(旧 「防水屋台村」建設中)
やむにやまれず茅葺き修理という古民家再生
築150年の古民家で線香花火つくりのWS

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平成30年4月14日の午後、東京都町田市の茅葺き古民家で、線香花火造りのワークショップが行われ、親子40人が参加した。
現在、線香花火の国産化率は0.1%。ほとんどが中国製である。日本の生産者は3社。 このうち軸に稲ワラを使う関西式の「スボ手牡丹」を作るのは1社のみ。それが福岡市内から車で1時間ほどのみやま市にある「筒井時正玩具花火製造所。
https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_179/   子供向け玩具花火の製造を90年以上行っている。この日の講師はその3代目社長筒井良太さんと今日子さん夫妻だ。

看板 P4140477
線香花火には2種類のタイプがあって、筒井さんによると「スボ手牡丹」と呼ばれる、関西地方を中心に親しまれてきたものと、和紙で縒られた「長手牡丹」と呼ばれ、関東地方を中心に親しまれてきたもの。米どころが多くワラが豊富だった関西に対し、紙すきの盛んだった関東では、ワラの代用品として和紙が用いられるようになった」そうだ。

「線香花火は、つぼみ、ボタン、松葉、散り菊の4段階の表情を見せる。1本の花火につける火薬は0.08グラム。これを膠(にかわ)で練って軸につける。多くても少なくても4変化は見られない」という。子供の頃の記憶では、「ボタン、マツバ、ヤナギ「」、だった気がするのだが、地域差があるのだろう。

150歳古民家で線香花火WSP4140478
前置きが長く成ってしまったが、本題はこちらの屋根。劣化が進んだ茅葺屋根のさし茅が始まっている。
「茅葺職人さんですか?」と声をかけたら、「いや~、屋根屋じゃないんだけれど、見るに見かねてやってるんです」と返事が来た。
「では何屋さん?」と聞くと「現場監督です」 という。益々わからない。・・・続きは後ほど。



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会
2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
2018防水と雨仕舞の歴史展」2018.5.30ー6.1 東京ビッグサイト建築再生展にて
協力者募集中!
「メタボリズムの原点を歩く 」ワークショップ
ルーフネットが、メタボリズム建築を象徴する中銀カプセルタワービルを防水の点から、着目したきっかけは、チョートクカメラ日記」という、田中長徳さんのブログです。

カプセル防水

チョートクさんが5月13日ブラパチワークショップ「メタボリズムの原点を歩く 」を行います。http://chotoku.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/513-07c1.html

私は文京区音羽5丁目2番地で生まれました。5月は31日が私の誕生日です。尊敬する写真家木村伊兵衛さんのご命日も5月31日です。それで生誕した地域をご案内しようと思います。日本のメタボリズム建築の原点となった菊竹さんのスカイハウスそして丹下さんの東京カテドラルです。スカイハウスは1958年の竣工で東京カテドラル= 1964年の竣工です。面白いのはどっちの歴史的建築物も私は着工から竣工までを目で見ているんですね。メタボリズムというのは建築の様式のことです。デブの事ではありませんよ。😎🌈



ルーフネット2011年11月19日にこんな記事を着ています。

日課になっているの「PEN PEN チョートクカメラ日記」という、田中長徳さんのブログをクリックすると、昨日2011年11月18日 (金)の記事は「銀座八丁庵のこと」だった。彼は若い時代2年ほど、カプセルタワーの一室を間借りしていたそうだ。彼がカプセルの事を書いたのは2度目。
カプセルタワーにあったチョートクさんの部屋が取材された時に黒川さんも来たそうで、その際、最上階の裏手にあった黒川さんの部屋も見せてもらった、と書いている。ついでにこの記事とは無関係なのだが、「黒川さん亡き後は、息子さんが建築事務所を継いでおられる。その未来夫さんに父上のお住まいを見せてもらったことがあった。黒川さんは大変なカメラ人類でライカなどずらりと揃っていた。」とのこと。

別にこの建物が、好きな訳ではないんだけれど、「防水アンタッチャブル建築」の優勝候補という点では興味深いし、アーキテクトはアーティストなんだと実感させてくれた建物だから、ずっと存在していて欲しいと思う。残念ながらすでに取り壊しは決まっているが、こんなものを作りだした、黒川紀章も施主もえらいと思う。それだけに、このカプセルタワーが満身創痍の姿をさらしているのを見るのはつらい。そんな姿を放置しているオーナーの姿勢にも?を感じますね。

カプセルタワービル:きわめて解りやすいメタボ建築。世界初の実用カプセル建築。メタボリズム運動のシンボルとして国際的に知られているというのだが。でもそれはユニットを一度でも交換していれば確かにメタボ建築といえるが、結局それはないまま取り壊される。メタボを目指した建築ですね。1カプセルのコストは1960年代の国民車「カローラ」1台分以下だった。もちろん取り換えコストの方がはるかに高いことは解るが、もし交換すれば、この建物が間違いなくメタボリズム建築の象徴であると言える。カプセルのオーナーさん、ご自分のカプセルを交換してほしかったなあ。歴史に名を残せましたよ。
2011/11/19(土) 11:08:31| 歴史的建物を守る|



これ以後の記事は「保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル をどうぞ
www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B%E5%BB%BA%E3%81%A6%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%8B%20%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB&word=%E4%B8%AD%E9%8A%80


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中銀カプセルタワーに足場

足場が組まれ、屋根は防水シート、建物全体はネットに覆われた満身創痍のカプセル。
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写真は9月10日の中銀カプセルタワー保存プロジェクトのフェイスブックより。

でも中銀カプセル見学ツアーは大人気。
10月の見学申し込みは保存再生PJのウェブサイトから申し込み受付中。
■10月1日(日)、7日(土)、22日(日)、29日(日)
https://www.nakagincapsuletower.com/nakagincapsuletour

翌々日にはもう足場はなくなっていましたが、 工事会社は判明。 記事をお楽しみに。


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RNY350 「奥のみず道」第14回は「黒川紀章が創った白い方舟」のお話し

奥のみず道"ぶらモリタ"第14 回「奥のみず道」は「メタボリズム世界初の実用建築」・中銀カプセルタワービルの行方を探ります。


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外国人観光客が見たがる日本の現代建築ナンバーワンが中銀カプセルタワービルだそうです。昨年来日した映画監督のフランシス・コッポラは「見たい処は?」と問われ、即座に「カプセルの中」と答えましたた。コッポラ夫妻を案内したのは、中銀カプセルタワービル保存再生プロジェクトや、中銀カプセルタワー応援団のメンバーでした。中銀カプセルマンションこと「中銀カプセルタワービル」。昭和47年(1972年)竣工。黒川紀章の初期の代表作で、当時世界的に話題になった「メタボリズム建築運動」の世界初の実用建築です。戦後復興から高度経済成長期へ移行した1960年代、日本で発祥した建築運動「メタボリズム」が世界へと広まりまった。運動の発端は、1960年の〈世界デザイン会議〉で丹下健三が提唱したメタボリズム思想。「メタボリズム」という言葉は生物学用語で 「新陳代謝」を意味します。“生き物が環境にすばやく適応しながら次々と姿を変え増殖していくのと同様に、建築や都市も有機的にデザインされるべきである”というものでした。

 1の目サイコロがたくさん積み重なっているカプセルタワー。西洋人にはドラム式の洗濯機に見えるそうです。「幹」に取り付けられた床面積10平方メートルの立方体ユニットを交換することで、建物としては新陳代謝を繰り返すことができます。


「& SEALANT」は、わが国のシーリング材メーカーが加盟し,賛助会員として原材料メーカー,販売店が加入する全国に7支部を有する全国的組織である日本シーリング材工業会が年4回発行している機関誌です。機関誌「& SEALANT」の2013年12月10日発行№83 から奥のみず道「ぶらモリタ」シリーズが始まりました。
狙いは、屋根と雨仕舞のウェブマガジン「ルーフネット」編集長が全国をブラブラしながら、古の人達が防水や雨仕舞にどう取り組んできたか、または歴史的建築における防水という視点で、防水やシールのルーツを探ったりヒントや知恵を見つけたりといった内容です。
シリーズタイトルの「ぶらモリタ」は日シ工飯島義仁広報委員長、「奥のみず道」は&SEALANT 製作担当の阿部栄治氏がつけてくれました。


バックナンバーはこちらでご覧ください。>>「奥のみず道」
「奥のみず道」今回は4ページ版の番外編。 「世界初のメタボリズム実用建築」・中銀カプセルタワービルはどこへ行く
「& SEALANT」の2017年6月10日発行№97
水道カプセル (1)


水道カプセル (2)

水道カプセル (3)

水道カプセル (4)
クラウドファンディングのリターン
クラウドファンディングのリターン

カプセルは変化し、居住者は様変わりする。中銀カプセルタワービルの居住者の中に、メタボリズムというイズムとは無縁だが、カプセルを愛し、ひたすら存続を願う人が現れ、増殖し、そんな居住者がばしば、カプセル内の飲み会で話し合う。保存運動が立ち上がり、賛同者が幅広く集まる。いったん否決されたカプセルの交換を含む大規模修繕を再提案し、有志による修繕を実施してしまう。
黒川紀章は「我々が追球したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステムを刺激する原理」といった。今カプセルの住人は、しっかり「刺激」され、「セルフエイドシステム」が発動し、「オーナーズエイド」が動き初めている。

中銀カプセルタワーがおもしろいのは、世界が注目しているからではなく、その独特の形だけでもない。
中で起こっている新しい動きが面白いのである。



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RNY348 140個のメタルカプセル が2本のシャフトにしがみつく。

中銀(なかぎん)カプセルタワービル(東京)の今
保存PJTの前田氏が6月1日(木)講演

448口絵 

日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に、黒川紀章の初期の代表作で、当時世界的に話題になった「メタボリズム建築運動」の世界初の実用住宅・中銀カプセルタワービルの現状を伝える原稿を書かせていただきました。
施工と管理 6月号 カプセル
施工と管理第348号(2017年5月号)「今月の話題」より。


        ………………………………………
2017年6月1日(木)13:55~14:40 東京ビッグサイト西1ホールで開催される「2017年 第22回 R&R 建築再生展」の特別セミナーの2日目のメニューである。セミナーの受講予約は不要で無料。
(入館は招待状または http://rrshow.jp/ 事前登録)

銀カプセルタワービルは昭和47年(1972年)竣工。黒川紀章の初期の代表作で、当時世界的に話題になった「メタボリズム建築運動」の世界初の実用建築、という点で建築関係者には有名であり、そのユニークな形状で若者を引き付けてやみません。また「外国人観光客が見たい日本の現代建築」ナンバーワンでもあります。
しかし「建築再生展」の主催者が注目したのは、このことに加えて、今カプセルタワービルの中で起こっていること、のようです。雨漏りがして、給湯もできないビルにどうしてそこまで、住みたがるのか。不可能と言われた修繕やメンテナンスを、何とか実現しようとするエネルギーはどこから生まれるのか。
黒川紀章は「メタボリズム」の中に「セルフエイド」という概念を忍ばせ(組み込み)ました。そして「我々が追球したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステム を刺激する原理として成長し、変化する建築である」と 言いました。この言葉は「住み手がその建築に住むことによって、自らの住まい方を自問自答し、延いては改修のあり方まで真剣に考えてしまう 建築」と読み替えていいのだと思います。
「住まいとは何か、家とは何か、住み続けることの難しさ、建築部材や構成要素は単に長持ちすればよいのか、循環あるいは容易に交換できることの方が良いのか」。我々は通常のマンションでは起こりえない、様々なトラブルと向き合う中で、知恵を絞り、苦労を楽しみ、仲間の住人と緩く、時に深く関わり助け合っています。(黒川紀章の予見を超えた新しいコミュニティーの胎動を、ここに見る人がいるのかもしれません。)
当日は、住民にしか見えない視点、カプセルファンの飲み会の中で熟成された、カプセル生活の楽しみ方・保存活動の面白さをお話します。セミナー講演の後は、カプセル保存再生プロジェクトのブースで質問にもお答えします。 是非お立ち寄りください。
なお中銀カプセルタワービル保存再生プロジェクトのブースは、銀座たてもの実行委員会、日本茅葺き文化研究会(草屋根による循環・再生の思想、苫葺き・苫編み実演)、中世古楽アンサンブル(バベルの塔時代の音楽演奏)、日本防水の歴史研究会(聖書や日本書紀に書かれた防水の歴史)、ビッグイシュー、日本熊森協会との協力ブースです。(中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト、銀座たてもの展実行委員会)

施工と管理 6月号 カプセル

15メタルカプセル (1)

15メタルカプセル (2)

15メタルカプセル (3)

15メタルカプセル (4)


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「中銀カプセルタワービルの事例で見る名建築を再生する5つの方法」

カプセルタワー保存・再生PJT 前田達之代表が「建築再生展」で講演。展示も。  
 
住民にしか見えない視点、カプセルファンの飲み会の中で熟成された
カプセル生活の楽しみ方・保存活動の面白さを語る。
 カプセルりりーす

 
中銀カプセルタワービル保存・再生にかかわる最新情報を中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト前田達之代表が「中銀カプセルタワービルの事例で見る名建築を再生する5つの方法」のテーマで講演する。
2017年6月1日(木)13:55~14:40 東京ビッグサイト西1ホールで開催される「2017年 第22回 R&R 建築再生展」の特別セミナーの2日目のメニューである。セミナーの受講予約は不要で無料。
(入館は招待状または・・http://rrshow.jp/事前登録 )
 

中銀カプセルタワービルは昭和47年(1972年)竣工。黒川紀章の初期の代表作で、当時世界的に話題になった「メタボリズム建築運動」の世界初の実用建築、という点で建築関係者には有名であり、そのユニークな形状で若者を引き付けてやみません。また「外国人観光客が見たい日本の現代建築」ナンバーワンでもあります。
 
しかし「建築再生展」の主催者が注目したのは、このことに加えて、今カプセルタワービルの中で起こっていること、のようです。雨漏りがして、給湯もできないビルにどうしてそこまで、住みたがるのか。不可能と言われた修繕やメンテナンスを、何とか実現しようとするエネルギーはどこから生まれるのか。
 
黒川紀章は「メタボリズム」の中に「セルフエイド」という概念を忍ばせ(組み込み)ました。そして「我々が追球したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステム を刺激する原理として成長し、変化する建築である」と 言いました。この言葉は「住み手がその建築に住むことによって、自らの住まい方を自問自答し、延いては改修のあり方まで真剣に考えてしまう 建築」と読み替えていいのだと思います。
 「住まいとは何か、家とは何か、住み続けることの難しさ、建築部材や構成要素は単に長持ちすればよいのか、循環あるいは容易に交換できることの方が良いのか」。我々は通常のマンションでは起こりえない、様々なトラブルと向き合う中で、知恵を絞り、苦労を楽しみ、仲間の住人と緩く、時に深く関わり助け合っています。(黒川紀章の予見を超えた新しいコミュニティーの胎動を、ここに見る人がいるのかもしれません。)
 
 当日は、住民にしか見えない視点、カプセルファンの飲み会の中で熟成された、カプセル生活の楽しみ方・保存活動の面白さをお話します。セミナー講演の後は、カプセル保存再生プロジェクトのブースで質問にもお答えします。 是非お立ち寄りください。
 
なお中銀カプセルタワービル保存再生プロジェクトのブースは、銀座たてもの実行委員会、日本茅葺き文化研究会(草屋根による循環・再生の思想、苫葺き・苫編み実演)、中世古楽アンサンブル(バベルの塔時代の音楽演奏)、日本防水の歴史研究会(聖書や日本書紀に書かれた防水の歴史)、ビッグイシュー、日本熊森協会との協力ブースです。 (中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト、銀座たてもの展実行委員会)




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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

RNY345 保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル 7
 保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル 7
創った人 愛する人 守る人

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 「中銀カプ セルタワービル」は世界遺産になりうる建築であり、日本発のムーブメン トであるメタボリズムを代表する建築である。2007年に管理組合は建て替えを決 議した。ところがどっこいまだ立っている。黒川紀章設計であるという理由で関心を示さない設計 者や、「えっ!まだ建っているの?」という建築関係者、「黒川紀章が設計者である」ことを知らずに何やら有名 なカプセルに興味を示す人たち、黒川紀章もメタボリズ ムも知らないがカプセルタワーが大好きで集まる若者た ち。満身創痍の名建築を取り巻く空気は「建て替えやむ なし」感が濃厚だった2007年と比べて10年後の今、 大きく変わっている。 連載7回目の最終回は「中銀カプセルタワービルを、創った人 愛する人 守る人(戦う)人」でひとまず締めくくりだ。

2016年10月号から始まった、連載「①保存か建て 替えか中銀カプセルタワービル」はその後、2016年 11月号で「②そもそも中銀カプセルタワービルってどんな建物?」、12月号で「③メタボリズムは知らなくて もカプセルは好き」、2017年2月号で「④カプセルの セルフエイド」、3月号で「⑤黒川紀章と水コンペの話」、 4月号で「⑥中銀カプセルタワービルを保存する7つの方法」を掲載してきた。このうち②ではカプセルの構造 や修繕案、④では2016年末に行われた修繕工事の 内容を紹介した。

縄跳び


創った人・黒川紀章 についてはは本連載①、②、③をご覧いただきたい。また人間黒川紀章がなぜカプセルタワービルを創ったのかを知りたければ曲沼美恵著「メディアモンス ター誰が黒川紀章を殺したのか?」650頁、がお勧めだ。著者はその前書きにこう記している。
「マスメディアの隆盛とともに大きな存在となり、彗星 のごとく去っていった建築家、黒川紀章。その人生は、あたかも「日本」を映し出すメディアのようでもあった。 奇跡と言われる復興を遂げ、丹下健三を「世界のタンゲ」 にした日本が黒川をただのドン・キホーテにした。その劇的な人生の幕が閉じられたのは2007年10月12日。選挙に出た時、彼の体は末期ガンに冒されていた。それでもなお、彼は舞台に立とうとした。饒舌だった建築 家が黙して語らなった謎めいた行動のわけを知るには、 もう一度、彼の人生を、最初から辿りなおさなくてはならなかった。」

愛する人・中銀カプセルタワー応援団の関根夫妻。

2005年の11月からカプセル住民となった関根夫妻。「最初の3年間は二人きりで孤独に、でもそれなりに楽しい週末を過ごしていたのですが、2008年5月から思い切って自分たちもブログを始めてみました」という。週末だけ過ごす関根夫妻が、タワーが保存されること を願いつつ、中銀カプセルタワービルでの出来事を綴ったのが「中銀カプセルタワー応援団」ブログだった。このブログを通じてカプセル内のまた外部のカプセル好き が出会う。興味のある人たちを自分のカプセルに案内し、穏やかに、丁寧にその魅力を伝えてきた。その数は300 回、500人を超える。全140個のカプセルの中で状態 が良く、かつオリジナルの形を留めている住戸は多くは ない。関根さんのカプセルはその中の数少ない一例だ。 「わが応援団は、ただカプセルが保存されることを祈り ながら、みんな集まってビールをグビグビ飲むだけの団 体」と関根さんはいうが、その「ひたすら祈る」活動が、「ひたすら祈るだけ」だったからこそ、保存・再生プロジェクトや銀座たてもの展などが活躍する、次のステップにつながっていったといえる。


 

守る人、あるいは戦う人 
[中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェ クト」前田達之代表。


2010年に初めてカプセルを取得。2011年より中銀 カプセルタワー管理組合法人で監事を務め、ビルの保存・ 再生を求めて、管理組合、管理会社、オーナーと交渉 を続けており、現在14カプセルのオーナーでもある。「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトの目的は、この歴史的建築物を、後世に末永く引き継いでいくことであり、その実現のために ①建物を使い続ける ために、カプセルのオーナー、管理組合に対し、適切な 修繕活動を促進する ②カプセルの価値を高めるために、 新たな使い方を提案する ③建物の認知を高めるために、 幅広い広報活動に力を注ぐ」としている。その活動を銀座に欠かせない建物として、「銀座たてもの展実行委員会」すがわらたかみさんがサポートする。


 この連載の目的は、満身創痍のカプセルタワーを前に、 この建物を「残したいか残したくないか」、「残すべきか 残さざるべきか」、「もし残すとすれば、どうすればよい か」、「防水・雨仕舞に関わるものとして、残すとすれば 何ができるか」を考えることである。  カプセルの修繕・交換を誰よりも望んだのは黒川紀章 だった。カプセル交換の要望書を書き、危険通告し、修 繕計画案を提出し、工事費比較も示し、黒川紀章のブラ ンド力を利用したファンドの提案を行い、住戸の買い取りまで始めたが、2007年管理組合によって否決された。 黒川が末期がんに侵され、選挙戦に破れ、人生の幕を閉じたのは2007年10月12日だった。 近現代の名建築である中銀カプセルタワービルは、仮 に世界遺産として保存が決まったとしても、これまでの 国宝・重文建築物のように創建時の構造、部材に手を加えない、というあり方は難しいかもしれない。そもそも 建物自身がメタボリズム・新陳代謝、カプセルの交換を 前提としているのだから。黒川紀章は、「私の建物がな くなっても私の思想は残る」といって100冊の著作を 残した。(黒川紀章建築都市設計事務所のサイトで、国 内56の、海外44の著作のリストがみられる。http:// www.kisho.co.jp/page/315.html)

カプセル内部1 DSC09427 

カプセルは変化し、居住者は様変わりする。黒川紀章は「我々が追球 したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステム を刺激する原理として成長し、変化する建築である」と いった。リフォーム関係者はしばしば「建築家は改修を 考えた設計を新築時にするべきである」というが、黒川 のこの言葉は「住み手がその建築に住まうことによって、自らの住まいとその改修のあり方を真剣に考えてしまう 建築」と読み替えていいのだろうか。 今、中銀カプセルタワーの住人は、しっかりカプセル タワービルという建物に「刺激」され、「セルフエイド システム」が発動し、動きだしている。その動き方は、 黒川が「共生の思想」の中の「共生の思想とメタボリズ ム」の章で示した形とは、ほんの少しずれがあるかもし れない。しかしカプセルタワービルの居住者の中に、メ タボリズムというイズムとは無縁だが、カプセルを愛し、 ひたすら存続を願う人が現れ、増殖し、そんな居住者が しばしば、カプセル内の飲み会で話し合う。保存運動が 立ち上がり、賛同者が幅広く集まる。いったん否決され たカプセルの交換を含む大規模修繕を再提案し、有志に よる修繕を実施してしまった。管理組合の反対派もその 成果を無視できない状況になりつつある。

かつて改修工事は困難で、挑戦的で、利益も上がるマー ケットであった。新築工事の減少、ストックマーケット の増加、職人不足などの要因から、リフォーム市場はさ まざまな欲がうごめくダークな業界というイメージが広 がっている。建物保存、住人目線で工事に取り組む挑戦 的な工事店や設計者は少ない。そんな現状で、今銀座8 丁目に建って、治療を待っているカプセルタワーをリ フォームビジネスの目で見れば、アンタッチャブルと言 われて当然だ。面倒で経費面での手離れの極めて悪 そうな仕事だからである。しかし世界遺産になりそうな建物が、雨漏りが原因で壊されることを、防水やリフォームを生業とするものが手をこまねいてみていていいもの だろうか。「難しい・できない」仕事に挑戦して喜ばれ、 儲け、やりがいを感じて、育ってきたのがリフォーム業 界ではなかったのだろうか。 大規模修繕のあり方を模索する際、中銀カプセルタ ワービルはある極端な例ではあるが、修繕工事の新しい進め方を示している保存・再生運動の極めてピュアな例として、半身でもいいから、保存・再生プロジェクトに足を突っ込んで、遊び心を失わずに研究することで得られる成果は想像以上に大きいはずだ。
 黒川の思想は時代の先を行き過ぎた、と言われる。 10㎡140個のカプセル。その中の一部のカプセルの中で始まっているこの動きは、恐らく意識せずに黒川の思 想に追いついた人たちの発見・驚き、喜び、化学反応なのかもしれない。
 

月刊「リフォーム」2016年10月号から、保存か建て替えか、で紛糾する世界的に著名な中銀カプセルタワービルの連載が始まった。本コーナーでは、その記事を順次転載している。今回はその7回目、最終回。2017年5月号より。

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