(旧 「防水屋台村」建設中)
日本建築学・会日本建築家協会・東京建築士会 2017年新年会
日本建築学会 2017年新年会

448建築学会新年会 鏡開き


日本建築学会、日本建築家協会、東京建築士会の三会合同新年交礼会が、2017年1月6日(金)14:00~15:30、
建築会館ホール(東京都港区芝5-26-20)で開催された。

三会を代表して、日本建築学会中島正愛会長が「 建築を除く工学系学科の女子学生の比率が約10%であ るのに対して、建築系学科ではその比率が30%を超えている。これは、彼女たちの力を最大限に活かすことが、建築 の持続と躍進に必須であることを
示している。またグローバル化が加速するこの時代において、世界に伍し て活動できる建築人の育成は焦眉の課題である。その機運 を盛り上げるために、一昨年7月に「グローバル時代を生きぬ くことができる建築人の育成特別委員会」を設置し、世界に伍し て活動できる建築人の育成のために、本会がなすべき取組みを議 論している。建築の将来と、それをリードする世代の育成のためにも、若い人材の夢を育む環境造りに、我々は一丸となって努力しなければならない。」と挨拶した。

↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

bbbbbbbbb 
 
銀座レトロギャラリー・ミュゼMUSEE
銀座を見上げる 「ある一つの未来へ」

ミュゼ P2210464
「銀座、次の100年のためのスタディ展」が1月4日~2月19日 東京都中央区銀座一丁目20-17 川崎ブランドデザインビルヂングの「銀座レトロギャラリーMUSEE」 で開催されている。
築85年、銀座の歴史を見守ってきた、昭和通り沿いに残った唯一の近代建築を舞台に、「銀座の未来について考える」という企画展である
「銀座、次の100年のためのスタディ展」

屋上二人IMG_0155
アーキディレクションを担当した建築家の菊池さん(左)と山本さん(右)。屋上の展示会場で。
手前のフレームには上下には一対の鏡が張られている。上の鏡には彼らの足が、下の鏡には顔と空が映っている。
・2人は企画・ディレクション・出品者として、1F・2F展示作品の監修、3F・屋上展示作品の設計・製作を行った。

okujyou hitori IMG_0162
3階建てのチャーミングな建物は屋上も味わい深い。屋根屋ならパラペットの低さ、小口径の極めてシンプルなドレン、何度か繰り返された防水工事の中で、比較的新しく設置されたであろう脱気筒などが気になるところだ。写真奥が昭和通り。

屋上2人」P2210471
昭和通側から撮影。 2人の後ろに二枚の鏡を張り付けたフレームが見える。

                   ~MUSEEの可能性を引き出す~
銀座の未来について考える企画展と聞いて、そんな思いが浮かびました。
銀座には時間の中で培ってきた多くの魅力・蓄積があります。しかしその豊かさ故に、未来が描き難いとも言われています。銀座のみならず、明治維新・敗戦・高度成長期と「不足」をバネに未来を描いてきた日本にとって、次の100年は、それに代わる新しい価値観が求められているようにも感じます。
MUSEEは築100年にも届こうとする建築です。超高層ビルも建ち始めた銀座において高さ10m程の大きさで昭和通りに踏ん張り続けるその姿は、微笑ましくもあり、未来に向けた新しい価値観・メッセージを、すごく小さな声で発しているようにも思えます。MUSEEは一体どんなメッセージを発しているのだろう。その声は大きく出来ないのか。それが本展のテーマです。
本展では、1・2・3階そして屋上に、それぞれ1つずつ、銀座を考えるための展示室を計画しました。それぞれの部屋には、訪れた人々が銀座について考え・語り合えるようなテーマが設定されています。収集物や学生たちの提案、リサーチにインスタレーションと、出品作品も多岐にわたります。
建築の完成に向け、検討を繰り返すことを「スタディ」といいますが、この展覧会は言わば銀座の未来を共に考えるためのスタディ展です。この場所が、銀座の未来について考え、語り合い、何らかの想いを持ち帰ってもらう…そんな場所になってもらえればと考えています。それは展覧会の目標でもありますが、ひょっとしたら、それはMUSEEの可能性そのものなのかもしれません。 
        建築家 菊池甫・山本展久 (パンフレットより)   




点に室P2210479
写真は3階ギャラリーの様子。
2階のインスタレーション3点も彼らの制作物で、2階については監修者と出品者、両方の立場で関わっている。

企画の一環として、2月11日18時30分からは、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト代表の前田達之氏が「中銀カプセルタワービル~名建築を保存する 7 つの方法~」をテーマにトークショーを行う。申し込みは「銀座、次の100年のためのスタディ展」のウェブサイトから。  http://kawasaki-brand-design.com/?p=7202



↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

 田村 恭 早稲田大学名誉教授と防水とのかかわり。(写真など追加)
田村 恭 早稲田大学名誉教授と防水とのかかわり。

2016年9月14日に逝去した、早稲田大学名誉教授・田村 恭氏(享年92歳)。 日本建築学会誌2017年1月号に、早稲田大学・輿石直幸教授が追悼文を寄せている。

田村追悼文 見開きDSC00078

田村 恭氏は1925年8月2日東京生まれ。1948年早稲田大学建築学科卒。同大学院特別研究生として吉田享二教授の指導を受ける。1983年日本建築学会論文賞「建築材料としてのプラスチックスに関する研究」。

152009年田村研新年会
2009年田村研究室の新年会の写真(提供・輿石直之氏。2列目左から4人目)。
最前列右から4人目、ステッキを持つのが田村 恭氏。田村研の卒業生を中心に、卒業後も研究室と関わりの深いごく一部が集まった。鶴田裕氏、難波蓮太郎氏、十代田知三氏(十代田三郎氏の息子)はこの年は欠席。松本洋一氏、中山実氏、現清水建設の社長の顔も見える。


輿石教授の追悼文より以下一部紹介させていただく。

吉田先生は、その3年後、日本建築学会の会長任期を終えた直後に亡くなられました。『建築物の耐久性』という著書を出版され、摩耗、衝破、凍害、容積変化について、実例と実験によって、劣化現象の究明や耐久性向上につながる知見を多数発見されました。また、この当時から、施工と維持管理の重要性に着目していました。田村先生は、短い期間でしたが、このような視点での研究指導を受けられました。

その後は、十代田三郎教授から指導を受けています。十代田先生は、一貫して「木造建築の腐朽とその防止に関する研究」に取り組んで学位論文をまとめられ、また、実務を基盤とする一般構造(構法)を学問レベルにまで高められました。なおこの分野は、神山幸弘先生に引き継がれています。十代田先生の編著に建築材料一般、建築構法一般、建築施工一般の三部作がありますが、田村先生は目次の草案作りを任され、この経験を通じて、十代田先生が思い描く教育理念を学びました。

田村先生は、昭和33年に米国ミシガン大学に派遣され、「建築産業における生産性」について研究指導を受けました。帰国後は、建築作業の生産性向上を目指して多数の建築現場で作業測定をされ、標準作業時間の算定や作業改善に努力されてきました。また、科学的管理手法の導入による現場作業の合理化、工事計画および工事管理の体系化、建築施工の機械化・自動化などに関する研究に取り組まれました。当時の大学における施工教育は、もっぱら建築業で活躍する施工経験豊富な実務者に頼っていましたが、日本ではいち早く、建築学のカリキュラムに建築生産管理工学を導入いたしました。これによって本学の建築材料および施工分野に材料、構法および施工の3本柱が整いました。


――――――――――――――――――――――――――――
実は田村先生は防水とのかかわりはほとんど無いが田村氏が師事した吉田・十代田両氏は防水と浅からぬ因縁がある。


60年前の建築学会会長がこれほど防水を重視していたとは…。
吉田享二の防水談義

奧山」

-------------------------------------------------------------------------
これは1957年昭和32年、奥山化工業の会社案内「奥山式総合防水層の栞」の第7ページ。
このページは情報量が多い。昭和31年奥山菊五郎の黄綬褒章。菊五郎と吉田享二教授、十代田三郎教授の合作によるキャッチフレーズ。十代田教授の防水コラム。そして次のページには、21代日本建築学会会長 吉田享二早稲田大学教授の、に対する次のようなメッセージが掲載されている。

吉田享二先生談
防水工事は如何なる建築に於いても最も重要視すべきである。而して材料と構造と相俟って完成し得るものである。自己取扱いの材料が建築の一部となって永く其の目的を達する迄、材料製造者及施工者は責任を持つ覚悟をして貰いたい。其為めには熟練者を採用して自己の監督できる法をとって社会を満足せしめてほしいと思う。材料と施工との分かち得ない責任のあるのは防水工事の如きものである。熟練せる監督と現場従業員の必要は無論として、材料選定に関しては次の如きものは実施に際して先ず注意すべき事であろう。
以下略。



吉田享二氏は明治20年(1887)に兵庫県但馬生まれ。明治45年(1912)東京帝国大学工学部建築学科卒業。同時に早稲田大学建築学科講師。助教授を経て大正5年(1916)教授。専門は「建築材料学」であったが、大正14年(1925)から「都市計画」の講義を担当するようになる。東大や京大などに先駆け、大正11年から早稲田では「都市計画」の講義が開設された。当初、内務省官僚の笠原敏郎が講義を担当していたが、翌年におこった関東大震災の後、笠原は復興局へ異動したため、吉田享二が受け継いだ。
建築家として代表的作品、「日本民藝館本館」(登録文化財/昭和11年[1936])、竣工東京工業試験所(1922)、小野田セメント本社(1917-26)、第一菅原ビル(1934)など。
吉田享二氏に関しては、鳥取環境大学浅川研究室のブログが詳しい。
http://asalab.blog11.fc2.com/blog-entry-962.html
-------------
なぜ建築学会会長で建築材料学の大御所が防水工事にここまで肩入れしたか

「奥山-片山のルーフネット」座談会での古谷氏の発言を見てみよう。
(ルーフネット2010年6月10日 記事より一部転載)

古谷:前に僕の先輩で秋山という取締役がいた。あの方は新制高校と旧制高校の境目だから。今生きていれば82歳くらいかな。昭和25年か26年の卒業ですよ。早稲田の大学院を出ているんですよ。あの当時は珍しいですよ。
片山: その秋山さんは奥山さんにはどういうきっかけで?
古谷: 大学院までいかれたのに。就職がないご時世だった。
片山: 僕もお会いしたことがあるはず。 確か小柄な方で。
古谷: 私が早稲田で、十代田先生から「奥山へ行って来い」と言われたのと同じように、吉田先生から「奥山に行け」って言われたそうですよ。
編集長: 十代田先生の先生が吉田先生。吉田先生と奥山の関係があれば、十代田先生が古谷さんに「奥山へ行け」というのはわかります。でも、その前に吉田先生が秋山さんに「奥山へ行け」というからには、さらに以前から、吉田先生と奥山とは、かなり親密なつながりがあったということですね。
以下略。


吉田享二先生談(奧山化工業会社案内より)





↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

RNY329  建築の創エネとトライボロジー
建築の創エネとトライボロジー
創エネに貢献するベアリングとその応用技術

ime-ji

「トライボロジーと建築」というと免振や曳家などを思いつくが、床の滑りや壁面の汚れの問題なども重要だ。屋根の分野では、先人たちは雨水の挙動を経験的に理解しながら屋根材の素材選び、固定方法、勾配などに生かし、屋根づくりの知恵を伝えてきた。
「屋根、防水、雨仕舞」をキーワードとする「ルーフネット」でも、このトライボロジーは取り上げたい分野でありながら、先送りになっていた。技術情報誌およびポータルサイト『ベアリング&モーション・テック』の編集長である橋浦克彰氏が、建築リフォーム&リニューアル技術誌に「建物の再生を支えるトライボロジ―技術」を連載している。
今回は「創エネに貢献するベアリングとその応用技術」。これを紹介させていただく。(テツアド―出版、月刊「リフォーム」2016年12月号転載)

概要:「トライボロジー」は摩擦を大きく、または小さく制御して、モノを滑らかに動かす技術である。建造物のような重量物の荷重を支持しながら低い摩擦で動かす技術は、総称して「ベアリング(軸受)」という。だからベアリングは摩擦・摩耗をコントロールする「トライボロジー」のキーテクノロジーの一つである。12月号では、建築分野で要求の高まる省エネルギ―、さらには創エネルギーを支えるトライボロジー要素技術のベアリングの技術や、その応用システムによる創エネについて報告する。

トラ

建物の再生を支えるトライボロジ―技術 ⑤
テツアドー出版、月刊「リフォーム」2016年12月号より転載
(画像をクリックすると拡大します。)
5no1.jpg
5no2.jpg
5no3.jpg
5no4.jpg

↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会


enikki 20160112
平成29年1月12日 望(満月)なので ルーフネット更新しました
272号 

品川

田町 外装パネル取り付け R0140225

↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

妙福寺由来
妙福寺
ヤドリギの鐘楼

妙福寺 P1030383
東京都町田市・妙福寺

妙福寺由来 P1030361
「長祐山妙福寺」は、1391年、足利将軍が幕府を開き明と国交を開いた頃開山。身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の日億聖人によって開かれた池上本門寺・鎌倉妙本寺両山の旧末寺。約5000坪の境内にある伽藍のほとんどが、東京都や町田市の有形文化財に指定されている。

この美しい銅版葺きの鐘楼門は、くぐり門形式のめずらしい建物で、延享3年(1746年)に建立されたもの。



↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会

妙福寺由来
日本建築学会130年略史
建築学会130年略表紙史P1030706
表紙は日本建築学会(当時は造家学会)設立懇親会の回文1886年)。2017年1月20日発行。Vol.132  No.1693  


建築学会130年略し P1030709
同学会の調査研究と社会対応にかかわる委員会変遷が見開き6ページにまとめられている。

また2007年1月号に掲載された「120年略史」に続く120周年以降2015年までの年表も掲載されている。




↓ ほぼ週刊ウェブマガジン「ルーフネット」最新号 はこちらへ。
ホムペはこちら




防水の歴史を探る*「ルーフネット」は日本の世界の防水に関する記録の初見を求めて日本書紀や聖書などを調べています。「日本の防水歴史研究会