(旧 「防水屋台村」建設中)
RNY346 明治の近代化を支えた巨大土木事業
RNY346 明治の近代化を支えた巨大土木事業
明治41年の新宿淀橋浄水場防水工事。

ワールド工芸真鍮
大量の土瀝青を運んだのが英国製のこのSL。(模型写真提供:ワールド工芸。HOゲージ、1/80 。)

1892年、東京市が新宿西口付近の淀橋浄水場建設工事用としてベイヤー・ピーコック社に発注した2輌のCタンク。浄水場工事が終わると機関車は鉄道庁に譲渡され、その後臨時台湾鉄道隊に転用された。
近代防水の始まりは1905年。その13年前、明治の近代化を支える巨大インフラ 淀橋浄水場に、秋田県の土瀝青(天然アスファルト)が大量に、運ばれ、防水施工された。掘り出したのは 穴原商会。ここから木下金蔵、岡田平蔵が別れた。多くの資材とともに、アスファルトを運んだのがこの機関車だ。

2017年5月31日~6月2日。東京ビッグサイト西1 で開催される「R&R 建築再生展の」“JWHA 日本防水の歴史研究会ブース”で近代前夜日本の巨大プロジェクト、淀橋浄水場の防水工事で大量に使用された天然アスファルトに関する展示があります。それを運んだSLの話も。(入館は招待状または http://rrshow.jp/ 事前登録)で無料。



淀橋浄水場
淀橋浄水場。アスファルトの歴史に関する古典的資料、村岡坦著「アスファルト」に掲載されている東京市水道沈殿池のアスファルト塗布の写真である。明治32年12月17日、淀橋浄水場内で落成式開催と書かれている。


この有名な写真は、各所で引用されているが、写真に写っている工事に関する裏付けがなかった。村岡は明治43年8月発行の「アスファルト」のp.121に写真第十一としてこの写真を掲載し、「東京市水道沈殿池アスファルト塗布実況」と写真説明を添えているだけである。しかし、その前ページには「池槽の漏水防御」として防水仕様を示している。

東京都水道局が昭和41年に発行した「淀橋浄水場史(非売品)」。この資料から、この有名な写真の施工時期は明治41年末と推定できる。明治25年から始まった工事は32年に完成、給水を始めたが、直ぐに使用水量が増加し2期工事が計画された。

実は第1期工事では防水工事は施工されなかった。第2期工事の実施設計に対して「既設の沈澄池、ろ池はいずれも粘土張りの防水工だったが、増設分には結成石表面に厚さ五分のアスファルトを塗るよう設計変更し、明治39年10月の市会の議決を得た」(同書53ページ)とある。

あの見慣れた写真は、まさにこの第2期工事のものであろう。諸般の事情で工期は遅れ、秋田から大量に運ばれた天然アスファルトによるによる防水工(土木野分野では建築と違って「防水工事」とは呼ばず、「防水工」、といいます)が施工されたのは41年末から42年初めである。こうして2期工事は明治42年3月末竣工、直ぐに使用開始された。「アスファルト塗り工事のおかげで漏水等の試験結果は良好だった」(同54ページ)と記されている。

 江戸中期の景勝地は明治には浄水場となり、新宿再開発で東京が爆発する直前、超高層ビル群に膨大な電力を供給するために地下16メートルの変電所が建設される。地下5階の逆打ちの突貫工事。それを追っかけて夜を徹しての熱アス防水の工事が1年半続いた。


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防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会
昭和30年代の鉄道写真
鶴田裕コレクションと・田島常雄「昭和40年代の鉄道写真」併設
3月21日(火曜)~28日(火曜) 
東京・岩本町 田島ルーフィングショールームで


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詳細は↓
http://tajima.jp/pdf/showroom/170306_tsuruta.pdf


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日本建築学会130年略史
建築学会130年略表紙史P1030706
表紙は日本建築学会(当時は造家学会)設立懇親会の回文1886年)。2017年1月20日発行。Vol.132  No.1693  


建築学会130年略し P1030709
同学会の調査研究と社会対応にかかわる委員会変遷が見開き6ページにまとめられている。

また2007年1月号に掲載された「120年略史」に続く120周年以降2015年までの年表も掲載されている。




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PG 30年のあゆみ 
親水性発泡ウレタンによる注入止水工法
ピングラウト工法の歴史

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昭和61年(1986)、親水性発泡ウレタン樹脂による注入止水工法「ピングラウト工法」の施工団体としてピングラウト協議会が設立、陣内香氏が初代会長に就任した。同工法は清水建設が開発した特許工法で、材料提供は武田薬品工業、施工を担当するのがピングラウト協議会である。
協会機関誌第41号(創立30周年特集)に協会30年の歩み(上表)が記されている。

協会設立時から、深くかかわってきた元清水建設・小野正氏がこの間の変遷を同号に投稿しているので、併せて転載する。


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HP用  NUK/日本ウレタン建材工業会機関誌 40周年記念号 
三浦吉晴会長が 会誌「ウレタン建材」40年の歴史を振り返る

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日本ウレタン建材工業会が平成28年11月30日付けで発行した機関紙「ウレタン建材」第40号で、三浦吉晴会長が挨拶の後、会誌が創刊された1975年12月1日以来の様子を概観している。

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現在のウレタン防水材のメーカー団体であるNUK・日本ウレタン建材工業会の前身である日本ウレタン防水協会は昭和44年(1969)10月2日、趣旨に賛同する55社によって設立された。創刊号は昭和  年(1975)である。この時の組織は、原料部会8社、加工部会34社、施工部会72社であった。
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あの屋根この屋根 に「我が国最古の銅板屋根の記録」を掲載
あの屋根この屋根
「我が国最古の銅板屋根の記録」を掲載

西大寺法堂都東塔基壇 PC310079 (2)
現在の西大寺

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html


このほど同協会のホームページの人気コーナー「あの屋根!この屋根!」にわが国最古の銅板屋根の記事が掲載されました。

 わが国で初めて銅板が屋根に葺かれたのはいつ?どこ?という話です。現在のところ最古の記録とされている「西大寺資財流記帳」と、その裏付けとなる旅行記のページを辿ります。東大寺と並ぶ西大寺の大伽藍、銅瓦葺きの金堂屋根には、シビ、宝珠、鳳凰、獅子ほか多くの飾り金物が金色に輝いたようです。


スクリーンショット (6)



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30号棟(日本初のRCアパート)の防水層は舶来品
軍艦島30号棟の防水層を採取分析
ARKが調査の経緯と調査範囲を初めて報告(2)


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サッシ448P3160312 (4)

軍艦島の構造物(JWHA日本防水の歴史研究会撮影)


アスファルトルーフィング工業会(ARK)が行った目視調査の結果、軍艦島の構造物の
防水層劣化状況は次の通りであった。

目視による防水層の劣化状況
(*この表は前回記事で掲載しましたが、続編が理解しやすいよう再掲載します。)

調査方法は、対象構造物の屋根防水全面を観察して、各棟屋上の押さえ層、アスファルト防水層露出部・非露出部の現状を把握するというもの。
この結果、各棟共通の特徴としては、押さえコンクリートの亀裂・消失、アスファルト防水層露出部の表面亀裂・破断・消失、アスファルト防水層は下地コンクリートから簡単に剥がせる、が挙げられる。ARKは各棟固有の特徴を上表にまとめた。

防水工事用アスファルト
  構造物の建設時期と各規格・仕様書制定時期の関係(ARK)


アスファルト防水層は亀裂や脆化、消失が進んでおり、現在は十分な防水機能を果たしているとは考え難い。棟ごとに経年数が違うために劣化の進行度合いに差がある。
また建設時期が違えば使用した材料も異なるはずである。当時の防水工事用アスファルト、アスファルトルーフィングの仕様変遷と各棟建設時期の関係から、軍艦島建造物防水層に使用された防水工事用アスファルトとアスファルトルーフィングの種類を推測した。
その結果、大正期は舶来品、昭和5年以降はすべて国産品を使用していることから、我が国初のRC集合住宅である30号棟は、新築時に防水層が施工されているとすれば、舶来品の防水材料が使用されていることになる。

ARKでは今後採集した試験片を分析し、これらの詳細を明らかにしていきたい、としている。

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