FC2ブログ
(旧 「防水屋台村」建設中)
ブローンアスファルトを改良してルーフィング防水事業を育てた 市川良正氏
市川良正先生(アスファルト及びその応用の著者)のこと
池田英一著「日本アスファルト物語」より


アスファルト物語

 我が国の石油アスファルトは、大正の初めに高桑氏が苦心の末、秋田県豊川油田の原油を使用して造りあげ、日本石油株式会社に引き継がれて製造されていた。
 当時輸入されていたアスファルトは、アメリカで発明された高軟化点のブローンアスファルトが殆どであって、建築の防水工事に使用され、国産品が一日も早く出ることが望まれていた。
 大正十二年に日本石油からブローンアスファルトが初めて発売された。長年研究された結果の製品であったが、アメリカ製品に比べると軟化点、感温比などが劣っていた。
 ちょうどその時期に、市川良正氏と名須川秀二氏が日本石油に招請されてアスファルトの研究に携わった。
 当時の石油アスファルトは、生産されても道路舗装の用途は少なく、主として民間のルーフィング、フエルト、アスファルトモルタル舗床などに使用されていたのである。
 昭和四年頃には、ブローンアスファルトも品質が改良されて外国品に劣らない製品になった。市川氏は、輸入されるアスファルトがブローンばかりであるのを知って、研究をブローンの改良に集中し、ついに良質の製品を完成したのである。
 これによって、国内のルーフィング類の製造は急速に発展して、外国製品を完全に駆逐し、また防水工事に使用されていたブローンアスファルトの輸入をもストップさせた。
 それまで高い輸入品を使わせられていた建築防水の工事業者も危険負担はなくなり、経営も安定した良い業種になり、業者も増加して、社団法人日本アスファルト同業会を創り市川氏を会長に推載している。
 その後、日本のブローンアスファルトは各石油会社で製造され、年間三〇万トンから四〇万トンが平均して供給されている。
 筆者は、昭和三十三年夏、市川氏に同行して国内におけるアスファルト製造の現状を調査するため各石油工場をつぶさに視察した。その結果、ストレートアスファルトは加熱時間を短縮して良質の製品を取り出すこと、即ち、蒸気精製は既に過去のものとなって減圧蒸留による製品に代って行くであろうこと、またブローンアスファルトは逆に加熱温度をなるべく低くして長時間をかけ、とくに触媒を使用し、連続式の装置に代って行く傾向にあること、更に製造装置の変化に応じ製品の性質もまた変ってくるであろうから、その使い方についても深く研究する必要があるであろうことなどを確認された。
 その後の市川氏は高桑氏と同様に教育に専念され、日本大学理工学部名誉教授として後輩の指導に専念されている。
ikeda 英一 ぶろんず

1981年発行 日瀝化学工業㈱創立35周年記念出版 著者 池田英一



ホムペはこちら