(旧 「防水屋台村」建設中)
田中先生 ,退官最終日も一人で実験
2011年 3月 31日、東京工業大学田中享二教授退官。
同日午前11時44分、田中研究室にて撮影。

田中先生研究室


田中教授が約40年間、防水研究に没頭したすずかけ台の研究室。
数日前、かたずけもほぼ終わっていると聞いていた。朝電話したが、誰もでない。ガランとして、鍵がかかっている研究室の様子が目に浮かぶ。


田中研究室
25年前初めてこの研究室を訪問したときの様子を思い出した。
当時は小池研究室の若先生と呼ばれていた。すると余計に行って見たくなり、主のいなくなった部屋のドアを撮る積もりで出掛けた。

最終日正午前到着。田中先生は一人で実験していた。数分話をして記念写真を撮ると、「午後学長室に辞令をとりにいかなかきゃ」といいながら実験室に早足でもどられた。
田中研究室2


明日からは人形町のJWMA日本防水材料協会がデスクだそうだ。


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



「路上のうた」 ホームレス 住まいの川柳 雨の巻
雨上がり 我が寝床から 虹が立つ
路上のうた
ビッグイシュージャパン2010年12月10日発行 700円。

福岡のホームレスとその仲間が書きためた8百句の川柳の中から300句を選りぬいて、「路上のうた ホームレス川柳」としてまとめたもの。
句集の解説を書いている作家の星野智幸さんはホームレスを撮り続けている写真家の高松英昭さんと一緒に「路上文学賞」を創設した。その星野さんが「寝ている最中に降る雨は悩みの一つだが、それを幻想的な光景に変えてしまう。私は真夜中の暗闇に濡れた毛布から上がっているイメージを浮かべて、その美しさに鳥肌が立った」というのが上の句だ。

そのほか星野さんが激賞するのはこんな句。

野良猫が 俺より先に 飼い猫に
盆が来る 俺は実家で 仏さま
北の風 このままいると 北枕
枕元 門松がわり 靴を置く
出初め式 元消防団の 血が騒ぐ
宿なしは 「福は外」へと 豆をまく

では、「住まいの原点を探る」ルーフネット編集部は「路上のうた」の「住まう」の章より、雨の句をいくつか紹介します。

朝露に 寿司を頬張る 夢も醒め
夜に雨 深い眠りの 頬(ほお)濡らす
雨宿り 誰かの寝床を 取ったかな?
雨降ると 又探さなきゃ ダンボール
軒先を 渡って歩く 雨の街
そして
雨上がり 我が寝床から 虹が立つ

星野さんが
「こんな壮大でアナーキーなユーモアを出せる力こそが、生きる力なのだろう。そして、この句に反応して笑うことで、私もそのユーモアのエネルギーのおすそわけにあずかるのである」
という路上のうた」を買って、元気をいただきましょう。

内容: 第1部 ホームレスの四季
第2部 ホームレスを生きる (解説 星野智幸)
体裁: 文庫版、128ページ、ソフトカバー付き
定価: 700円(内訳 販売者350円+ビッグイシュー317円+税33円=700円)

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


よく隠れし者は、よく生きたり!
紺野大介・清華大招聘教授の
雑誌「選択」への連載終了。

選択最終
紺野大介氏は「最後にラテン語の諺を示し筆を擱(お)くこととしたい」と足掛け5年、50回の連載を終えました。

紺野大介教授のサムライスピリットに感化され、ルーフネット編集部の2台のパソコンの壁紙は吉田松陰と橋本左内です。毎日何度も顔を合わせます。震災ニュース、原発事故、リビアの戦い、経済破綻、領土、教育、音楽などさまざまな情報。それらがどうなっているか、気になって1日に何度となくパソコンを開く度に、デスクトップに松蔭が現れます。黒船密航前夜、唐代の詩を読みながら、時を待っています。机から目を上げ、遠くをみる一瞬を、前田青邨は見事に捉えています。グーグルやヤフーニュースから津波のように押し寄せるさまざまの情報を前に、「こんな時、松蔭なら何を考え、どう動くんだろう」と、思います。
松陰圧縮圧縮


紺野さんの「選択」連載が2011年3月号で終わります。「あるコスモポリタンの憂国」。足掛け5年、50回の論説連載の最後を、紺野さんはラテン語の諺で締めくくりました。

「あるコスモポリタンの憂国」第50回最終稿の最後のセンテンスを転載します。
・・・(他国が)日本より優れていても恥ではない。去年の日本より今年の日本が優れていない事が恥なのである。米国や中国が全力疾走しているのに、何事につけ我国は主体的に変化できない。合理的思考の訓練不足や既得権益の受益者の多くが変化にブレーキをかける。政治や行政に国民の信頼がないのは不幸な時代だが、カネがないから何もできない国家は、カネがあっても何もできない国家であろう。巨大個人資産を自分の意思で免税で奉仕市場に還元し、政府を補完、雇用創出する公共政策だけでも我国の大きな復活のトリガーになる。

注:「雑誌「選択」の連載は終わりましたが、ルーフネットへの転載はもうしばらく続きます


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会





「田中教室」予告。「超サステナブル建築と防水」その4
田中最終講義謝恩会
東京工業大学最終講義後の謝恩会にて。

享の宴を囲む田中軍団
この日のために醸した「享の宴」を囲んで。

ウェブマガジン「ルーフネット№41. 4月3日号」、をアップするのは3月26日。週刊誌と同じように、次回の発行日をつけた号が、当月最新号です。発行の日付けが変だというご指摘がありますが、これはある規則にのっとっています。ルーフネットは月のフェイズにあわせて発行されます。新装第1号は 2010年6月12日発行の「新月号」でした。2号は上弦の月号、そして満月号、下弦の月号と続きます。ほぼ7日おきの発行ですが、月4回とは限りません。
次号「新月号」の締め切りが近いので、今朝、田中享二教室の様子を聞くために電話してみました。先生は、今月中に研究室を引き払うために、学生たちと大掃除の真っ最中。最終講義や謝恩会、懇親会で撮りまくった写真は、改めて人形町の事務所に届ける約束をして電話を切りました。

今回の田中教室「超サステナブル建築と防水」編は4回目。話題はメインイベント「防水の目的は雨漏り防止以外にもあり」です。明後日土曜日に更新予定のホームページNO.41.4月3日号をお楽しみに。


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。日本防水の歴史研究会


アーモンド定点観測。
 2011年 アーモンドの花  
2011.3.19アーモンド
2011.3.19 蕾(つぼみ)色づく  

アーモンド2011.3.23 Ⅰ番花
2011.3.23 一番花

5D-2 EF100/2.8

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



「燃える土」がアスファルトであることを明示してくれた本
 誠次著「本邦油田興亡史
本邦祖と


日本の石油史を考察する上で最も重要な文献は、大正3年日本石油が東京移転に際して、また東京大正博覧会にあたって刊行した「日本石油史」だろう。さらに大正6年には「縮刷版日本石油史」が創立30周年を記念して発行された。

 誠次さんはその「日本石油史」編纂の最中、日本石油に入社した。勤務17年にして昭和4年退社、諸般の事業を経験した後、昭和28年月刊誌「石油文化」を創刊した。日本石油は昭和33年、創立70周年記念事業として、すでに評判の高かった、大正3年刊の「日本石油史」の改定増補版ともいうべき、新訂「日本石油史」の発行を計画しその編集・校正の全てを氏に委ねた。さんは3年間取材と執筆に没頭したそうだ。

そして完成後、(石油文化社2代目社・奥田秀雄氏によれば、)「長誠次は取材の折々に収集し、見聞した資料に基づき<古き良き時代の石油の山>に限りない哀惜の想いを秘めつつ執筆を継続し、月刊石油文化誌上に昭和33年4月号から昭和35年5月号まで26回に渡って連載した」。それを纏めて「石油文化」創刊15周年記念として刊行したものが「本邦石油興亡史」である。

本邦中


その長さんの溢れる想いの滴りの中で見つけた、われわれのキーワードを紹介します。
第1章「草生水(くそうづ)献上考」より

献上の動機
献上者はだれか
献上地はどこか
燃土燃水とは何か

この部分のみ引用する
燃水が石油であることはまず疑問の余地がないとして、燃土が何であるかにつぃては諸説おこなわれ、断定はできない。これらをまとめると次のとおりとなる。

石炭類説(①石炭説 ②泥炭説 ③草炭説 )
石油類説 ⑤アスファルト説 ⑥油土(液体の石油が浸潤した土壌)説
ーーー略ーーー
燃土は燃水とともに祥瑞として献上された、という立場から見れば、燃えないはずの土状のものが、なぜか良く燃えることを偶然発見し、驚いて管司に届けたというのが祥瑞としての献上であるから、その献上物は泥炭のような性質のものではなく、もっと燃焼度の高い、人工を加えす、自然のままでも、よく燃えるのでもなければならい。
したがって燃土は泥炭ではなく、アスファルトの類だと推定される。

*:長氏は膨大な過去の文献調査と、取材を通してこの結論を導いている。(この項続く)
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会




まさに 花の宝石 「ヒスイカズラ」をどうぞ
たわわに実る大粒の翡翠
ヒスイかづら
マメ科、学名:ストロンギロドン マクロボトリス
ヒスイカヅラ花
落ちた花は手にとって見られる

今、都心の熱帯ジャングル「東京都夢の島熱帯植物館」の大ドームB館に行き、上を見上げると巨大なヒスイがたわわに実っています。この青緑の美しさを一度見たら、必ず虜になりますね。

ヒスイカズラはフィリピン、ルソン島の原産で花の色が宝石のヒスイに似ていることから、名前がついています。すっきりした水色の花が長さ7~10cm、半月のような形で100個以上集まり、房になって、長く垂れ下がります。大きい房は1メートルにも。上から順に咲き始めます。この青色は、花弁に含まれる色素アントシアニンがアルカリ性を帯びると青色に発色する性質からきています。
見れば見るほどひきつけられます。残念なことに自生地での森林破壊が急速に進み、絶滅の危機に瀕しています。

またこの花の受粉を請け負うのは虫ではなく、オオコウモリ。蜜を舐めるオオコウモリの後頭部に、花粉を付けるために、花弁の一部がテコの様に働いて、雄しべが飛び出すのだそうです。館長さんが教えてくれました。オオコウモリがドームに棲んでいればヒスイカヅラの結実が見られるのですが・・・。花はとても高い所に咲いていますが、落ちた花も展示してあり、とてもきれいです。

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



「天神さんがついてます、がんばってください」 と、上七軒よりメッセージ
東日本大震災チャリティー「北野をどり」

北野をどり
ルーフネットのコラボサイト「お初の上七軒だより」の左千夫さんから「皆さんには天神さんがついてます、がんばってください」とのメッセージをいただきました



謹んで東日本大震災の犠牲になられた方々の御冥福を、
そして今なお行方の知れませぬ方々の御無事を心よりお祈り申し上げます。
さらには避難所に於いて、未だに余震の続くなか、不安な毎日をお過ごしの方々、
そのご不自由、ご心配は如何ばかりかと居た堪らない気持ちでございます。

お一人でも多く、一日も早く皆さま方のお元気なお姿を拝見できますことを希い、
いろいろと逡巡致しました揚句、微力ではございますが、私共に出来ますこと、
それは「北野をどりの開催」と考えました。

上七軒お茶屋、芸妓、舞妓をはじめ、舞台に関わりますスタッフ一同、
心をひとつに結び、御来場のお客様方にも御賛同を賜り、
義援活動を展開させて参りたいとの結論に達しましてございます。

東日本被災地の皆さま、おひとりお一人に、西日本、京都上七軒からの
ちいさな祈りが、ちいさな希いがどうぞ届きますように。


合掌

平成二十三年三月 上七軒歌舞会




ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


「大震災でも売れ行きは変わりません」
注目は、①椎名林檎を愛する「クールビューティー&クレイジー」
栗山千明 と ②恐るべき手話の力

ビッグイシュー
ビッグイシュー3月15日号特集は「輝く指先ー手話の世界を知る」新宿にて

確かに全く理解していませんでした。
手話の起源は音声言語と同じだけ古く、日本語とは全く別の文法を持った、豊かな表現力を持った「自然言語」であったとは!

手話通訳士で、大阪国際大学人間科学部心理コミュニケーション学科准教授亀井伸孝さんの印象的な言葉。(ビッグイシュー編集部土田朋水さん取材)
「ソクラテスの弁明・クリトン」のような哲学書も、手話に置き換えて読めば「日本語を母国語とする私にも、哲学対話をこれほど実感して理解したことはなった」

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



大震災7日後。武相荘の森と夕空大震災ご7日後。武相荘の森とそら
5D-2 70-200/4

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



先生 これからは?
建築材料・防水研究の第一人者 東京工業大学田中享二教授の退官に当たって、最終講義と謝恩会が3月9日、東京工業大学すずかけ台キャンパスのすずかけホールで行われた。(3月10日、11日の速報参照)。 tanaka 最終講義


講義の詳細は本サイトの「田中教室」で順次報告します。当日講義の始まりは、田中先生が北大に入ったきっかけ、ダム建設現場のアルバイト、修士時代、北大での小池迪夫(みちお)先生との出会い、助手として東工大に来た経緯、・・・そして研究への取り組み。いつもの、わかり易く、偉ぶらない、にじみ出るユーモア。世界初という研究成果や研究への取り組みの姿勢を、防水材料・技術・工事に関わる人たちに伝える慈愛に満ちた話でした。記憶に残ったいくつかの言葉だけ紹介します。

「研究対象の材料と一体になれ」真剣に取り組めば材料の気持ちがわかってくる、すると、どんな試験をすればいいか、研究の進め方が見えてくる。

「子どもたちに、次世代に伝えねばならないものは多い。その有効なツールが建築。だから建築は文化を伝えるというスケールで考えたい」だからこそサスティナブルという考えが出てくる訳で、防水も、そのスケールで自分の役割を考えてほしい。

田中先生、この後どうするんですか?」という質問の答え
田中享二絵
講義の後、会場を移し謝恩会(懇親会)が行われた。
そして田中教授が最後にこう挨拶しました。

43年間防水とかかわり、人生の2/3を防水と酒(笑)に塗りこめられた人生でした。
この後は清らかな(笑)生活を送りたいと思っています。
「退官後、どうするんだ」とたくさんの人たちから尋ねられました。そのヒントが講義の最後のスライド(写真上)にあります。1年前から先生について、ボタニカルアートを習っています。
あの絵は私が描いた絵です。屋上緑化で防水層と植物の根を研究している中で、根の絵をたくさん描きました。世界初の「根のボタニカルアーティスト」になろうと思っています。
50枚から100枚たまったら図鑑を出します。必ず買って下さいね(笑)。
ただ、学会その他の役職からの退任をお願いしたのですが、ことごとく返り討ち(笑)にあってしまった。ある団体がデスクを用意してくださったので(編集部注:おそらくJWMAのアドバイザー)、ここを拠点に、逃げ切れなかった(笑)役割を果たしていきたい。だから「世界初の根の図鑑」の発行は少し遅れそうです。



ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



コルビジェが目指した船と建築:  大震災で期待の対談は延期
「コルビジェの船」対談は延期
船と建築対談

http://www.nyk.com/rekishi/exhibitions/event/corbusier/index_talk.htm
[近代建築の巨匠ル・コルビジェ(1887ー1965)をはじめとする建築家たちにとって、かつて船は機能性・合理性の象徴であって、建築が目指すべき規範として認識されていた」として横浜・日本郵船歴史博物館で開催されている展示会です。

具体的事例を通して、船がいかに建築家、そして建築家に影響を与えていたのかを明らかにする。加えて現代建築に船が参照されている事例をスライドショーで紹介される。船が時代をこえて建築家たちを魅了し続ける興味深い存在であることを理解してもらいたい。という企画者の狙いは成功して、好評のようです。
もちろんルーフネットの読者は、船といえば「ノアの箱舟」を重い浮かべられることでしょう。ノアの箱舟は浮かぶ家。我々はコルビジェより先に、船と建築の深いかかわりを、意識していますから。

この展示会では同館のオリエンテーションルームにおいて、コルビジェが手がけた唯一の船「救世軍船上収容所」が紹介されています。 救世軍? 収容? ノアの箱舟もそんな目的ですね。
 
3月12日午後2時から、建築評論家で東北大学教授の五十嵐太郎さんと建築家・神戸大学教授遠藤秀平さんの対談が計画されていました。定員の60名の枠は早々に予約でいっぱい。キャンセル待ちがかなりあったようです。対談では、[船がメタファーとなった現代建築、そして遠藤氏の,ル・コルビュジエが手がけた唯一の船「救世軍収容所」(1929年)のリノベーションのためのシェルタープロジェクト]について話が聞けるはずでした。

ところがその24時間前に起こったの観測史上最大の地震で中止となりました。五十嵐先生の東北大学研究室も大きな被害を受け、倒壊の危険があり建築棟は立ち入り禁止、研究室学生についても全員の安否はまだ確認できないそうです。展示会場の日本郵船歴史博物館は被害はないものの今日も休館。明日も未定だそうです。対談予定の両氏も実施に対して強い意欲をお持ちのようです。しかしこの時期、船・建築というテーマだけに主催者側もまだ相談のタイミングを推し量っている状況です。

被害の大きい東北の大学の先生、対談相手は神戸大学教授、テーマは船と建築、記事を書くのはノアの方舟との関連で取材するルーフネット。なんだか因縁深いものを感じます。


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会




大震災
東京工業大学田中享二教授の最終講義が行われた3月9日の当日と翌日に速報をアップ。翌3月11日詳細記事を書いていた正にその時、M8.8。観測史上最大という東日本大震災が発生しました。東京の被害は少なかったのですが、偶々揺れの激しいビルに本部を置くルーフネット編集本部は、ほぼ2日間昨日停止しました。その影響で最終講義の記事の発信が数日遅れていますが御容赦ください。
田中先生は阪神淡路大震災の後、被災地をまわり、防水層の損傷具合を丹念に調査・報告されたことを想い出しました。田中享二先生の最終講義


M8.8
観測史上最大地震の翌日
M88翌日
倒れた大型家具の復旧など、手伝いの求めに応じる管理組合消防団メンバー
(都内のあるマンションにて)


都内の被害は比較的小さかったが、建物の構造や階層によってその程度は極端に違う。
このマンションでも発生当日、数箇所で、配管接合部がはずれ、激しい水漏れ、その他のトラブルが発生した。管理組合は夕方から細かい安否確認や情報発信を行った。翌日は早朝から、人手を募集。朝7時には「大型家具やテレビが倒れて困っている方、水漏れその他、管理室までお知らせください。若い人が待機しています」とアナウンスが入ったらしい。前夜、一人暮らし住戸を見回る赤いジャンパーの消防団員が頼もしく見てたそうです。

ーーーーーーーー

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


ライブニュース
二次会
二次会

名残惜しい二次会も今おわり。
中締めならぬ本締めの発声は元田中研究室、
現清水建設技術研究所 橋田浩センター長。




ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会

田中享二東京工業大学教授 最終講義まもなく開始
20110309-2.jpg

建築材料研究中でも防水研究の第一人者・東京工大・田中享二先生が北海道大学を卒業したのは昭和44年。修士進学の前から防水研究を続けていたからこれまで43年間防水研究を続けてきたことになる。学界、業界への貢献の大きさ、その人柄を慕う関係者の数は計り知れない。
もうすぐ東京工業大学すずかけホールで最終講義が始まる。
講義や謝恩会の様子は後ほど報告します。

20110309-1.jpg
事前登録270名。30分前には満席。



ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


琵琶湖水路閣改修調査検討委員会石田委員長のお気に入り
建築家、武田五一(1872~1938)設計の
藤井有鄰館
有りんかん



2008年7月、国の史跡で南禅寺(京都市左京区)の敷地にある 琵琶湖疏水の一部・水路閣の橋台で、老朽化などが原因とみられる亀裂が見つかり倒壊の危険があるとして京都市上下水道局は防護工事を行った。
水路閣は、1888(明治21)年の完成。平成22年水路閣改修調査検討委員会が設置され、京都工芸繊維大学石田潤一郎教授が委員長に就任した。詳細はすでに紹介済。トップページ左メニューの琵琶湖疏水の記事を見てください。



ゆうりんかんー3RIMG0539
平安神宮大鳥居の前を横切る琵琶湖疏水を挟んで西向かいに位置する。左隣奥は京都観世会館

京都工芸繊維大教授、石田潤一郎さん(57)は大学生だった頃、京都市内に残る設計の建物を調べたそうだ。1970年代、近代建築についての研究は少なかった。取材の結果、京大時計台(左京区)、府立図書館(同)、関電京都支店(下京区)、京都市役所(中京区)……。83年までに37軒を確認した。京都観世会館隣りの藤井有鄰館もその一つ。
「権威的な重々しさがなく、前衛的なデザインを取り入れながらも、親しみやすい」のが武田五一の作品。その代表例が、左京区岡崎の琵琶湖疏水沿いに立つ藤井有鄰館なのだという。(注:有鄰館の鄰の字はヘンとツクリが逆になっている)

ゆうりんかんー1
藤井有鄰館 滋賀県出身の実業家藤井善助(1873~1941)が設立。中国の殷代~清代の青銅器や仏像彫刻などを展示。85年、京都市登録有形文化財。 開館は毎月第1、3日曜日の正午~午後3時半(1、8月は閉館)。設計した武田五一は、広島県福山市生まれ。東京帝大に進み、図案学研究のため渡欧、装飾 芸術アール・ヌーボーなど最先端のデザインを学んだ。帰国後は、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大)などの創設に尽力した。 1926年(大正15年)、中国の美術工芸品の展示、保存を目的に建てられた鉄筋コンクリート3階建て。近代の私立美術館の建物としては最古とされる。入り口は、龍が浮き彫りされたアーチ型。3階のバルコニーは、日本建築で使われる「肘木」が支える。館内の天井などには優美なステンドグラスが使われている。


美術館や図書館が立ち並ぶ閑静な一帯になじんだ武田の建築に対して石田さんは、「斬新なデザインだが、和、洋、中を自由自在に混ぜ合わせているものの、全体的にあっさりとしている。穏やかな新しさが、古都の雰囲気を損ねずに、モダンな京都を演出した」と読売新聞の取材に語る。

武田は明治後期から昭和初期にかけて、さまざまな建物の設計をしたほか、ステンドグラスや家具のデザイン、本の装丁なども手がけた。建物や作品には随所に柔らかな曲線の装飾が施されており、近年『かわいい』、とファンが増えている。

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


絵日記
名残の雪 ー春分まであと7日ー
名残の雪
一昨日は最後かもの霜柱、翌日はぽかぽか陽気、今日また名残の雪(CX3)

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の・世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


防水の祖神を祀る神社のホームページのトップ画面に防水のウェブサイト登場
天智天皇を祭神とする近江神宮のHP
http://oumijingu.org/ に「ルーフネット」が!

近江神宮ホームエージ
「防水関連のウェブサイト「ルーフネット」において、昨年来、燃水祭に関わる記事がたくさん掲載されています。(「瀝青」はアスファルトのこと」」と、ルーフネットのサイトが紹介されました。

天智天皇がなぜ「防水の祖神」であるかというと理由はすでに以下で紹介しています。近江神宮ホームページトップの「ルーフネット」をクリックすると、ここへ行けます。
http://roof-net.jp/index.php?%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80%E3%81%A8%E7%80%9D%E9%9D%92%E3%80%8Dが、再度理由をダイジェストすると。

1.日本書紀に書かれている故事:「燃える土=アスファルトと燃える水=石油を天智天皇に奉献した」
に基づき、近江神宮は燃水祭を行い、天智天皇を石油業界の祖神と位置づける石油業界は、その祭に参加している
燃える土とは瀝青あるいは土瀝青=天然アスファルトであった。当時アスファルトは燃料のほか、接着剤・防水材などに使用された。燃える水の石油業界にとって天智天皇が業界の祖神であるなら、燃える土のアスファルトを出発点とする防水業界にとっても天智天皇は業界の祖神ではないか。

2.あの有名な天智天地天皇の歌は「漏水を憂う歌」。粗末な屋根なので漏水して困ったなあ。:
近江神宮の御祭神天智天皇は、小倉百人一首の巻頭に「秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ」と御製を残し、そのゆかりにより、近江神宮は「かるたの殿堂」と称され、競技かるたの日本一を競う「かるた名人位・クイーン位決定戦」を始め、競技かるたの大会が盛んに開催されている。
また近江神宮では、毎年お正月に「かるた祭・かるた開きの儀」が執り行われ、かるた祭の後には、(社)全日本かるた協会主催・近江神宮かるた会主管による「高松宮賜杯近江神宮全国歌かるた大会」が開催され、毎年300人を越えるかるた選手が全国より参集する。夏には「全国高等学校かるた選手権大会」が開催され、地方予選を勝ち残った各高校の選手が技を競う。この大会は「かるたの甲子園」とも称され、熱戦が繰りひろげられている。

3.漏水と漏刻:
これはまだルーフネット編集長の強引さが目立ちますが。とりあえず漏水を防ぐ防水。漏水と天智天皇の深いつながり。両方を眺めていると、とても魅力的な繋がりが予感されるという程度にしておきましょう。たとえば「屋上緑化の超人フンデルトヴァッサーと漏刻」等です。
漏刻とは水時計のこと。最古の時計です。漏れる水の量で時刻を測ります。「漏」だけでも水時計を著すようです。かなりの辞典をしらべたので後ほど紹介します。だから漏水とは漏刻の水です。

以下は近江神宮による漏刻祭についての説明です。


近江神宮のご祭神・天智天皇は、時を認識することが社会文化の発展に不可欠のものとお考えになり、ご治世の10年、その都・近江大津宮に漏刻(水時計)を創設して時報を開始されました。

 『日本書紀』に「鐘・鼓をもちて時を知らす」とあり、この日を記念して、太陽暦に換算した6月10日が『時の記念日』と定められています。
 この日、わが国時報の創始を仰ぎ、時の祖神・天智天皇に感謝の祈りを捧げるとともに、社会と文化の発展・産業繁栄・家内安全を祈願する祭典として、近江神宮ご創建以来『漏刻祭』が斎行されています。

 当日は王朝装束をまとった時計業界の皆様(本年度は愛知県時計組合役員の皆様)と びわ湖大津観光大使の皆様が、各メーカーの時計新製品を御神前にお供えし、時計の歴史の進展を奉告します。
 また、祭典では女人舞楽「原笙会」による舞楽の奉納があります。

 なお、本年は、大正9年に時の記念日が定められてより、満90年になります




ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の・世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



鶴川画日記
恐らく今季最後の霜柱
shimobashira
2011.3.5. CX3

ホムペはこちら

ルーフネットの重点項目「躯体保護と防水」とは 
「防水も志を高く」
若王子神社宝形
琵琶湖疏水が東山をくぐり、若王子(にゃこうじ)で顔を出すと、そこからが銀閣に至る哲学の道。これは若王子神社の境内におかれた、地仏堂の方形(ほうぎょう)。地仏堂にはかつて薬師如来座像が安置されていたが、明治4年、神仏分離の際、この地から移されたあと、現在は国宝として奈良国立博物館に所蔵されている。(この写真は記事とは関係ありません。写真:ルーフネット編集長・森田喜晴)



田中享二先生の言葉によると【私は北海道大学を昭和44年に卒業して、修士に進学しました。学部のときからですから42年間、防水の研究をずっと続けており、現在に至っています】。東京工業大学建築物理研究センター田中享二教授は日本の建築材料研究の第一人者で、1996年に「高分子系防水材の耐久性」で日本建築学会論文賞を受賞しています。10以上前から、先生はこう言っていました.

コンクリートというものは水を通すものです。しかもひび割れのないコンクリートを作る事は現実的にはとても難しい。そのひび割れから水が入ってくると、中の鉄筋に悪さをする。もし水が入らなかったら、鉄筋コンクリートの建物はとても丈夫で、100年以上平気で持ちます。 だから防水の役割は単に雨漏りを防ぐだけでなく、躯体を護り、建物を長く維持してゆくと言う、とても大事な役割を担っているのです。

私はルーフネットの前身のブログ「防水屋台村を創ろう」を立ち上げた2006年、最も大事なコーナーとして田中先生の「躯体保護と防水」を位置付けました。「防水も志を高く」と言う先生の言葉に共感したからです。そして「躯体保護と防水コーナー」の趣旨として、こう書いています。

なぜ水を通すのか、なぜひび割れが入るのか、どの位のひび割れでどれくらい水が入るのか?防水の役割は何か?コンクリートと鉄筋の性質を知って、防水工事に何が求められているかを考えます。

さて最近、世の中では「躯体保護」より「サスティナブル」の方がよく目に着きます。講演会やセミナーの場で田中先生は、工事に携わる人達か、メーカーの営業なのか、技術者なのか、研究者か。聞く人に応じて、実に分かりやすく、防水の果たすべき役割を語ります。
例えば、職人さんたちの多い講演会では、こんな感じでした。

コンクリートは丈夫な建築材であるが、宿命的にひび割れる。このほかジャンカ、打継、コールドジョイントなど施工過程で弱い部分が生じ、ここからコンクリートの劣化が始まる。 誇り高いコンクリート技術者は「コンクリートの表面を保護する」と言うと、快く思わない。われわれの仕事をそんな彼らにどう説明すればよいか。今日はその方法をお知らせします。

講義は、木、鉄、コンクリートはそれぞれ空気中・土中でどんな具合に劣化してゆくのか、ひび割れはなぜコンクリートの耐久性に大きく作用するのか、など極めて分かりやすい写真や図を示しながら進みました。これなら現場作業者が自信を持って自分の仕事の内容を、コンクリート屋さんや、マンションの管理組合の人たちに語れますね。

このコーナー・ルーフネットの「躯体保護と防水」はそんな田中先生の講演の中から、ぜひ聞いて欲しい話を紹介するものです。

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会




三井記念美術館のお雛さま
「三井家のお雛様」展4月3日まで」
mitsui 美術館 雛人形


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



なぜ防水メーカーがソーラーシステムを販売するか?

太陽光発電システム施工展で聞いてきました。
ビッグサイトで今日から4日まで開催


日本橋上空
都心の表面は空から見ると屋根と道路で埋まっている。(日本橋三越ギャラリーに展示中の航空写真)

「ソーラー発電システム」のマーケットが急伸中。しかし漏水トラブルも急増。既設屋根にシステムを設置する場合に限れば、さらに漏水クレーは目立ってくる。その怖さを知り始めたソーラーパネルメーカーや工事会社は露出防水の物件への営業を、躊躇する傾向も見えるという。だからこそ屋根を知り防水層を熟知する防水メーカーが、防水と一体化したソーラーシステムを展開することのメリットは大きい。しかしソーラー市場において防水メーカーが受注する割合は2割には届かない。まだ10%を越えた程度だ。今回の展示会に防水メーカー5社がそれぞれの工法を出展している。会場でその特徴と今後の方針を聴いてみた。




アーキ
アーキヤマデ㈱
ソーラーシステムの設置に関わるトラブルで漏水は本当に多いんですよ。今回の目玉ですか?それはこれ。既存のALC建物の屋根に設置できるソーラー防水システム。今まで既存ALCへの取り付けはすべてNGだった。理由はアンカーが微振動で緩むから。それをこの免新装置でクリアーしました。防水層とシステムとの取り合いの処理は、我々防水メーカーがお手の物。ALC建物へのソーラーマーケットの広がりは大きいです。うちはソーラー防水で常に先行していきますよ。



すみべ
住ベシート防水㈱
うちは、もともと蓄熱層の防水で築いた永年のアンカー技術があります。水圧がかかるところで漏らない強固な固定技術の蓄積があります。ソーラーパネル設置のみの工事と、防水改修込みの場合と比率はまだ5件に1件と少ない。防水層に穴を開けるのを嫌がるお客さまがまだ多いですから。だから露出防水の上にはあまりやりたがらない。結果的に「アスファルトの押さえ」防水の上に設置という現場が多いです。ソーラー関連会社は露出防水の屋根に対してはは営業を控えていたわけだ。防水メーカーとしては従来の三分の一程の重量でできるこのシステムはお客様に大きなメリットがあると思いますね。防水メーカーだからこそ提案できるこのシステムをPRしてゆきたいです。


tajima.jpg
田島ルーフィング㈱
うちは総合防水メーカーだからどんな防水でも対応できる。最適な防水を選んで、その上にソーラーを載せられる仕組みを作る。かつて建築業界ではは防水層の上に物を乗せないで欲しいと言ってきた。今じゃそんなこと言ってられない。乗せるのが当たり前になっている。都心のビルの屋上は装置で埋め尽くされている。防水メーカーとして、防水層の上に乗せざるを得ないなら、最も安全な乗せ方を考えましょうということで、ソーラー防水システム提案するわけです。テーマは「防水とソーラーと緑化の共生」です。


早川 (1)
早川ゴム㈱
ソーラーパネルの寿命は一般に20年。この防水は普通の10年より長い15年の耐久性をを保証しています。それでも途中で防水改修が必要なわけで、この高さ40センチというのは、メンテナンスや防水改修などの様々な作業をする上でとても大事なんですよ。工法の特徴は軽量、短工期ですね。
昨年初旬からは、架台部分までのシステムも販売開始。昨年1年で1万1千個販売しました。


ロンシール (1)
ロンシール工業㈱
「ソーラー発電システム」に興味はあるし需要もあるが、うちは防水層から、支持架台までしかやらない。その上のソーラーシステムはは好きなものを選んでくださいというスタンスです。ここが他の防水メーカーのソーラー防水と違うところです。ソーラーシステムでは漏水に関わるトラブルが多い。特に戸建てで顕著。ソーラーの工ンジニアリングや施工会によってそれぞれ事情がある。それぞれ色々なパネルメーカーとの関係がある。うちは屋根やです。防水上安心できる土台をしっかり作るから任せてください、と言います。15年保証の防水でしかも、遮熱仕様です。後は、乗せるだけ。どんなシステムでもその上に安心して設置できる防水システムを販売していきま。


ホムペはこちら




「南禅寺水路閣のつらら」リクエストにお応えして!
「琵琶湖疏水南禅寺水路閣」の「ひび割れ
応急措置部分」近くで見られたツララ。
南禅寺水路閣ひび割れツララのリクエスト
ひび割れからの漏水が1月末未明の低温で結氷。最長50センチ程度のつららは
午後になっても解けない。
 (2011.1.31撮影:ルーフネット編集長・森田喜晴)


ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会


ウレタン防水材出荷量5万トンに迫る勢い
2010年のウレタン防水材料出荷量は4万9,600トン。
3年連続好調な伸び示す
国会議事堂
霞が関ビルから国会議事堂を望む(本文とは関係ありません)


日本ウレタン建材工業会(略称NUK)この程2010年1ー12月期の「ウレタン建築土木材料出荷量」を発表した。
防止材料は前年比111.3%と、ここ3年間順調な伸びを見せている。
詳細は同工業会のホームページで見ることができる。
http://www.nuk-pu.jp/urethane/nuk-shukka.html

inkscape_pasted_image_20110228_230648.png

ホムペはこちら