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(旧 「防水屋台村」建設中)
「出雲大社平成大遷宮御修造」 中塚雅晴写真展
1200年続く伝統技術と文化を担う職人を追った
中塚雅晴写真展「出雲大社平成大遷宮御修造」

出雲大社写真展2

開催期間
2019年2月1日(金)~2019年2月7日(木)
開館時間
10:00~19:00 (最終日は16:00まで/入館は終了10分前まで)
場所
富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1
入場料
無料

富士フイルムフォトサロン 大阪  2019年4月19日(金)~4月25日(木)

【写真展併催イベント】 中塚雅晴氏によるギャラリートーク



60年ぶりの出雲大社「平成の大遷宮」御修造を8年間見続けた記録。
「日本の歴史と神々の世界へ想いを巡らし、1200年続く伝統技術の素晴らしさと日本の文化を継承し続ける重き責任を担う職人たちの真剣な思いを感じつつ、出雲大社に通い続けてきました。何度も足を運ぶことで職人さんや多くの方々と「縁」をいただき、この写真展を開くことになりました。修造工事において、様々な職人の手技を見て日本文化の奥深さを知って頂ければ幸いです。」(中塚雅晴氏)

※ 2月1日(金)・2日(土)に写真展併催イベントとして、各日 15:00~(約30分)展示会場で、中塚雅晴氏によるギャラリートークが開催される。


プロフィール
1953 千葉市生まれ。東京電機大学工学部卒。商業映画製作会社、住宅写真家を師事、建築撮影会社を経て独立。1985 NARU建築写真事務所設立。
2010 「WORK SONG・建築従事者の労働賛歌」写真展 東京・神楽坂で開催
2010 「上海環球金融中心を創る人、育てる人」写真展 東京・六本木ヒルズ
2010 「労働讃歌 上海環球金融中心」写真展 中国 ・上海ヒルズ
2013 「WORK SONGII・出雲大社大遷宮修造の記録」写真展 東京・早稲田
NARU建築写真事務所

**中塚氏は、一社・日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に銅板屋根施工中の魅力的な写真をしばしば提供している。
(なお、1月末発行の同誌1月号の連載写真ルポ「銅屋根クロニクル」第61回は出雲大社の銅屋根を紹介している。残念ながらこちらの写真は、筆者(ルーフネット編集長)によるもの。大社の巨大な銅板屋根や檜皮葺き本殿棟飾りのチャン塗りに興味のある方は、「施工と管理」 1月号も合わせてご覧ください。)



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会」
2019年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月1日です

「防水」側から見た中銀カプセルタワービル

30㎝の隙間から施工する方法
gaikann PG9P4727
********************************************
歴史的な建物が「漏水が原因で取り壊される」! 防水に関わるものとして見過ごしてよいのか? 常識的には無理であっても、専門工事屋として、メーカーとして、研究者として、本当にできることはないのか? 
ルーフネットはそんな思いで、中銀カプセルタワービルを取材してきました。

保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B%E5%BB%BA%E3%81%A6%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%8B%20%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB&word=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B


今回は保存活動の中心人物である前田達也さんの案内で、ウレタン防水材料メーカー研究開発部 の古澤洋祐さんといっしょに、中銀カプセルを訪問しました。

以下、古澤さんのコメントです。

大学ではメタボリズムの代表例として、黒川先生の創造したコンセプトを学ぶだけであり、
現状の問題を知ることはありませんでした。
未来の姿を含めてデザインでなければいけないのだと、再認識させられました。

kapuseru naibu PG9P4816

雨漏りを止めるためには、コンセプト通り取り外して、新しいユニット(修理したユニット)を入れることが
キレイな形だと思いますが、取り外さない応急処置としての防水は、30cmの隙間がネックになります。

30㎝の隙間 PG9P4778

ユニット同士の隙間で作業できる方法や、アスベストのある内装側からアプローチする方法を模索されていると思いますが、
超速硬化ウレタンは一つの手段としてあり得ると思います。

建築防水に係る者として、黒川先生の一ファンとして関わることが出来たら幸いです。






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2019年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月1日です
RNY:大社の「チャン」が瀝青であることの可能性
チャン塗のこと
本殿PG9P7061


平成20年から8年にわたって行われた出雲大社平成の遷宮の主事業はもちろん本殿の修造である。その中で、塗材がこれほど注目されたことはないだろう。それが「チャン塗り」。檜皮や杮葺きの屋根では棟や鬼、千木、勝男木は銅板で覆われる。通常これらは緑青の印象が強い。遷宮の報告書によると、前回の遷宮(昭和1953年)の際、銅板の交換や塗装は行われなかった。今回の遷宮に際して、明治以前の記録が調べられ、現在の本殿が造営された延享元年(1744)の遷宮の際の記録「延享造営伝」に、棟包や鬼板、破風板、千木、勝男木に関する記述が見つかった。そこには「銅つつみちゃんぬり」「ちゃん塗仕立」という記述があり、これが出雲大社の伝統的な塗装であると見当を付けた。しかし、材料や配合が分からず、行き詰っていたところ、職人が銅板の合わせ目に塗装の痕跡を見つけ、それを分析して、松ヤニ、エゴマ油、石灰、鉛などの成分を見つけ出した,という。 さらに「過去の遷宮に立ち会った神職が職人から聞いた話を書き残した記録」 も見つかり、明治の遷宮ではちゃん塗りが施されたという裏付けが取れ、今回チャン塗が施された。
チャンは千木・勝男木・箱棟・鬼板さらには、破風板などに塗られている。また千木・勝男木などの棟飾りには「油煙」を混ぜた「黒ちゃん」、破風板の錺金具には緑青を混ぜた「緑ちゃん」が使用されたという。
ここでどんな油煙が用いられたかという記録はない。
本殿後ろ正面PG9P7253

ルーフネットでは、近代産業遺産としての豊川油田の施設整備やアスファルトの露頭地の保存活動を進めている佐々木榮一さんによる、研究報告を、紹介している。それが
近代化産業遺産「豊川油田」
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8C%96%E7%94%A3%E6%A5%AD%E9%81%BA%E7%94%A3%E3%80%8C%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E6%B2%B9%E7%94%B0%E3%80%8D&word=%E6%B2%B9%E7%85%99

である。

油煙は江戸末期、現在の秋田県豊川周辺で、土瀝青から盛んに作られた。 土瀝青すなわち天然アスファルトは「チャン」 とよばれる。ちゃん塗の「チャン」は土瀝青すなわち天然アスファルトに由来するのではないか、というのが筆者の仮説である。

聖書の中のアスファルトの訳語

もう一つのチャン
::::::::::::::::::::::::::::
東大寺や東寺五重の塔、東京駅やスカイツリー…。建築という行為は今も昔も、まさに「匠」と言われる数多の職種の職人たちの絶妙な連係プレーによって紡ぎ出されてきた。1000年以上前から職種として確立していた大工や左官、屋根葺き職人たちだけでなく、ほんの100年前から登場した鉄筋工や防水職人等まで。どの職種も建築にはなくてはならないものでありながら、その社会的評価や目立ち方には随分開きがある。そんな中でも、NHKのディレクターは大工や左官といった昔から陽の当たる職種にくらべて地味だった職人たち、さらには檜皮師やクレーンのオペレーターといった超マイナーなプロフェッショナル達にピンポイントのスポットを当てて、ドキュメンタリー番組を制作する事もある。それでも陽の当たる順番の廻ってこないのが防水工だろう。

ルーフ=屋根をキーワードとするルーフネットのミッションは屋根と防水に関わる人の技術と経験、意地と根性と心意気を示すことである。このほど、気になりながら取り上げられなかった板金職人の技の記録を見つけ、紹介出来ることになった。それがこれ。まずは銅板屋根職人の鴨下松五郎さんだ。

鴨下 松五郎 氏 (故人・平成13年4月14日逝去)
1907年(明治40年)生まれ。
勲六等単光旭日章、労働大臣卓越技能章、日本銅センター賞などを受賞。
聞き手:大江 源一 氏(当時「施工と管理」編集委員、現・広報委員長)

日本金属屋根協会は平成7年から4回にわたって、鴨下さんのインタビューを機関誌「施工と管理」に掲載した。ルーフネットは、数年前、金属屋根協会の許可を得て転載紹介したことがある。
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E6%9D%BF%E9%87%91%E3%81%84%E3%81%BE%E3%80%81%E3%82%80%E3%81%8B%E3%81%97%20-%E9%B4%A8%E4%B8%8B%E6%9D%BE%E4%BA%94%E9%83%8E%E6%B0%8F%E3%81%AB%E8%81%9E%E3%81%8F-&word=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3#wa20a944

そのなかに、チャンに関わる話があった。その部分を改めて紹介する。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::。

板金屋根の防水は「地の粉」と「洋チャン」で
「洋チャン」と「飛ばし油」を練って防水するはなし。

板金いま、むかし -鴨下松五郎氏に聞く- ④
「洋ちゃん」

 漏り止めには、もう一つ松やにを油に混ぜたものを使っていました。油は何でもよかったと思いますが、当時は「とばし油」と言ってたと思いますが、今でいう菜種油を使ってました。松やには日本の物の方が品質がいいんですが、採れる量が少ないので高い。そこで輸入したものを使ってました。「洋ちゃん」と呼んでましたね。西洋ものという意味だったんでしょうね。これもさっきの「地の粉」と同じで練り具合が難しい。
 これは看板の足元なんかに使いましたね。足元のところに流し込むんです。そうすると、油が入っていますから芯まで固まらないのです。固まらないから看板が動いても、その動きに追随して水の浸透を防げるという仕組みでした。
銅板の屋根には「地の粉」を使えませんでしたので、これを温めて薄く伸ばしたものを塗っていました。この時は刷毛でなく雑巾を使っていたように思いますね。
 銅板に何か塗るといえば、銅板の艶がなくなるとまずいってんで、昔の板金屋の中には、「そんなことやっちゃ駄目だ」って言ったんですが、黒砂糖を薄めて塗った人がいました。そりゃテカテカ光って具合はよかったですよ。しかし、虫がついちゃって……(笑い)。こんな馬鹿な仕事をね、馬鹿と思わずやってたんですよ。ただ、この人は馬鹿でなく研究家なんです。どうしたら銅板がきれいになるかと考えていたんでしょうね。それまでの技術を脱皮しよう、脱皮しようとしていたと思います。今から考えると馬鹿な仕事ですが、こういう人のほうが研究心があったように思えますね。
 お話しした「地の粉」も「洋ちゃん」も東京の田端にある「浅井工業薬品」さんにいけば今でも手に入ります。



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2019年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月1日です
木造48メートル平屋の高層神殿
出雲大社本殿

448神殿模型背面 



現在の本殿は高さ八丈(24メートル)。しかしかつては十六丈(48メートル)、その前には三十二丈との記録もあり、いずれもあまりの高さに疑問視されていた。ところが平成12年の境内内の発掘で、直径3.6メートルの巨大な柱の一部が見つかり、現実のものであることが分かった。
出雲大社宝物殿「神祜殿」には様々な説による、模型が展示されている。これは、福山敏男博士・大林組プロジェクトチームによる1989年公表の設計案に基づく十分の一復元模型。
高さ48メートル。9本の柱のうち最大の岩根柱の直系3.6メートル,高さ36メートル。宇豆柱は直径3メートル、高さ42メートル。階段の長さ109メートル。
10世紀には十六丈(48メートル)という、あまりの高さに「雲太うんた」と呼ばれる日本一高い本殿があった、との記録がある。



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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会」
2019年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月1日です
掘り起こし 中銀カプセルタワービル②(「&SEALANT」より)
黒川の創った白い方舟
世界初の「メタボリズム実用建築」はどこへ行く
ピンバッチ


中銀カプセルタワーの人気は、国内・海外と問わず益々高まっています12月12日防水研究者といっしょに、最近の様子を、保存活動の代表前田さんに、お聞き書ました。その報告の前に、問い合わせの多い2編の記事を再掲載します。
月刊「リフォーム」2016年10月号から、保存か建て替えか、で紛糾する世界的に著名な中銀カプセルタワービルについて7回の連載しました。その内容は以下でご覧いただけます。

保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B%E5%BB%BA%E3%81%A6%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%8B%20%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB&word=%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB

但し、これの関連記事として、書いた2本の原稿が、大変検索しにくい状態です。そこで、再掲載の上、上記「保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル」棚の末尾に加えたいと思います。

2本目がこれです。






日本シーリング材工業会機関誌「& SEALANT」2017年3月10日発行№97 より

20170617-2[1]
20170617-3[1]
20170617-4[1]
20170617-5[1]



掘り起こし 中銀カプセルタワービル①(「施工と管理」より)
140個のメタルカプセル が2本のシャフトにしがみつく。

448口絵 


中銀カプセルタワービルは昭和47年(1972年)竣工。黒川紀章の初期の代表作で、当時世界的に話題になった「メタボリズム建築運動」の世界初の実用建築、という点で建築関係者には有名であり、そのユニークな形状で若者を引き付けてやみません。また「外国人観光客が見たい日本の現代建築」ナンバーワンでもあります。

しかし「建築再生展」の主催者が注目したのは、このことに加えて、今カプセルタワービルの中で起こっていること、のようです。雨漏りがして、給湯もできないビルにどうしてそこまで、住みたがるのか。不可能と言われた修繕やメンテナンスを、何とか実現しようとするエネルギーはどこから生まれるのか。

黒川紀章は「メタボリズム」の中に「セルフエイド」という概念を忍ばせ(組み込み)ました。そして「我々が追球したいのは、住民の参加、住民のセルフエイドシステム を刺激する原理として成長し、変化する建築である」と 言いました。この言葉は「住み手がその建築に住むことによって、自らの住まい方を自問自答し、延いては改修のあり方まで真剣に考えてしまう 建築」と読み替えていいのだと思います。

「住まいとは何か、家とは何か、住み続けることの難しさ、建築部材や構成要素は単に長持ちすればよいのか、循環あるいは容易に交換できることの方が良いのか」。我々は通常のマンションでは起こりえない、様々なトラブルと向き合う中で、知恵を絞り、苦労を楽しみ、仲間の住人と緩く、時に深く関わり助け合っています。(黒川紀章の予見を超えた新しいコミュニティーの胎動を、ここに見る人がいるのかもしれません。)



中銀カプセルタワーの人気は、国内・海外と問わず益々高まっています12月12日防水研究者といっしょに、最近の様子を、保存活動の代表前田さんに、お聞き書ました。その報告の前に、問い合わせの多い2編の記事を再掲載します。
月刊「リフォーム」2016年10月号から、保存か建て替えか、で紛糾する世界的に著名な中銀カプセルタワービルについて7回の連載しました。その内容は以下でご覧いただけます。

保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B%E5%BB%BA%E3%81%A6%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%8B%20%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB&word=%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB

但し、これの関連記事として、書いた2本の原稿が、大変検索しにくい状態です。そこで、再掲載の上、上記「保存か建て替えか 中銀カプセルタワービル」棚の末尾に加えたいと思います。

一本目がこれです。






施工と管理第348号(2017年5月号)「今月の話題」より

15メタルカプセル (1)

15メタルカプセル (2)

15メタルカプセル (3)

15メタルカプセル (4)

ルーフネット348号参照
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%8B%E5%BB%BA%E3%81%A6%E6%9B%BF%E3%81%88%E3%81%8B%20%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB&word=%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB


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泥だんごの壁は雨で溶けないのだろうか。
「土造」の建築

70団子壁 pg

unnamed[3]
写真:山田宮土里さん。

木造、RC造、S造。この並びに入れてもらうには気が引けるが、地震の多発する日本に「土造」の建築があることをご存じだろうか。・・・・・・

という記事を、近畿大学助教の山田宮土理さんが、建築雑誌5月号に投稿されている。
山口県下関にある土蔵で、泥団子を積み上げた「土造」の土蔵である。水平目地が特有の工法を物語っているという。
奈良にも築200年を超える同様の例があり、土壁の厚さは400ミリもあるそうだ。

「土造」の建築
「建築雑誌」2018年5月号p46 です。

屋根はどうなんだろう? 泥の壁は日本の雨で溶けないんだろうか? 雨は漏らないんだろうか。山田みどり先生に聞いてみた。

山田宮土里 (2)

掲載した写真の例は瓦葺きですが、奈良の小屋は茅葺屋根も多く見られました。泥団子を積んだ表面に土を塗っている例が多く、また補修された形跡もあり、雨で表面が侵食されても塗り直しながら守ってきたように感じます。(家主さんにヒアリングしても、記憶のある限り補修はしていないと言う形も多いため、今は放置されているかもしれませんが・・)


山田 宮土理(やまだみどり) http://research.kindai.ac.jp/profile/ja.1d19fad09221350c.html
近畿大学建築学部 建築学科 助教 博士(工学) 専門:建築材料。建築材料としての土について、特に日本の伝統的な土壁に用いられる材料や施工方法、土壁の性能。

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2018年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月2日です。
2018防水と雨仕舞の歴史展」2018.5.30ー6.1 東京ビッグサイト建築再生展にて
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