ、日本における七福神のように信仰は厚い。掛け軸や陶磁器に描かれるめでたい絵の題材になるなど様々な芸術のモチーフとなっています。


「燃水祭」

 近江神宮の御祭神天智天皇の七年に「越国より燃ゆる土と燃ゆる水とを献つる」と日本書紀に記録されている。これは「燃ゆる土」(アスファルト)と「燃ゆる水」(石油)が文献に見える最古のもの。近江神宮では毎年七月七日に「燃水祭」を執行して今日に及んでいる。「燃水祭」は防水の起源に関わる重要なお祭りである。今年、この燃水祭に防水業界からはじめて、参加することができた。

質問に対する応え:昨年の燃水祭でも、女人舞楽集団原笙会が、舞楽(厳島)を奉納しました。曲は解説のとおり、おめでたい曲では有りますが、 燃水祭に直接かかわる物ではありません。



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yorusannpo
カラスウリ
手持ちからす
22時頃のカラスウリ 

kabinnkarasu


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築30年超マンションは間もなく100万戸に
マンションリフォームマネージャー試験受験申請は 8月15日まで 皇居のはす
皇居のハス p300

マンションストック
平成21年度末の分譲マンションのストック数は562万戸に増加し、その居住者は約1,400万人と推計されている。
数年で築30年以上のマンションが100万戸を超える時代をむかえ、マンションリフォームのニーズが増加。


中古マンションの売買、建設、インテリアデザイン、マンション管理等の多様な業種においてもマンションリフォーム事業への取組みが行われるようになってきており、マンションリフォームに関する専門知識が不可欠になっている。
こうした状況において、マンションリフォームに関する専門知識を備えた人材が求められる仕事の領域は、広がりつつある。

マンションリフォームマネジャーとは
マンションリフォームマネジャーとは、マンションの特性とその制約を踏まえ、リフォームプランの提案や工事にあたって管理組合や近隣・工事施工者に対して適切な指導・助言を行う人材です。住宅リフォーム推進協議会が行う試験に合格した全国で約5,100人がマンションリフォームマネジャーとして登録をしている。
マンションリフォームマネージャー証
同協議会が年に1回実施する学科及びリフォームプランニング(設計製図)の試験に合格すると、マンションリフォームマネジャーとして登録することができる。(受験資格及び登録資格は無し)


一般社団法人住宅リフォーム推進協議会 http://www.j-reform.com/index.html



平成23年度(第20回)マンションリフォームマネジャー試験実施概要

受験申込書ダウンロード 平成23年6月15日(水)~8月15日(月)
受験申込の受付 平成23年7月15日(金)~8月15日(月)消印有効
学科・リフォームプランニング(設計製図)試験 平成23年10月2日(日)
合格発表 平成23年12月中旬(予定)
受験料(税込)
13,650円



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karasuuri
karasuuri
明後日の花
お疲れ様。 一昨日の花、昨晩の花、明後日の花。

明日の花
1週間目の花、明日の花。
防水の起源を著した歴史画が佐野で戦後初公開
燃土燃水献上図=防水・石油業界の
「お宝」日本画が戦後初公開!


佐野美初見
[燃える土=アスファルト]と[燃える水=石油]を天智天皇に献上した、という日本書紀の記述を描いた、小堀鞆音(ともと)の作品(大正3年)。  
アスファルトはもちろん石油に関わる産業の原点とも言うべき歴史画


佐野市立吉澤記念美術館特別企画展

小堀鞆音(こぼりともと) 没後80年

佐野市出身の日本画家、小堀鞆音は昭和6年(1931)10月1日に亡くなりました。平成23年(2011)10月1日、その没後80年を迎えるにあたり、地元佐野市で展覧会が開催される(佐野市郷土博物館、佐野市立吉澤記念美術館の2会場で同時開催)。
【会期】 平成23年10月1日(土)~11月13日(日)
【会期中の休館日】 毎週月曜日(10月10日(月・祝)は開館)、10月11日(火)、11月4日(金)
【開館時間】 午前9時30分~午後5時
【主催】(財)佐野市民文化振興事業団、佐野市立吉澤記念美術館、佐野市郷土博物館
【同時開催】「小堀鞆音展」佐野市郷土博物館



小堀靹音(ともと)
小堀靹音(ともと)。

主な展示作品 ※会期中に一部展示替あり。
計約20点を予定。

《経政詣竹生島》東京芸術大学所蔵
明治29年(1896)、日本絵画協会第3回共進会
《宇知野の雪》栃木県立美術館寄託
明治31年(1898)、日本絵画協会第4回共進会
《高殿》当館所蔵、明治33年(1900)、国画百画会
《平治合戦図屏風》個人蔵
《蘭陵王》上野記念館所蔵
《義経牟礼高松図》個人蔵
《燃土燃水献上図》JX日鉱日石エネルギー株式会社所蔵
強調文《方服被着法》東京藝術大学所蔵、大正7年(1918)
『小国民』、明治28年(1895)

小堀鞆音燃土燃水献上図、原画 小
初公開される「燃土燃水献上図」(部分)
★…戦後初公開

会期中の催し物
小堀桂一郎氏特別講演会★日程:10月8日(土)午後2時~3時30分
★参加無料、定員70名
※要申込(9月19日まで)
※展覧会の観覧は当日の鑑覧券が必要。


作品鑑賞会~同館学芸員と一緒に~
★日程:未定  各日午後2時~(30分程度)
★場所:美術館展示室(エントランス集合)
★学芸員が作品解説を行いながら、一緒に作品鑑賞を行う。
http://www.city.sano.lg.jp/museum/conduct/14.html
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新宿中央公園・十二社(じゅうにそう)が見た600年
この緑の下に防水層に守られた巨大な変電所

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新宿中央公園を見下ろす

中野区民の森
新宿区民の森だ。植栽部分以外はすっかり舗装されているのは興ざめだが、あまり構われずに、大きく育った木の荒れ具合が、妙に心やすらぐ。

十二社:「じゅうにそう」と読む。

この辺りは十二社(じゅうにそう)と呼ばれている。地図の十二社通りの文字の右下のあたりに熊野神社。
社務所の前にこんな看板がある。


室町時代の応永年間(1394-1426)に、中野長者鈴木九郎が、故郷の紀州熊野の十二所権現をうつし、祀ったものと伝えられ、その為に、この辺りは十二社と呼ばれるようになった。また、周辺にはかつて池や滝があり、江戸時代中期より、江戸西郊の景勝地として有名だった。

熊野神社の看板 十二社の池



明治25年(1892)淀橋浄水場の工事に伴い、上の十二社の池は埋め立てられた。ヨドバシカメラのヨドバシの名は、これだだ。
淀橋浄水場
アスファルトの歴史に関する古典的資料:村岡坦著「アスファルト」に掲載されている東京市水道沈殿池のアスファルト塗布の写真。明治32年12月17日、淀橋浄水場内で落成式開催と書かれている。

江戸中期の景勝地は明治には浄水場となり、新宿再開発で東京が爆発する直前、超高層ビル群に膨大な電力を供給するために地下16メートルの変電所が建設される。地下5階の逆打ちの突貫工事。それを追っかけて夜を徹しての熱アス防水の工事が1年半続いた。

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当時、新婚ほやほやで、防水工事の現場に張り付いていたのが奥山化工業の古屋さん。「結婚するから1週間休ませて欲しい
」と頼んだら、所長は「証拠写真みせろよ」と言って暇をくれた。そんな時の様子が、*座談会でも話題になりました。一部を紹介しましょう。
(*注:いきなり「座談会」と言われても、初めての人には訳がわからないでしょうね。この項、末尾に概略紹介します。)
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IMG_0058.jpg
古屋さん[左)、渡辺さん(右)
IMG_0087.jpg
片山さん[左]、齊藤さん[右)

奥山化工業(東京)と日本防水総業(札幌)のルーフネット座談会
2011.4.21東京・内幸町 シ―ボニアンメンズクラブにて
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古屋:新宿の西口の都庁とか、超高層ビル群の一番奥に東京電力の地下変電所があるわけですよ。公園の下に。今、ホームレスの居場所になっていますけどね。あの新宿中央公園の地下16メートルにものすごい変電所が入っているんですよ。どーんと。あれを防水したのが、もう何年経つかな。私が嫁さんもらった年ですからね、43年たちますね。まだ、防水は問題ないんだ、あそこ。淀橋浄水場が在ったころは、本当に、駅のはずれ。キツネやタヌキがでて、夜は一人で歩けるような場所じゃなかった。

あれは、大学を卒業して、奥山さんにお世話になって五年目かな。「お前あそこについていろ」って、奥山社長[先代)にね。ここについていれば、お前良いんだって、一年半くらい。大突貫だったんですよ。あの頃、電力の使用量が右肩上がりで、あっちに変電所、こっちに変電所つくらないと間に合わなかった。そんな時代に作った変電所があそこ。、新宿西口が大都会になる。そこに供給する電気だって。 ああ、もうあれだけの思い 。ホント、1年と3ヶ月が4ヶ月かべったり張り付いていました。

当時、東京電力の防水仕様はうちの奥山式ですからね。二号仕様とおんなじですから。A仕様。それで、突貫ですよ。泊り込みでね。夜、電気つけて。本当は、夜やっちゃいけないんですよ、アスファルトの場合はね。あの、目が届かないって、黒いもの扱うから。絶対に仕事するなって、菊五郎さんあたり、先輩から言われて 夜間工事はやるもんじゃないぞって、危ないし、なにしろ目が、ちゃんとした仕事できないって。黒いもの扱うのに黒いところで何が出来るって。そういうことで、夜間工事は一切だめだったんですよ。で、夜間工事っていうことで、ライトつけてもらって。屋根の平米数だけでも100メーター四方ですからね、一万平米あるわけですからね。

でかいんですよ。それでコンクリートで一番先のスロープに打つって サカうち工法してね 屋根のスラブを先に作っちゃって、それから、柱を下に落としながら、作っていって、それから建物を地下4階まで作っていく。5階かな。サカうち工法ですから、一番先にスロープが出来ちゃっているんですよ。そして防水をやる。

掘りながら建物作っていくんですよ。逆に。スラブが先にあるから、防水やれるかと思うと大間違いで、そこは、全部作業  だから、非常に養生が出来ちゃっているんですよ、先に。3年も4年も前にコンクリート打っちゃっているわけですから。それから掘っていって、出来上がってから防水。それで、埋め戻しがくるってワケですよ。土ほって、余所へよせてあるわけですから、新宿の公園の横のほうへ山のようにしてあるわけですよ。それが少しずつ、ずれ始めたんです、山崩れが始まって。それで、なんとしても埋め戻しを早くやってしまわなくてはいけないと、大突貫で。間に合ったんですよね、あの時は。

外壁はやらなかったんですよ。屋根だけでね。外壁はあくまでも二重壁で、水が入ったら逃がす方法で、そうしなければもう 地下変ですから あの 逆に掘っていくわけですから、外壁、出来なかったんですよね。で、屋根の防水をどこまで下げるっていうのが、これが大問題でね。色んな意見が出た結果、60センチ下げれば良いんじゃないかってことになった。 今聞いたら、42~3年たっているからね。埋まったまんま。もう、水の中に埋まったようなものですよ。アスファルトは結局ね、温度変化がないと、非常に持ちが良いんですよね。万年ものなんですよね。
 菊五郎が良く言ってました、「アスファルトは水の中へ入れておけば、一生ものだ」って。
・・・・


工事の詳細は後ほど。


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* 座談会の経緯



我が師は菊五郎。≪ルーフネット広場≫
 北海道と東京を結ぶ技術屋の心意気
wagashi ha kikugorou

 斎藤保(たもつ)75歳(写真左上)。北海道の名門にして最大手防水工事店・日本防水総業株式会社取締役工事担当。昭和25年「給仕」として入社。防水工事現場に魅力を感じ、すぐに現場担当へ移動を願い出る。爾来、現場一筋。かつてスーパーゼネコンの所長その前でが震え上がり「天皇」とも称された三菱地所の星野氏も、防水工事関しては斎藤に絶対の信頼を寄せる。60歳を過ぎても指名が掛かり、私はもう歳で、現場作業はできません」といっても「いや、とにかく「居るだけ」でいいから」と譲らなかった。
 斎藤さんは今も毎日出社し、作業員から現場の様子を聞く。「会社に何かあったとき、斎藤は体を張って会社を守ろうとするだろう。あれはそういう男」(日本防水総業片山社長)。多くの人が、「何が大事か」を見失っている中、トップと技術屋のこの堅い信頼関係は眩しい。職人の誇り、技術屋のプライドとそれをしっかり受け止めるトップの志。ある時、片山英男社長と話していて「今生き残る会社が持っているもの、建築業界、大きく言えば日本を救うのは、そんな信頼関係ではないか」と意見が一致した。「斎藤さんに是非会いたい」と思った。
 さらに片山氏は「斎藤には師匠がいる」。それが、創業大正7年の奥山化工業、創業者の兄で技術屋の名物男「奥山菊五郎」だという。取材が決まって、斎藤さんに「奥山菊五郎さんとのことでーーー」と言いかけたとき、「あっ菊五郎先生ですか!」電話の向こうで居ずまいを正す気配を感じた。
 北海道と東京の名門防水工事店。技術一筋の奥山菊五郎と斎藤保。なぜ斎藤氏は菊五郎を師と仰ぐのか? 奥山化工業と日本防水総業の浅からぬ因縁とは?

 昨年4月、さらに今年6月、。、奥山岩男・片山英男両社長と菊五郎をよく知る奥山化工業古屋隆司前常務、渡辺寛司常務を交えて懇談した。 一つ一つの工事や出来事を通じて、両社の堅い信頼関係がどんな風にできあがってきたのか、古屋さん、斎藤さんの記憶は鮮やかだ。 その中で、淀橋浄水場後に建設された新宿超高層ビル群に電力を供給する超大型変電所の防水工事も話題に上った。

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千葉大で 9月1~13日 緑化工学大会開催
第42回日本緑化工学会大会

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2011年9月11(日)~13日(火),千葉大学西千葉キャンパスにおいて,第42回日本緑化工学会大会が開催される。
論文と技術報告部門の発表、研究交流発表会、資材・工法展示、研究集会、公開シンポジウムをおこなうほか、今年初の取り組みとして「企業情報コーナー」が設置される。

大会概要
(1)日程  2011年9月11日(日)~9月13日(火)
9月11日(日)午前 研究発表,研究交流発表会,資材工法展示
9月11日(日)午後 総会,公開特別シンポジウム,懇親会
9月12日(月)   研究発表,研究交流発表会,資材工法展示,研究集会
9月13日(火)   現地見学会

公開特別シンポジウム 「都市沿岸防災と緑化」
 地震・津波災害・原発事故をもたらした東日本大震災の、被災状況実態調査を踏まえ、沿岸部の海岸林や近郊緑地、市街地内の緑地がどのような役割を果たしたのか、どのような問題があったのか、首都圏の食料基地である放射能被災地の再生は可能なのか、データをもとに検証する。
これらの議論を通して、東海沖地震等の発生も予想される中、東京湾岸でいかに安全性が高く潤いがあるまちづくりが可能か、緑地にはどのような役割が期待され、どのような改善策があるのか、市民とともに考える。

日時: 2011年9月11日(日) 14:00~17:00(予定)
場所: 千葉大学(西千葉キャンパス)けやき会館大ホール
プログラム
  東京湾岸埋立地液状化状況報告(仮題)
  海岸林全国調査報告(仮題)
  放射能災害と緑(仮題)
  防災の観点を加えた生物多様性評価(仮題)
  安全安心のまちづくり(仮題)
ディスカッション:都市沿岸防災における緑化の役割と戦略

現地見学会
工場緑地は、工場立地法によって特定工場に設置が義務づけられた施設ですが、維持管理等に苦慮している工場も少なくない。そのような中で、出光興産千葉製油所は、「公害のない地元から愛される製油所・工場づくり」を目指して、1963年の操業開始から積極的にグリーンベルトを設けた。2008年12月には石油業界初のSEGES(社会・環境貢献緑地評価システム)認証「Excellent Stage2」の認定を受けた。危険物を扱う製油所・工場という制約の中で、操業以来、緑地が継続的に良好に維持され、地域の貴重な自然資源として寄与していることや、これまでの工場緑地の概念にとらわれず、新たな改善を図りつつある点などがその評価理由。
現在は、百年の森構想の下、平成27年度の完全竣工を目指して緑地整備が進行中で、千葉県の在来植生への転換や水辺生態系の質向上などが図られている。
今回の見学会では、このように先進的な取組を行っている出光興産千葉精油所において、敷地内の緑地の見学と現地解説を行う。

日時:9月13日(火) JR姉ヶ崎駅 午前10時頃集合、午後2時頃解散予定
場所:出光興産 千葉精油所(千葉県市原市姉崎海岸2-1)
参加費(予定):1,000円(昼食代)


研究分野の紹介

現在,緑化に関する個別の問題に対応し、研究をすすめるために9つの研究部会を設置し、それぞれの部会で研究集会やミニシンポジウム、現地見学会の開催などの活動を行っている。
このうち屋根・外壁緑化に関わるのが、 都市緑化技術研究部会。

都市緑化技術研究部会の活動内容

都市内の緑化を必要とされる空間は,公園あるいは道路,住宅,工場などの各種施設に付帯する緑地ばかりではなく,都心部に林立する建築群の外構,屋上,壁面,果ては室内に至るまで拡大,多様化している。立地する空間の環境条件も,亜熱帯地,寒冷地,積雪地,臨海地,水辺地,冠水地,埋立地,無土壌地,日陰地など変化に富み,植物の生育環境としても厳しい条件下が増えている。
 一方,これらの空間を花をはじめとする園芸植物などによって多彩に緑化したいなどの要求も強くなってきている。空間的にも環境的にも多様で厳しい都市緑化空間を確実に,しかも多彩に緑化するための技術的課題は山積している。技術的課題を研究テーマとして種々の視点から解明すること,また,関係者の交流を図ることを目的に活動を行い,主たる行事としては毎年1回年度末に都市緑化技術成果報告会を開催している。


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絵日記

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高台寺門前の のうぜんかずら(P300)

のうぜんかつら


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マンションを長持ちさせる85歳の設計者
注文側と施工側の信頼関係について

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鹿島出版会から、2000年に「マンションの劣化・修繕の知識」、2008年には「マンション修繕・管理の実際」を出版した印藤文夫さん85歳。いずれも好評で、こんな書評が寄せられている。

著者は,北海道で14年間にわたり,180棟あまりのマンションの診断と39棟の大規模修繕工事の設計管理に携わった専門家である。その経験から,よほどしっかりした修繕をしない限り,マンションは35~40年で放棄せざるを得ない状態になると警鐘を鳴らす。
本書は,マンション建築劣化の現状,体質改善工事,定期修繕工事の3章で構成される。建物外壁のひび割れや鉄筋の腐食,コンクリート打ち継ぎ部の不良など,劣化状況の実例を写真で多数,紹介した。これらの写真を追うだけでも劣化と修繕のアウトラインがつかめる。体質改善工事の章では,劣化の実情を踏まえて施工や設計管理のポイントを具体的に示した。体質改善工事費や定期修繕工事費の必要額も提示しており,未経験者でも目安として把握することができる。
専門用語は多いが,語り口は平易である。建築実務者が初めてマンション改修を手がけるとき,手に取りたい一冊だ。



印藤さんが北海道マンション管理組合連合会技術顧問を引き受けたのは3年前だ。
ある講演会の最後を、こう締めくくられた。

いま私は、ゼネコンとか施工チームは一切使っておりませんで、職人グループだけです。塗装も、北海道の一番大手ですが、これのリーダーは非常に立派な人です。もともとは塗装の職人として、職業訓練校から上がってきた人ですけれど、人格も見識も立派に成長しました。したがって、やってくる職人は十分承知の上でやってくるので、人を裏切るようなことは起きません。あるいは下地こしらえの職人さんも、さんざん苦労して今の会社をこしらえた人が中心になっていて、もう仕事なら絶対に引けは取らないよ、というグル―プです。そういった人達と一緒にやっているわけです。またシールを打つ職人、その他いろいろな職人がおりますが、集まってくる職人は、すべて本当に人間として魅力がある。朝、現場に行って「ああ、おはよう。よく来てくれたね」と言ったら、その時ににっこりする顔が何とも言えない。 こういう人たちにお願をしているわけです。

・・・

建物修繕は「いい加減な仕事」 をしても5~6年は分からない。その期間を過ぎて「おかしい」と気がついても振り出しに戻る事は出来ない。だからこそ最初に「正しい工事が出来る業者」を選ぶことが大事だ。正しい工事ができる業者とは、きちんとした仕事ができる職人を抱えている会社だ。筋を曲げずに仕事に対する厳しさが分かっている業者でなければならない。安いだけが取り柄の業者は絶対に使っては駄目です。




ルーフネットに印藤先生の原稿が到着しました。ルーフネットNO58号「躯体保護とコンクリート」コナーに掲載予定です。

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かるた大会 雨漏りを憂う歌 秋の田の・・・
百人一首の巻頭歌は 雨漏りの歌

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秋に田の




秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ

この百人一首の最初の歌。尾崎雅嘉著、岩波文庫「百人一首夕話」の解釈によると…

稲の実りたる秋の田を、鳥獣に荒させじと、仮庵とて仮屋を建てて守り居るが、その庵を葺きたる苫の目があらき故、中にいる我らの袖が朝も夜も露に濡れつつして、苦労なる事ぞといふ心なり。

…とある。尾崎氏によれば、天皇は雨漏りで、自分の衣手=袖が濡れて、嫌だなあ、というのでなく、「土民になり代わりて」、詠んだ「百姓の苦労をいたはらせ給う叡慮の有難きなり」と解釈している。

天智天皇は「雨漏りして大変だね」と、心配してくれていた!!

これは縁が深いどころか、防水神社にお祀りせねばならぬかもしれない。(ルーフネット2010/07/05(月) 記事より)




燃水祭の近江神宮で かるた大会

秋の田の 碑


第33回全国高等学校かるた選手権大会 日 程 7月23日(土)団体戦
    7月24日(日)個人戦
会 場 近江神宮・近江勧学館・滋賀県立武道館





小倉百人一首巻頭の天智天皇御製「あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつ」ゆかりの近江神宮を会場に、全国の高校生が参集し、競技かるたの熱戦が開催されます。
東日本大震災の被災地でもある岩手県・宮城県・福島県などの代表校も含め、本年は全国各地から団体戦には40校、個人戦には600名のかるた選手が出場します。

主  催 (社)全日本かるた協会
     (社)全国高等学校文化連盟
     (財)天智聖徳文教財団

主  管  日本高等学校かるた連盟

後  援  文部科学省
      滋賀県・滋賀県教育委員会
      大津市・大津市教育委員会
      NHK大津放送局

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防水の祖神を祀る神社で、雨漏りの歌のかるた大会。防水関係者として、このかるた大会に関わりを持とうとしない事の方が、不自然な気がするのだが。


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真夏の夜の夢
今年もこの時期 カラスウリ

karasu.jpg
2011.7.20 22:34 5D2 EF100/2.8 ペンライト&手持ち

tsuki.jpg
屋上緑化の根の力
輿水(こしみず)肇先生はこう考える

朝倉彫塑館屋上
日本の名勝に指定された朝倉彫塑館屋上庭園のオリーブ。毎年たわわに実る。 都内でも最も古い屋上緑化の事例だが、25年3月まで工事中休館。(この写真は2005年頃撮影。屋上緑化のイメージで、記事と直接関係はありません。)


植物がコンクリートやアスファルトを食べている!
土壌被覆はコンクリートを保護するけれど、もし植物の根がコンクリートを傷めるなら、屋上緑化はどうすれば良いのだろう。

人工地盤における緑地植物の植栽に関する研究、を専門とする輿水先生は、我が国唯一の防水専門誌月刊「防水ジャーナル」(新樹社㈱発行)7月号P33の巻頭言で、↓ こう言っています。

屋上の防水は完璧に行い、それとは縁を切って、緑化の方でも、防水と防根対策を講じ、二重の安全策を採用すれば、責任が明確になる。

詳しくは同誌をご覧ください。http://bousui.shinjusha.info/html/toshoannai.html#bj

輿水 肇(こしみずはじめ)氏。1944年東京都生まれ。1968年東京大学農学部農業生物学科卒業。同大学院を経て、明治大学農学部教授。

輿水 肇

輿水教授の「緑化とコンクリートに関する主な研究」は以下。
コンクリート構造物の緑化と生態・景観(1993 ))
透水性舗装材・緑化資材としてのポーラスコンクリートの特性(1997 )
植栽コンクリートに適した芝種子の播種深さに関する研究(1997 )
植栽したポーラスコンクリートの特性変化に関する研究(1998)



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え日記
中野哲学堂の天狗

天狗念写
写真:佐藤孝一

東京中野にある哲学堂公園はソクラテスから、釈迦、ガンジー、幽霊、天狗までいる、全国に例を見ないユニークな哲学的建築公園で、74の特徴ある古建築が、建築家や一般愛好家の間では有名だ。

エリアの正門にあたるのが「哲理門」 で通常「妖怪門」 と呼ばれている。門の右側に天狗、左側に幽霊の彫刻が置かれたいるためだ。もちろん、覗けば見えるが、いつもいるとは限らない。妖怪だから、時々いなくなる。この写真は、園内の建物「無尽蔵」の2階にワープした瞬間を偶然とらえることができたもの。

この公園は東洋大学を創立した井上円了が精神修養の場として開設したもので、明治36年から、大正4年にかけて、主な建物が作られた。
先日この施設で、絵画展を行った改修技術研究会。森光作会長は、建物の面白さに関して、この分野の第一人者である、松波秀子 さん( 清水建設(株)技術研究所 高度空間技術センター 上席研究員でNPO歴史建築保存再生研究所理事)に解説を依頼してくれているそうです。 楽しみに待っていましょう。

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防水の起源に関わる日本書紀の一節を描いた歴史画
「燃土燃水献上図」のミステリー

舞楽面
小堀鞆音の画をもとに再現した燃水祭で奉納された舞樂



誰が何のために発注したか

舗装工事や防水工事でアスファルトとかかわる建築業界関係資料の中で、この画の初見は、昭和59年9月1日、防水メーカー・日新工業が創立40周年記念誌として発行した「アスファルトルーフィングのルーツを探ねて」の扉の白黒写真である。
ルーツ

画の解説にはこう書かれている。

日本書紀の天智天皇の部に「越国燃土と燃水とを献る」と記されている。当時すでに新潟地方から朝廷に燃土(土瀝青)や燃水(石油)を献上したことを述べている。この故事にならって、日本石油㈱の30周年記念に制作した画である。燃土と燃水とを大きな箱や瓶に入れて都に運ぶさまを描く小堀鞆音の作。「新潟県三島郡出雲崎町にある、石油記念館の資料から複写」


上の解説で言う「複写」が画だけなのか、日本書紀の文字も含むのか、解説文でいう「日本石油30周年記念に製作した画である、という画かれた経緯まで含むのかは、重要だ。
それは小堀鞆音の燃土燃水献上図がなぜ画かれたか、を明らかにする記録がないためである。

現在、日本防水の歴史研究会が調べた範囲で、小堀鞆音「燃土燃水献上図」がかけれた経緯を示す記録は、上の「アスファルトルーフィングのルーツを探ずねて」の画の説明。もうひとつが、東京芸術大学が所蔵する下画(「天智帝朝越国燃土燃水/下図 71.2×99.3)の裏面に記された

「大正3年博覧会出品画」

の文字である。
燃土燃水献上図下画



可能性1.日本石油創立30周年記念として画かれた

         日石の創立つ30周年記念式典は大正6年5月5日、両国国技館で、盛大な記念式典。第1次世界大戦特需 で、その豪華さにおいて、民間の式典としては未曽有の盛事と称された。
ところが、式典の記録に小堀鞆音の記録はない。


可能性2.大正東京博覧会出展品のために画かれた。
         大正3年3月20日より7月31日まで。上の公園一帯で、日本中が盛り上がった。日石はここでも、他を圧倒する規模の展示を行った。
ところが美術館の出品目録には小堀鞆音の名はない。美術館ではなく、日石の展示館内での展示と言う可能性があるが、日石側の展示物一覧にも小堀鞆音の名はない。

可能性3..「日本石油史」の挿絵の原画として発注された。
         日本石油史は日本石油が単なる社史ではなく、文字通り「日本の石油史」を書き記すという志のもとに製作された。ところがこの本は当初、大正東京博覧会に合わせて発行予定が進んでいたはずであるが、以下の理由で、間に合わなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

小堀鞆音


これは新潟県黒川村(現胎内市の黒川村郷土伝習館の開館(昭和55年)に際して限定製作された色紙。平成22年11月、日本防水の歴史研究会が胎内市(旧黒川村文化財課からご提供いただいたもの)。

実はこのたび小堀鞆音縁の美術館学芸員の方と、原画を見た。傷の具合などから判断して、この色紙は原画から、丁寧に複写されたものと思われ、かなり忠実に再現していることが、初めてわかった。しかし2010年末の段階では、これがどの程度原画に忠実かは判断できなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
小堀鞆音「燃土燃水献上図」の初見は
日本石油が大正3年8月25日に発行した「日本石油史」

小堀鞆音カラー図版



この目次後に見開きカラー図版があり、「天智天皇の御宇燃水燃土を越の国より献上の図」
同書凡例の末尾に

「本書の装丁は小川千甕氏,燃ゆる水、燃ゆる土献上の図は小堀鞆音氏の筆に成りたるものなり」

と記されている。

ただしこの画は原画と同じではない。背景の地は飛ばしているし、銘のバランス、人物の衣装の模様が違う。摸写か、大正3年当時のカラー印刷の過程での見落としか、当初から、挿絵のつもりで発注したのか。小堀鞆音野色調とタッチは当時のカラー印刷技術では再現できないと判断し、この形にしたのか。わからない。
最初の白黒版の燃土燃水献上図は明らかに、この大正3年版「日本石油史のカラー図版の複写である。
この本を日石は3月の大正博覧会に合わせて発刊したかったはずだ。できなかった理由は前書きに書かれている。
本来大正元年までの分で記念誌は編集を終え、大正3年春に印刷に回ったのだが、業界の様子はその後激変、さらに5月にはかつてない大噴油があり、記事を追加せざるを得なくなったからであろう。




 次は同じく日石が大正6年5月1日に発行した
 日本石油史縮刷版のカラー図版。

縮刷版小堀鞆音
その縮刷版の本文中、唯一のカラー図版は、小堀鞆音・「燃土燃水献上図」。
原画の複写でないことは、ある3点から読み取れる。恐らく、この縮刷版のもとになった、大正6年発行「日本石油史」の小堀鞆音図版からの低レベル複写。

小堀鞆音また「燃土燃水献上図」に関する記述は、画の下に

「天智天皇の御宇燃水燃土を越の国より献上の図(小堀鞆音氏筆)」

とあるだけで、本文中に一切の説明はない。


同書は大正3年8月25日刊行の「日本石油史」の縮刷版であるが、縮刷に際して、大正3年から5年にかけての出来事、及び6年の特記事項が追加されている。

発行の日付に注目。 大正6年5月5日は、日本石油創立30周年記念式典の日。日本の企業史の中で類を見ないほどの大規模な記念式典が両国国技館で開催された。上記の追加された特記事項とは、今度も又噴油だ。大正6年3月30日の越後噴油史上に新記録を留めた四号井戸の顛末である。その記事を急遽追加して、縮刷版が記念式典で配布されたと考えるのが、自然だろう。


いずれの図版も原図と僅かな違いはあるが、原図がなければ、存在しえないものである。
よって日本防水の歴史研究会は「防水の起源にかかわる日本書紀に著された故事に基づく」小堀鞆音の「燃土燃水献上図」は大正3年に画かれたものと考える。

日本石油はこの後、五〇周年、七〇周年。一〇〇周年まで記念誌を出す。が小堀鞆音の画の扱いはその都度軽くなるのはなぜだろう。
戦時中の薄っぺらな五〇年史で触れられないのはやむをえないとしても、石油史を知り尽くした長 誠次氏が大きく関わった七〇年史において、小堀鞆音の画が、モノクロ写真で「その他資料」的に扱われているのは、不思議だ。さらに日石渾身の一〇〇年史においては全く存在しない。一〇〇年史の発行は昭和六三年。恐らくこの時点で小堀鞆音の燃土燃水献上図は、すでに人目につかない場所に置かれていたのだろうか?。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以上が、現時点で、見つけた文献記録の中から推測した日本防水の歴史研究会によるメモです。


東京話題の建物ツアー
見よう,聴こう、質問しよう。
sukatsuri.jpg

東京には意匠・構造・環境配慮に優れた話題の建物が数多く建設されている。日本建築学会は、全国学会大会の行事の一つとして、バスツアーを計画。六本木ヒルズ屋上農園、東京スカイツリー など話題の建物を訪れ、建設に携わった方たちから建物概要や特徴・苦労話を交えた説明を聞きながら見学するというもの。

hiruzu


聞きたくても中々質問の機会はないものです。第一誰に聞いたらよいかわからない。
ヒルズの屋根緑化は大丈夫なの?、スカイツリーの上層展望台のシーリングはこれまでの超高層と同じ?・・・。聞いてみたいことは、いろいろありますね。


■ 訪問予定コース
  六本木ヒルズ屋上農園、SONY大崎、東京スカイツリー

日時: 8月22日(月) 13:00~17:30
参加費: 4,000円
(申込は8月4日までに建築学会の
http://news-sv.aij.or.jp/uketsuke/scripts/entry.asp?sc_mcd=160
まで。担当は
E-mail:tokyo@aij.or.jp

新潟日報2011年7月2日号掲載
黒川燃水祭

新潟から45キロ

新潟日報
7月2日付け新潟日報

記念公園シンクルトン
シンクルトン記念公園。看板の画はもちろん小堀鞆音の燃土燃水献上図 

会場IMG_1457
シンクルトン記念館
shuzaisha.jpg

1時間前神事
山中の油壺(原油の湧出地)。神事開始約1時間前。

着替え:参列者派は衣装をつけ、地元の小学生も集まる
白装束着付け中は、地元「臭水(くそうず)」研究の第一人者錦織平蔵氏の孫の錦織義晴さん。
地元小学校生達も集まってきた。
防水の起源を現した歴史画 「小堀鞆音・燃土燃水献上図」再発見!
10月1日、佐野市立佐野吉澤記念美術館で本邦初公開へ。

小堀鞆音発見


明治・大正期の日本を代表する歴史画家、小堀鞆音の作品「燃土燃水献上図」はこれまでの作品目録や、年表には記録がない。もちろん展覧会で出品された形跡もない。日本石油が発注者であり製作年は後に説明するが、大正3年であることは間違いなさそうだ。日本石油役員室の壁に掛けてあるはず、と何人かの人は言う。しかし近年、原画を見ることはできなかった。


「日本石油の役員室にあると聞いた」、また「役員室で見た」、という目撃証言のほか、この画をもとに制作された、色紙(シンクルトン記念館開館記念品として)、サイン(看板)やポスター(シンクルトン記念公園各所にあり)、ジオラマ(黒川伝習館に展示)などが存在する。
 画を精密に模写した彫金作品は京都清水三年坂美術館が所蔵し、刺繍作品は丸山 功氏の手を経て、防水メーカー田島ルーフィングの応接室の壁を飾っている。 東京芸大にはこの画の下図が残っている。
近江神宮の社報「志賀」の夏の号の燃水祭の記事に合わせて、小堀鞆音のこの画は何度も登場する。近江神宮はこの画に「燃水祭のいわれ」を添えて、境内に大きな看板を作った。また後年、前田青邨が画いた「燃える水献上の図」は、,画かれた経緯や背景を鑑みれば小堀鞆音の画と無関係に画かれたとは考えられない。

shinnkurutonn



この画がなぜ防水の起源と関わるかという理由は次の通り。
アスファルト=瀝青が文献記録に表れるのは、西洋では旧約聖書・ギルガメッシュ叙事詩。ここで、明確に防水目的での使用例が記され、考古学的遺跡も発掘されている。(本サイト「聖書と防水3部作参照)
http://roof-net.jp/index.php?%E3%80%8C%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%A8%E9%98%B2%E6%B0%B4%E3%80%8D%EF%BC%93%E9%83%A8%E4%BD%9C
日本でも縄文時代の土器の補修、矢じりの接着などに用いたことが、出土品から明らかになっている。また竹かごに漆の代わりにコーティングされた、いわば旧約聖書の「ナイル川に流された幼いモーセを救った籠」に匹敵する防水材的使用も、指摘されている。
日本でこのアスファルトが記録に登場する初見が日本書紀なのである。 天智天皇7年の項に「越の国より燃える土燃える水を献上した」とある。 この「燃える土」が天然アスファルト、燃える水が石油である。
日本石油は大正3年、大正博覧会及び直後に計画されていた創立30周年式典をにらんで、当時の帝室技芸員にして歴史画の父.小堀鞆音に燃土燃水献上図の製作を依頼した。
ところが、大正3年に完成したはずの画は、大正東京博覧会の出展目録にはなく、日本石油の創立30周年記念式典之天智目録にはない。記念誌の挿絵に使用されただけである。この画は日本石油の応接室を飾っていたといわれ、 関係施設で、図柄が引用されることはあっても、原画を見ることはできず、美術界では全くその存在が知られていなかった。

小堀鞆音
  左はルーフネットのブックレット「日本書紀と防水」。東京芸大が所蔵する下画に描かれた寸法と同じだった。

あるきかっけで、6月中旬、小堀鞆音之生地佐野市の佐野吉澤記念美術館の学芸員が、都内で同画をチェックした。その結果、小堀鞆音円熟期の優品であり、多少傷はあるが十分展示に耐えるものである事を確認、出品交渉に入っていた。同美術館では、すでに10月1日から、小堀鞆音没後80年記念展を準備していたが、急きょこの画の追加展示を決めた。交渉は順調に進んでいる模様で、計画通り進めば、10月1日、佐野市の美術館で本邦初、日本書紀に書かれた防水の起源を描いた
幻の歴史画を見ることができる。
http://www.city.sano.lg.jp/museum/conduct/14.html



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8月23日建築学会大会「防水関連」発表スケジュール
8月23日9:15~早稲田大14号館403室:
防水層の耐久性や評価方法、緑化、遮熱など

23日~25日 〃14号館501室:
コンクリート、補修・改修・維持保全
舞楽奉納
近江神宮燃水祭での舞樂奉納(撮影:ルーフネット森田喜晴) 写真は記事とは関係ありません


2011年度日本建築学会大会学術講演会・建築デザイン発表会プログラム
http://www.gakkai-web.net/gakkai/aij/session11/pdf/1101000.pdf


次ページに詳細
燃える土・水献上
2011年7月7日燃水祭
 日本書紀と防水がつながりました

燃水献上
黒川村で採油した「燃える水」を「燃える土=アスファルト」とともに近江神宮までお運びし、
燃える水を奉献する胎内市黒川支所長。
(写真撮影:ルーフネット森田喜晴)

式次第

燃える水ランプ
燃える水=原油はランプで象徴。燃える土=アスファルト:防水の象徴は何をもってすればよいだろう。
(写真撮影:ルーフネット森田喜晴)

燃水祭参列者
(個人情報を考慮し、氏名は削除しました)

燃水祭参列者(個人情報を考慮し氏名は隠しています)





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日本書紀を奉唱する石油と防水のお祭(燃水祭・日本書紀奉唱)
日本書紀の奉唱はもちろん「天智天皇7年 越之国より
燃える土と燃える水を献上した」と言う部分




燃水祭・日本書紀奏唱
今年燃水祭で奉唱したのは、大阪府石油商業組合理事長・浪田昌治さん。  
                                         (写真撮影:ルーフネット森田喜晴)

       近江神宮ホームぺージは次の様に説明しています。

日本最初の石油の記録は、1340年をさかのぼる、天智天皇の御代のことした。正月3日、新都大津宮において、御即位の式典を厳修せられた天智天皇7年(668年)の7月のことでした。
 
 越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる

 日本書紀はこう書き記しています。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトのことであり、『燃水』とは石油のことです。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれます。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられています。
 その7月、越の国より採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたのでした。科学技術を駆使され国づくりを推進された改新政治を象徴する記事といえます。
 黒川村をはじめ新潟県内では昭和30年代に至るまで露天掘りの油田で採油が行われ、燃料として使われてきました。
  燃 水 祭 7月7日斎行 黒川臭水(くそうず)を献納する新潟県胎内市代表者 ランプを持って献灯するのは各府県石油商業組合代表者
本年は各元売り会社の代表者が奉仕します


献灯
大手石油メーカー5社の関西支店長クラスが装束を付け、黒川の臭水[くそうず=石油)で点火したランプを神前に献燈する。

IMG_2337燃水祭集合写真
直会(なおらい)の席で、防水関係者として紹介された後、燃水祭世話人らと記念撮影。 
右から 近江神宮宮司佐藤久忠さん、世話人北島一郎さん(伊丹産業)、同芝野桂太郎さん(志賀石油)、日本防水の歴史研究会丸山功さん(新バ―レックス工営)。



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燃水祭で初。防水関係者による玉串拝礼
防水業界からも7名初参加。
防水の祖神でもある天智天皇に玉串拝礼。
燃水祭玉串拝礼
手前・新バーレックス工営丸山功会長。向こう・日本防水の歴史研究会・石田節子さん。奥・石油業界紙代表

毎年7月7日、天智天皇を祀る滋賀県大近江神宮で「燃水祭」が行われる。防水の歴史を語る時、必ず引き合いに出される「天智天皇に燃える土と燃える水を献上した」という故事に則り行われる祭典である。燃える土とは天然アスファルト。燃える水とは石油だ。

今年も「燃水祭」は盛大に執り行われ、石油業界から多くの人たちが参列、新潟県黒川から運んだ燃える水(7月1日の黒川燃水祭記事参照)を奉献し、日本書紀の該当部分を奉唱した。石油業界にとって天智天皇は「石油の祖神」であり、「燃水祭」は業界人として「石油の祖神」に感謝の祈りを捧げ、業界の繁栄を祈願する重要な行事となっている。

今年は、日本書紀とアスファルト・防水とのかかわりを1年以上にわたって紹介してきたルーフネット編集部に近江神宮から、燃水祭への招待状が届いた。ウェブマガジン「ルーフネット」でその記事を見た日本防水の歴史研究会の設立メンバーである丸山功さん、石田節子さん、また防水メーカー最大手である田島ルーフィング、日新工業もルーフネット森田喜晴編集長とともに東京から参加した。さらに地元大阪から大正6年創業という我が国で最も歴史ある防水工事店「木下謹象三商店」 の木下彰久氏も会場で合流、神事に参加した(写真下、左から2人目)。

燃水祭木の下3

燃水祭を解説する
ルーフネットのブックレット「日本書紀と防水」を手に、丸山さん(右)から燃水祭参加までの経緯を聞く木下さん。

燃水祭木の下2


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行ってきま~す。近江神宮燃水祭
本日、「7月7日燃水祭斎行」 防水業界からも初参加します
http://oumijingu.org/ 近江神宮公式ホームページにこう書かれています。

 日本最初の石油の記録は、1340年をさかのぼる、天智天皇の御代のことした。正月3日、新都大津宮において、御即位の式典を厳修せられた天智天皇7年(668年)の7月のことでした。
 
 越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる

 日本書紀はこう書き記しています。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトのことであり、『燃水』とは石油のことです。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれます。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられています。
 その7月、越の国より採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたのでした。科学技術を駆使され国づくりを推進された改新政治を象徴する記事といえます。
 黒川村をはじめ新潟県内では昭和30年代に至るまで露天掘りの油田で採油が行われ、燃料として使われてきました。
  燃 水 祭 7月7日斎行 黒川臭水(くそうず)を献納する新潟県胎内市代表者 ランプを持って献灯するのは各府県石油商業組合代表者
本年は各元売り会社の代表者が奉仕します

 毎年7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、6日後の7日、近江大津宮旧跡に鎮座する近江神宮燃水祭において、黒川からの使者により燃水献上の儀が、往時のままに厳修されています。さながら日本書紀の記述を再現するがごとくに。

 地球温暖化問題がクローズアップされるなか、化石燃料のマイナス面が強調されることが多くなってきましたが、東日本大震災にともなう原子力発電所の事故以来脱原発への志向が高まり、さりとてただちに自然エネルギー中心に転換するのは現実的ではありません。現代文明を前提とする以上、当面は石油を中心とする化石燃料に頼らざるを得ません。むしろ従来にもまして重要となってきます。
 全国石油・エネルギー業界・関連業界関係者多数のご参列の中、石油業界の代表者の手により、ランプに灯をともして献灯の儀を行い、現代文明の基盤である石油への感謝の誠を捧げます。


注:燃える土=アスファルト、と記されています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
kurokawa 採油
こうして、燃える水を7月1日採油し
黒川使者に託す
使者に託し。燃える土=アスファルトとともに。 (小堀靹音(ともと)の「燃土燃水献上図」はこの行列を描いたものです。)
黒川燃水祭献上行列
460キロ先の近江神宮に、今日7月7日奉献します。


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夏休みは建築学会大会を楽しもう
今年の建築学会大会は東京です。
会場は、防水研究で田中享二先生が後を託した輿石教授の早稲田大学です。




輿石
輿石直幸教授(JWMA懇親会にて)

2011年度日本建築学会大会は、8月23日から、早稲田大学・早稲田キャンパスを主会場に行われます。関東では2006年度の神奈川大学以来、5年振りとなります。、

早稲田キャンパスの現在の配置は1923年関東大震災の瓦礫の中で構想され、当時、万感の思いで建てられた大隈講堂等が、震災復興から今日までの東京や日本を見守ってきました。この会場で、日頃の学術・技術・芸術の研鑽の成果の発表とともに、多くの会員、一般の方々にも参加して頂ける場を企画し、被災地域と今後の建築・都市・地域を見据えて「いま、私たちにできること」は何か、それぞれに見いだせる機会にしたいと念願しています。(学会大会案内より)



今回は防水に関するパネルディスカッションは有りませんが、研究発表は、いつも通り多彩です。
http://www.gakkai-web.net/gakkai/aij/session11/pdf/1101000.pdf

その他こんな企画も。この機会にじっくり、楽しんでみてはいかがでしょう。

1. 記念シンポジウム
 「大災害を克服し、
  未来の建築・都市へ」(仮題) 8月23日(火)
13:30~17:30
早稲田大学21号館大隈記念講堂大講堂
定員:1000名

2. 連続講演
 「建築の可能性-21世紀最初の10年とこれから」 8月24日(水)、
  25日(木)
早稲田大学21号館大隈記念講堂大講堂

3. 技術研究所拝見
8月23日(火) 第1回 大林組技術研究所
8月24日(水) 第2回 鹿島建設技術研究所西調布実験場
8月25日(木) 第3回 清水建設技術研究所

4. アンコール・ブラタモリ 未定 銀座・丸の内周辺

5. 東京話題の建物バスツアー
未定 六本木ヒルズ,東京スカイツリー,SONY大崎
(予定)

6. 「都市と建築と技術」展 8月23日~25日
学会開催期間中 早稲田大学小野梓記念館内ワセダギャラリー

7. 護国寺月光殿保存修理工事現場の見学 8月22日(月) 
午後3時より 場所:護国寺月光殿(東京都文京区)
講師:大野 敏(横浜国大)
定員:最大30名(事前予約要)

8. 早稲田キャンパス・史的探検
未定 早稲田大学キャンパス内

9. 2011年度学生と地域との連携によるシャレットワークショップ 8月17日(水)~
  8月21日(日) 東京都内および近郊(詳細未定)

輿石直幸
(こしいしなおゆき)教授
http://www.roof-net.jp/index.php?%E3%80%8C%E8%BC%BF%E7%9F%B3%E6%95%99%E6%8E%88%E3%81%8C%E9%98%B2%E6%B0%B4%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%AC%AC%E4%B8%89%E4%B8%96%E4%BB%A3%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%8D%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%95%99%E6%8E%88%E8%AB%87

http://www.waseda.jp/sem-kosiisi01/
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黒川村郷土伝習館の「燃土燃水献上図」ジオラマについて
胎内市(旧黒川村)教育委員会よりのお知らせ
防水の起源を伝えるジオラマ


燃土燃水献上図ジオラマ
小堀鞆音画画いた「燃土燃水献上図」を元にした精密なジオラマが「新潟県胎内市下赤谷の「黒川郷土文化伝習館」 に展示されています。これは、当初、同館の開館時、昭和55年に製作、とされていましたが、同市教育委員会に確認したところ、「伝習館の平成7年の展示替え工事に合わせて、京都科学と言う会社に製作を依頼したものである」との、回答をいただきました。
左が燃土=アスファルトを担いでいるところです。衣装の模様も、細かく写していますね。

ジおラマくいず
この配置には、大きな間違いがあります。分かれば、あなたは「日本防水の歴史研究会」の入会金免除です。正解はルーフネット55号(7月8日アップ予定)で。

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


黒川燃水祭に防水業界からも初参加-速報ー
「天智天皇にアスファルトと石油を献上」という

日本書紀の記載を再現し、新潟県胎内市[旧黒川村)で燃水祭


鮮やかな黒川燃水祭献上行列出発写真撮影。日本防水の歴史研究会2011.7.1 11:30

日本最古の原油献上地といわれる黒川(旧黒川村、現在胎内市)シンクルトン公園内の、「坪」と呼ばれる石油湧出地から燃える水を採油し、燃える土とともに,天智天皇を祀る滋賀県近江神宮に向けて献上行列が出発する


新潟県内の石油産出地は、黒川・新津・東山丘陵・西山丘陵・頚城地方などの油田が著名であり、くそうず(草水・臭水)という原油を示す地名が残っている。
胎内市がコシと呼ばれていた頃、天智7(668)年の日本書紀(第二十七巻)の記録に越の国が、燃ゆる土(アスファルト)と燃ゆる水(原油)とを献るという日本最古の原油献上の記述があり、胎内市のなかでも旧黒川村にあたる塩谷・下館は、この献上地といわれている。しかし、一般にはこうした歴史が知られていない。
毎年7月1日に黒川燃水祭がおこなわれる。
この燃水祭は、地元の越の国臭水遺跡保存会が、昭和62年から続けてきたもので、先人が臭水(原油)に係わって生活してきた歴史を振り返り、この貴重な文化を後世に残すことを使命としている。事務局は胎内市役所生涯学習課文化・文化財係が担当。


カグマで採油
採油の儀 カグマで古式にのっとり。左は取材中のNHK新潟のカメラマン。読売、サンケイほか地元新聞社の取材記者連中はゴム長持参。いい撮影ポイントは油混じりのドロンコ状。さすがだ。
IMG_1540kurokawa 燃水


燃土・丸山。福田

今回初めて、日本防水の歴史研究会他、防水関係者6名が参加した。担いでいるのは燃える土=天然アスファルト。
当時のアスファルトは薬、接着剤、コーティング剤として使用された。その基本用途も背景も、旧約聖書に現れた西の世界と変わらない。瀝青は単に「アスファルト防水の原点」ではなく、接着、コーティング、そして「防水」、という機能素材の原点である。その歴史記録の初見を日本書紀に求めることができる。そしてそのお祭りが、現在、新潟の山中で、また琵琶湖に近い近江神宮で斎行されているというのは、愉快ですね。

((黒川燃水祭の記事続く)


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