(旧 「防水屋台村」建設中)
「輿石教授が防水研究第三世代のリーダーです」田中教授談
海外防文献勉強会も8回目

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勉強会の後の懇親会。 中央田中教授。 その右が輿石教授。
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5月21」日、東京都港区のシーバンスN館で第8回JWMA文献勉強会が行われた。
当日は米国の「屋上屋根と豪雨」、「屋根の反射率増加対策」等の論文を翻訳紹介しながら、発表者が独自のデータを加えて報告した。詳細は続編にて。
 この勉強会は東京工業大学田中享二教授指導の下、JWMA傘下メーカーの若手研究者が、海外の論文を翻訳紹介し、田中教授が講評・解説するという形で15年以上継続している。今回は田中教授に加えて、輿石直幸早稲田大学教授が参加した。

田中教授は発表の総評を終えた後「我々の防水業界は初代ともいえる小池教授、丸一さん等が苦労された後、我々第2世代が引き継いできた、これからは第3世代の時代、そのリーダーが輿石先生」と紹介した。

*樹脂+ネットによる外壁タイル剥落防止工法のマーケットは28万平米
JKセライダーの施工実績が10万平米突破

外壁補修工事会社の自主組合である日本樹脂施工協同組合は、主力工法である、ネット・樹脂併用による外壁タイル落下防止工法=JKセライダー工法の施工実績が10万平米を突破したことを明らかにした。
 
 同組合は5月21日鹿児島市霧島の霧島ロイヤルホテルで第20回通常総会を開催した。
 昨年度の事業としては、樹脂の高強度化や水系の環境対応型を開発するとともに、JKセライダーとシーリング材の相性の調査,ALC・押出し成形版下地のピン設置基準等をまとめた。これらの成果に基づき、JKセライダーの特性を生かしたひび割れ補修の「JKラビング工法」を上市した。また施工技能者・管理技術者育成のために、全国4カ所で講習会を行い、JKセライダーの施工士・管理士が誕生している。

 同工法の特徴は、透明性にあり、改修後もタイルの質感が損なわれない。現在我が国のネットと樹脂による外壁タイル落下防止工法市場は約28万平米といわれている。

 来年度事業として、JKセライダーに続く独自工法の開発、SPAC工法研究会、SRF工法研究会の耐震補強技術の収得及び営業展開方法の検討等を決めた。
「聖書と防水」3部作 最終編は「バベルの塔の防水材」 アスファルトによる線防水
石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトを用いて、
天に届く塔(バベルの塔)を作った。


バベル横
ブリューゲル「バベルの塔」1563 ウィーン美術史美術館

防水にかかわる人が知っておかねばならない 「聖書と防水3部作」。 それは①ノアの方舟と②バベルの塔と③モーセの小舟(籠かご)。1と2 は旧約聖書の「創世記」」、3 は同「出エジプト記」。「なんで?」という人は営業マン失格だろう。


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ドレ(天に届くバベルの塔)19世紀初め 


バベルの塔:かつて世界中に言葉はひとつしかなく、みな同じ言葉を話していた。東からやってきたあるグループが、シンアルの地に住み着いた。 そして「レンガを焼こう」と話あった。石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトを用いて、「さあ天まで届く塔のある町をつくり有名になろう」と言った。
神は塔を見て「彼らは一つの民で、みな一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が理解できないようにしよう」と言った。そして彼らをシンアルの地から全地へ散らされたので、塔と町の建設はストップした。町はバベル(混乱)と呼ばれるようになった。神が言葉を混乱させ、人々を散らしたからである。(旧約聖書 創世記11章 1~9節)


アスファルト、瀝青という表記は時代や聖書の版によって異なる。訳語として「瀝青」の文字が当てられていたとしても、そのルビは「ヤニ」、「アスファルト」、「タール」---とばらばら。ノアの方舟とモーセの小舟は「瀝青」が多いが、バベルの塔ではバラツキが多い(まあバベルだから仕方がない)。「レンガを積むために漆喰の代わりに用いた素材」は現在、アスファルトであると考えられている。詳細は夏休みまでお待ちください。
*ROOF-NET開設から ちょうど1月。 ありがとう
歴史的遺産とのかかわり、最先端技術への貢献、次世代に残す環境と文化。
「防水」でもそれが可能です。
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*シート防水材生産量は前年比95。2%の1、750万平米
シート防水材のメーカー団体である合成高分子ルーフィング工業会(KRK)が5月18日東京都港区のはーとイン乃木坂で第41回定時総会と研究成果発表会を行った。

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挨拶する井原会長。

総会で報告された資料によると、21年度の総生産量は1、741万6、492平米で対前年比95。2%。材料別では塩ビシートが1、037万5、748平米で前年比104。3%と伸びたが、それ以外の材料は前年比マイナスとなった。詳細は後述。

井原章治会長(三ツ星ベルト建設資材事業部長)挨拶=
4年前、工法別の防水材料団体が大同団結し、JWMA日本防水材料連合会が設立された。ここ4年間防水材の中で、シート防水が第1位のシェアを締めている。先ほどの成果発表会で報告した様に、われわれの活動は確実に成果をあげている、今後は材料だけでなく、システム・工法改良を進め、シート防水のさらなる地位・信頼性の向上につとめたい。
中国の防水市場は5億平米 
昨年中国の防水展示会に参加した。900社が参加しており、そのうち480社が防水メーカーだった。5年間の内需拡大策で、中国の防水業界も活況を呈しており、現在市場規模は5億平米といわれている。日本のメーカーもそろそろ、本格参入を視野にいれてもよいのではないか。

資料第壱号「アスファルト及びその應用」その4 ~発行者・市川良正さんのこと~
アスファルト及びその應用」は動燃の報告書でも参考文献に


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核施設の火災・を報じる新聞

「発行後56年も経たこんな本が役にたつのか」との問いに対する答えが、動燃=動力炉・核燃料開発事業団の報告者にある。1997年3月11日10時06分、茨城県東海村の核燃料サイクル開発機構(旧動燃)東海再処理施設のアスファルト固化処理施設で火災が発生した。新聞も大きく報道し、「火災」、「アスファルト」という見出しが多くの紙面を飛び交った。

この事故を受けて、3ヶ月後、核燃料開発事業団は「火災爆発の原因の検討について」という報告書が提出された。この 参考資料3)として、市川良正「 アスファルトおよびその応用」(社)アスファルト同業会 が記されている。


田島栄一氏(田島ルーフィング㈱元代表取締役(故人)が語った市川良正氏。

~日本のアスファルト工業振興に偉大な足跡~

日本石油がブローンアス製造を開始したのが大正12年。市川良正氏は、東京大学卒業後、日本石油の技師としてアスファルトをはじめ、石油の研究に取り組み、昭和11年の工業化学雑誌にストレートおよびブローンアスファルトの製造に関して20あまりの研究論文を発表した。

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田島栄一氏(写真上)は「この結果、日本のアスファルト防水材料が主な建築に用いられるようになった」、「日本のアスファルト工業が今あるのは、大正から昭和にかけての先生の研究の賜物であった」という。
このあたりの様子は月刊防水ジャーナル1986年6月号に投稿された田島氏の「市川良正先生を偲んで」に詳しい。昭和24年、アスファルトの販売店、メーカー、工事施工店が集まり、アスファルト同業会が結成され、市川氏は26年から58年まで会長を努めた。
  続く


金属屋根材出荷量は36.5%減。夜明け前の闇を想い、乾杯
日本金屋根協会が5月17日、東京・中央区茅場会会館で通常総会開催。
22年度の事業計画として1、外壁材(角波等)の設計・施工基準の整備2、スレート屋根改修問題に関する調査研究・啓蒙などを策定した。

会長の古田信彦氏(三晃金属社長)は懇親会で次の様に挨拶し、乾杯した。
昨年度の建築着工面積は、対前年比マイナス36。5%であった。我々の金属屋根の受注高が前年比20~30%減ったとしても、あせらず、着実に事業に取り組んでゆこう。夜明け前が一番くらい、明けない夜はないではないか。

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挨拶する古田金属屋根協会会長


* ルーフネット(roof-net)の仮説 ~ 最古の屋根防水はノアの方舟~
ノアの方舟は浮かぶ家。 
その屋根防水はアスファルト!


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ノアの洪水は、紀元前3000年ころ起こったとされている。 ノアが作ったという方舟の形状は、
「ROOF-NET」http://www.roof-net.jp/
 が5月15日にアップしている作者不詳の木版画、また、よくつかわれるこの絵画のように船型で表現されることが多い。これは19世紀初め、ドレの描いた銅版画「ノアの方舟」で、ウィキペディアでも引用している絵だ。

洪水は40日間続き、地上に生きていたものを滅ぼしつくした。水は150日の間、地上で勢いを失わなかった。その後、方舟は現在のトルコの東側アララト山の上にとまった、という。
ノアの方舟の話をすることはルーフネット(roof-net)の本意では無いのでそれは、ウィキさんに任せましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%88%9F

さて「方舟」だから「舟」とはいうものの聖書の表現では、3階建ての家である。 この絵でもよく見れば舟の再上層は切り妻の屋根である。ルーフネット配信済みの写真もしっかり、シングルのようなもので葺いてあるいる。

方舟の大きさに関して、旧約聖書『創世記』は「長さ300キュビト、幅50キュビト、高さ30キュビト」という。
1キュビトを約44.5cmで換算すると、およそ「長133.5m、幅22.2m、高13.3m」となる。

方舟の目的は40日の洪水の後、150日間水が引くまで、のちの世界の「種」となる生き物たちを生存させる大空間を提供することである。舟とはいっても、水上航行ではなく水面浮揚が主目的である。
浮くだけとはいえ多少の方向転換は必要だから、タライや弁当箱型という訳にはいかないだろう。このラファエロの描いたフレスコ画でも船首の丸みは確保されている。
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さらに,形状について、多くのカップルの生活空間を確保するため、舟は直方体に近い形状であったと推測されている。ウィキペディアの試算では総容積は、40,000立方メートル近くにも達し、ほぼタイタニック号にも匹敵する排水量になる。

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 さらにこんな方舟の絵もある。建造中のノアの方舟を描いた15世紀フランスのミニアチュールである。
これはもう山間の村の大工が作った公民館ではないか。
 
 創世記には、「方舟の内側外側に、瀝青を塗りなさい」とある。 今まで「舟」に注目しすぎて、防水は舟底に施した、と思いこんでいたのではないか? 外側とは喫水、船体だけでなく、当然 壁、屋根が含まれておかしくない。何しろ神は40日40夜雨を降らせて洪水を起こしたのだ。神の命令で3階建ての大きな建物をつくり、内外側に塗るよう命令されているのだから、屋根に塗らないほうが不思議だ。

すると防水材としてのアスファルトは「ノアの方舟の船体に利用された」ではなく、
「ノアの方舟(浮かぶ家)の屋根防水に利用された」と言ってよい。
すなわち屋根防水の起源はBC3000年のノアの方舟ということになる。

さて問題は当時600歳とされるノアの存在、このノアの方舟、ノアの洪水が歴史的事実であったかどうか、という点である。600歳を文字通り太陽暦の600年と解釈するか?ノアの洪水と方舟につぃては、信じたくなる研究結果は、かなりある。
それもこちらに任せましょう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%88%9F

ノアの方舟発掘報告書は、考古学者 ロン・ワイアット氏のHPがあるが、それよりも
http://www.ne.jp/asahi/seven/angels/noah/noahark.htm
のほうが、見やすい。


ホムペはこちら


金星三日月に大接近 
5月16日、数年ぶりの大接近。
息をのむ美しさでしたね。

kinnsei daisekkinn

次の月金デートは6月15日。
時間と場所を選べば、蛍が、天の川のように、空へ上ってゆくのが同時に見ることができるかも。
その他見どころを、天文サイトから要約しました。

6月15日 5月よりは遠いが、三日月と並ぶ光景が見られる
6月20日 かに座にある「プレセペ星団」と大接近。双眼鏡があればさらに美しい
7月10日 しし座の1等星レグルスと大接近。明るさの違いに注意
7月31日 金星の左上あたりで火星と土星が接近。この時期は毎日の変化を見よう
8月8日 金星と土星が最接近、近くには火星が
8月13日 三日月との接近。火星・土星を合わせた月火金土4天体の接近ショー
8月20日 金星と火星が最接近、近くには土星が

ノアの方舟と日本書紀と防水の起源
その1.ノアの方舟はアスファルト(瀝青)で防水されていた。
その2.日本書紀に天智天皇にアスファルト(燃える土)を献上した、と言う記録がある。

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「汝 瀝青をもて その内外に塗るべし」旧約聖書創世記6章(写真ページ1行目下)

その2はすでに ROOF-NET で紹介しましたね。
http://www.roof-net.jp/index.php?%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80%E3%81%A8%E5%A4%A9%E7%84%B6%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%88%E7%80%9D%E9%9D%92%EF%BC%89

その1を確かめた時点である発見。
アスファルト防水時代からの古い歴史を持つ日本の2大防水メーカーである、田島ルーフィングと日新工業。いずれも自社のカタログや会社紹介に防水の起源として、[方舟の防水にアスファルトを使用した」と遠慮がちに書いている。
遠慮がちな理由は、それは「船体(喫水)部分の防水に使用した」、という認識によるものではないか。

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昭和52年ころの防水メーカーの広告

* 神はノアに瀝青で防水することを命じた
ノアの箱舟(方舟)

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神はノアに言われた。
あなたはゴフェルの木の箱舟を作りなさい。箱舟には小部屋をいくつも造り、内側にも外側にも瀝青(アスファルト)を塗りなさい。
創世記6章 9節

創世記には舟のサイズも記載されている。その大きさは、平凡社世界大百科事典によると、約15,000トンクラスの舟にあたるという。
*金属外装材「角波」の防水メカニズム
社団法人日本金属屋根協会で得られる情報

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同協会機関誌「施工と管理No.271 2010年4月号の特集は、同協会技術委員会による「角波の構造計算・層間変異・防耐火構造」。
工場・体育館など非住宅建築物の外装材として広く使われる,角波やスパンドレル。一般に、鋼板を角型や丸型に成型加工したもので、取り付けビスが見えるものを「角波」、ビスの隠れているものを「ボルトレスサイディング」または「スパンドレル」と呼んでいる。

平成19年の改正建築基準法の施行以来、角波についても構造計算書の作成を求められることが増えている。これを受けて、上記特集で防水性能についての考え方を含めて、10ページにわたって解説している。また「今年1年かけて、角波の設計施工基準をつくる」そうだ。

(社)日本金属屋根協会  
東京都中央区日本橋堀留町2-3-8 田源ビル9F
TEL 03(3639)8954
FAX 03(3639)8932
jmra@kinzoku-yane.or.jp

http://www.kinzoku-yane.or.jp/
各種屋根材の出荷動向
http://www.kinzoku-yane.or.jp/statistics/index.html

金属屋根工事、板金工事用語集
http://www.kinzoku-yane.or.jp/glossary/index.html
「いつの間にかすっかり春」から「立夏5日過ぎ、夏の気配」まで。
 45日間。アーモンドの花が実になった。
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いつの間にかすっかり春,と書いたのは3月25日。約2週間桃のような花が咲きつずけ、45日後、この花は実になった。桃のような明るい花、淡い香り、長く咲いている、木肌も悪くない、アーモンドの実がなる。これはお得な木だ。

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バラ科。学名Prunus dulcis 。アーモンドは英語、フランス語でアマンド。
*ナイルに流されたモーセを守ったアスファルト
生後3カ月のモーセが入れられたパピルスの籠は
アスファルトで防水されていた。

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プッサン「モーセを川に流す]1654 油彩 オックスフォード、アッシュモーリアン美術館

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エジプト王ファラオは全国民に命じた「生まれたヘブライ人の男の子は、一人残らずナイル川に放り込め。女の子はみな生かしておけ」
レビ一族のある男が妻をめとり、女はかわいい男の子を産んだ。3ヶ月間隠しておいたが、もはや隠しきれず、パピルスの籠を用意して、アスファルトで防水し、その中に男の子モーセを入れ、ナイル河畔の葦の茂みに置いた。出エジプト記 2章1~3節

防水の歴史の話になると、必ず登場する。 ノアノ箱舟のアスファルト防水。 これはそのあとの話ですね。 もちろんそのうち、ノアも登場します。
*サンドの飯よりショパンが好き・
世界最大の音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが閉幕。1週間、4か所の会場で500以上のコンサートを開催。東京国際フォーラムでは3日間で1021人の演奏家が、アマチュアを含むと1700人が演奏した。
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今年のラ フォル ジュルネのテーマは「ショパンの宇宙」だね、という話題で友人と飲んでいた時、その男が「三度の飯より音楽が好きだ」と言うので、「君、ここで言うならサンドの飯よりショパンが好き」でしょ、と突っ込んでみました。ショパンはパリで当時の人気作家ジョルジュ・サンドの「お世話」になっていましたからね。するとその男「それはサンドの料理の腕前次第だ」。「一流シェフの腕前なら、これはなかなか苦しい選択だぞ」、と返しました。「売れっ子作家が自分で作らないだろう」なんてバカ話をしつつ調べてみても、中々そんな資料はない。でも「ジョルジュサンドの部屋」というブログを見つけました。
http://members.at.infoseek.co.jp/pixy5/page110.html。
ここでサンドの食生活が少し覗えます。

「ジョルジュサンドの部屋」より
フランス、ブールジュを中心都市とするベリー地方の田園地帯にノアンはある。
小高い丘、緑豊かな森、アンドル川に沿って豊かな水源と温暖な気候に恵まれた、のどかな農村地帯である。サンドはこの故郷を愛し、館にはドラクロワ、リスト、デュマ.フィス、バルザック、フロベールなど数多くの友人たちを招いてもてなした。食堂の奥が客間で、客間の壁を隔てた玄関側に台所がある。そこで作られる食事の種類は様々で、食材は、自給自足であった。ベリーは、穀物類の生産が盛んな地方で栄養価と満腹感に恵まれた料理を作ることができた。敷地内では鶏も飼育されており、小麦と鶏肉の料理は定番のひとつであった。どちらも自家製で最も手軽に使えるものなので、「小麦と鶏を食べている限り、少しの客なら全然負担になりません。ノアンにいるかぎり貧乏だというとこを忘れます。」と友人に手紙を書いているそうだ。

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写真は会場のレストランメニュー。「親交の深かった」とはずいぶんマダムサンドに対して失礼というか、無粋な話だがーーー。

*野菜名人の秘密は日々の見回り
土厚30㎝の屋上菜園でも基本は同じ

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都心のマンションでは屋上緑化は珍しくもなくなったが、その緑化がディベロッパーのお仕着せなのか、住人からの要望から実現したものだったのかで、その後の緑の育ちは大きく異なる。
このマンションは住人が入居当初から、緑化のコーディネーターと契約し、パーマカルチャーや無農薬栽培の指導を受けた、かなり頭でっかちの例。まるで園芸高校の授業のような、一連の講義が終わった後、講師がこう言ったそうだ。

でも大事なのは、そんなことより、見ること。何もしないでいいから。ただ朝畑に来て、ボーっとしていればいい。
私の友人に、野菜つくりの名人がいる。その人のつくった野菜はとにかくうまい。土は隣の畑と同じ、特別に変わったことはしていないという。「でも何か秘密があるだろう」と、問いただしたら、「しょっちゅう畑を見に来るくらいで特に何もしてねえ」。と答えたそうだ。これは大きな秘密だ。

写真は30区画のなかでも緑濃い菜園のオーナーのお気に入りのカット。講師のアドバイスをほとんど聞き流し、マイペースで生ごみを埋めているらしい。空中窒素固定のため、カラスノエンドウを近くの道端から移植し、それとなでしこが絡み合って伸びているのが「いい」、そうだ。