(旧 「防水屋台村」建設中)
天然アスファルトの防水への利用
天然アスファルトの研究者・佐々木榮一氏が展示発表
日本最大の土瀝青鉱山の歴史
明治中期・民家屋根に施す防水工事の画も

この資料は、2017年5月31日(水)から6月12日(金) 東京ビッグサイト西1ホールで開催される「2017年 第22回 R&R 建築再生展」のJWHA日本防水の歴史研究会(聖書や日本書紀に書かれた防水の歴史)、のブースで展示・解説される。
(入館は招待状または・・ http://rrshow.jp/ 事前登録で無料 )。




タールピット② (2)


タールピット② (1)


なお日本防水の歴史研究会(聖書や日本書紀に書かれた防水の歴史)のブースは、中銀カプセルタワービル保存再生プロジェクト、銀座たてもの実行委員会、日本茅葺き文化研究会(草屋根による循環・再生の思想、苫葺き・苫編み実演)、中世古楽アンサンブル(バベルの塔時代の音楽演奏)、ビッグイシュー、日本熊森協会との協力ブースです。

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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

豊川タールピット物語
秋田県の天然アスファルトの産地・豊川の地に繰り広げられたドラマ
「豊川タールピット物語」
豊川タールピット物語 P3160015

秋田県の八郎潟の南端にある「豊川の地」の天然アスファルトに覆われた独特の地質と,近代産業遺産としての価値を広く知らしめようとしている佐々木榮一さん(「豊川油田の歴史を伝える会」顧問)。
2017年1月15日,「豊川タールピット物語」B5版117頁を発行した。

佐々木榮一(ささき・えいいち)氏は 北海道出身。1972年秋田大学鉱山研 究科修了。専門は石油地質学。卒業後、 石油資源開発(株)に入社、国内の油田開発や、バングラデシュ、マ レーシア、ロシアのサハリン州での石油探査業務に携わった。

きめ細かい取材を通じて天然アスファルト活用の歴史や防水工事への関わりについても、触れられていて、防水の歴史を知る上で、きわめて貴重な記事や写真が掲載されている。


30豊川タールピット EPSON011


佐々木さんと豊川油田、アスファルトに関しては 以下 に詳しい。
http://www.tozai-as.or.jp/roots/

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石管のシールは檜皮と松脂
辰巳用水の石管 (石樋)

石管のシールは松脂と檜皮
写真 JWHA/日本防水の歴史研究会2015.9.10

金沢城水源は11キロメートル上流の犀川だ。寛延九年(1632)、犀川から取水した水は木管で城内に引き込み、通水された。その後天保期の改修工事で石管に取り替えられた。継ぎ手には、松脂、檜皮などを用いて漏水を防止していた。(現地解説より)

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「縄文時代のアスファルト利用の歴史と保存」

朝日新聞2016年文化財保護活動への助成
いちのへ文化・芸術NPOなど28件、総額4900万円


公益財団法人朝日新聞文化財団は、2017年度に実施する文化財保護助成の対象事業を決定した。40事業の助成申請があり、岩手県一戸のいちのへ文化・芸術NPOが申請した「縄文時代のアスファルト利用の歴史と保存、俵屋宗達作の国宝「蓮池水禽図」(京都国立博物館申請)の保存修理など28件に計4900万円を助成する。

このうち震災関連の助成は、4月の熊本地震に関連して熊本市「大慈寺の経蔵などの復旧」と大分県日田市「元大原神社の灯籠修復」の2件、東日本大震災関連では、いずれも福島県の伊達市指定文化財「八幡神社本殿解体修理」、相馬野馬追保存会による重要無形民俗文化財「相馬野馬追」伝承用具整備、および宮城県気仙沼市の唐桑大漁唄込復活推進実行委員会による郷土芸能劇「唐桑ものがたり」上演の3件の計5件。18年度分の受け付けは17年6月(WEB申請は5月中旬~7月初旬)に行う。ホームページ参照。

いちのへ文化・芸術NPOではこの助成によってシンポジウム「縄文時代のアスファルト利用」を行う。

PA070195.jpg



その他、助成が決まった事業は次の通り。
重要文化財「対馬宗家関係資料」保存修理(長崎・長崎県立対馬歴史民俗資料館)
京都府指定「木造地蔵菩薩坐像」保存修理(京都・善福寺)
横浜市指定「上矢部町富士山古墳出土埴輪」整理保存(神奈川・横浜市ふるさと歴史財団)
「絹本著色最勝曼荼羅」保存修理(京都・現光寺)
重要文化財「賀茂別雷神社文書」保存修理(京都・賀茂別雷神社)
朝鮮王朝時代絵画「華城行幸図」保存修理(京都・京都大学総合博物館)
重要文化財「木造徳川家康、秀忠坐像」保存修理(京都・知恩院)
阪南市指定「伝統産業用具」展示公開(大阪・阪南市教育委員会)
「漱石文庫資料」修復(宮城・東北大学付属図書館)
豊田市指定「木造千手観音菩薩立像」修復(愛知・猿投神社)
飯豊町指定「岩倉神社仁王像」修復(山形・飯豊史話会)
重要文化財「兜率天曼荼羅図」保存修理(京都・興聖寺)
「出雲型石棺式石室出土金属製品」保存修復・公開(島根大学考古学研究室)
神奈川県指定「真言八祖像」修復(神奈川・宝金剛寺)
京都府指定「東福寺永明門派歴代文書墨跡七幅」保存修理(京都・永明院)
カンボジア「アンコール遺跡群西トップ遺跡」調査修復(奈良・奈良文化財研究所)
鹿沼市指定「木造十二神将立像」保存修理(栃木・医王寺)
静岡県「初島沖水中文化遺産遺構検出図作成」(福岡・アジア水中考古学研究所)
国宝「琉球国王尚家関係資料」保存修理(沖縄・那覇市)
国宝「明月記」保存・継承のための調査・翻刻(京都・公益財団法人冷泉家時雨亭文庫)
「縄文時代のアスファルト利用の歴史と保存」(岩手・いちのへ文化・芸術NPO)
愛知県指定「旧渡辺家書院及び茶室」屋根修理(愛知・公益財団法人後藤報恩会)

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「マイハダ(マキハダ)・槙肌」   というシールについて
発掘調査で初めて出土

マキハダ

中央の裂け目に充填してあるマキハダ。 写真「公益財団法人滋賀県文化財保護協会提供」

 滋賀県県文化財保護協会は、滋賀県長浜市西浅井町の塩津港遺跡で昨年出土した(平成27年12月8日記者発表)平安時代後期(12世紀前半)の大型木造構造船の調査を進めていたところ、船板に、板のひび割れ部分(写真)からの浸水を防ぐために縄状のもの「マキハダ(槙肌)」が使われていたことが分かったと発表した。  マキハダはマキやヒノキなど木の皮を加工し縄状にした部材で、マイハダとも言う。ひび割れなど、浸水を防ぎたい部分に詰める。水分を吸収すると膨張し、水の流入を防ぐ効果がある。そのため、木造構造船を作る上で必須の技術で、現代の木造船にも使われている。
出土した大型の板材は船板を継ぎ合わせるための独特の技術「縫い釘」が使われた釘穴が残さ れていたため、船材と判断された。

 同協会によると、この船板を現地から引き揚げたところ、内側は腐食 し、中央で縦に割れた状態となっていた。この腐りや割れは船であったときにすでに生じて いたものと考えられる。そして割れ目から水漏れが発生したようで、その水漏れ を止めるために詰められたと考えられる、直径1㎝程度の縄状のもの(マキハダ)を約1mにわ たって割れ目に押し込むように充填させていた。 マキハダとはマキやヒノキなどの樹皮を叩いて繊維状にしたもので、水漏れを防ぐための充填剤として隙間に詰め込んで使われたもの。船や桶などを組み立てるときに接合部に使われた。 長い繊維状のまま詰め込む場合もあれば、出土品と同じように縄状に結ったものも使われる。 また、今回の出土例と同じく補修に詰め込まれることもある。 今回の出土品は 12 世紀代の最古の「板作りの構造船」の部材とされるものに使われていたマ キハダである。

 出土したマキハダは、船板(長さ205cm、幅58cm、厚さ11cm)の中央部分にあった裂け目(縦約2m)に、縦約1m、最大幅1cmにわたり詰められていた。船の使用開始後、船板のひび割れを補修するために用いられたとみられる。
国内初の出土例といい、平安時代にまで遡ることが分かった。

まいはだ 使用例
マキハダを詰め込む様子。 イラスト「公益財団法人滋賀県文化財保護協会提供」

槙は材木としては丈夫で朽ちにくく、水に強いなどの特性から、古代から棺や木桶、橋杭などの材料として多用された。


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日本初のアスファルト道路舗装道路は
昌平橋?絵画館前?グラバー邸? P2100906.jpg 日本最初のアスファルト舗装は神田昌平橋だと、ルーフネットに書いてあったが、新宿御苑に「我が国最古のアスファルト舗装である」という土木学会の銘板がある。どういうことだ?という、お問い合わせをいただきました P2100917.jpg こういうことです。 ルーフネット96号中・5月11日の記事に、日本最初のアスファルト舗装の新聞記事を紹介しました(更新情報 2012/05/09 日本初のアスファルト舗装)。明治11年(1878年)初代東京府知事由利公正によって神田昌平橋のアスファルト舗装工事が行われた、というものです。実は「日本初のアスファルト舗装」のタイトルを巡って長崎グラバー邸にある橋とこの昌平橋とが激しい「日本初」論戦を繰り広げていたのです。紹介した5月9日付け東京新聞の記事にあるように、長崎の橋はアスファルトではなく石炭乾留物質であるタールを利用した物であることがわかり、黒沢利八が施工した昌平橋が「本邦初」のタイトルを勝ち取ったわけです。 黒沢利八がこの舗装で使用したのはもちろん秋田・豊川の土瀝青(天然アスファルト)です。 現存する日本初のアスファルト舗装道路 P2100964 大正15年(1926年)1月完成。日本における最古の車道用アスファルト舗装。 当時のまま「現存する」最古のアスファルト道路舗装なのです。 明治神宮外苑の舗装は、、東京市(当時)でも大規模で本格的加熱アスファルト混合物を用いた舗装であり、大正15年(1926)1月に完成しました。この工事は、我が国においてワービット工法を採用した最初の工事であったばかりでなく、アスファルトは国産品(秋田県豊川産)を使用し、最新鋭の機械施工が行なわれました。「66年間の長期間の使用に耐え、車道として使われてきことは驚嘆に値する」として平成16年(2004)日本土木学会から、「土木遺産」に指定されました。 P2100915.jpg 明治神宮外苑。聖徳記念絵画館前通り。大正15年(1926年)1月完成。日本における最古の車道用アスファルト舗装。 断面 明治神宮外苑の舗装は、、東京市(当時)でも大規模で本格的加熱アスファルト混合物を用いた舗装であり、大正15年(1926)1月に完成しました。この工事は、我が国においてワービット工法を採用した最初の工事であったばかりでなく、アスファルトは国産品(秋田県豊川産)を使用し、最新鋭の機械施工が行なわれました。「66年間の長期間の使用に耐え、車道として使われてきことは驚嘆に値する」として平成16年(2004)日本土木学会から、「土木遺産」に指定されました。
ミイラとアスファルト  アスファルトの歴史余話
ミイラの表面の黒い物質は本当にアスファルトなのか

BS-h ミイラ
東京国立博物館自慢のミイラ *
* http://roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%89%80%E8%94%B5%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%9F%A9%E3%81%AE%E9%BB%92%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%9F&word=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%89%80%E8%94%B5%E3%83%9F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%9F%A9%E3%81%AE%E9%BB%92%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%EF%BC%9F


~~~正倉院の御物(ぎょぶつ)が1300年もの間良い状態で残っているのは、校倉造りの建物のおかげなんだ。高床式で、かつ校倉構造のため、湿度が上がると校木が膨らんで隙間が閉じて、湿った空気が中に入るのを防ぐ。乾燥すると気が縮んで隙間が開き、乾いた空気が通る。~~~

半世紀少々前の小学校時代、記者は確かに先生からそう教わった。
すごいなあ、さすが正倉院、ボクも自分もそんな家にすみたいなあ、と思ったものだ。
ところが、この説は怪しいらしい。それを知ったのは半年前だ。正倉院改修工事の現場見学に初めて行った際、現地でそう説明を受け、瓦の重みで、屋根はたわみ、屋根の重さで校がへしゃげ、開閉など不可能。保存に役立ったのは、」密閉性の良い唐櫃(からびつ)に入っておいたから、かなりショックを受けた。「あれは嘘だったのか」というと大げさだが、教えられて完全に信じ込んでいたものが、ずいぶん時間が経ってから「そうじゃないよ」と当たり前のようなかををして言われても、何かだまされたような気がしたのです。

ちょっと長くなりましたが、「ミイラを保存するためにアスファルトが塗られていた」という表現は、今でもあちこちで見られます。石油の歴史に関する本や解説にはしばしば登場します。ところが、現在この説は否定されています。
校倉の調湿システムが実は機能していなかった、という話を聞いたとき、「ミイラのアスファルト」に似ているな、と感じました。ルーフネット142号の読み物は、ミイラの保存にアスファルトをホントに使ったのか、という話です。 久しぶりに中島路可(ルカ)先生の登場です。

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