(旧 「防水屋台村」建設中)
異人井戸の小屋屋根は笹葺き
新潟県黒川油田

シンクルトン (2)
「竪穴井戸の小屋は、丸太組に笹で屋根を葺き、屋根と地面の間から明かりをとっていた」.との記録がある(が、この模型そのものは笹葺きではない)。


シンクルトン (1)

明治6年(1873)、英国人医師シンクルトンが新潟県黒川村塩谷村を訪れた。従来の水平堀りに代わって竪穴井戸掘りを指導した。

坑壁に井桁野枠が組み込まれ、黒川油田は近代化された。これらの井戸は異人井戸と呼ばれ、毎年7月1日黒川燃水祭が斎行される黒川石油公園内の油坪やシンクルトン記念館の裏山に今も多く残っている


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会
京都三年坂美術館へ[燃土燃水献上図」花器を見に行こう
世界を驚かせた明治の超絶技巧  ー花器に彫られたのは「燃土燃水献上図」

塚田花器
燃土燃水献上図銀製花盛器 塚田週秀鏡(大正六年(1917)作。 清水三年坂美術館所蔵。写真・木村洋一

日本書紀の天智7年(668年)に、越の国(今の新潟県)から燃える土(瀝青)と燃える水(原油)が献上された、と記載されている。明治・大正期の歴史画家小堀鞆音(ともと)は、日本石油から同社創立30周年事業の一環として依頼され、これをモチーフとした画を残している。塚田秀鏡の最晩年のこの作品は小堀の画を極めて忠実に写している。
石油業界は日本書紀の記述を自らの業界の起源とし、日本石油は創立30周年記念にこの画を小堀鞆音画伯に依頼し、大協石油(現コスモ石油)はやはり創立30周年記念として前田青邨に同じテーマの画を依頼した(紹介すみ)。「燃土燃水献上図」は古代から接着、防水などに使用されていた燃土=瀝青=天然アスファルトを出発点とする日本の防水業界にとっても、業界の起源と考えられる。

ルーファー必見 
塚田秀鏡の作品は小堀鞆音の原画の人物の衣装・表情まで忠実に再現しており、防水関係者は、それを間近に見ることのできるこの機会をお見逃しなく。
帝室技芸員の仕事(金工編) 2017年2月18日~5月14日 
三年坂表EPSON002

三年坂裏EPSON003


展示 P2220300
2階展示室の様子。 (許可を得て撮影) 手前右端が「燃土燃水献上図銀製花盛器」。直径42.8㎝×高さ39.3㎝。 村田館長へのインタビューは次々号で。



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RNY312 「近江神宮燃水祭」記念冊子 公式配布

「燃水祭」はいつ、どうして始まったのか。
近江神宮が2016年燃水祭参列者に、記念誌を公式配布

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近江神宮は去る7月7日に燃水祭を斎行、石油関係者約85名、防水関係者18名が参列した。直会の席で、燃水祭を担当する大木権宮司から、燃水祭の成り立ちをまとめた小冊子「近江神宮燃水祭」とDVDが参加者に配布された。

佐藤宮司P7070409
挨拶する佐藤宮司

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発行者の芝野桂太郎氏(滋賀県石油商業組合理事長)


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直会会場。入口には毎年、燃水祭や燃える土、燃える水に関する資料が展示される。

<a href=”http://blog-imgs-94.fc2.com/r/o/o/roofnet/20160910235746e1a.jpg" target="_blank">冊子中身
B5版カラ― 22ページ。 DVD別添。
発行     全国石油商業組合近畿支部
発行人   芝野桂太郎 (近江神宮燃水祭代表世話人)
協力     ARK・ アスファルトルーフィング工業会
監修     近江神宮
企画・編集 森田喜晴(ルーフネット)
写真提供  北野天満宮宝物館、清水三年坂美術館、JWHA日本防水の歴史研究会
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下は、燃える土関係者(防水関係者)向けの冊子に、編集者が添付した添え書きである。

「近江神宮燃水祭」

人類と石油との係わりは、アスファルトというプラスチックを接着・防水・コーティング材として利用したことに始まります(日本石油創立100周年記念誌より)。その記録は旧約聖書創世記にノアの方舟やバベルの塔の話として、また古代アッシリアのギルガメッシュ叙事詩に記されています。

一方アスファルトと石油に関する日本最古の記録は日本書紀にあります。天智天皇七年(668年)七月の条に「越の国、燃える土と燃える水とを献(たてまつ)る」と書かれています。燃える土とは天然アスファルト、燃える水とは石油です。その記述をもとに、1300年の時空を超え、越の国・新潟と近江を結び、再現したのが「燃水祭」です。

防水と深い繋がりのある天智天皇を祀る滋賀県大津市の近江神宮では、昭和48年より「燃水祭」を斎行しています。この小冊子は、それがいつ、どうして始まったのかを調べ、纏めたものです。

本冊子には、北野天満宮所蔵の重要文化財日本書紀に書かれた防水の起源に係わる(アスファルトの)記述(P17 )、100年前当時の日本石油が人間国宝に描かせた石油とアスファルトの画(表紙、P8)、その画をモチーフに精密な作品を創り、世界を驚かせた人間国宝の彫金作家の作品(P16)など、特別に許可を得て掲載しています。

日本書紀の記述は668年ですが、縄文時代に遡ればアスファルトは鏃(やじり)の接着、土器の補修、コーティングに使用され、破片が出土しています。BC3000年頃の話として描かれた旧約聖書には防水の話が3編も登場します。日本でも更に前からアスファルトが使用されていました。

防水は重要な役割を果たしながら注目される仕事ではありません。しかし少し調べてみれば、その材料が我が国で最も重要な日本書紀に書かれ、人間国宝の手により絵画や工芸の藝術作品になり、オペレッタまで作られています。

現代につながる積層工法による近代防水の発祥は1905年とされています。日本書紀に書かれた時代との間には大きな隔たりがありますが、断絶していたわけではありません。今でも新潟や秋田の一部では石油やアスファルトが露提・湧出し、近くに住む人たちは近年まで防水や防食に活用していました。江戸時代、土瀝青(どれきせい・天然アスファルト)は純度を高め万代石として販売され、明治期早々には浄水場の防水に大量に使用されています。

2013年、燃える水=石油業界の人たちと、燃える土=防水関係者が、防水と極めてかかわりの深い天智天皇を介して初めて近江神宮で出会い、協同作業としてこのほど、小冊子が出来上がりました。

建物を守る「防水」という営みに携る私達にとって、「燃える土」は単にアスファルト防水にとって日本史における初出にとどまりません。「燃える土」は防水という機能を象徴し、「燃える水」は全ての防水材料の素材とも言えます。
石油業界の人達は自らの生業の起源にかかわる神事として昭和51年より「燃水祭」に参列してきました。我々防水業界は平成23年、初めて「燃える土」関係者として参列し、翌年より大きな役割を果たすようになりました。そして石油業界の人達から「これでやっと日本書紀が記す通り燃える土と燃える水が揃った」と歓迎されました。この冊子の表紙はまさにその象徴、甕(かめ)の中は燃水、唐櫃(からびつ)の中は燃土です。

発行人である芝野桂太郎氏が巻末で挨拶されているとおり、この冊子を通じて若い世代の方々にも燃水祭と燃える土、燃える水のことを知っていただきたい。基幹エネルギーにかかわる業界に、また雨露を防ぐという最も重要な生活のインフラ整備にかかわる業界に身を置くものとして、多くの責務を負うとともに、遠く古を思い、燃える土と燃える水の祖神に業界守護の願いをささげたいと思います。


         2016年7月7日
「近江神宮燃水祭」編集担当 森田喜晴

*:燃水祭に関しては近江神宮公式ホームページhttp://oumijingu.org/ トップのバナー「日本書紀と瀝青」をご参照ください。
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近江神宮の公式ホームページ 2016-07-11の記事より
献菓献煎茶祭・饗宴祭・燃水祭を斎行
2016-07-11

bugaku 奉納P7070311
近江神宮の公式ホームページ 2016-07-11の記事で、次のように紹介されています。

 6月26日献菓献煎茶祭・6月30日饗宴祭・7月7日燃水祭を斎行し、6月9日献茶祭・6月10日漏刻祭からの6月~7月の主要祭典をつつがなく執り納めました。

 献菓献煎茶祭は、小川流煎茶道若宗匠のご奉仕により煎茶が点ぜられ、一門の皆様、また献菓・献茶関係者のご参列により斎行いたしました。

 饗宴祭は甲賀市講元講員の皆様により所役をご奉仕いただき、事前に懸念された雨も当日は心配なく、大津京盛時の饗宴を偲ぶ祭典を行うことができました。団体でのご参列やホームページをご覧になった方からのご参列もいただきました。


参列P7070287

 燃水祭は出光興産株式会社関西エリア統括支店長様に日本書紀奉唱をご奉仕いただきました。新潟県胎内市黒川からの燃水奉献者 は臭水(くそうず)遺跡保存会の代表の方にお越しいただきました。燃水奉献の絵画のほか、ルーフネット・森田様の尽力による冊子『近江神宮燃水祭』の主な ページが紹介展示されました。

点火P7070195

2016年 近江神宮燃水祭
平成28年7月7日
近江神宮燃水祭

舞楽 P7070341
女人舞楽原笙会による舞楽奉納「賀殿急かでんきゅう」

我が国最初の石油に関する記録は、1348年前に遡る。668年(天智天皇7年)の7月、「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」、日本書紀にはこう書かれている。燃ゆる土『燃土』とは天然アスファルトであり、燃ゆる水『燃水』とは石油のこと。『越の国』 は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれている。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」 の地名がついたと伝えられている。

さる7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、7月7日、近江大津宮旧跡に再建された近江神宮燃水祭において、黒川からの使者により燃水が献上された。まさに日本書紀の記述の再現である。(詳細は次号)

集合P7070413
燃える土関係者による記念写真


日本書紀奉唱 P7070281
今年の日本書紀奉唱は出光興産の東敏郎氏。

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2016年黒川燃水祭タイムライン
平成28年度 黒川燃水祭 式次第

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油壺
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シンクルトン記念館


ガイド表紙 P7010386

式次第P7010387

趣旨P7010388

行列コース

石油公園地図 P7010385


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2016年黒川燃水祭
2016年7月1日 黒川燃水祭斎行
古式に則りカグマで採油

2016黒川燃水祭採油の儀P7010427
7月1日、新潟県胎内市のシンクルトン記念公園の原油が湧き出る池で、黒川燃水祭が行なわれた。
燃水祭は、日本書紀の天智天皇7年(668)の条に「越の国から燃える水を天智天皇に捧げた」という記述があることにちなんで、行なわれている。

 黒川の地名は湧き出した原油が川に流れ、真っ黒になったことから付いたといわれている。燃水祭は1983年から地元の保存団体「越の国黒川臭水(くそうず)遺跡保存会」が行っている。地元の小学生などおよそ80人が見守る中、保存会の関係者が、カグマと呼ばれるリョウメンシダの一種の葉を池(油坪)に浸したあと、葉を絞って油を集めた。集めた油に火をともす点火の儀の後、参加者が砂をまいて清め、(清砂の儀)近江神宮の神職に油(燃える水)を手渡した。

今年は小学生もせいさのぎP7010486
今年は、小学生代表の2名も、砂を撒いた。

スタンバイ行列P7010567
献上行列
出発 P7010582

市内行列 P7010616

 黒川の地名は湧き出した原油が川に流れ、真っ黒になったことから付いたといわれている。燃水祭は1983年から地元の保存団体「越の国黒川臭水(くそうず)遺跡保存会」が行っている。
 集めた油は天智天皇を祭る滋賀県大津市の近江神宮で、7日に行われる近江神宮燃水祭で奉納される。

 儀式の後、黒川小学校の児童は「石油が黒いのはなぜ」「石油はどんな場所で出るの」などを質問し、参加した石油関係者が、わかりやすく答えていた。。

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