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(旧 「防水屋台村」建設中)
資料第壱号「アスファルト及びその應用」その4 ~発行者・市川良正さんのこと~
アスファルト及びその應用」は動燃の報告書でも参考文献に


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核施設の火災・を報じる新聞

「発行後56年も経たこんな本が役にたつのか」との問いに対する答えが、動燃=動力炉・核燃料開発事業団の報告者にある。1997年3月11日10時06分、茨城県東海村の核燃料サイクル開発機構(旧動燃)東海再処理施設のアスファルト固化処理施設で火災が発生した。新聞も大きく報道し、「火災」、「アスファルト」という見出しが多くの紙面を飛び交った。

この事故を受けて、3ヶ月後、核燃料開発事業団は「火災爆発の原因の検討について」という報告書が提出された。この 参考資料3)として、市川良正「 アスファルトおよびその応用」(社)アスファルト同業会 が記されている。


田島栄一氏(田島ルーフィング㈱元代表取締役(故人)が語った市川良正氏。

~日本のアスファルト工業振興に偉大な足跡~

日本石油がブローンアス製造を開始したのが大正12年。市川良正氏は、東京大学卒業後、日本石油の技師としてアスファルトをはじめ、石油の研究に取り組み、昭和11年の工業化学雑誌にストレートおよびブローンアスファルトの製造に関して20あまりの研究論文を発表した。

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田島栄一氏(写真上)は「この結果、日本のアスファルト防水材料が主な建築に用いられるようになった」、「日本のアスファルト工業が今あるのは、大正から昭和にかけての先生の研究の賜物であった」という。
このあたりの様子は月刊防水ジャーナル1986年6月号に投稿された田島氏の「市川良正先生を偲んで」に詳しい。昭和24年、アスファルトの販売店、メーカー、工事施工店が集まり、アスファルト同業会が結成され、市川氏は26年から58年まで会長を努めた。
  続く