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(旧 「防水屋台村」建設中)
本邦セメント工業発祥の地と116年前のコンクリート
2月12日金曜日 2010年 如月 平成22年、昭和85年、大正99年、明治143年
旧暦:12月29日 仏滅 
セメント発祥の地碑

116年前のコンクリートと、セメント碑

江東区の清洲橋のたもとに江東区史跡「セメント工業発祥の地」として、コンクリートの塊が展示してあります。
ここは日本で初めてのセメント工場があった場所です。明治8年、工部省が本格的なセメント製造に成功しました。当時の全景写真がパネルになっています。すぐそばの隅田川、仙台堀などの泥土を原料の一部として使い、試行錯誤の上、外国品と遜色のない、国産のセメントを作りあげました。明治16年、創業者の一人である浅野総一郎が払い下げを受け、その後民間初のセメント工場として発展した。



明治  のコンクリート

このコンクリートブロックは、明治27年(1894年)に製造、横浜港防波堤の基礎として海中に沈設され、昭和6年(1931年)、改築に際し引き上げられたもの。普通ポルトランドセメントセメントを使用したもので、配合はセメント:砂:(砂利と小割栗石)が1:2.8:5.2,水セメント比は40%程度と推定されている。37年間海中にあっても損傷は認められず、優れたコンクリートであったことを証明している。