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(旧 「防水屋台村」建設中)
*疏水余話4

なぜ水路閣はかくも挑戦的に南禅寺境内を横切るか



計画段階から、建設当時の京都府と宮内庁、南禅寺、三井寺間のつばぜり合いがあったという。

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問題の水路閣のひび割れはこの写真の右側

いくらなんでもよその家の玄関のまん前に橋を作るか? しかもそれが天下の南禅寺。今でこそ南禅寺にとって水路閣は重要な見どころであるが、建設計画を聴かされた時、激怒したのは当然だろう。

当初計画では水路は山の中を通るはずであった。トンネル工事も特段難工事でもなく、計画は順調に進んでいた。ところが着工直前、計画部分に亀山天皇の分骨場がある事が判明し、宮内庁からストップがかかった。そこで、急遽浮上したのが現在のコース。当時建設場所は今より谷が深かったという。 その谷を少し埋め戻し、更にローマの水道よろしく橋をかけ水路としたわけだ。

関係者の話によると、三井寺、南禅寺と京都市(当初は京都府)との争いは裁判に持ち込まれ、三井寺とは8年前にやっと話し合いが成立したそうだ。
さらに、南禅寺側に立った福沢諭吉は「南禅寺は京都にとって重要な観光資源。その境内に水道橋を通すとは正気の沙汰では無い。 末代の恥。さらに京都の伝統産業にとって疏水がどれほどの役に立つか」と反対したという。

諭吉の言葉とは思えませんねえ。激怒する南禅寺に「それじゃ亀山天皇の分骨場に穴をあけろと言うのかい」と迫る京都府。世紀の大工事計画の中でさまざまな思惑が入り乱れ、虚虚実実の駆け引きが有ったようですね。
後ろからは、写真を撮りながら「京都府は宗教界を抑え込むために、わざと南禅寺を怒らす為に、現在のコースを選んだ。そしていかに反対しようと、近代化の為に事業を推し進めるという、行政側の力を示したんだ」と同行者に解説する学者風の老紳士の声も聞こえました。
ところで観光客の興味は、有名な山門や法堂よりもテレビや映画で有名な水路閣の方が上回っているようです。


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