(旧 「防水屋台村」建設中)
* 3年前、勇気を出して赤字工事を断った。
本当に怖かった。でも、それ以来業績はV字回復


ブルーベリー
ハイブッシュ系ブルーベリーが満開

いまだに「今が底だと思いたい」という言葉が乾杯の挨拶になるほど、建築業界は暗い。しかもスーパーゼネコンから信頼される大手老舗防水工事店ほど経営は厳しい。それは「やむをえない」と称して安値受注したゼネコンが、躊躇なく自らの利益を確保した上で協力会社と称する下請け会社に予算と作業を振り分けるから。ゼネコンはある意味、カーメーカーと同じアセンブリーメーカーである。数年前、その違いは「アメとムチのほかにどんぶりを持っているくらいだ」といった人がいる。

「予算はこれこれしかない。なんとか頼む」というゼネコンA建設。頼まれるサブコン(専門工事業者)a社は、はるか以前からTQCで鍛えられ、自らISOを取得し、作業管理能力は高い。予算がないからといって手抜き工事はできない。でも予算をみれば明らかに赤字。断ろうとすると。「協力しないなら、今後工事は発注しない」という脅しがかかる。「それならb社にたのむよ」ということもある。a社の社長は、悩んだ挙句かつての記憶をたどり「次の工事で面倒見てもらおう。よくなったら返してくれるだろう」と自分に言い聞かせて引き受ける。忙しく、厳しい工事の末利益は上がらない。防水業界独特の10年保証という習慣もある。そりゃ暗くならないほうが不思議でしょう。

今首都圏でスーパーゼネコンの工事を定常的に受注している防水工事店は十指に満たない。不思議なことにすべての会社が、自分のところは下げないのにc社が、d社が安値でうけるから困るという。仕方なく、わが社も合わせる、という。面白いのは、元請けのスーパーゼネコンも同じことを言っている点だ。B建設はめちゃくちゃだ、C建設の値段はあり得ないーーー。

工事の絶対量が減っている新築工事ではこんな展開がふつうだろう。今防水工事の利益は新築工事が2とすると改修工事では8、という説がある。老舗大手防水工事店ほど新築の比率が高い、だから苦しいという訳だ。

確かに大変でしょう、しかし本当に暗いのか?それとも自分で暗いほうばかり向いているのではないのか?ある老舗防水工事店トップがこんな話をしてくれました。

やっと経営者になった気がする
長い付き合いで、ゼネコンから技術面で信頼されているのはありがたいが、向こうは「安くても、手抜きはしない」、と安心して値段をたたく。「じゃ別の会社に頼むから」と言われれば、それを断る勇気がなかった。でも、会社がなくなれば、いい仕事も何もない。もう限界と思い、本当に勇気を出して断った。3年前この決断をした後、親父から会社を引き継ぎ、もう何年にもなるのに、初めて、「経営者」になった、という気がした。その時以来、会社の経営状態はV字回復している。今必要なのいは、自信とプライド。 そして何より勇気じゃないかな。
chu-rippu
chu-rippu
原種チューリップ。草丈12センチ
*美食の都リヨンの象徴「フルビエール大聖堂」をカプラで作りました。仕上げはトップシェフのオルシさん。
orsiとフルビエール聖堂asshuku
Basillique Notre-Dame de Fourviere フランス第3の都市、織物と美食の都リヨン。リヨン音楽院のハープは特に優秀だそうです。大聖堂は街の中心部フルベールの丘にあります。1872年からから1896年にかけて建造されました。1998年、「リヨン歴史地区」 として旧市街の教会、広場、庭園とともに、世界歴史遺産に登録されています。
フルビエール大聖堂の建築的価値、屋根の問題は小西敏正先生や、フランスものが得意な難波蓮太郎先生に聞きましょう。
写真は2009.6.1 横浜美術館にて。横浜・リヨン姉妹都市提携50周年記念「横浜フランス月間2009」のオープニングセレモニーが行われました。会場で、ジェラール・コロン・リヨン市長やフランス大使館クリストフ・プノ氏よりも存在感があったのは何といってもリヨンのトップシェフ・オルシさんでした。そこで見つけたのがこのフルビエール大聖堂。
セレモニー会場となる横浜美術館のロビーに「フランスのおもちゃであるカプラでリヨンを代表する建物を作ってほしい」という横浜観光コンベンションビューローからの要請を受け、当日の朝、9時半から、スタッフがつくったとのこと。2時半のオープニングのずいぶん前から、会場に現れたオルシさん、制作中のフルビエール教会を見つけ、カプラを手にとって「ん~いいにおいだ」と言いながら、積んでいたそうです。
*業界初のエコマーク塩ビシート
ダイヤフォルテ防水工業会総会
ソーラー防水発売は今秋


daiyaforute konndou
懇親会で来賓を代表して挨拶する ものつくり大学近藤教授

建築防水は大きく分けて、ゴム・塩ビシート防水、アスファルト防水、ウレタン・アクリルゴムによる塗膜防水の3工法に分かれる。 このうち、塩ビシート防水の施工業者団体の一つであるダイヤフォルテ防水工業会は4月23日東京・九段下のホテルグランドパレスで、第14回通常総会を開催、業界初のエコマーク認定品シート防水の普及拡大、太陽電池一体型防水シートの開発促進などの事業計画を決定した。
 材料メーカーである菱興プラスチックは塩ビシート防水では、アーキヤマデ、ロンシール工業、筒中シート防水のトップグループ、さらに田島ルーフィングに続く業界第5位。昨年度の出荷実績は。前年比微減の 80万平米。

山田 社長は新製品の開発状況に関して次のように報告した。
昨年塩ビシート防水で初のエコマークを取得した。三菱化学が開発中のソーラーセルと組み合わせた防水シート一体型システムを、この秋上市を目指している。
パネル式の太陽電池パネルについては防水層を考慮した固定のための支持具の特許申請中で、5月には発売予定。
これらの新製品、先頃発表した高反射率シートやに加え、業界にさきがけて実施している、現場で発生した防水シートの端材リサイクルとあわせて、業界トップレベルの環境対応を進める。


* あす 2010.4.24  Roof-net ホームページ OPEN !
お待たせしました。明日2010年平成22年4月24日22:44 http://www.roof-net.jp/ でお会いしましょう。

noa

身動きの取れない建築業界の中でも、まだまだ誇りの持てる仕事を続け、
次の若い世代に技術・技能を伝承しようとしている技術者や職人達がいます。
単に防水工事で生活しているだけでなく、
防水を通じて社会に貢献したい、
環境保護にも積極的にかかわっていきたい、
という思いを持ちつづけている人達がいます。
また歴史的な建築遺産の保存工事に防水工事を通してかかわり、
大きな満足感を感じている人達もいます。
子供達の将来に仕事を通じて何かいい影響を与えたい、
と思いませんか。
ROOF-NETはそんな、
青臭いことをトコトン青臭く、
しかも面白く実行してゆこうという人達が集う場所です。
防水歴史図書館          (カウントダウン あと2日)
資料第壱号「アスファルトおよびその応用」(4)
目次と広告の一部

目次1 67K

目次2


目次3 

目次4

目次5

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アスファルト及びその応用 奥付

okuzuke

ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本防水の歴史研究会



毎日の現場が建築業界の歴史をつくる。
そうなんだよね。

自分史が世界史

近頃盛んな、大学の電車広告です。
妙に懐かしいこの言葉。防水100年史編集作業中、何度も発したこの言葉。
一人の防水職人の1日の仕事。思い、こだわり。それが現場の歴史、会社の歴史、建築業界の歴史、日本の歴史、世界の歴史になります。
カウントダウンあと3日
*屋根の上は滝
2010.4.20火曜日 カウントダウンあと4日!
都心のジャングル

tokyoジャングル
夢の島熱帯植物館は、40年も前に大都会のゴミ・環境・エネルギー問題のグローバルな解決を試みた壮大な計画でした。温室の暖房や館内の冷暖房、給湯などに必要な莫大なエネルギーを、すべて新江東清掃工場から送られてくる高温水でまかなっています。ゴミの熱焼却でつくられる高温水は125℃、5.5気圧もあり、そのまま利用することはできないので、植物館の熱交換機で70℃の温水をつくり館内の暖房に使っています。
* 草屋根から飛び出した潜望鏡は何を見ている?

jiburiの潜望鏡
三鷹ジブリスタジオの屋根。上下には動かないが、左右に絶え間なく動いている。

ジブリの草屋根






* 大きな耳を持ちなさい
フィラデルフィア管弦楽団メンバーが、
音楽高校生に教えたこと


フィラ管。大きな耳


フィラデルフィア管弦楽団が来日した際、メンバー数人が都内・上野のある音楽高校を交流のために訪問しました。テレビや新聞の取材陣も詰めかけ、学校関係者はそわそわしているのに対し、音楽コンクール優勝・入賞経験者がゴロゴロという生徒の方は白けたもの。それでも各パートのトップ奏者である彼らの演奏や、自分たちの演奏へのコメントを聞いているうちに徐々に子どもらしい素直な様子に変化。ティンパニ奏者が、黒板にこんな絵を描いて言った「自分の演奏に集中するのと同じくらい、周りの音を聞くことが大事」という言葉にうなづいていました。



2010.4.18日曜日
龍閑橋は日本最初のRCトラス橋
鉄筋コンクリートトラス桁の大変めずらしい橋。
大正15年(1926)橋長10.5m,幅員27.0m
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「明治東京名所図会」によると初め神田の堀に架けられていた龍閑橋は、堀の埋め立てで不要になりました。 同じ時期、近くに開かれた新しい川に、お役御免になった橋をそのまま架けたのが、現在の龍閑橋の地名の由来になっています。さらに無名だったその新川は橋にちなんで「龍閑川」名づけられました。今は亡きこの川はかつて神田と日本橋の両区を分割するものでした。

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社団法人 全国防水工事業協会 という 団体について
防水工事は誰に頼む?

zennboukyou
社団法人 全国防水工事業協会事務局
東京都千代田区内神田3-3-4(全農薬ビル6F)
TEL.03-5298-3793(代) FAX.03-5298-3795



建物の「防水工事」というものは極めて専門的な工事です。簡単に誰でも出来る工事ではありません。世の中には防水材・防水塗料・防水液ーーー など「防水」という言葉のついた材料がたくさんあります。最善の防水工事は「資格を持った防水専門工事店が受注し、国家資格を持った防水工事の職人がチャンとした防水材料を使用して、適切な仕様によって施工し、それを管理能力を備えた人が管理する」ことです。
ここで問題は何がチャンとした[材料」「仕様」「施工」「管理」なのか。それをどう判断し選択すればいいのかということが問題ですね。

防水工事を施工するとき〔正しい防水材・正しい防水工法というものは無いんです〕と経験豊かな防水技術者が語ります。。防水工事の現場は、建物の構造や、部位、水分や凹凸など下地の状態、など1件、1件全くちがいます。だから防水に「適切」という答えはありますが「正しい」という答えは無いのです。



施主の責任・選ぶ側の責任が問われる時代です。設計者として、現場所長として、管理組合の理事として防水材料と工法を選ばなければならなくなった時、そしてその選択の結果に責任を負わなければならない時、価格の安さだけでなく、これらのことをよく考えてください。

国土交通省の許可を受けた、防水工事の専門工事業者で組織された社団法人全国防水業協会の高山宏会長は
全防協は現場施工の直接の担い手となる技術者と技能者の育成を目指し、「防水施工管理技術者」と「登録防水基幹技能者」の2つの資格制度の普及に努めている、と語っています。

 防水施工管理技術者
一定期間以上の防水工事の施工管理経験と同協会が指定する、国家資格並びにこれに準ずると認めた公的資格<「(1・2級)建築士」「(1・2級)建築施工管理技士」「建築仕上げ改修施工管理技術者」「建築仕上診断技術者」>のうちいずれかひとつを有する当協会正会員の施工会社の社員で、当協会が防水工事に関する基本的な知識と能力を審査するために実施する「防水施工管理技術者認定試験」に合格した者に対して同協会会長が付与する称号。

屋根・屋内・地下・水槽等を対象とする I 種試験に合格した者は「防水施工管理技術者( I 種)」、外壁等を対象とする II 種の試験に合格した者は「防水施工管理技術者( II 種)」となる。

防水工事には高度な技術・技能が要求されることから、施工管理には防水工事に精通した経験、知識が要求される。

しかし、「建築士」や「建築施工管理技士」等の有資格者が必ずしも防水工事に詳しいというわけではないため、こうした有資格者を対象に試験を実施し、合格者を防水工事に関する豊富な経験と知識を有するスペシャリストとして同協会が認定する。

現在、(社)公共建築協会発行の「建築工事管理指針」(国土交通省大臣官房官庁営繕部監修)において、施工業者決定に当たり当協会の「防水施工管理技術者」について「参考にするとよい」との記述が入っている。
また、(社)日本建築学会発行のJASS8「建築工事標準仕様書・同解説」の中でも同様に、防水工事業者の指定においては、「防水施工管理技術者」を「参考にするとよい。」との記述がある。




防水工事にかかわる参考資料
はこちら
理科教育に燃え・楽しむ指導者を後押し。  
科学の面白さがわかる教育の普及~第6回小柴昌俊賞授賞式

小柴賞
前列は受賞者。中央小柴昌俊東京大学特別栄誉教授。                                             右端が「子どもたちと夢を創る会」代表で夢の島熱帯植物館玉木恭介館長。


3月21日東京大学で、第6回小柴昌俊科学教育賞の最終選考会と表彰式が行われた。
優秀賞は「身近な物質の姿を見つめ究める科学部の指導」-橋 義明氏(所属:秋田県・由利本庄市立出羽中学校)、奨励賞に「地域の小学校への自然環境学習支援活動」-玉木 恭介氏(所属:東京都 ・夢の島熱帯植物館)
ほか2点が選ばれた。

小柴昌俊科学教育賞は基礎科学、純粋科学に光をあて、基礎科学のおもしろさがわかる教育の普及、意欲と夢をもった若者を育てることを目標として、小・中・高校レベルの理科や算数・数学教育に功績のあった個人や団体に、財団法人平成基礎科学財団が贈る賞。同財団はノーベル物理学賞を受賞した東京大学名誉教授・小柴昌俊がその賞金全額を投じて2003年に設立した。選考のポイントは、(1)生徒の科学的思考を深め、生徒の創意や主体性を促進し、生徒の創造性や独創性を高めるための指導を行っている、(2)効果的な教材・教具などを開発し、それらを利用して楽しく、かつ、奥深い授業を実践している、(3)授業内容や観察・実験の準備や実施方法などで、教える事柄をくふうしている、(4)自然科学に対する興味と関心を高め、科学的な能力・態度の育成に重点を置いた良好な学習環境を整備している、の4点である。選考委員は筑波大学名誉教授でノーベル化学賞受賞者の白川英樹や、東海大学教育開発研究所次長の秋山仁ら5人の科学者。優秀賞に賞状と金メダル、副賞100万円が、奨励賞に賞状と銀メダル、副賞50万円が贈られる。

奨励賞を受賞した夢の島熱帯植物館玉木恭介館長は「子ども達と夢を創る会」の代表を務めており、玉木氏の今回の受賞は、「子ども達と夢を創る会」の主な事業である「こどもしぜん科学大賞」(写真)に対する貢献も小柴賞受賞のポイントとなった。


6kai  houkokusho

このほど完成した第6回報告書。小柴賞受賞のきっかけになった「ガードレールを食べる街路樹」の研究も掲載されている。これまでの報告書の作成に対して防水メーカーである、田島ルーフィング、日新工業、ダイフレックス、ロンシール工業、早川ゴム,全アロン防水組合などが協力している。


~~瀝青の鏡~~ 「アスファルトは安全です」と訴えることの効果について
銀色の魚は瀝青(れきせい)の水中をよぎる


rekisei no kagami

「アスファルトは安全である」と訴えるより「アスファルトを美しいと感じる人がいる」ことに注目したらどうだろう。

防水のプロの間では性能面で高く評価されたとしても、現場で200度近い高温が必要な「熱アスファルト防水工法」が、今の時代に相応しいかどうかという点では、マイナス点はいくつも列挙できる。その一つ一つに反論していくことがはたして、効果的なのだろうか?

そんなことを考えていたとき、現在の石油アスファルトではないにしても、瀝青・天然アスファルトという「モノ」や「言葉」の美しさにに対して好意を寄せる詩人や音楽家がいることに気づき、とても驚いた。そういえば「窯の中のアスファルトが青緑にキラキラ光って、きれいなんだよ」と話してくれた老職人もいたではないか!そうか。これは盲点だった。

「瀝青の鏡」は鉱石フェチの詩人、長野まゆみの「鉱石倶楽部」(文春文庫)におさめられている。
4月12日2010年 月曜 H22, S85,T99,M143
6本の柱をつなぐ。
2デッキ
校長先生が出した号外
小柴賞を受賞した玉木さんは防水メーカー・ジャーナリストと一緒に学校の屋上をビオトープにしようと考えている人です。


mourishinnbunn
4月10日土曜 2010 H22 S85 T99 M143
深く考えずに、 とにかく柱を6本立てた。
デッキ1
4月8日 木曜 2010 弥生 H22 S85 T99 M143
日本書紀と天然アスファルト(瀝青)

献燃土与燃水

天智天皇七年(六六八)七月》◆高麗従越之路遣使進調。風浪高。故不得帰。以栗前王拝筑紫率。』于時近江国講武。又多置牧而放馬。又越国献燃土与燃水。又於浜台之下諸魚覆水而至。又饗蝦夷。又命舍人等、為宴於所々。時人曰。天皇天命将及乎。

防水の歴史を語る時、天然アスファルトに触れないわけにはいかない。そこで必ず出てくるのが「日本書紀には668年天智天皇即位の年に越後から燃える水と燃える土が献上されたという記述がある」という表現である。多くの文献にその孫引き、ひ孫引らしきものが見受けられ、のカタログや技術資料に至っては、ひひ孫引きになりそうだ。
 はたして本当にあるのか、どこにあるのか、ずっと気になっていたが、ついに見つけました。上がそれです。
燃える水はもちろん石油。 一方燃える土は、石炭ないし泥炭、時として瀝青(天然アスファルト)だったであろうと解釈されています。


防水歴史図書館 資料第1号「アスファルトおよびその応用」(3)
資料第一号
アスファルト及びその応用(改訂増補版)-3-
アスファルトとの出会いその3
キュレーター:丸山功
アスファルト会館
八重洲のアスファルト会館


余談ながら、この冊子の冒頭の「我が国のアスファルトの歴史」の部分で
~日本書紀の文中に、今から1300年前、天智天皇の御世に越後から「燃ゆる水」と「燃ゆる土」の献上があり、「 燃ゆる水」は石油で、「燃ゆる土」はアスファルトのことであろう。~
との一説があった。この「燃ゆる水」と「燃ゆる土」の言葉に大いにロマンを感じ、太古の昔に想いを馳せたものである。

この技術書は、天然アスファルトと石油アスファルトの概論にはじまり、アスファルトの歴史、製造法、試験法、用途、。応用工業と、応用工事等々、アスファルトの全てを網羅していた。半世紀を超えた現代にも活用し得る貴重な冊子であり、無論読破したものの、その内容はほとんど記憶に留めてはいない。 しかし単に防水工事だけでなく、アスファルト工事全般にわたって詳述されていたことが、その後の現場管理に大いに役立ち、特に当時積算も管理も難しい
とされ、兎も角敬遠されぎみだったアスファルト舗床や耐酸モルタルも苦にならず、むしろ時間の経過につれて、得意な分野として、社内では自他ともに許すまでに熟達することができた。それもこの冊子のおかげであり、いまでも私の防水人生の水先案内の役割のはたしてくれた、バイブルとも言える貴重な一冊であったと思っている。
防水歴史図書館 資料第一号[アスファルト及びその応用」(2)
資料第壱号
アスファルト及びその応用(改訂増補版)その2同業会第1回合同慰霊祭P.IM
社団法人アスファルト同業会第1回合同慰霊祭


昭和30年初版発行(写真中)。同34年の改訂版(同右)を経て、同40年改訂増補版(同左)発行。 
発行:(社)アスファルト同業会


担当キュレーター:丸山 功 



アスファルトとの出会いー2-

昭和30年初頭、防水に関するカタログやパンフレットのような印刷物は何一つない時代だった。しかも情報の流出を極端に警戒するあまり、社員に対しても社内資料の提供を制約していた。自社の技術に関するノウハウ?は勿論のこと、取引先や施工中の現場名もマル秘事項だし、社員の出先も部外秘、全てが企業秘密だった。これは当時の工事屋さんに多かれ少なかれ共通していたようである。

それならばということで、いくつかの現場の施工面積、納入材料,残材などの詳細な記録をとり、材料ごとの積算基礎を作成し、独自の積算法を作成したりして、当座をしのいだものである。「防水は体験技術だ」といわれる根拠の一端はここにある。

そんなあるとき、ふと目にしたのが「 アスファルト及びその応用」というタイトルの分厚い本だった。まさしく干天の慈雨である。むさぼるように読んではみたがさっぱり解らない。防水1年生の手に負える代物ではなかった。横文字がやたらに多い。辞書と首っ引きで繰り返し読み返したものである。(続く)
4月5日 月曜 2010年 如月 平成22年、大正99年、  明治143年
B777-300[1]
art0806261516001-p2[1]
カンカケ岳を超えるB777-300
4月1日木曜日2010 H22 S85 T99 M143 旧暦:2.17 月齢16.3
ツリーデッキ ー1 柱を立てる
1aデッキ
今日は4月1日です。私は嘘をつきます。これは私ではありません。
生まれて初めて「柱」と言うものを立てた時、真っ直ぐに、かつしっかりと立てるということが、ほぼ不可能であることが分かった。15センチの角材を持って途方にくれ、とにかく少し穴を掘り、ナタで角材の先を削り、原始人感覚で打ち込んだ。大工に対する尊敬の念が生まれた瞬間だ。