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(旧 「防水屋台村」建設中)
板金による草葺き屋根改修手引き その2 
波多野一郎千葉大教授(当時)の板金屋根改修

日本金属屋根協会は機関誌「施工と管理」2019年8月号から、昭和42年に亜鉛鉄板会が作成した「亜鉛鉄板・カラートタンを使った草葺き屋根改修下地工法」(40頁)の掲載を開始した。いわゆる「缶詰屋根」である。今月はその2。

448草葺き屋根改修その2 

日本金属屋根協会は機関誌「施工と管理」2019年8月号から、昭和42年に亜鉛鉄板会が作成した「亜鉛鉄板・カラートタンを使った草葺き屋根改修下地工法」(40頁)の掲載を開始した。
委員長は千葉大学・波多野一郎教授。委員は、建設省関東地方建設局・本間正直技官、登之内工業・登之内聡一郎社長、東邦シートフレーム・山田庚五郎常務。
背景、下地造りの注意点、方法などを詳細な図面で示している。
波多野一郎氏については
当「ルーフネット」の「防水の博士たち」
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E9%98%B2%E6%B0%B4%E3%81%AE%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%9F%E3%81%A1&word=%E6%B3%A2%E5%A4%9A%E9%87%8E%E4%B8%80%E9%83%8E#j33e390cwpを参照下さい。


ルーフネットも、最近の缶詰屋根写真を提供しています。

茅葺き屋根の缶詰はタイムカプセル?
http://www.kinzoku-yane.or.jp/feature/n_10.html
も、合わせて、ご覧ください。


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防水の歴史を探る「JWHA日本の防水歴史研究会」
*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。2020年の近江神宮燃水祭は7月7日。 黒川燃水祭は7月1日です
RNY 板金による草葺き屋根改修手引き
昭和42年 亜鉛鉄板会が下地造りの手引きを作成
委員長は波多野一郎千葉大教授(当時)


448表紙

日本金属屋根協会は機関誌「施工と管理」2019年8月号から、昭和42年に亜鉛鉄板会が作成した「亜鉛鉄板・カラートタンを使った草葺き屋根改修下地工法」(40頁)の掲載を開始した。

委員長は千葉大学・波多野一郎教授。委員は、建設省関東地方建設局・本間正直技官、登之内工業・登之内聡一郎社長、東邦シートフレーム・山田庚五郎常務。
背景、下地造りの注意点、方法などを詳細な図面で示している。

波多野一郎氏については
本「ルーフネット」 の「防水の博士たち」
http://www.roof-net.jp/index.php?cmd=read&page=%E9%98%B2%E6%B0%B4%E3%81%AE%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%9F%E3%81%A1&word=%E6%B3%A2%E5%A4%9A%E9%87%8E%E4%B8%80%E9%83%8E#j33e390c
wp 
  を参照下さい。

800見開き

茅葺き屋根の缶詰は タイムカプセル?  http://www.kinzoku-yane.or.jp/feature/n_10.html
も、合わせて、ご覧ください。

800 ご挨拶(亜鉛鉄板会)波多野委員長
800 目次

下葺き材に関しては、このように記されている。
800プラスチックフィルム葺き 
なお草ぶき屋根は、急勾配のため亜鉛鉄板・カラートタンぶきの下ぶき(アスファルトフェルトぶき、アスファルトルーフィンぶき、プラスチックフィルム下ぶきなど)は屋根ぶき作業上嫌われるけれども、下ぶきは、屋根ぶき板の保護にもなり、結露防止にもなるものであるから、ぜひ使用すべきである。


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*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。2020年の近江神宮燃水祭は7月7日。 黒川燃水祭は7月1日です
防水の歴史を建築学会誌掲載論文から紐解く(1)

防水の研究はいつ始まったか

建築雑誌総目録(2~7)

明治19年(1886)4月、造家学会が設立された。翌年明治20年(1887)1月には機関誌「建築雑誌」が創刊される。「造家」の名称は、現在の東京大学工学部の、当時の名称が、工部大学校造家学科であったことによる。明治12年(1879)第1回卒業生が辰野金吾、片山東熊らである。

建築学会のHPから、建築雑誌創刊号より、掲載論文を一編ずつクリックしてゆけば、逐一検索は可能である。
一方、写真の「建築雑誌総目録」では、各時期ごとに、材料・工法に関するどのような論文が掲載されていたかを、概観できる。

写真右端の「2」のシールが上部に貼られたのが、建築学会創立50周年記念として昭和11年6月に発刊された、「建築雑誌総目録」で実際上の(*)第1号である。
この号では、論文は、
Ⅰ歴史、Ⅱ意匠及装飾、Ⅲ設計に関する基本事項、Ⅳ設計計画、Ⅴ各種建築、Ⅵ材料、Ⅶ構造、Ⅷ施工、Ⅸ設備、Ⅹ法規、Ⅺ都市計画、Ⅻ災害、ⅩⅢ雑。
に分類され、

Ⅵ材料 の11項に「アスファルト、ピッチ「」という分類項目があり、最も古いものは
◎地瀝青  黒沢利八 2集 17号 明治21年(1881) 5月 73頁

であった。

続く。
次回は
①2~7巻の発行年次、分類方法と
⓶2集の掲載論文
③3集以降の掲載論文


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2019年の近江神宮燃水祭は7月5日。 黒川燃水祭は7月1日です

2019年・JWHA 展示予定「防水と雨仕舞の歴史館」
第24回R&R建築再生展 東京ビッグサイト青海展示棟B 6月11日(火)―13日(木)







RNY 2019年・JWHA 展示予定「防水と雨仕舞の歴史館」
第24回R&R建築再生展 東京ビッグサイト6月11日(火)―13日(木)
DSC05382.jpg

協賛:
日本茅葺文化協会
東京都世田谷区民家園茅葺研究会
日本金属屋根協会
京都府板金工業組合
近江神宮燃水祭世話人会
日本建築学会防水アーカイブWG
日本熊森協会
NPO匠リニューアル技術支援協会
ルーフネット

488 hidari

① 「防水の歴史は5000年」~旧約聖書とギルガメッシュ叙事詩―ノア・バベル・モーセ・フェルメールー・ミイラ  パネルと公開インタビュー:中島路可先生
② 「日本最古のアスファルトの記録」~重文北野本日本書紀  パネル
③ 「人間国宝が残した瀝青の記録」~小堀鞆音、塚田秀鏡、前田青邨、鳥羽僧正 パネル
④ 「近江神宮宝物館の燃土燃水献上展示コーナー再現」レプリカ、佐野美術館図録・解説、100年史、燃土、燃水、蛙天秤
⑤ 黒川・近江神宮燃水祭ビデヲ。カグマ展示。
⑥ 「アスファルト考古学は防水の歴史を証すか」佐々木榮一ミニゼミ。パネル
⑦ 「雨仕舞と茅葺の知恵」世田谷民家園展示。稲ワラWS。協力飯島農園。
DSC05443.jpg


⑧ 「日本初のITC茅葺き世界大会報告」パネルとビデヲ映像。5月18日の取材報告。
⑨ 写真展「匠の技・知恵・心意気を切り取る」中塚雅晴、佐藤孝一 パネル
⑩ 「防水層の劣化部分を見てみよう」工事店が現場で切り取った断片を顕微鏡で見せる。
⑪ ホームレスハウスの雨仕舞。 ビッグイシューと2018年建築学会大会発表論文、塩澤
⑫ 建築学会防水アーカイブWGの活動報告 パネル
⑬ 日本熊森協会と防水
⑭ 防水屋・屋根屋が守る日本の歴史的建築、京板、柿崎、銅屋根クロニクル、カプセル、
⑮ 防水の博士たち、研究室紹介


ブースは展示及び公開インタビューのスペースとなります。お茶を飲みながら、ゆっくりお聞きください、質問大歓迎です。



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UR都市機構(旧住宅都市整備公団)の防水保証
AIJ 防水アーカイブ調査研究WGが
防水保証の歴史調査を開始

矢内 UR畑中課長 PG9P8132

「防水保証」という言葉の歴史は長い。受注・販促の手段としての使用から、顧客からの要求でやむなく提出したもの、技術・経験に裏付けられたもの、法律が求めるものなど、さまざまである。保証行為がいつから始まったか、という記録になると、耐用年数、 年限仕様、材料保証、連帯保証などといった、同様の、また時には似て非なる言葉が錯綜し、防水メーカー・組合資料を探ってみても、一筋縄ではいかない。

ただ唯一経緯をたどれそうなのが、東部アス(東部アスファルト工事業協同組合)・西武アス(西部アスファルト工事業協同組合)が、かつての日本住宅公団との10年保証である。現在の都市再生機構 (はじめ日本住宅公団、のちに住宅・都市整備公団、都市基盤整備公団、現・都市再生機構)だ。

とはいっても、現在手元にある資料で公団と防水業界が交わした記録に関しての記載は、東部アス・西部アスの周年記念誌に掲載された対談があるのみ。防水側の交渉窓口となり、全てを掌握していた丸山功氏は一昨年末他界した。丸山氏から同WG委員に託された遺稿と、公団側の窓口であった矢内泰弘氏が保管する資料と記憶がベースとなる。

日本建築学会の防水アーカイブズ資料収集WG(田中享二主査)は今年度の調査テーマの一つとして「防水保証の歴史」をあげており、担当委員委員である矢内泰弘氏が、調査を開始した。

最新共通仕様書 PG9P8134
まず取りかかったのは、公団の仕様書に、防水保証に関してどのように記載され、それがいつ始まり、本日に至るまでどのように変わってきたか、の調査である。


平成31年1月21日、矢内氏は他の委員2名と共に、神奈川URを訪問、調査協力を依頼した。

70同防水保証部分 PG9P8159


これは一例であるが、平成20年度版の保全工事共通仕様書の第2章防水修繕工事、一般事項では「防水保証書は次によるものとし、書式は特記による」と記されている。

公団の防水保証に関して一般に公開されるものはこの仕様書のみである。
調査作業は、仕様書を遡り、保証に関する記述がいつどのように始まり、どう変遷しているかを調べることからスタートした。

448  3人
左から矢内委員、UR・畑中氏、中沢委員。





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〇学会大会で防水アーカイブズに関する研究発表
「ひと」情報収集の現状など6編を発表

a-kaibu.jpg
「ひと」情報の収集状況を報告する、桑田恵美委員(ネイチャーランド)。


2013 年 4 月から活動を開始している日本建築学会・防水工事運営委員会・防水アーカイブズあ り方検討 WG、防水アーカイブズ資料収集・整理 WG、防水アーカイブズ 調査研究 WGは、9月4日、仙台で開催された日本建築学会大会で、以下5編の研究報告を行った。

①防水アーカイブズに関する研究 その8 シーリング専門工事業関連資料収集状況-1

②防水アーカイブズに関する研究 その9 シーリング専門工事業関連資料収集状況-2

③防水アーカイブズに関する研究 その5 防水アーカイブズ資料としての「ひと」情報収集の現状

④防水アーカイブズに関する研究 その6 アスファルトルーフィング類における原紙・原反の変遷 1原紙

⑤防水アーカイブズに関する研究 その7 アスファルトルーフィング類における原紙・原反の変遷 2 合成繊維不織布原反

700 a-kaibuzu


わが国の防水の歴史はすでに 100 年を超えている。こ の間多くの材料・工法が開発され、多くの人が関与し、 現在に至っている。ただこれら情報を保存する習慣、そ れを受け止める仕組みがなかったため、貴重な防水遺産 が散逸・消失し、現在もその状況が続いている。これら を危惧し、次世代へ防水情報を伝達する仕組みとして防 水アーカイブズを構想し、建築学会防水工事運営委員会 内にワーキンググループを設置し活動 を開始した。防 水アーカイブズにおける収集対象は「ひと」、「もの」、「文書」。

WG設置以来毎年「もの「」情報を報告してきたが、「ひと」に関する報告は初めて。 今回は桑田恵美委員(写真)が「防水アーカイブズに関する研究 その5 防水アーカイブズ資料としての「ひと」情報収集の現状」として、~ 現在までに 200 名を超える「ひと」のファイルが完成 しているが、今のところ、情報の得やすい 論文や雑誌等に頻出する「ひと」に偏っており、実際の 工事に携わった実務関係の「ひと」が少ないこと、今後の収集計画、閲覧計画~などを報告した。









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奥山化工業 創業100周年記念誌
「水を理解し、水を味方とし、敵としてはならぬ」を社是に100年

奥山100年P6240035


防水メーカであり防水工事店でもある奥山化工業㈱(奥山岩孝社長)は2018年6月15日、創業100周年記念誌を発刊した。
A4版163ページ。


目次
奥山目次2 (1)
奥山目次2 (2)

強い信頼関係で結ばれた日本防水総業や、防水メーカー日新工業トップとの座談会「カッパー防水帯を磨き抜く」や
カッパー防帯を磨きぬくDSC07190

建築学会の会長を務めた吉田享二氏との結びつきなど、 防水の歴史上、貴重な記録である。
吉田享二教授を紐解く

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奥山化工業と日本防水総業・吉田享二氏との関係は、2010年6月にルーフネットで紹介している。以下はその一部。
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奥山化工業と日本防水総業のルーフネット
BOUSUI デジタル アーカイブ 人物編
我が師は菊五郎。≪ルーフネット広場≫


北海道と東京を結ぶ職人の心意気
60年前の建築学会会長がこれほど防水を重視していたとは…。

吉田享二の防水談義
吉田享二の防水談義

これは1957年昭和32年、奥山化工業の会社案内「奥山式総合防水層の栞」の第7ページ。
このページは情報量が多い。昭和31年奥山菊五郎の黄綬褒章。菊五郎と吉田享二教授、十代田三郎教授の合作によるキャッチフレーズ。十代田教授の防水コラム。そして次のページには、21代日本建築学会会長 吉田享二早稲田大学教授の、に対する次のようなメッセージが掲載されている。

吉田享二先生談
なぜここまで

防水工事は如何なる建築に於いても最も重要視すべきである。而して材料と構造と相俟って完成し得るものである。自己取扱いの材料が建築の一部となって永く其の目的を達する迄、材料製造者及施工者は責任を持つ覚悟をして貰いたい。其為めには熟練者を採用して自己の監督できる法をとって社会を満足せしめてほしいと思う。材料と施工との分かち得ない責任のあるのは防水工事の如きものである。熟練せる監督と現場従業員の必要は無論として、材料選定に関しては次の如きものは実施に際して先ず注意すべき事であろう。
以下略。

吉田享二氏は明治20年(1887)に兵庫県但馬生まれ。明治45年(1912)東京帝国大学工学部建築学科卒業。同時に早稲田大学建築学科講師。助教授を経て大正5年(1916)教授。専門は「建築材料学」であったが、大正14年(1925)から「都市計画」の講義を担当するようになる。東大や京大などに先駆け、大正11年から早稲田では「都市計画」の講義が開設された。当初、内務省官僚の笠原敏郎が講義を担当していたが、翌年におこった関東大震災の後、笠原は復興局へ異動したため、吉田享二が受け継いだ。
建築家として代表的作品、「日本民藝館本館」(登録文化財/昭和11年[1936])、竣工東京工業試験所(1922)、小野田セメント本社(1917-26)、第一菅原ビル(1934)など。

吉田享二氏に関しては、鳥取環境大学浅川研究室のブログが詳しい。
http://asalab.blog11.fc2.com/blog-entry-962.html

なぜ建築学会会長で建築材料学の大御所が防水工事にここまで肩入れしたか。
「奥山-片山のルーフネット」座談会での古谷氏の発言を見てみよう。

わが師は菊五郎


古谷:前に僕の先輩で秋山という取締役がいた。あの方は新制高校と旧制高校の境目だから。今生きていれば82歳くらいかな。昭和25年か26年の卒業ですよ。早稲田の大学院を出ているんですよ。あの当時は珍しいですよ。
片山: その秋山さんは奥山さんにはどういうきっかけで?
古谷: 大学院までいかれたのに。就職がないご時世だった。
片山: 僕もお会いしたことがあるはず。 確か小柄な方で。
古谷: 私が早稲田で、十代田先生から「奥山へ行って来い」と言われたのと同じように、吉田先生から「奥山に行け」って言われたそうですよ。
編集長: 十代田先生の先生が吉田先生。吉田先生と奥山の関係があれば、十代田先生が古谷さんに「奥山へ行け」というのはわかります。でも、その前に吉田先生が秋山さんに「奥山へ行け」というからには、さらに以前から、吉田先生と奥山とは、かなり親密なつながりがあったということですね。
以下略。

北海道と東京を結ぶ技術屋の心意気。


BOUSUIデジタルアーカイブ 人物編
(予告編) 我が師は菊五郎。
≪ルーフネット広場≫
北海道と東京を結ぶ技術屋の心意気。
 *-----*-----*-----*-----*-----*
…久しぶりに、奥山さんの事務所に顔出したら、菊五郎先生がちょうど居たんですよ。こう入り口に立ったら、目と目があって、挨拶したら「来い、保、来い」って、席へ手招きするんですよ。行ったらね、厚紙でエクスパンションを作って、防水の納まりを考えているんですよ。折り紙のようにね。で、僕はそれを見ながら、いろいろと昔話をしました。僕は帰りの飛行機にのって、座席であの楽しそうな顔を思い出しました。あそこまで防水に徹していたんだな。そうすると、僕も懐かしく現場での苦労を思い出し、ああ、こうやって仕事っていうのは、晩年は、自分の仕事に誇り持って楽しく、後輩に何かを残してやれるようだといいなぁと。僕も将来ね、菊五郎先生にこれだけ仕事教わったんだから最後は楽しみながら仕事やるっていうのはいいなぁとしみじみと感じました。私、楽しみながら足場上がったりしているんですけど。
古谷:まぁ、勝手なことやってましたからね、菊五郎先生は。
斉藤:いや、私も今好きなことやらしてもらって… (座談会より)

我が師は菊五郎。

 斎藤保(たもつ)75歳(写真左上)。北海道の名門にして最大手防水工事店・日本防水総業株式会社取締役工事担当。昭和25年「給仕」として入社。防水工事現場に魅力を感じ、すぐに現場担当へ移動を願い出る。爾来、現場一筋。かつてスーパーゼネコンの所長その前でが震え上がり「天皇」とも称された三菱地所の星野氏も、防水工事関しては斎藤に絶対の信頼を寄せる。60歳を過ぎても指名が掛かり、「私はもう歳で、現場作業はできません」といっても「いや、とにかく『居るだけ』でいいから」と譲らなかった。
 斎藤さんは今も毎日出社し、作業員から現場の様子を聞く。「会社に何かあったとき、斎藤は体を張って会社を守ろうとするだろう。あれはそういう男」(日本防水総業片山社長)。多くの人が、「何が大事か」を見失っている中、トップと技術屋のこの堅い信頼関係は眩しい。職人の誇り、技術屋のプライドとそれをしっかり受け止めるトップの志。ある時、片山英男社長と話していて「今生き残る会社が持っているもの、建築業界、大きく言えば日本を救うのは、そんな信頼関係ではないか」と意見が一致した。「斎藤さんに是非会いたい」と思った。
 さらに片山氏は「斎藤には師匠がいる」。それが、創業大正7年の奥山化工業、創業者の兄で技術屋の名物男「奥山菊五郎」だという。取材が決まって、斎藤さんに「奥山菊五郎さんとのことでーーー」と言いかけたとき、「あっ菊五郎先生ですか!」電話の向こうで居ずまいを正す気配を感じた。
 北海道と東京の名門防水工事店。技術一筋の奥山菊五郎と斎藤保。なぜ斎藤氏は菊五郎を師と仰ぐのか? 奥山化工業と日本防水総業の浅からぬ因縁とは?
 先日、奥山岩男・片山英男両社長と菊五郎をよく知る奥山化工業古谷隆司前常務、渡辺寛司常務を交えて懇談した。結果は順次掲載予定。 乞うご期待。
2010/06/10(木) 08:25:08|ARCHIVES|
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以上

防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会」
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