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(旧 「防水屋台村」建設中)
蓑虫山人(みのむしさんじん)というホモモーベンスについて


R&R建築再生展2022が3年ぶりに再開、ルーフネット・防水と雨仕舞の歴史館のメインテーマは、「中銀カプセルタワービルとメタボリズムの背景にある日本の思想」。本日6月15日始まりました(6月17日金曜日まで)。ビッグサイト東1館で、カプセル建築研究の第一人者鈴木敏彦教授のインタビュービデヲと、多様な写真をご覧ください。

そして、こんな記事を、読者が掘り起こしてくれました。minomushi sannjinn
蓑虫山人 ルーフネットの「まめもらんだむ」2017/09/02 より
(みのむしさんじん・天保7~明治33)設計・施工のモバイルハウスが、明治301121日付けの岐阜日々新聞に、217行の記事で「籠庵連行として」紹介されている。調べたのは水野耕嗣さん。フリーランスの山車の研究者として、建築学会大会(中国)で報告したものだ。籠庵は一間半四方(四畳半)、入母屋屋根を備えた総竹製移動式住居だ。ほぼ同寸床面積である黒川紀章による中銀カプセルは、垂直の塔にしがみついて、クレーンで必要なときは取り外し、トレーラーで移動する(ことを想定した)。籠庵は実際に大八車にのせ橋を渡り、山道を上り、時には酒樽に載せて川を渡った。最後に大岩の陰に据え置かれたそうだ。日本人は昔からホモモーベンスなのか。

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RNY 「施工と管理」銅屋根クロニクル―92ー
王禅寺(神奈川県)
日本初甘柿発見の寺は関東の高野山

トップ❸観音堂 山茶花 OB010089 (2)

王禅寺(おうぜんじ)は星宿山蓮華蔵院王禅寺王禅寺(おうぜんじ)は、神奈川県川崎市麻生区にある真言宗豊山派の寺院で、「王禅寺」はこの寺院付近一帯の地名にもなっている。
延喜21年(921)に高野山三世無空上人が開山したとも伝えられ、かつては禅宗・律宗・真言宗の三宗を兼学したという。新田義貞の鎌倉攻めに際して兵火に罹災したものの再興、室町時代には真言密教の道場となり、関東の高野山とも称せられ、寛永19年(1642)には江戸幕府より寺領30石の御朱印状を受領、境内に5塔頭、近郷に数多くの末寺を擁する寺院だった。旧小机領三十三所子歳観音霊場22番。徳川幕府の歴代の将軍(徳川家康を始めとし、後の13人の将軍)の位牌を奉り、将軍家より葵の御紋の使用を与えら、寺紋は三つ葉葵。

⑩本堂正面 OB010140 (1)
元は茅葺き屋根の講堂であったが、20年前、真言宗の寺としての本尊大日如来を祀る新本殿として落慶した。右の木が禅寺丸柿の原木。

日本最古の甘柿の品種と言われている禅寺丸が発見された寺として有名で、境内には原木が残っている。
原木OB100133 (2)

境内石碑による王禅寺の縁起
禅寺丸之記
抑々当山者星宿山蓮華蔵院王禅寺と称し真言宗豊山派ニ属ス。延喜二十一年高野山三世無空上人ノ開山
ニシテ関東ノ高野山ト称セラレ東國鎮護ノ勅願寺トナル。然ルニ元弘三年新田義貞鎌倉進攻ノ戦乱ニヨ
リ一山悉ク烏有ニキス。斯クテ応安三年久良岐郡金沢称名寺ニ於テ紅熟セル柿の果実ヲ発見其ノ甘味豊
潤ニシテ他ニ類例ヲ見ズ。依テ寺庭ニ移植シ更ニ近在ノ人々ニ栽植ヲススメ王禅寺丸ト命名セリ。下ツ
テ江戸幕府創立後ハ市場ニ多ク出荷サレ競賣ノ砌王ヲ略シテ禅寺丸ト称スルニ至ッタノハ元禄時代ノ事
ト伝エラレル。処ニヨッテハ丸柿或ハ黒熟トモ云イ隔年結果ノ習性ヲ持ッテイル。明治三十六年求メニ
応ジ広島岐阜、静岡、福島ノ各県ニ苗水ヲ送ッタガ』福島デハ結果セルモ渋柿ニ変ッタト報告サレテイ







銅屋根クロニクル―92-
(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」2021年11月号掲載

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防水の歴史を探る「JWHA日本の防水歴史研究会」
*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。2022 年の近江神宮燃水祭は7月7日。 黒川燃水祭は7月1日。

文化庁日本の技フェア2021  茅葺き・檜皮葺・瓦葺きなど
文化財保存技術が一堂に
材料・道具など34の技術が展示実演

かやぶきOB200162
「日本茅葺き文化協会」
カヤサンプルOB200151
各種カヤ(植物性屋根葺き材)の展示
檜皮葺きOB200232
「全国社寺等屋根工事技術保存会」 檜皮葺の軒先をそろえている。

瓦葺実演OB200148
「日本伝統瓦技術保存会」棟積みの実演

 文化庁は2021年11月20日・21日の2日間、東京・秋葉原のベルサール秋葉原を会場に、日本の技フェア~文化財を守り続けてきた匠の技~を開催した。
 文化財を未来に残してゆくための修理技術や材料・道具を制作する技として、現在77件の保存技術が認定されている。その保持者48件と37件の保存団体が一堂に会し技術を一般に公開した。









RNY 「施工と管理」銅屋根クロニクル-91-
名古屋市庁舎・愛知県庁舎(愛知県)
名古屋城天守から市・県庁舎の銅屋根を見る

県庁舎

名古屋城の見事な緑青屋根を前にすると、間近に建つ庁舎の屋根に気づくことはないが、名古屋城天守から見渡せば、市庁舎高塔の屋根や県庁舎の天守風屋根は、しっかり存在感を示している。


市庁舎 (1)

信長は安土城天守の軒先瓦に漆で金箔を貼った「金箔瓦」を使用したが、城郭の天守の屋根に金属が使われるのは、関ヶ原の合戦以降のことだ。銅を本格的に使ったのが家康で、当時金箔瓦より高価であった銅瓦を江戸城、名古屋城に用いた。しかし第二次世界大戦の空襲で炎上し、現在の天守は、昭和34年に鉄筋コンクリートで原型通り復元された。屋根の銅瓦は木製の屋根瓦に0.5mmの銅板を張り付けたものだった。(*名古屋城の詳細は日本金属屋根協会HP「銅屋根クロニクル 」No,14  ~ リズミカルな屋根を彩る緑青瓦と金鯱~ をご覧ください)

91名古屋庁舎

名古屋城旧三の丸の北東・東に緑の屋根の特徴のある建物が並んでいる。平成26年、同時に重文指定された鉄筋鉄骨コンクリート造近代建築で、銅瓦屋根を戴く帝冠様式の名古屋市庁舎と愛知県庁舎である。いずれも名古屋城とのバランスを強く意識した外観を持つ。




銅屋根クロニクル-91-

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魔除け厄除けのスーパースター
晴明神社(その1)

表紙 晴明神社

表紙せつめい晴明神社


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吉田神社・大元宮(その1)
吉田神道と大元宮の屋根

448大源宮P7070200

大元宮P7070215



800吉田神社大元宮 表紙説明 クロ90 (1)

一社・日本金属屋根協会「施工と管理」2021年9月号の表紙です。
90の表紙は大元宮 DSC02986
2021年 北野 ずいき祭
ずいき葺きの神輿、2021年も(御旅所で)ステイホーム

bずいきみこし北の御旅所 (2)


稲わら、麦わら、ススキ、茅、ササはもちろん、世界にはヤシやバナナ、海藻葺きまでだってある。 要は身近な素材で雨をしのぐのが、屋根の原点だ。だから里芋農家にとっては、その茎であるズイキで葺くのも不思議?ではない。とはいってもこれは家の屋根ではなく神輿の屋根。

京都の北野天満宮で秋の豊作に感謝をささげる「ずいき祭」が10月1日始まった。
北野天満宮の「ずいき祭」は、秋の豊作への感謝をささげる行事で、毎年、サトイモの茎の「ずいき」で屋根をふき、野菜や果物で飾りつけた「ずいきみこし」が町なかを練り歩く。コロナ禍の影響で、練り歩きは中止となりましたが、神輿の方は、10月1日例年通り西之京瑞饋神輿保存会の手でにつくられた。瑞饋神輿は4日まで御旅所に展示される。
その写真と保存会による絵葉書を上七軒・お初の田中左千夫さんが送ってくれた。



bずいきみこし北の御旅所 (1)

五穀豊穣を感謝する北野天満宮の秋の例大祭。平安時代後期から記録に残る古い祭礼。4日の還幸祭(かんこうさい)には、天満宮の神輿や、西の京七保神人(ななほじにん)がずいき(芋の茎)などの野菜で作ったずいき神輿が上七軒通を通って天満宮東門に入る。上七軒の茶屋には祭りの提灯や幕が張られ、芸妓舞妓が総出でこの行列を出迎える。数十年前までは、茶屋も格子を取り外し中から眺めていたが、その風情はなくなった。
(上七軒お初の向かいの有職菓子御進所・老松主人大田達氏ら、による「京の花街」より)


bずいきまつい絵葉書 PF000008
保存会が制作した絵葉書(写真:西村豊さん)。

通常なら、4日の午後に巡行し、上七軒の芸舞妓らが花を添える。
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京の花街PA100699

「京の花街~ひと・わざ・まち」2009年4月日本評論社刊 1900円)
京都の花街を初めて総合的に描いた好書。文化の伝承・景観保存に花街がいかに重要な役割を果たしてきたかがわかる。



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